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第8唱 竜の書
「「「ラピスーッ!」」」
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ドロシアのその言葉に最初に反応したのは、ヘンリックだった。
「おまっ、なんてこと言うんだ! 聴き手にとって竜の書がどれほど大切か、お前だって魔法使いの端くれならわかるだろう!」
彼の声には、猛烈な怒りが滲んでいた。
ヘンリックは素直に感情を表す性質ではあるけれど、ここまで怒っているのを見るのは、ラピスは初めてだ。
彼も聴き手ゆえ、当然竜の書を授かっている。そのかけがえのなさを実感しているからこその怒りなのだろう。
ラピスにとっても、竜の書はたからものだ。
幼竜から授かった、幼竜の鱗と同じ水色の表紙の竜の書。
それはこれまで出会った竜たちとの交流そのものであり、そして何より、クロヴィスとの想い出そのものなのだ。
この先きっと何度も、折に触れ頁をひらいては、何度でも学び、元気をもらい、癒される。たいせつに集めた知識の書というだけにとどまらない、心の支え。
だからラピスも当然、キリリと言い切った。
「燃やしません!」
「よし、よく言った!」
親指を立てるヘンリックに冷めた視線を送りながら、ドロシアが「でもぉ」と赤毛を指に巻き付ける。
「燃やしてくれないと、騎士さんたちが全身から血を噴き出して死んじゃうけど、いいの?」
「燃やします!」
「「「ラピスーッ!」」」
背に腹は代えられない。竜の書を取り出そうと鞄をひらいたら、ヘンリックとディードばかりか、ジークやギュンターや同行の騎士たち全員から、よってたかって止められた。
驚いたラピスが「ほえぇ」と目を白黒させているあいだに、ディードが険しい目つきでドロシアを問いつめる。
「ラピスの竜の書を燃やせだなんて、そんな乱暴なことを言うのなら、まず理由を説明すべきだろう!」
ドロシアは「どうしようかな」とにやりと笑った。
「教えてあげる義理はないし。長い話になるしねー?」
「じゃあ、いい」
「いや、聞けよ! ほんとにこの第三王子様ときたら、わたしをイラッとさせる天才だよ!」
背を向けたディードに顔を真っ赤にしてわめいたドロシアだったが、目を丸くして見ているラピスに気づくと、ころりと表情を変えて微笑んだ。
「ラピスくんは、聞きたい?」
「はい、聞きたいです!」
「はう~やっぱりきゃわゆい~。うんうん、ラピスくんには教えちゃうね! 結論から言うと、やっぱり、大魔法使い様の力を削ぐためということになるんだけど」
ギロリと恐ろしい目を向けてくるジークを、「説明してるだけですよっ」と牽制して、ドロシアは「ふぅ」と息を吐いた。
「えーと、つまりね。実験みたいなもの?」
「実験?」
「そう。ほら、大図書館の竜の書……つまり『竜の本』には、『竜の力が欠けたときの対処法』という重要な知識が、欠けたままになっているでしょう?」
そう。それこそが、今回の巡礼の目的だ。
大図書館の『竜の本』は、星の世界の生きものである竜たちと、この世界の人との結びつきを強める、魔法の役割もある。
だから内容の欠落が続く竜の本は、竜がこの世界に存在するための安定性を失わせるという。
「ならば人ではどうなるのか? 竜の書を失ったことによる魔法使いへの影響は? あの方はそれを確認したいのよ」
「え……」
「竜の書を自ら売ってしまうと、二度と授かることはない。そのことは知ってる?」
「い、いいえ。売るなんて。そんなことをする人がいるのですか?」
「知らずに売ってしまう人ならね。アカデミー派のお偉方に利用されて。さらに気の毒なことに、自分の竜の書を売ってしまったその人たちは、歌を解くこともできなくなってしまったそうよ」
「……!」
ラピスは声も出ないほど衝撃を受けた。
ドロシアによると、困窮した聴き手が、生活のため竜の書を売ることもあるのだという。そうした現実をラピスは知らなかった。当然、その人たちのその後について聞く機会もなかった。
「そ、それは、竜の書を失うと、聴き手ではなくなるということですか?」
「おまっ、なんてこと言うんだ! 聴き手にとって竜の書がどれほど大切か、お前だって魔法使いの端くれならわかるだろう!」
彼の声には、猛烈な怒りが滲んでいた。
ヘンリックは素直に感情を表す性質ではあるけれど、ここまで怒っているのを見るのは、ラピスは初めてだ。
彼も聴き手ゆえ、当然竜の書を授かっている。そのかけがえのなさを実感しているからこその怒りなのだろう。
ラピスにとっても、竜の書はたからものだ。
幼竜から授かった、幼竜の鱗と同じ水色の表紙の竜の書。
それはこれまで出会った竜たちとの交流そのものであり、そして何より、クロヴィスとの想い出そのものなのだ。
この先きっと何度も、折に触れ頁をひらいては、何度でも学び、元気をもらい、癒される。たいせつに集めた知識の書というだけにとどまらない、心の支え。
だからラピスも当然、キリリと言い切った。
「燃やしません!」
「よし、よく言った!」
親指を立てるヘンリックに冷めた視線を送りながら、ドロシアが「でもぉ」と赤毛を指に巻き付ける。
「燃やしてくれないと、騎士さんたちが全身から血を噴き出して死んじゃうけど、いいの?」
「燃やします!」
「「「ラピスーッ!」」」
背に腹は代えられない。竜の書を取り出そうと鞄をひらいたら、ヘンリックとディードばかりか、ジークやギュンターや同行の騎士たち全員から、よってたかって止められた。
驚いたラピスが「ほえぇ」と目を白黒させているあいだに、ディードが険しい目つきでドロシアを問いつめる。
「ラピスの竜の書を燃やせだなんて、そんな乱暴なことを言うのなら、まず理由を説明すべきだろう!」
ドロシアは「どうしようかな」とにやりと笑った。
「教えてあげる義理はないし。長い話になるしねー?」
「じゃあ、いい」
「いや、聞けよ! ほんとにこの第三王子様ときたら、わたしをイラッとさせる天才だよ!」
背を向けたディードに顔を真っ赤にしてわめいたドロシアだったが、目を丸くして見ているラピスに気づくと、ころりと表情を変えて微笑んだ。
「ラピスくんは、聞きたい?」
「はい、聞きたいです!」
「はう~やっぱりきゃわゆい~。うんうん、ラピスくんには教えちゃうね! 結論から言うと、やっぱり、大魔法使い様の力を削ぐためということになるんだけど」
ギロリと恐ろしい目を向けてくるジークを、「説明してるだけですよっ」と牽制して、ドロシアは「ふぅ」と息を吐いた。
「えーと、つまりね。実験みたいなもの?」
「実験?」
「そう。ほら、大図書館の竜の書……つまり『竜の本』には、『竜の力が欠けたときの対処法』という重要な知識が、欠けたままになっているでしょう?」
そう。それこそが、今回の巡礼の目的だ。
大図書館の『竜の本』は、星の世界の生きものである竜たちと、この世界の人との結びつきを強める、魔法の役割もある。
だから内容の欠落が続く竜の本は、竜がこの世界に存在するための安定性を失わせるという。
「ならば人ではどうなるのか? 竜の書を失ったことによる魔法使いへの影響は? あの方はそれを確認したいのよ」
「え……」
「竜の書を自ら売ってしまうと、二度と授かることはない。そのことは知ってる?」
「い、いいえ。売るなんて。そんなことをする人がいるのですか?」
「知らずに売ってしまう人ならね。アカデミー派のお偉方に利用されて。さらに気の毒なことに、自分の竜の書を売ってしまったその人たちは、歌を解くこともできなくなってしまったそうよ」
「……!」
ラピスは声も出ないほど衝撃を受けた。
ドロシアによると、困窮した聴き手が、生活のため竜の書を売ることもあるのだという。そうした現実をラピスは知らなかった。当然、その人たちのその後について聞く機会もなかった。
「そ、それは、竜の書を失うと、聴き手ではなくなるということですか?」
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