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第9唱 クロヴィスとコンラート
求めるもの 2
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幼なじみの子爵家令嬢、リーゼロッテのことも。
可憐で思いやりがあって、少年たちの憧れの的の彼女は、幼い日にお茶会で出会って以来、一途に兄を想い続けていた。一度も振り向いてもらえずとも。
コンラートが「双子なんだから、僕にしておいたら?」と誘ってみると、困ったように笑って……
「双子だからといって、あなたはあなた、クロヴィスはクロヴィスでしょう?」
当たり前の言葉であっさりふられた。
コンラートとて兄に負けぬほど人気があったから、女性にふられたのはリーゼロッテが初めてだった。
皆に自慢できるほど愛らしい上に、一途で身持ちが堅く、裕福で血筋も良くて家柄も申し分ないリーゼロッテ。
オルデンブルク伯爵家後継者の嫁として、文句のつけようがない相手。
実際、両家の間で兄とリーゼロッテの婚約はほぼ確定していた。
(でも、彼女では役不足)
だって兄の頭には竜のことしかない。
兄が求めるものは竜しかいない。
リーゼロッテは、いずれ結婚する頃には、兄からの愛情を得られると信じ切っていた。だが、無理な話だとコンラートは冷めた目で見ていた。
兄をとどめておける女など、いやしない。
一途にまごころを捧げようとする相手ならなおのこと、兄は避けて通る。そういう人だ。
(もうこの家に、兄上を縛りつけるものは何もない)
兄は自分でなんでもできる。
もう、自分が兄にしてあげられることは何もない。
この家は、兄の才能を食い潰すだけ。少なくとも、父が生きている限りは。
父は兄のやることなすこと否定し、妨害するから。
だからそう遠くない未来、兄はこの家を出て行くはず。
そしてきっと、二度と帰ってこない。
兄はこの家にも家族にも未練がない。
もう、誰のことも見ていない。
コンラートの躰に生傷が絶えなくなったことにも、気づいていないだろう。
父は兄の代わりにコンラートを責めるようになり、暴力は日に日にエスカレートしている。母は泣くばかりで止めてはくれない。
今ではコンラートが仕置き部屋に閉じ込められているが、兄が差し入れを持ってきてくれることはない。
ロウソクひとつない暗い部屋の中、昔の兄のように血のにおいを立ち昇らせ、兄の真似をして虚空を睨むのもよくあること。
そうしてしみじみ考えた。
どうしていつも、兄のことばかり気にしてきたのだろう。
どうして兄を追わずにいられなかったのだろう。
結局、兄は、何も返してはくれなかったのに。
優しくしてくれたのは、森で迷ったとき迎えにきてくれた、あのときだけだ。
自分は兄のためなら、なんだってしてあげたのに。
(――違う)
暗闇にいると、自分の心の昏さにも目が慣れる。
兄に『してあげた』……何を?
泣くばかりで躰を張って止めてはくれない母と同じ、我が身に被害の及ばぬ範囲で見ていただけではないか。
何をしても許されるとわかっていたから、差し入れもできた。それで自分が損することはなく、「優しい坊ちゃま」と評価されるばかりだと知っていた。
(いや、違う。兄上が好きだから、だから)
敬愛している。
どんな逆境にも挫けぬ兄を。
どれほど暗闇の中に閉じ込められようと、傷だらけになろうと、みずから光を放って立ち向かう兄を。
兄は、特別だから。
竜たちに愛されているから。
竜だけを愛する人だから。
……それに比べて、自分は。
仕置き部屋を出てどこへ行こうとも、竜が会いにきてくれることはない。たとえ竜が頭上を飛ぼうと、その歌を解くことは一生できない。
『わたしによく似た、お前』
父がそう言った意味が、今ならよくわかる。
悲しいほど似てしまった。自分が握った『贈りもの』を、見つけられないままいることまで。
だから、眩い贈りものごと、兄に惹かれる。
彼がいなければ困るのだ。
だって兄がいなければ、自分は空っぽで。
兄は家に縛られているべきだ。
孤高が彼をいっそう気高く美しくするのだから。
そして兄は、兄は兄は兄は――
☆ ☆ ☆
「ちょっと待て、どういうことだゴラァ! ちょっと視ないあいだに、ラピんこが号泣してるじゃねえか! ん? なんだこれ。どこにいるんだ? あいつ……。とにかく、てめえなんぞにかまってる場合じゃなかった。俺は弟子のところに行くからな!」
