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第4唱 ラピスにメロメロ
ラピスがんばる
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家の中から村長に気がついたらしき住民たちが、外套や毛布で虫の雨を防ぎながら飛び出してきた。皆一様に険しい表情をしている。
「よせよ村長、無駄だって! 魔法使いなんかあてにならないって、もうわかっただろう!?」
「そうさ、必死に頼んだのに、あっさり見捨てられちまったじゃないか」
「何が『巡礼』だ、何が『世界を救う』だ。こんな小さな村ひとつ救えないくせに!」
よほど腹に据えかねていたのか、がたいのいい男たちが喧嘩腰にこちらを睨みつけてきた。が、さらに背の高いジークとギュンターに見下ろされて、ビクッとたじろいでいる。
そんな彼らを村長があわててなだめた。
「アヒュクロフト様ご一行様に、失礼な態度をとるでない! この方たちは今までの魔法使いとは違うのだ。なんせ、なんせのう、天使を連れてきてくださったのだから……!」
束の間沈黙が落ちて、バッタの羽音ばかりが響く。
が、我に返った髭面の男が、「村長……」と顔を歪めた。
「心労でとうとうボケちまったか。おい、早くジジイを家に入れてやれ!」
おう! と応じる男たちに、村長が怒声を放った。
「ボケとらんし、どさくさ紛れにジジイ呼ばわりひゅるな!」
そうしてビシッとラピスを指差す。
「お前らには、この神々しき天使が目に入らぬか!」
「だから天使ってなんなん……って、うおっ!? なんでこんなとこに子供が!?」
虫の大群で視界が悪い上にラピスが小さいので、目に入っていなかったらしい。
にこにこ顔のラピスと目が合うと、筋肉の塊のような男が「うおぅ」とバッタと共に跳び上がった。隣の丸太のような男も目を丸くしている。
「うわあ、ほんとに天使みたいな子だな……髪の毛ふわっふわ」
「おめめクリックリ」
「どこの子だ? ほれ、バッタに噛まれるから早くうちに来い! ジジイの長話に付き合ってたら切りがないんだから」
か弱い(と自己申告していた)村長が、いよいよキレた。
「ジジイ言うなっちうのに、この脳筋どもが! いいからジジイの話を聞け! よいか皆の衆。このお子こそ、あの伝説の大魔法使い様の、お弟子さんなのだ!」
「…………はあぁ?」
そろって眉根を寄せた男たちに、ラピスは元気よく挨拶をした。
「こんにちは! 僕、お師匠様の弟子のラピス・グレゴワールといいます!」
☆ ☆ ☆
すったもんだの末、竜鱗香の効果を知った村民たちは、ようやく村長の言うことに理解を示した。
とはいえ竜鱗香の効果は信じても、ラピスに魔法使いとしての役割を期待していないらしきことは……
「こんなあどけない子を、巡礼に巻き込むなんて」
「タレ目のイケメンは軽薄と相場が決まってるのよ」
などとギュンターを睨みつける女性陣の態度からも明らかだったが。
「どうしてこういうときって、俺ばかり責められがちなのでしょうね?」
苦笑するギュンターがジークに尋ねると、無言の団長に代わりディードが答えた。
「にじみ出る人間性でしょうね。いいから手を動かしてください」
そう。今ラピスたちは、クロヴィス直伝の『大がかりな虫除けを行う方法』を実践すべく、焚火の準備の真っ最中なのだ。
炎を大きく燃やす必要があると言ったら、村長たちがよく乾燥させた薪をたくさん提供してくれたので、それをジークが手早く組んでいる。
(お師匠様も、薪を組むの上手だったなぁ……)
ふとしたことで思い出しては会いたくなってしまうが、今は我慢。
準備が整ったところで、ラピスは火付け用の樹皮に魔法で点火した。
さらに魔法で炎を熾して、そこへ古竜の鱗を大量に投入する。
「えっ、そんなに!?」
少し離れたところから見守っていた村長たちは、すでに竜鱗香の材料が古竜の鱗だと聞かされているので、「そんな貴重なものを」と盛んに恐縮した。
