77 / 228
第4唱 ラピスにメロメロ
ラピス、ジークを励ます
しおりを挟む
「大丈夫ですよぅ、ジークさん。お師匠様は本当に優しい人ですから、そんなことで怒ったりしませんっ」
「……」
「それにお師匠様は噂されることに慣れてるはずです! ひどい悪評があるそうですから。ね、ディード?」
「えっ! あ、う、うん。そうだね」
突然の名指しに驚いたか、ディードは気まずそうに目を逸らしている。
ラピスは師にそうするように、ジークの太腿に手を置いて膝立ちし、下から覗き込んで視線を合わせた。
「人から悪く言われるのは悲しいです。人を悪く言うのも悲しいです。なかなか抜けないナイフみたいだけど、でもそんな言葉は早く捨てないと、心の傷が深くなるばかりなんです。と、竜が言ってました」
「竜が」
目を瞬かせるジークに「はい」とうなずく。
カーレウムの家で、独りぼっちのラピスをいつも慰めてくれた竜たちの言葉。
それらすべてが、今も、いつでも、心を支えてくれている。
美しい言葉は、どこにいてもどんなときも、必要ならば取り出せるし、大事にしていれば決して失わない。心に宿る宝ものだ。
「お師匠様は、悪い言葉に負けない人なんです。なんと言われようと、自分が正しいと思ったことをする、とっても強い人なんです。僕、そんなところも心から尊敬しているのです。でもほんと言うと、お師匠様はあまりにかっこよくて優しくて賢くて、尊敬できないところなんかひとつもないのですけど」
ジークの端整な顔が、小さく綻んだ。
「……良い師匠だな」
「はいっ! 世界一の自慢のお師匠様ですっ!」
ジークがちょっと元気になってくれたように見えるのも嬉しいが、クロヴィスが褒められるのも、どんなときでも最高に嬉しい。
師を褒めてくれたジークにはもっと元気を出してほしいので、ラピスはさらに気合いを入れて励ますことにした。
「それに今回の噂は悪い噂じゃないですもんねっ。婚約の話なら、むしろおめでたいです!」
途端、いつの間にか静かになって二人の会話を聞いていたギュンターたちが――今度はヘンリックまでも――派手に噴き出した。ディードすら笑いをこらえきれずに肩を震わせている。
「僕、おかしなこと言ったかな……」
ラピスがちょっとしょんぼりすると、立ち上がったジークに頭を撫でられた。
「まったく言ってない……!」
そう言い放つや、第三騎士団団長はとうとう、部下たちの頭に手刀を下ろしたのだった。
☆ ☆ ☆
ゴルト街一日目の夜は更け、ラピスたちは久々のまともな寝台でゆっくり眠った。
その翌日は朝から快晴で、前日、街中を覆った雪が日に照らされ、眩しいほど煌めいている。
窓を開けてキリリと冷えた空気を吸い込むと、ほのかに炭を含んだような、独特の匂い。それが雪の匂いだと、ラピスは宿の支配人から教わった。
「ラピス様は、雪は初めてですか?」
「いいえ、ブルフェルト街も雪は降りました。でもこんなには降らなかったです」
「では寒さがこたえるでしょう。当宿自慢のあたたかい果実茶はいかがですか? わたくしからのサービスです」
「わあ、ぜひ!」
嬉しさのあまりラピスがぱあぁっと笑顔になって飛び跳ねると、支配人と、そばで会話を見守っていた従業員たちが、「「「かかか可愛いぃ」」」と顔を見合わせ笑いあう。
支配人がお茶を運んでくれるというので、ラピスはジークと二人で社交室へ移動した。
ラピスが目ざめたとき、先に起きていたのはジークだけだった。
いつもしっかり早起きするディードもさすがに疲れが溜まっていたらしく、ヘンリック共々ぐっすり眠っている。ギュンターは……言わずもがな。
だから皆は起こさず寝かせておくことにして、ジークと二人だけで先に朝食をとったのち、玄関広間で雪やお土産を見ていたら、支配人から話しかけられたのだ。
ラピスたちが窓際の席に着くと間もなく、熱い果実茶が大きなポットにたっぷり運ばれてきた。
地元名産の干し果物が惜しみなく入ったお茶は、自然な甘みと爽やかな香りがたまらなく美味しい。蜂蜜を入れても一緒にブレンドされたミントのおかげでスッキリとした味わいで、ジークも気に入ったようだった。
