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2.アンリの気持ち
しおりを挟む『アンリ・ドーヴェルニュ、貴様との婚約を解消する!』
婚約者の、王太子・フェリクスの卒業パーティーに出て、そんな事を言われて驚いた。
そもそも婚約者であるのに、エスコートは別の相手に頼めと言われたところからおかしかった。貴族の皆がいる場で、婚約の解消だなんて話し合いもまともにされていない、不確定な事項を告げるだなんて、あまりにフェリクスらしくなかった。
エスコートはフェリクスの側近に頼んだのだが、側近の男も困惑していた。それはそうだろう。正式に婚約者がいるというのに、エスコートをしないと言う事は、不仲だと世に知らしめる事になりかねない。
(……そんなに、嫌だったんだろうか)
アンリがフェリクスと婚約をしたのは幼い頃だ。
婚約をして、すぐに、両親に『王太子のパートナーとしての立ち振る舞い』を躾けられた。
王太子がいくら取り乱したとしても、アンリは取り乱してはいけない。
笑うな、泣くな、冷静であれ。
王太子が困った時に支えられるように、王太子以上に勉学に励め。
王太子にできない事が出来るようになれ。
ドーヴェルニュの家から王家への婚姻が決まるのは、数世紀ぶりのことだった。この婚約が破綻にならないようにと、両親も必死だったのだろう。
笑う度に、笑うなと言われて、泣くたびに泣くなと言われて、いつの間にかアンリの感情はどこかへ行ってしまった。
だから、幼い頃から一緒だったフェリクスの隣に、自分じゃない女性が立っていても、冷めた気持ちで見ていられたのだ。それこそが、いずれ王妃になると必要になる事だと教育されていた。
(……結局、フェリクスが選んだのは私ではなかったんだから、意味がなかったな)
卒業パーティーでフェリクスが、婚約の破棄を宣言した後、すぐにアンリは王から呼び出されていた。不肖の息子がすまない、と頭を下げられてここでもまた驚いてしまった。それと同時に一国の王に頭を下げさせる婚約者に対して、危機感が芽生えた。このままではいけないと思ったのだ。
王は「手間をかけるが、息子を正気に戻してやってくれ」と言ってきた。勿論アンリもそのつもりだった。今、状況の整理をすればするほど、フェリクスが、何の後ろ盾もない男爵令嬢を選ぶ理由が無いのだ。
きっと一時の、気の迷いだろうと信じて疑わなかった。
アンリと婚姻を結ぶメリットが王家にはある。侯爵家という名門貴族の家系出身であること、後ろ盾にウシュク=ベーハ帝国との連絡ルートがあること、王妃教育を何年も受けてきている事、それを考えるたびに、どうしてフェリクスがあんな事を言ったのか理解できなかった。
フェリクスは、多少、自分に自信がありすぎるところはあるが馬鹿な男ではない。
王としての気質を持ち合わせているし、よく勉強をして、よく鍛えて、立派な人間だ。尊敬している。アンリもずっと、そんなフェリクスの後ろについて、育ってきて、誇らしい気持ちだった。フェリクスが、伴侶になって、ふたりでこの国を支えていくのだと思うと、嬉しくて、辛い勉強だってなんだって頑張れたのだ。
王妃教育だって辛かったけれど、時々フェリクスが様子を見に来てくれたのが嬉しかった。親には禁止されていた、甘い菓子を内緒で持ってきてくれたり、字の練習に付き合ってくれたり、二人して足が絡まってダンスの練習で怪我だらけになったり、それは、フェリクスとだから出来たことだった。
(……あ、)
城の裏庭で、見慣れたアッシュブラウンの髪を見つけて、声をかけようとして、息を止めた。フェリクスの目の前には、美しい少女がいた。人形のような少女は、鈴の音のような声で、笑っている。
それに合わせて、珍しくフェリクスも笑っていた。
心を押し殺せと言われて、ずっとそうしてきた。
フェリクスが動揺しても支えられるように、何があっても、国を支えられるように。
けれど、その時、初めて心が揺れた。
だって知らなかった。
(……あんな風に笑うのか)
アンリの前で、フェリクスは笑わない。このところはアンリの小言にため息をついて、眉間に皺を寄せた顔や、めんどくさそうな顔しか見ていない。
アンリが側に行くと、あからさまに面倒だという顔をするのだ。
それでも、これも国の為だと思っていた。フェリクスの為だった。フェリクスが、立派な王となるように、アンリは精一杯尽くしていたつもりだった。
(……けど、)
フェリクスに幸せになって欲しい、そう思っている。
だったら私以外を選ぶ方が彼は幸せなのではないか。実際、ディートリンデといるフェリクスは、どう見ても自分といるよりもずっと幸せそうだった。
楽しそうに笑っている。
(どうして)
私以外の方が良かったなら、そう言えば良かったのに。
どうして、言ってくれなかったんだろうか。
それを、相談するに値する人間ではなかったんだろうか。
これでも、フェリクスに何かあった時、最初に頼られるのは自分だろうと、勝手に思いあがっていたのだ。
(…………私以外が、良かったんだ)
フェリクスの部屋を訪れて、王の指示通りに、アンリを選んだ方が良い理由を並べていく。馬鹿な男ではない。だから、確かにディートリンデが王妃になるのは難しいとちゃんと、理解し始めているのだろう。
けれども、アンリは、気がそぞろだった。
先日見た、ディートリンデの前でのフェリクスの表情が忘れられない。あんな顔を、もう随分アンリは見ていない。昔はそれでも、アンリの前でだって笑っていた気がするのに。
『…………お前は、どうするんだ』
『はい?』
突然話をフラれて、少し思考が飛んでいたところを引き戻される。
「王太子に、婚約破棄されたらお前はどうする。…………嫁ぎたいなら、相手を見つけてやるし、その…………」
そう言われて、喉が乾いてカラカラになった。声が出ない。
婚約破棄をされて、フェリクスの側に、いられるわけがない。
新しい王妃が出来て、そこに元婚約者の自分が、顔を出すなんてことが出来るわけがない。
(…………『離れたくない』)
頭ではわかっているのに、返答すべき内容が、もう喉に出かかっているのに、それとは違う、アンリの本音が叫び出しそうになる。この後の人生で、側にフェリクスがいないのだと言う事が、想像できなかった。
『……そうですね。考えた事も無かったですけど、オメガなので、いずれどなたかアルファに嫁ぐと思います』
泣きそうになった。
フェリクス以外のアルファに嫁ぎたいわけがない。だって、幼い頃からずっと、フェリクスの伴侶になるように生きてきたのだ。それなのに、今更。
(…………私が、選ばれたかった)
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