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第6唱 竜王の呪い
救いを、待っている
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古竜が見せてくれたのは、雪と氷に閉ざされた世界だった。
命の存在を許さぬ過酷な世界に見えたけれど、『楽しいか』と問いかけてきた誰かも、答えた白き古竜も、穏やかで、心から楽しそうで、幸せそうだった。
なのに。
今ラピスが目にしている雪白の古竜は、打ちひしがれているように見える。
紺青の瞳が雪で潤んで、涙をこらえているみたいだ。
ラピスは、竜に会ってこんなに悲しくなるのは初めてだった。
『どうしてそんなに悲しそうなのですか? どこか痛いのですか?』
もう一度歌うと、粉雪のように返歌が降った。
『救いを。救いを、待っている』
救い、とは。
古竜がそれを求めているのか。あるいはロックス町の人々のことか。
ラピスには前者のように思えた。
『何か困っているの? 僕にできることは、ありますか?』
今度は巨大な目に、優しい微笑の色が浮かんだ。
けれど返された歌は、質問に対する答えとしては曖昧だった。
『雪真珠の鱗、苺鈴草、老亀の甲羅、南方の砂』
歌の意味は、薬の材料と作り方だった。
古竜は続けて、ロックス町に入る術を歌い……
『彼の町は、呪いの支配下にある』
そう警告して、聖魔法と風魔法で町に入り、土魔法を合わせて防御し、火と水の魔法で浄化する方法を、具体的なイメージと共に歌ってくれた。
薬のほうは、今回の疫病に有効ということなのだろう。
それだけ歌うと、雪白の古竜は、花弁が散るように消えてしまった。
なおも古竜の姿を探していたラピスだが、諦めて視線を下げたところで足もとの様子に気づき、「あっ!」と声を上げた。
真珠の煌めきの竜の鱗(の欠片)が、雪の上に降り積もっている。
『雪真珠の鱗』とは、先ほど降ってきたこの鱗のことだろう。辺りに散らばるそれを、雪に覆われる前に回収せねばならない。
「みんな手伝ってくださ~い!」
「これを拾えばいいのか?」
「はい!」
シャキッとしているのはジークだけで、ほかの者は竜酔いしているらしく、古竜が消えた空を見上げてボーッと口をあけていた。
鱗を拾う手を止めたジークが、以前クロヴィスがやっていたように、ギュンターを含む騎士たちの尻や背中を叩いて回った。だいぶ手荒いが、数回叩かれると皆我に返って、急いで鱗を集めてくれた。
広間に戻り、解いた歌の仔細について話すと、ギュンターが「トリプト村の村長がくれた甲羅が、こんなところで役立つとはなぁ」と愉快そうに笑った。ラピスもそう思う。老亀の甲羅をくれた村長に、心から感謝だ。
「それにしてもラピスくんは本当にすごい!」
興奮気味の騎士たちは、未だ頬を上気させている。
「自分、感動しました……! 古竜の大迫力の美しさと、威厳と、そしてラピスくんの歌に!」
「本当に。夢を見ているみたいでしたよ……」
なんとか事態を打開できそうだし、みんなが喜んでくれてラピスも嬉しい。
けれどやっぱり、古竜のひどく悲しそうな眼が忘れられず、胸が苦しくもあった。
「ラピス、もう外套脱いでも大丈夫じゃないかな」
「あっ、そうか」
ぼんやりしていたものだから、ディードに言われるまで雪だるまスタイルのことを忘れていた。単に着膨れしたままだから苦しかったのかもしれない。
「暖炉のそばにいろよ」と言いつつディードが脱がしてくれたのだが、その途端、外套の帽子や内側から、真珠色の鱗がどっさり落ちてきた。
「うわぁ、こんなに入ってた~」
「これ絶対、狙って入れただろ、古竜……」
ヘンリックが呆れたように言うので、「まさかぁ」と笑いながら何げなくポケットを探ると、そこにもぎっしり鱗が詰め込まれていた。手のひらいっぱいの鱗を見て、思わず「ほへ?」と変な声が出る。
「ほらやっぱり、狙ったんだって! ぼくのには全然入ってないもんね」
ポケットを確認して残念そうに顔をしかめるヘンリックにつられたか、騎士たちも自分のポケットを探っている。なんだか微笑ましい。
ジークが難しい顔で腕を組んだ。
「苺鈴草は、滅多に手に入るものではないな……」
すかさずラピスは鞄から、干した苺鈴草入りの袋を取り出し、ひらいて見せた。
「じゃじゃーん!」
命の存在を許さぬ過酷な世界に見えたけれど、『楽しいか』と問いかけてきた誰かも、答えた白き古竜も、穏やかで、心から楽しそうで、幸せそうだった。
なのに。
今ラピスが目にしている雪白の古竜は、打ちひしがれているように見える。
紺青の瞳が雪で潤んで、涙をこらえているみたいだ。
ラピスは、竜に会ってこんなに悲しくなるのは初めてだった。
『どうしてそんなに悲しそうなのですか? どこか痛いのですか?』
もう一度歌うと、粉雪のように返歌が降った。
『救いを。救いを、待っている』
救い、とは。
古竜がそれを求めているのか。あるいはロックス町の人々のことか。
ラピスには前者のように思えた。
『何か困っているの? 僕にできることは、ありますか?』
今度は巨大な目に、優しい微笑の色が浮かんだ。
けれど返された歌は、質問に対する答えとしては曖昧だった。
『雪真珠の鱗、苺鈴草、老亀の甲羅、南方の砂』
歌の意味は、薬の材料と作り方だった。
古竜は続けて、ロックス町に入る術を歌い……
『彼の町は、呪いの支配下にある』
そう警告して、聖魔法と風魔法で町に入り、土魔法を合わせて防御し、火と水の魔法で浄化する方法を、具体的なイメージと共に歌ってくれた。
薬のほうは、今回の疫病に有効ということなのだろう。
それだけ歌うと、雪白の古竜は、花弁が散るように消えてしまった。
なおも古竜の姿を探していたラピスだが、諦めて視線を下げたところで足もとの様子に気づき、「あっ!」と声を上げた。
真珠の煌めきの竜の鱗(の欠片)が、雪の上に降り積もっている。
『雪真珠の鱗』とは、先ほど降ってきたこの鱗のことだろう。辺りに散らばるそれを、雪に覆われる前に回収せねばならない。
「みんな手伝ってくださ~い!」
「これを拾えばいいのか?」
「はい!」
シャキッとしているのはジークだけで、ほかの者は竜酔いしているらしく、古竜が消えた空を見上げてボーッと口をあけていた。
鱗を拾う手を止めたジークが、以前クロヴィスがやっていたように、ギュンターを含む騎士たちの尻や背中を叩いて回った。だいぶ手荒いが、数回叩かれると皆我に返って、急いで鱗を集めてくれた。
広間に戻り、解いた歌の仔細について話すと、ギュンターが「トリプト村の村長がくれた甲羅が、こんなところで役立つとはなぁ」と愉快そうに笑った。ラピスもそう思う。老亀の甲羅をくれた村長に、心から感謝だ。
「それにしてもラピスくんは本当にすごい!」
興奮気味の騎士たちは、未だ頬を上気させている。
「自分、感動しました……! 古竜の大迫力の美しさと、威厳と、そしてラピスくんの歌に!」
「本当に。夢を見ているみたいでしたよ……」
なんとか事態を打開できそうだし、みんなが喜んでくれてラピスも嬉しい。
けれどやっぱり、古竜のひどく悲しそうな眼が忘れられず、胸が苦しくもあった。
「ラピス、もう外套脱いでも大丈夫じゃないかな」
「あっ、そうか」
ぼんやりしていたものだから、ディードに言われるまで雪だるまスタイルのことを忘れていた。単に着膨れしたままだから苦しかったのかもしれない。
「暖炉のそばにいろよ」と言いつつディードが脱がしてくれたのだが、その途端、外套の帽子や内側から、真珠色の鱗がどっさり落ちてきた。
「うわぁ、こんなに入ってた~」
「これ絶対、狙って入れただろ、古竜……」
ヘンリックが呆れたように言うので、「まさかぁ」と笑いながら何げなくポケットを探ると、そこにもぎっしり鱗が詰め込まれていた。手のひらいっぱいの鱗を見て、思わず「ほへ?」と変な声が出る。
「ほらやっぱり、狙ったんだって! ぼくのには全然入ってないもんね」
ポケットを確認して残念そうに顔をしかめるヘンリックにつられたか、騎士たちも自分のポケットを探っている。なんだか微笑ましい。
ジークが難しい顔で腕を組んだ。
「苺鈴草は、滅多に手に入るものではないな……」
すかさずラピスは鞄から、干した苺鈴草入りの袋を取り出し、ひらいて見せた。
「じゃじゃーん!」
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