お茶をいただきつつ、大きな窓から雪景色を見ていたラピスは、雪遊びをしたくてたまらなくなった。
あとで外套を着てからにするようジークに止められたが、その代わりジークは従業員に言って手近な窓を開けてもらい、大きな手で雪をすくい取って、手早く小さな雪だるまを作ってくれた。
「わあっ! すごいすごい、僕も作りたいです! おっきいのを!」
「あとで、焼き石もちゃんと持ってからな……」
「あ~ん。ほわぁ、ひゃっこい」
ちなみに「ひゃっこい(冷たい)」も、ここに来てからおぼえた言葉。
お茶の受け皿にのせられた雪だるまに、果実の種で目を付けてジークと笑い合っていると、周囲の客たちがにこにこしながら「可愛いわねぇ」と話しかけてきた。
ラピスが「はい、雪だるま可愛いです」と言うと笑いが起こり、「あなたのことよ」と言われてしまった。
「昨夜お見かけしてからずっと、なんて可愛い子でしょうと話していたんですよ」
上品なご婦人の言葉をきっかけに、居合わせた人たちから次々話しかけられた。
「アシュクロフト騎士団長殿とご一緒ということは、きみが噂の、大魔法使い様のお弟子さんなんだね?」
「愛らしい子だと聞いてはいたけれど、噂以上で目の保養よ。でも冬の旅なんて大丈夫なのかしら……躰が凍ってしまうわよ。心配だわ」
ラピスはここぞとばかり、「素晴らしいお師匠様の、心強い助力である加護魔法」とその効果について力説した。皆が「それはすごい」と口々に感嘆してくれたところで、小さな胸を張る。
「それにジークさんが守ってくれてるから大丈夫なのです!」
にっこり笑顔でジークを見ると、最近少しずつ見せてくれることの増えた微笑みが返ってきた。
その様子を見ていたご婦人たちから、うっとりとため息が漏れる。ここでもジーク人気は健在らしい。
「……」
「それにお師匠様は噂されることに慣れてるはずです! ひどい悪評があるそうですから。ね、ディード?」
「えっ! あ、う、うん。そうだね」
突然の名指しに驚いたか、ディードは気まずそうに目を逸らしている。
ラピスは師にそうするように、ジークの太腿に手を置いて膝立ちし、下から覗き込んで視線を合わせた。
「人から悪く言われるのは悲しいです。人を悪く言うのも悲しいです。なかなか抜けないナイフみたいだけど、でもそんな言葉は早く捨てないと、心の傷が深くなるばかりなんです。と、竜が言ってました」
「竜が」
目を瞬かせるジークに「はい」とうなずく。
カーレウムの家で、独りぼっちのラピスをいつも慰めてくれた竜たちの言葉。
それらすべてが、今も、いつでも、心を支えてくれている。
美しい言葉は、どこにいてもどんなときも、必要ならば取り出せるし、大事にしていれば決して失わない。心に宿る宝ものだ。
「お師匠様は、悪い言葉に負けない人なんです。なんと言われようと、自分が正しいと思ったことをする、とっても強い人なんです。僕、そんなところも心から尊敬しているのです。でもほんと言うと、お師匠様はあまりにかっこよくて優しくて賢くて、尊敬できないところなんかひとつもないのですけど」
ジークの端整な顔が、小さく綻んだ。
「……良い師匠だな」
「はいっ! 世界一の自慢のお師匠様ですっ!」
ジークがちょっと元気になってくれたように見えるのも嬉しいが、クロヴィスが褒められるのも、どんなときでも最高に嬉しい。
師を褒めてくれたジークにはもっと元気を出してほしいので、ラピスはさらに気合いを入れて励ますことにした。
「それに今回の噂は悪い噂じゃないですもんねっ。婚約の話なら、むしろおめでたいです!」
途端、いつの間にか静かになって二人の会話を聞いていたギュンターたちが――今度はヘンリックまでも――派手に噴き出した。ディードすら笑いをこらえきれずに肩を震わせている。
「僕、おかしなこと言ったかな……」
ラピスがちょっとしょんぼりすると、立ち上がったジークに頭を撫でられた。
「まったく言ってない……!」
そう言い放つや、第三騎士団団長はとうとう、部下たちの頭に手刀を下ろしたのだった。
