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第3唱 歌い手
ただ笑っていてほしい
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カサカサと枯れ葉の音の風が吹いて、師の銀色の髪をなぶる。
器用に動く長い指が、「風邪ひくなよ」とラピスのマフラーを巻き直してくれた。
「――俺が言うのもなんだが、歌い手というのは本来なら、国費で保護されるほど重要な立場だ。そのくらい珍しい。なのに母御の魔法使いとしての記録がまるっきり無い理由は、まだ追えていないが……お前の能力を隠した理由は、わかると思うよ」
「理由」
「ただ笑っていてほしかったんだ。だからひたすら、あたたかい心でお前をくるんだ。竜も人も愛する、そのまあるい、優しい心で。義務でも強制でもなく、自分の意思で聴いて、解いて、歌ってほしかったんだろう」
ラピスは改めて、頑なにラピスを魔法と名のつくものから遠ざけていた母を思った。それでいて、竜と親しむすべは惜しみなく教えてくれた。
母がラピスの前で竜言語を披露したことは無かったけれど、一緒に森に行ける数少ない機会のたび、必ず竜と会えていた。
『本当の本当に、心から信じられる人に出会ったら、そのときは打ち明けてもいいわ。母様がそのように、竜に頼んでおいてあげましょう』
そのときまで竜のことは隠しておくよう繰り返していたあの言葉も、本当に、『歌』で頼んでくれていたのかもしれない。
クロヴィスが、在りし日の母と同じくらい優しく微笑む。
「だからお前は、歌を聴くことだけに集中すればいい。ほかのことは俺に任せておけ。この先は『師匠ならどうするか』よりもまず、『自分はどうしたいか』を考えて決断してみろ。自由で優しいラピんこだからこそできることが、きっとあるから」
「お師匠様……やっぱりまたお別れなのですか? 一緒に行けないのですか?」
「ひとまずな」
くしゃっと髪を撫でる、大きな手。
そんなふうに優しい顔で、優しい声で言われてしまったら。
余計に離れがたくて、頼りたくて、泣きたくなってしまう。
(僕はこんなに甘ったれだったかな)
カーレウムの家にいた頃は、もっと自分でなんでもやって、なんでも自分で決めていた。こんなにいちいち涙ぐんだりしなかった。
でも寂しさと同時に、心の底から(頑張らなきゃ)と力が湧いてきた。大好きな人のためなら力がどんどん漲ってくる。
目が潤んでしまうのは止められなかったが、ラピスはめいっぱい笑った。
「……僕、頑張って、もっともっと歌を集めます!」
「ああ、頑張れ」
「そしてお師匠様への悪い誤解も解きますっ‼」
「それは本当にいいから……」
「そういえばお師匠様。ここに来てくれたのって、もしや魔法ですか?」
素晴らしく良いタイミングで来てくれたので、この先もそうだといいなと期待してしまうのだが。
「ああ、まあ……お前が身に着けるものにかけた『加護の魔法』は、持ち主の心の動揺に反応する。つまり、あー。なんだ。俺を必要とするほど困ったときとか」
クロヴィスはなんだか気まずそうに……というか照れ隠しのように、「お前が泣いてるときとか。それを俺が感知できる」と目を逸らしながら言った。
「で、制限はあるが、ある程度なら馬ごと『近道』するくらいのことはできる。……詳細はそのうち教えるよ」
「馬ごと!? 近道!? 近道魔法!? そのうちって、いつのうちですかっ!?」
「お前が魔法を使いこなせるようになれば自然とわかるさ」
「あ~ん今知りたいですぅ」
「さて、俺は帰ろう」
「お師匠様ぁ」
腰に抱きついて粘ったが、そのまま小脇に抱えられて、待機していたジークたちのもとへと届けられてしまった。