兄は数十年のときを経て、柄の悪さに磨きがかかり。
思いっきり、竜以外を溺愛する人間になっていた。
可憐で思いやりがあって、少年たちの憧れの的の彼女は、幼い日にお茶会で出会って以来、一途に兄を想い続けていた。一度も振り向いてもらえずとも。
コンラートが「双子なんだから、僕にしておいたら?」と誘ってみると、困ったように笑って……
「双子だからといって、あなたはあなた、クロヴィスはクロヴィスでしょう?」
当たり前の言葉であっさりふられた。
コンラートとて兄に負けぬほど人気があったから、女性にふられたのはリーゼロッテが初めてだった。
皆に自慢できるほど愛らしい上に、一途で身持ちが堅く、裕福で血筋も良くて家柄も申し分ないリーゼロッテ。
オルデンブルク伯爵家後継者の嫁として、文句のつけようがない相手。
実際、両家の間で兄とリーゼロッテの婚約はほぼ確定していた。
(でも、彼女では役不足)
だって兄の頭には竜のことしかない。
兄が求めるものは竜しかいない。
リーゼロッテは、いずれ結婚する頃には、兄からの愛情を得られると信じ切っていた。だが、無理な話だとコンラートは冷めた目で見ていた。
兄をとどめておける女など、いやしない。
一途にまごころを捧げようとする相手ならなおのこと、兄は避けて通る。そういう人だ。
(もうこの家に、兄上を縛りつけるものは何もない)
兄は自分でなんでもできる。
もう、自分が兄にしてあげられることは何もない。
この家は、兄の才能を食い潰すだけ。少なくとも、父が生きている限りは。
父は兄のやることなすこと否定し、妨害するから。
だからそう遠くない未来、兄はこの家を出て行くはず。
そしてきっと、二度と帰ってこない。
兄はこの家にも家族にも未練がない。
もう、誰のことも見ていない。
コンラートの躰に生傷が絶えなくなったことにも、気づいていないだろう。
父は兄の代わりにコンラートを責めるようになり、暴力は日に日にエスカレートしている。母は泣くばかりで止めてはくれない。
今ではコンラートが仕置き部屋に閉じ込められているが、兄が差し入れを持ってきてくれることはない。
ロウソクひとつない暗い部屋の中、昔の兄のように血のにおいを立ち昇らせ、兄の真似をして虚空を睨むのもよくあること。
そうしてしみじみ考えた。
どうしていつも、兄のことばかり気にしてきたのだろう。
どうして兄を追わずにいられなかったのだろう。
結局、兄は、何も返してはくれなかったのに。
優しくしてくれたのは、森で迷ったとき迎えにきてくれた、あのときだけだ。
自分は兄のためなら、なんだってしてあげたのに。
(――違う)
暗闇にいると、自分の心の昏さにも目が慣れる。
兄に『してあげた』……何を?
泣くばかりで躰を張って止めてはくれない母と同じ、我が身に被害の及ばぬ範囲で見ていただけではないか。
何をしても許されるとわかっていたから、差し入れもできた。それで自分が損することはなく、「優しい坊ちゃま」と評価されるばかりだと知っていた。
(いや、違う。兄上が好きだから、だから)
敬愛している。
どんな逆境にも挫けぬ兄を。
どれほど暗闇の中に閉じ込められようと、傷だらけになろうと、みずから光を放って立ち向かう兄を。
兄は、特別だから。
竜たちに愛されているから。
竜だけを愛する人だから。
……それに比べて、自分は。
仕置き部屋を出てどこへ行こうとも、竜が会いにきてくれることはない。たとえ竜が頭上を飛ぼうと、その歌を解くことは一生できない。
『わたしによく似た、お前』
父がそう言った意味が、今ならよくわかる。
悲しいほど似てしまった。自分が握った『贈りもの』を、見つけられないままいることまで。
だから、眩い贈りものごと、兄に惹かれる。
彼がいなければ困るのだ。
だって兄がいなければ、自分は空っぽで。
兄は家に縛られているべきだ。
孤高が彼をいっそう気高く美しくするのだから。
そして兄は、兄は兄は兄は――
☆ ☆ ☆
「ちょっと待て、どういうことだゴラァ! ちょっと視ないあいだに、ラピんこが号泣してるじゃねえか! ん? なんだこれ。どこにいるんだ? あいつ……。とにかく、てめえなんぞにかまってる場合じゃなかった。俺は弟子のところに行くからな!」
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