☆ ☆ ☆
ゴルト街一日目の夜は更け、ラピスたちは久々のまともな寝台でゆっくり眠った。
その翌日は朝から快晴で、前日、街中を覆った雪が日に照らされ、眩しいほど煌めいている。
窓を開けてキリリと冷えた空気を吸い込むと、ほのかに炭を含んだような、独特の匂い。それが雪の匂いだと、ラピスは宿の支配人から教わった。
「ラピス様は、雪は初めてですか?」
「いいえ、ブルフェルト街も雪は降りました。でもこんなには降らなかったです」
「では寒さがこたえるでしょう。当宿自慢のあたたかい果実茶はいかがですか? わたくしからのサービスです」
「わあ、ぜひ!」
嬉しさのあまりラピスがぱあぁっと笑顔になって飛び跳ねると、支配人と、そばで会話を見守っていた従業員たちが、「「「かかか可愛いぃ」」」と顔を見合わせ笑いあう。
支配人がお茶を運んでくれるというので、ラピスはジークと二人で社交室へ移動した。
ラピスが目ざめたとき、先に起きていたのはジークだけだった。
いつもしっかり早起きするディードもさすがに疲れが溜まっていたらしく、ヘンリック共々ぐっすり眠っている。ギュンターは……言わずもがな。
だから皆は起こさず寝かせておくことにして、ジークと二人だけで先に朝食をとったのち、玄関広間で雪やお土産を見ていたら、支配人から話しかけられたのだ。
ラピスたちが窓際の席に着くと間もなく、熱い果実茶が大きなポットにたっぷり運ばれてきた。
地元名産の干し果物が惜しみなく入ったお茶は、自然な甘みと爽やかな香りがたまらなく美味しい。蜂蜜を入れても一緒にブレンドされたミントのおかげでスッキリとした味わいで、ジークも気に入ったようだった。
お茶をいただきつつ、大きな窓から雪景色を見ていたラピスは、雪遊びをしたくてたまらなくなった。
あとで外套を着てからにするようジークに止められたが、その代わりジークは従業員に言って手近な窓を開けてもらい、大きな手で雪をすくい取って、手早く小さな雪だるまを作ってくれた。
「わあっ! すごいすごい、僕も作りたいです! おっきいのを!」
「あとで、焼き石もちゃんと持ってからな……」
「あ~ん。ほわぁ、ひゃっこい」
ちなみに「ひゃっこい(冷たい)」も、ここに来てからおぼえた言葉。
お茶の受け皿にのせられた雪だるまに、果実の種で目を付けてジークと笑い合っていると、周囲の客たちがにこにこしながら「可愛いわねぇ」と話しかけてきた。
ラピスが「はい、雪だるま可愛いです」と言うと笑いが起こり、「あなたのことよ」と言われてしまった。
「昨夜お見かけしてからずっと、なんて可愛い子でしょうと話していたんですよ」
上品なご婦人の言葉をきっかけに、居合わせた人たちから次々話しかけられた。
「アシュクロフト騎士団長殿とご一緒ということは、きみが噂の、大魔法使い様のお弟子さんなんだね?」
「愛らしい子だと聞いてはいたけれど、噂以上で目の保養よ。でも冬の旅なんて大丈夫なのかしら……躰が凍ってしまうわよ。心配だわ」
ラピスはここぞとばかり、「素晴らしいお師匠様の、心強い助力である加護魔法」とその効果について力説した。皆が「それはすごい」と口々に感嘆してくれたところで、小さな胸を張る。
「それにジークさんが守ってくれてるから大丈夫なのです!」
にっこり笑顔でジークを見ると、最近少しずつ見せてくれることの増えた微笑みが返ってきた。
その様子を見ていたご婦人たちから、うっとりとため息が漏れる。ここでもジーク人気は健在らしい。
290
あなたにおすすめの小説
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
厄介払いされてしまいました
たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。
十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。
しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる