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第5唱 母の面影
あっちもこっちもラピスも異変 2
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ディードはピクッと片眉を上げたが、運ばれてきたジークの紅茶に無言で蒸留酒を垂らし、話の続きを待っている。
一方ラピスは、なんだか頭がぐらぐらしてきた。
『流行り病』と聞いてから、母が亡くなった日のことが脳裏に浮かんで離れない。
(シグナス森林で会った古竜は、母様は流行り病じゃなく、呪いの穢れに触れたせいで亡くなったって言ってた。……いや、今は母様のことより、流行り病が発生したことについて考えなきゃ)
思考がぐるぐるする。
落ち着こうと、すがるようにクロヴィスの言葉を思い起こした。
(そうだ。呪いのことはお師匠様に任せるって約束した。だから、えっと……)
ラピスの異変に気づかず、ドロシアは緑の瞳を輝かせながら話を続ける。
「この巡礼にね、なんと王子殿下まで参加されたらしいのよ!」
「へあ? 王子様が?」
王子と言われても、ラピスにはピンとこない。
王女ならば、クロヴィスのところへ突撃したと聞いたばかりだが。
「王太子様含めて三人いらっしゃる王子様のうち、どなたが参加されたかはまだわからないのだけどね。そもそもなぜいきなり参加されたのか、その理由もわからないし。でもね。もしも実際に王子殿下と会えたなら、ぜひ……ぜひ……ラピスくんと王子様が並ぶところを、見てみたいのよ……!」
マロンパイにナイフを入れたまま、「王子様が天使な美少年に見惚れる図……美少年の書が充実するわ……」と視線の定まらぬ目で笑みを浮かべるドロシアに、ラピスは「へあ」と気の抜けた声を漏らした。
そんな彼女に、あからさまに不審者を見る目を向けていたディードが、ジークへと視線を移した。
「騎士団の詰所には連絡が来ているのでしょうか」
「……寄ってみよう」
ジークはそれだけ答えて紅茶に口をつける。
ちらちらとジークの様子を窺っていた女性客たちから、ほぅ、と甘やかなため息がこぼれた。何人かは「アシュクロフト様と同じメニューをいただける?」と頬を染めて注文している。
しかし紅茶を飲むだけでうっとりされる騎士団長は、彼女たちには目もくれず。
ホットミルクのカップを両手でつつんだまま固まっていたラピスに、心配そうな目を向けてきた。
「……ラピス。ぐあいが悪いんじゃないか?」
「俺もそう思ってたんです」
ディードにもそう言われて、ラピスは驚いた。
確かにちょっと体調が悪い気もするが、ラピス自身ですら自覚が薄いのに、気づかれているとは思わなかった。
とはいえ心配させては申しわけないので、笑って答える。
「ちょっとボーッとするだけですよ~」
「えっ、やだ、ほんと!? 大丈夫!? ラピスくん!」
にわかにあわてふためくドロシアにも「大丈夫~」と答えたが、ジークとディードの表情が一変した。
「すぐ宿に戻ろう。ホットミルクだけでも、飲めるようなら飲みなさい」
真剣な顔でミルクを勧めてくるジークの向かいでディードは、「すみません、やっぱり全部持ち帰ります!」と女性店員に頼んでいる。
「えっ、ちょっ、待っ」
あわててパイを飲み込もうとするドロシアにも、ディードは心配りを忘れなかった。
「支払いは済ませましたから、あなたはどうぞごゆっくりなさってください」
「はい!? いえ、わたしも一緒に……」
「行くぞ」
ミルクを飲み終えたラピスは、またもジークに抱き上げられた。
いくら護衛のためでも、赤ちゃんじゃないのだから自分で歩けるのに……と思う気持ちに反して、躰からどんどん力が抜けていく。
ジークの外套の下に隠すように覆われながら、女性たちの黄色い声を聞いた気がするけれど、ひどくぼんやりとしていて……そこから先の記憶は白い景色ばかりだった。
一方ラピスは、なんだか頭がぐらぐらしてきた。
『流行り病』と聞いてから、母が亡くなった日のことが脳裏に浮かんで離れない。
(シグナス森林で会った古竜は、母様は流行り病じゃなく、呪いの穢れに触れたせいで亡くなったって言ってた。……いや、今は母様のことより、流行り病が発生したことについて考えなきゃ)
思考がぐるぐるする。
落ち着こうと、すがるようにクロヴィスの言葉を思い起こした。
(そうだ。呪いのことはお師匠様に任せるって約束した。だから、えっと……)
ラピスの異変に気づかず、ドロシアは緑の瞳を輝かせながら話を続ける。
「この巡礼にね、なんと王子殿下まで参加されたらしいのよ!」
「へあ? 王子様が?」
王子と言われても、ラピスにはピンとこない。
王女ならば、クロヴィスのところへ突撃したと聞いたばかりだが。
「王太子様含めて三人いらっしゃる王子様のうち、どなたが参加されたかはまだわからないのだけどね。そもそもなぜいきなり参加されたのか、その理由もわからないし。でもね。もしも実際に王子殿下と会えたなら、ぜひ……ぜひ……ラピスくんと王子様が並ぶところを、見てみたいのよ……!」
マロンパイにナイフを入れたまま、「王子様が天使な美少年に見惚れる図……美少年の書が充実するわ……」と視線の定まらぬ目で笑みを浮かべるドロシアに、ラピスは「へあ」と気の抜けた声を漏らした。
そんな彼女に、あからさまに不審者を見る目を向けていたディードが、ジークへと視線を移した。
「騎士団の詰所には連絡が来ているのでしょうか」
「……寄ってみよう」
ジークはそれだけ答えて紅茶に口をつける。
ちらちらとジークの様子を窺っていた女性客たちから、ほぅ、と甘やかなため息がこぼれた。何人かは「アシュクロフト様と同じメニューをいただける?」と頬を染めて注文している。
しかし紅茶を飲むだけでうっとりされる騎士団長は、彼女たちには目もくれず。
ホットミルクのカップを両手でつつんだまま固まっていたラピスに、心配そうな目を向けてきた。
「……ラピス。ぐあいが悪いんじゃないか?」
「俺もそう思ってたんです」
ディードにもそう言われて、ラピスは驚いた。
確かにちょっと体調が悪い気もするが、ラピス自身ですら自覚が薄いのに、気づかれているとは思わなかった。
とはいえ心配させては申しわけないので、笑って答える。
「ちょっとボーッとするだけですよ~」
「えっ、やだ、ほんと!? 大丈夫!? ラピスくん!」
にわかにあわてふためくドロシアにも「大丈夫~」と答えたが、ジークとディードの表情が一変した。
「すぐ宿に戻ろう。ホットミルクだけでも、飲めるようなら飲みなさい」
真剣な顔でミルクを勧めてくるジークの向かいでディードは、「すみません、やっぱり全部持ち帰ります!」と女性店員に頼んでいる。
「えっ、ちょっ、待っ」
あわててパイを飲み込もうとするドロシアにも、ディードは心配りを忘れなかった。
「支払いは済ませましたから、あなたはどうぞごゆっくりなさってください」
「はい!? いえ、わたしも一緒に……」
「行くぞ」
ミルクを飲み終えたラピスは、またもジークに抱き上げられた。
いくら護衛のためでも、赤ちゃんじゃないのだから自分で歩けるのに……と思う気持ちに反して、躰からどんどん力が抜けていく。
ジークの外套の下に隠すように覆われながら、女性たちの黄色い声を聞いた気がするけれど、ひどくぼんやりとしていて……そこから先の記憶は白い景色ばかりだった。
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