48 / 50
48.仲裁
しおりを挟む
「どういうことだ……ヴァルデン辺境伯」
国務大臣は信じられないと、何度も呟きながら神殿からの手紙を読み返していた。
「俺にわかるわけないでしょう。ただ、これまでだんまりを決め込んでた神殿が動いたってことですよ」
面倒くさそうにレオニダスが言うと、国務大臣は頭を抱えた。
「君はこれがどれほどのことかわかってないのか」
国務大臣の言葉に、レオニダスは溜息を吐いた。
わかっていないわけがないだろう――お膳立てをしたのは全て我が妻――賢くて聡明で賢明なマリーなのだから。
ヴァルデン辺境伯邸は慌ただしく動いていた。
新たに雇い入れた使用人は30人を超えたが、皆それぞれがテキパキとした動きで無駄がない。
「賑やかになりましたねぇ」
人が増えた使用人の休憩室の長椅子に座ったロニが言うと、隣りに座っていたオスカーも頷いた。
「ここは君と二人になれる絶好の場所だったってのに」
オスカーの手が不意にロニの指先に触れると、ロニは顔を赤らめて手を引きそうになったが、オスカーの体温が留めさせた。
「わ……私と奥様が来た時は10人しかいなかったのが嘘みたいですわ」
オスカーの指が、ロニの指先を何かを探すような、誘うような動きでくすぐる。
休憩を終えた使用人たちが慌ただしく部屋を出ていく。
「奥様のおかげですね」
オスカーが唇の端を上げると、ロニの指がオスカーの指を捕らえた。
「奥様を信用して任せてくださったご主人様のおかげでもありますわ」
最後の一人が部屋を出ると、オスカーはロニの手をしっかりと握り、彼女の体を引き寄せた。
「顔が赤いわ。体調が悪いの?」
入浴を終えて部屋に戻ったマルグリットがロニの顔を覗き込むと、ロニは自分が呆けていたことにやっと気がついた。
「申し訳ございません、奥様」
慌てて謝るロニの顔を見て、マルグリットは何かを察すると唇を緩めた。
「わたくしのことはもういいわ――オスカーを手伝ってきて。今頃銀磨きに精を出しているはずよ」
「いえ、私は」
「いいから行きなさい。もうすぐレオン様も戻ってこられるから大丈夫よ」
マルグリットは、ロニを部屋から追い出すと、椅子に座ってゆっくり髪を拭いた。
その時、部屋の扉が叩かれた。
「私だ」
アーサー・ルセンディア伯爵の声が、扉越しに響いた。
マルグリットは咄嗟にガウンの前をきつく締めたが、扉は開かれなかった。
「少し話がしたい。このままでいいから付き合ってくれないか」
「お部屋にお戻りください」
「君は――」
マルグリットの制止など聞くはずのない男なのはわかっていた。
で、あればここは要求を呑むのが一番だろう。逆撫でして押し入られてしまってはマルグリットに勝ち目はないのだから。
「一体何手先まで読んでいたんだ」
「なんのことでございましょう」
マルグリットは扉の前に立って答えた。
「あの女と商人のことは、ソフィーという隙を作ってしまった私の落ち度だった。だが、君が神殿を動かすとは、私にも読めなかった」
アーサーの言葉は、素直にマルグリットを称賛しているように聞こえる。
「絹紙の製造技術を神殿を通じて与えるとは――お陰で私も祖国に帰れる。だが、なぜだ」
紙の製造はレースとは違い、神殿に許されたものではなかった。だが。神殿は自分たちで消費するために、優れた製紙技術を有していた。
マルグリットが麻や綿を使った紙に、絹の繊維を混ぜることを神殿に考案したのは、糸車ができた頃のことだった。
神殿は提供した絹を使って、驚くほど白く美しい紙を作り出した。
王室はこれをいたく気に入り、神殿と王室の専売契約を結ぶことにした。
その、製造をグリニア国に委託するというのが神殿の言い分だった。
それは、事実上の終戦交渉の仲裁だった。
「明日の調印式で条約が制定されれば、私は晴れて自由の身だ。君を得るためにまたこの地に攻め込んでもいいのだぞ」
「左様でございますか」
どこまで本気かわからない声は、マルグリットの心を素通りしていった。
扉越しにアーサーが吹き出すのがわかった。
「できるはずがないことはよくわかっている――か。私は初めから相手にすらされていなかったということかな」
そう言うと、アーサーの気配が遠のくのがわかった。
マルグリットは、扉にもたれると大きく息を吐いたのだった。
国務大臣は信じられないと、何度も呟きながら神殿からの手紙を読み返していた。
「俺にわかるわけないでしょう。ただ、これまでだんまりを決め込んでた神殿が動いたってことですよ」
面倒くさそうにレオニダスが言うと、国務大臣は頭を抱えた。
「君はこれがどれほどのことかわかってないのか」
国務大臣の言葉に、レオニダスは溜息を吐いた。
わかっていないわけがないだろう――お膳立てをしたのは全て我が妻――賢くて聡明で賢明なマリーなのだから。
ヴァルデン辺境伯邸は慌ただしく動いていた。
新たに雇い入れた使用人は30人を超えたが、皆それぞれがテキパキとした動きで無駄がない。
「賑やかになりましたねぇ」
人が増えた使用人の休憩室の長椅子に座ったロニが言うと、隣りに座っていたオスカーも頷いた。
「ここは君と二人になれる絶好の場所だったってのに」
オスカーの手が不意にロニの指先に触れると、ロニは顔を赤らめて手を引きそうになったが、オスカーの体温が留めさせた。
「わ……私と奥様が来た時は10人しかいなかったのが嘘みたいですわ」
オスカーの指が、ロニの指先を何かを探すような、誘うような動きでくすぐる。
休憩を終えた使用人たちが慌ただしく部屋を出ていく。
「奥様のおかげですね」
オスカーが唇の端を上げると、ロニの指がオスカーの指を捕らえた。
「奥様を信用して任せてくださったご主人様のおかげでもありますわ」
最後の一人が部屋を出ると、オスカーはロニの手をしっかりと握り、彼女の体を引き寄せた。
「顔が赤いわ。体調が悪いの?」
入浴を終えて部屋に戻ったマルグリットがロニの顔を覗き込むと、ロニは自分が呆けていたことにやっと気がついた。
「申し訳ございません、奥様」
慌てて謝るロニの顔を見て、マルグリットは何かを察すると唇を緩めた。
「わたくしのことはもういいわ――オスカーを手伝ってきて。今頃銀磨きに精を出しているはずよ」
「いえ、私は」
「いいから行きなさい。もうすぐレオン様も戻ってこられるから大丈夫よ」
マルグリットは、ロニを部屋から追い出すと、椅子に座ってゆっくり髪を拭いた。
その時、部屋の扉が叩かれた。
「私だ」
アーサー・ルセンディア伯爵の声が、扉越しに響いた。
マルグリットは咄嗟にガウンの前をきつく締めたが、扉は開かれなかった。
「少し話がしたい。このままでいいから付き合ってくれないか」
「お部屋にお戻りください」
「君は――」
マルグリットの制止など聞くはずのない男なのはわかっていた。
で、あればここは要求を呑むのが一番だろう。逆撫でして押し入られてしまってはマルグリットに勝ち目はないのだから。
「一体何手先まで読んでいたんだ」
「なんのことでございましょう」
マルグリットは扉の前に立って答えた。
「あの女と商人のことは、ソフィーという隙を作ってしまった私の落ち度だった。だが、君が神殿を動かすとは、私にも読めなかった」
アーサーの言葉は、素直にマルグリットを称賛しているように聞こえる。
「絹紙の製造技術を神殿を通じて与えるとは――お陰で私も祖国に帰れる。だが、なぜだ」
紙の製造はレースとは違い、神殿に許されたものではなかった。だが。神殿は自分たちで消費するために、優れた製紙技術を有していた。
マルグリットが麻や綿を使った紙に、絹の繊維を混ぜることを神殿に考案したのは、糸車ができた頃のことだった。
神殿は提供した絹を使って、驚くほど白く美しい紙を作り出した。
王室はこれをいたく気に入り、神殿と王室の専売契約を結ぶことにした。
その、製造をグリニア国に委託するというのが神殿の言い分だった。
それは、事実上の終戦交渉の仲裁だった。
「明日の調印式で条約が制定されれば、私は晴れて自由の身だ。君を得るためにまたこの地に攻め込んでもいいのだぞ」
「左様でございますか」
どこまで本気かわからない声は、マルグリットの心を素通りしていった。
扉越しにアーサーが吹き出すのがわかった。
「できるはずがないことはよくわかっている――か。私は初めから相手にすらされていなかったということかな」
そう言うと、アーサーの気配が遠のくのがわかった。
マルグリットは、扉にもたれると大きく息を吐いたのだった。
191
あなたにおすすめの小説
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ!
完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。
崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド
元婚家の自業自得ざまぁ有りです。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位
2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位
2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位
2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位
2022/09/28……連載開始
【書籍化決定】愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
そう名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる