辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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16.叡智

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「君はどこまで有能なんだ――」
 最後の交渉から1週間が経った朝、ヴァルデン辺境伯の元に大使からの信書が届いた。
 執務室でレオンは、それをマルグリットに見せながら、感嘆の声を上げた。
「わたくしは何もしておりませんわ。レオン様が3年間積み重ねられてきた経験とお人柄があってこそです」
 マルグリットはにこりと笑うと、レオンの頬を優しく撫でた。
 この熊のような男は、マルグリットにこうされるのが好きなようで、彼女の手が触れるたびに蕩けるような顔をする。
 マルグリットもまた、その顔を見るのが好きでレオンを甘やかしていることに気が付いていない。
「俺は君が教えてくれた通りにやっただけだ」
「教えて……など、烏滸がましいですわ」
 頬を撫でる手を優しく握ると、マルグリットの形のいい柔らかい唇にそっと、自分の唇を重ねる。
 もう、以前のように無我夢中で彼女を食い尽くそうとするような口付けではない。
 そうしなくても、夜になればマルグリットの柔らかい体は自分が支配できるのだから。

「しかし、あんなに膠着していた状況がこうも一気に進むとは」
 頃合いを見計らって茶を持って戻ってきたオスカーも、感心しきりに信書を読んでいた。
「男爵1人と伯爵1人の身柄の引渡し――金貨700ですか」
 かなり大きい額だ。だが、そのくらいなら払えるということか。
「マリーの言った通り金貨は王国基準にしてやったのがよかったのかもな」
「隣国の金貨は王国のものより大きいのですよね」
 オスカーが言うと、マルグリットは頷いた。
「隣国が渋っていた理由のひとつではないかと思いましたの」
 寝台で漏らしたレオンの愚痴から、マルグリットはすぐにこの案を思いついた。
 国務大臣や王宮の文官たちが3年かけてもできなかったというのに。


「明日もまた国境であいつらと対峙しないといけないと思うと気が重い」
 最後の交渉の前夜。
 マルグリットの柔らかい胸に顔を埋めて、珍しくレオンが愚痴った。
 見た目より柔らかい焦茶色の短い髪を撫でると、体に回された腕に力が入る。マルグリットの体を縛り上げるように、しかし苦しくない。心地よい拘束だ。
「またなんの交渉も進まず、冬を迎える。あいつらはそうやってこちらが疲弊して条件を下げるのを待ってるんだ」
 大きな溜息が、マルグリットの胸をくすぐる。
「なら、条件を下げてしまえばよいのですわ」
「君は本当に可愛い――なんの考えもなく言ってるのではないのだろう?」
 レオンはマルグリットの胸から顔を上げると、唇を求めた。
「叡智の女神よ、俺に知恵を授けてくれ」
 芝居掛かった言い方に、マルグリットはおかしくてくすくすと笑った。
 いつものにこりとする笑いではなく、自然に漏れ出る笑いは、レオンの心を温かく満たしてくれる。
「隣国は捕虜を返せと言っているのですよね?ならば返せばいいのです」
「そんなことをしたら賠償など払わずに逃げてしまうだろ」
 マルグリットは、レオンの唇に人差し指をそっと押し付けた。
 唇がよかったのに、とレオンは思ったが、人差し指の愛らしさもまた格別だ。
「一度に返すのではありませんわ」
「なるほど」
 レオンは今度は目的の唇にありついた。
「交換条件にするのだな」
 マルグリットは蕩けるような顔で頷いた。
 そのままレオンが求めると、マルグリットは少し躊躇ってから彼を受け入れた。
 マルグリットの体は柔らかく温かい。
 レオンが知ってるどの女の体よりも、レオンを夢中にさせた。
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