が、ラピスはむしろ感動していた。
(古竜さんは、鱗が必要になるってわかってたのかなぁ……)
『古竜が今くれたってことは、ラピんこの旅に必要なのさ。きっと。……絶対』
そう言って持たせてくれたクロヴィスも、改めてすごいと思う。まさに先見の明。
感動のあまりディードたちに『竜とお師匠様の偉大さについて』語りたくてたまらなくなったが、それも今は我慢した。
遠巻きに飛び交っていた虫たちは、古竜の鱗入りの焚火が始まった途端、さらに遠くへ逃げて行った。しかしまだ村から去ったわけではなく、視認できない距離か建物の中にでも避難していると思われる。
虫は虫で、生まれたからには生きようと必死なだけだ。人の側の都合のみで、虫といえど大量の命を左右することは心が痛む。けれど虫に穀物を喰い尽くされれば、この村の人たちの命にも関わる。
『何もかもいっぺんには解決できない。ラピんこが今すべきことは、なんだ?』
師の言葉を思い出し、心の中で(ごめんなさい)とバッタに謝って、ラピスは気持ちを奮い立たせた。
広範囲に影響を及ぼすよう竜鱗香を活かすには、『もうひと手間かければ完璧』と教わった。
ラピスは、すぅ、と大きく息を吸い込んで――歌った。
この地と人々をお守りくださいと願う、竜言語の歌を。
その歌が竜鱗香を活性化させ、望むように行き渡らせられる。それこそが『もうひと手間』。
旋律に溶かすのは、傷に薬を塗ってくれたり、転びかけても必ず助けてくれる人がいることの嬉しさや、心のぬくもり。いつも消えない感謝と癒し。
歌うにつれて、炎から白い煙が立ちのぼる。
それはまるで、鱗をくれたあの蛇型の古竜のよう。どこまでも長く高く、灰色の空へと伸び上がる。
いつのまにかたくさんの村の人たちが集まって来ていたようで、抑えた驚愕の声が次々上がった。
竜鱗香は、ほのかにミントのような、涼やかな香りを広げていく。
煙も不思議と刺激がなく、吸い込んでも咳き込んだり目にしみたりすることがない。
だからラピスは存分に、もういいかなと納得するまで歌った。
そしてその頃には村中が、隅の隅まで自由自在に泳ぐ白煙に満たされて。
煙が消えたあとには、蝗災も去っていた。
「よせよ村長、無駄だって! 魔法使いなんかあてにならないって、もうわかっただろう!?」
「そうさ、必死に頼んだのに、あっさり見捨てられちまったじゃないか」
「何が『巡礼』だ、何が『世界を救う』だ。こんな小さな村ひとつ救えないくせに!」
よほど腹に据えかねていたのか、がたいのいい男たちが喧嘩腰にこちらを睨みつけてきた。が、さらに背の高いジークとギュンターに見下ろされて、ビクッとたじろいでいる。
そんな彼らを村長があわててなだめた。
「アヒュクロフト様ご一行様に、失礼な態度をとるでない! この方たちは今までの魔法使いとは違うのだ。なんせ、なんせのう、天使を連れてきてくださったのだから……!」
束の間沈黙が落ちて、バッタの羽音ばかりが響く。
が、我に返った髭面の男が、「村長……」と顔を歪めた。
「心労でとうとうボケちまったか。おい、早くジジイを家に入れてやれ!」
おう! と応じる男たちに、村長が怒声を放った。
「ボケとらんし、どさくさ紛れにジジイ呼ばわりひゅるな!」
そうしてビシッとラピスを指差す。
「お前らには、この神々しき天使が目に入らぬか!」
「だから天使ってなんなん……って、うおっ!? なんでこんなとこに子供が!?」
虫の大群で視界が悪い上にラピスが小さいので、目に入っていなかったらしい。
にこにこ顔のラピスと目が合うと、筋肉の塊のような男が「うおぅ」とバッタと共に跳び上がった。隣の丸太のような男も目を丸くしている。
「うわあ、ほんとに天使みたいな子だな……髪の毛ふわっふわ」
「おめめクリックリ」
「どこの子だ? ほれ、バッタに噛まれるから早くうちに来い! ジジイの長話に付き合ってたら切りがないんだから」
か弱い(と自己申告していた)村長が、いよいよキレた。