そうして、ひとしきり別れの儀式を――抱き合って散々名残を惜しんでディードに呆れられるということを繰り返したのち、クロヴィスは何処かへ向かった。
木立ちのあいだに黒い外套のうしろ姿がすっかり見えなくなるまで、ラピスは手を振って見送った。
「――さて。じゃあ、次は今度こそ、北に行くんだな?」
馬に鞍をつけながら笑いかけてきたディードに、ラピスも「うん!」とにっこり笑顔で答えた。
訪問先もその順番も、あらかじめクロヴィスと決めてある。シグナス森林の次は、比較的最近、古竜が現れたという情報のある、ここから北のトリプト村へ向かう。
「そういえば、ラピスを追って来てた後続の馬車が消えた理由、聞いたか?」
「え? あ、そういえば」
すっかり忘れていたラピスに、ディードは「あれもグレゴワール様の仕業だったみたいだぞ」と苦笑した。
「ラピスにかけた加護の魔法には、よこしまな考えを持って近づく者を遠ざける効果もあるって」
「そうなの!? そんな魔法もあるんだねぇ! お師匠様ったら、やっぱりすごいなぁ」
「ていうか、どんだけ守れば気が済むんだっていう鉄壁ぶりが怖いんだけど。遠ざけられた馬車たちは今頃どうなってるのかな。でもまあ、その『大魔法使い本気の加護魔法』と、うちの団長の物理的な攻撃力があるから、下手に護衛を増やさなかったってことなのかもね」
ディードのその言葉通り、結局、熱心にラピスの護衛を申し出てくれた騎士たちの扱いは保留となっていた。
第三騎士団直属の部下ということで、剣の腕や身元や人間性などは信頼が置けるとジークが請け合ったし、クロヴィスも反対はしていなかった。
ただ、個人の護衛は参加登録が義務付けられているので急に護衛の任に就くことはできず、いろいろと手続きが必要らしい。
騎士たちはもどかしそうに、ラピスとジークにこう言い置いて行った。
「自分たちは申請のため王都へ向かいますが、無事許可が得られましたら、すぐに合流させてもらいますからね!」
「はい! よろしくお願いします!」
つられて元気に返したラピスの隣で、ジークが無言でうなずいていた。
器用に動く長い指が、「風邪ひくなよ」とラピスのマフラーを巻き直してくれた。
「――俺が言うのもなんだが、歌い手というのは本来なら、国費で保護されるほど重要な立場だ。そのくらい珍しい。なのに母御の魔法使いとしての記録がまるっきり無い理由は、まだ追えていないが……お前の能力を隠した理由は、わかると思うよ」
「理由」
「ただ笑っていてほしかったんだ。だからひたすら、あたたかい心でお前をくるんだ。竜も人も愛する、そのまあるい、優しい心で。義務でも強制でもなく、自分の意思で聴いて、解いて、歌ってほしかったんだろう」
ラピスは改めて、頑なにラピスを魔法と名のつくものから遠ざけていた母を思った。それでいて、竜と親しむすべは惜しみなく教えてくれた。
母がラピスの前で竜言語を披露したことは無かったけれど、一緒に森に行ける数少ない機会のたび、必ず竜と会えていた。
『本当の本当に、心から信じられる人に出会ったら、そのときは打ち明けてもいいわ。母様がそのように、竜に頼んでおいてあげましょう』
そのときまで竜のことは隠しておくよう繰り返していたあの言葉も、本当に、『歌』で頼んでくれていたのかもしれない。
クロヴィスが、在りし日の母と同じくらい優しく微笑む。
「だからお前は、歌を聴くことだけに集中すればいい。ほかのことは俺に任せておけ。この先は『師匠ならどうするか』よりもまず、『自分はどうしたいか』を考えて決断してみろ。自由で優しいラピんこだからこそできることが、きっとあるから」
「お師匠様……やっぱりまたお別れなのですか? 一緒に行けないのですか?」
「ひとまずな」
くしゃっと髪を撫でる、大きな手。
そんなふうに優しい顔で、優しい声で言われてしまったら。
余計に離れがたくて、頼りたくて、泣きたくなってしまう。
(僕はこんなに甘ったれだったかな)
カーレウムの家にいた頃は、もっと自分でなんでもやって、なんでも自分で決めていた。こんなにいちいち涙ぐんだりしなかった。
でも寂しさと同時に、心の底から(頑張らなきゃ)と力が湧いてきた。大好きな人のためなら力がどんどん漲ってくる。
目が潤んでしまうのは止められなかったが、ラピスはめいっぱい笑った。
「……僕、頑張って、もっともっと歌を集めます!」
「ああ、頑張れ」
「そしてお師匠様への悪い誤解も解きますっ‼」
「それは本当にいいから……」
「そういえばお師匠様。ここに来てくれたのって、もしや魔法ですか?」
素晴らしく良いタイミングで来てくれたので、この先もそうだといいなと期待してしまうのだが。
「ああ、まあ……お前が身に着けるものにかけた『加護の魔法』は、持ち主の心の動揺に反応する。つまり、あー。なんだ。俺を必要とするほど困ったときとか」
クロヴィスはなんだか気まずそうに……というか照れ隠しのように、「お前が泣いてるときとか。それを俺が感知できる」と目を逸らしながら言った。
「で、制限はあるが、ある程度なら馬ごと『近道』するくらいのことはできる。……詳細はそのうち教えるよ」
「馬ごと!? 近道!? 近道魔法!? そのうちって、いつのうちですかっ!?」
「お前が魔法を使いこなせるようになれば自然とわかるさ」
「あ~ん今知りたいですぅ」
「さて、俺は帰ろう」
「お師匠様ぁ」
腰に抱きついて粘ったが、そのまま小脇に抱えられて、待機していたジークたちのもとへと届けられてしまった。
そうして、ひとしきり別れの儀式を――抱き合って散々名残を惜しんでディードに呆れられるということを繰り返したのち、クロヴィスは何処かへ向かった。
木立ちのあいだに黒い外套のうしろ姿がすっかり見えなくなるまで、ラピスは手を振って見送った。
「――さて。じゃあ、次は今度こそ、北に行くんだな?」
馬に鞍をつけながら笑いかけてきたディードに、ラピスも「うん!」とにっこり笑顔で答えた。
訪問先もその順番も、あらかじめクロヴィスと決めてある。シグナス森林の次は、比較的最近、古竜が現れたという情報のある、ここから北のトリプト村へ向かう。
「そういえば、ラピスを追って来てた後続の馬車が消えた理由、聞いたか?」
「え? あ、そういえば」
すっかり忘れていたラピスに、ディードは「あれもグレゴワール様の仕業だったみたいだぞ」と苦笑した。
「ラピスにかけた加護の魔法には、よこしまな考えを持って近づく者を遠ざける効果もあるって」
「そうなの!? そんな魔法もあるんだねぇ! お師匠様ったら、やっぱりすごいなぁ」
「ていうか、どんだけ守れば気が済むんだっていう鉄壁ぶりが怖いんだけど。遠ざけられた馬車たちは今頃どうなってるのかな。でもまあ、その『大魔法使い本気の加護魔法』と、うちの団長の物理的な攻撃力があるから、下手に護衛を増やさなかったってことなのかもね」
ディードのその言葉通り、結局、熱心にラピスの護衛を申し出てくれた騎士たちの扱いは保留となっていた。
第三騎士団直属の部下ということで、剣の腕や身元や人間性などは信頼が置けるとジークが請け合ったし、クロヴィスも反対はしていなかった。
ただ、個人の護衛は参加登録が義務付けられているので急に護衛の任に就くことはできず、いろいろと手続きが必要らしい。
騎士たちはもどかしそうに、ラピスとジークにこう言い置いて行った。
「自分たちは申請のため王都へ向かいますが、無事許可が得られましたら、すぐに合流させてもらいますからね!」
「はい! よろしくお願いします!」
つられて元気に返したラピスの隣で、ジークが無言でうなずいていた。
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