「ジジイ言うなっちうのに、この脳筋どもが! いいからジジイの話を聞け! よいか皆の衆。このお子こそ、あの伝説の大魔法使い様の、お弟子さんなのだ!」
「…………はあぁ?」
そろって眉根を寄せた男たちに、ラピスは元気よく挨拶をした。
「こんにちは! 僕、お師匠様の弟子のラピス・グレゴワールといいます!」
☆ ☆ ☆
すったもんだの末、竜鱗香の効果を知った村民たちは、ようやく村長の言うことに理解を示した。
とはいえ竜鱗香の効果は信じても、ラピスに魔法使いとしての役割を期待していないらしきことは……
「こんなあどけない子を、巡礼に巻き込むなんて」
「タレ目のイケメンは軽薄と相場が決まってるのよ」
などとギュンターを睨みつける女性陣の態度からも明らかだったが。
「どうしてこういうときって、俺ばかり責められがちなのでしょうね?」
苦笑するギュンターがジークに尋ねると、無言の団長に代わりディードが答えた。
「にじみ出る人間性でしょうね。いいから手を動かしてください」
そう。今ラピスたちは、クロヴィス直伝の『大がかりな虫除けを行う方法』を実践すべく、焚火の準備の真っ最中なのだ。
炎を大きく燃やす必要があると言ったら、村長たちがよく乾燥させた薪をたくさん提供してくれたので、それをジークが手早く組んでいる。
(お師匠様も、薪を組むの上手だったなぁ……)
ふとしたことで思い出しては会いたくなってしまうが、今は我慢。
準備が整ったところで、ラピスは火付け用の樹皮に魔法で点火した。
さらに魔法で炎を熾して、そこへ古竜の鱗を大量に投入する。
「えっ、そんなに!?」
少し離れたところから見守っていた村長たちは、すでに竜鱗香の材料が古竜の鱗だと聞かされているので、「そんな貴重なものを」と盛んに恐縮した。
が、ラピスはむしろ感動していた。
(古竜さんは、鱗が必要になるってわかってたのかなぁ……)
『古竜が今くれたってことは、ラピんこの旅に必要なのさ。きっと。……絶対』
そう言って持たせてくれたクロヴィスも、改めてすごいと思う。まさに先見の明。
感動のあまりディードたちに『竜とお師匠様の偉大さについて』語りたくてたまらなくなったが、それも今は我慢した。
遠巻きに飛び交っていた虫たちは、古竜の鱗入りの焚火が始まった途端、さらに遠くへ逃げて行った。しかしまだ村から去ったわけではなく、視認できない距離か建物の中にでも避難していると思われる。
虫は虫で、生まれたからには生きようと必死なだけだ。人の側の都合のみで、虫といえど大量の命を左右することは心が痛む。けれど虫に穀物を喰い尽くされれば、この村の人たちの命にも関わる。
『何もかもいっぺんには解決できない。ラピんこが今すべきことは、なんだ?』
師の言葉を思い出し、心の中で(ごめんなさい)とバッタに謝って、ラピスは気持ちを奮い立たせた。
広範囲に影響を及ぼすよう竜鱗香を活かすには、『もうひと手間かければ完璧』と教わった。
ラピスは、すぅ、と大きく息を吸い込んで――歌った。
この地と人々をお守りくださいと願う、竜言語の歌を。
その歌が竜鱗香を活性化させ、望むように行き渡らせられる。それこそが『もうひと手間』。
旋律に溶かすのは、傷に薬を塗ってくれたり、転びかけても必ず助けてくれる人がいることの嬉しさや、心のぬくもり。いつも消えない感謝と癒し。
歌うにつれて、炎から白い煙が立ちのぼる。
それはまるで、鱗をくれたあの蛇型の古竜のよう。どこまでも長く高く、灰色の空へと伸び上がる。
いつのまにかたくさんの村の人たちが集まって来ていたようで、抑えた驚愕の声が次々上がった。
竜鱗香は、ほのかにミントのような、涼やかな香りを広げていく。
煙も不思議と刺激がなく、吸い込んでも咳き込んだり目にしみたりすることがない。
だからラピスは存分に、もういいかなと納得するまで歌った。
そしてその頃には村中が、隅の隅まで自由自在に泳ぐ白煙に満たされて。
煙が消えたあとには、蝗災も去っていた。
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