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第9唱 クロヴィスとコンラート
優しきもの 1
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「……あの子が泣いているというのなら、僕の弟子が役目を果たしたのでしょうね」
「弟子?」
大股で星殿を出て行こうとしていたクロヴィスが、剣呑な目つきで振り返る。黒衣の裾が主を追うように翻り、どんな仕草もいちいち絵になる男だと、コンラートは目を細めた。
「それが、アリスン国防長官の孫娘ってことか」
「さすがですね。話が早い」
「何も知らない小娘を、呪法の共犯者にするとはな。何十年もの歳月も、お前の下衆っぷりを矯正できなかったと見える」
「おや。兄上こそお変わりなく、何十年越しの嫌味でしょう。リーゼロッテのことなど、すっかりお忘れかと思っていましたよ。僕たち家族のように」
ぴくりと寄せられた眉根の下で、隻眼が冷たく光り、害虫でも見るような目がコンラートを射た。
「――ラピスに何をした」
「何も。ただ『竜の書』を焼くよう、勧めさせただけです」
途端、劫火に襲われた。コンラートをなめる炎は魔法による幻だが、反射的に声を上げそうになるほどの熱を孕んでいた。
殺意を剥き出しにした視線をコンラートに突き刺したまま、クロヴィスが胸の内で何かを探っているのがわかった。魔法で弟子の状況を確かめているのだろう。
次の瞬間、星殿の外に雷が落ちた。
閃光が宵闇を引き裂き、轟音が大地を揺るがす。廃神殿が悲鳴じみた音をたてて鳴動し、雨のように砂礫や漆喰の欠片が降ってきた。
「僕の話は正しかったでしょう?」
正しいと知ったからこそ、兄は怒りにまかせて雷を落としたのだ。
それほど激怒してすら、コンラートを実際に丸焦げにしないところが兄らしいが。
代わりに天井から降る砂礫が勢いを増し、外套を廂代わりにかざすと、剥き出しの手の甲を石礫に打たれて血が流れた。
呪術で躰を強化しているので痛みは感じないが、傷自体は防げない。
傷を舐めながら兄を見て、思わず苦笑した。
指先ひとつ動かさず端然と立つだけの兄には、土埃すら届いていない。
「魔法というのは、本当に便利なものですね」
もちろん、望むまま雷を呼ぶのも、瞬時に結界を張って身を守るのも、大魔法使いだからこその技であろうけれど。
「僕が握りしめた贈りものには、魔法の才がなかった。だからお祖父様に言われた通り、自分が持っているはずの贈りものを探し続けました。そしてようやく見つけたのが、今のこの姿。まさか大魔法使いの曾祖父と兄をもつ僕に、呪法の才があるなんてね。ひどい皮肉だと思いませんか?」
にこりと笑いかけるが、兄の表情は仮面を貼りつけたように動かない。
じき、その白皙も夜闇につつまれるだろう。
「……兄上とこうして見つめ合うのは、あのとき以来でしょうか」
兄と弟の関係が決定的に断絶した、あの日。
あの日は砂礫ではなく、本物の雨が降っていた。
★ ★ ★
「リーゼロッテが、身ごもっている……!?」
二人が十五の年だった。
怒れる父に呼び出された兄が、問答無用で殴り倒されるのを、コンラートはなんの感慨もなく見つめていた。その隣で、号泣する母を女官長がなだめている。
「この恥知らずが! 遠からず婚約者となる娘だというのに、なぜ待てぬ! なぜ婚姻前に辱めた! わたしが先方からどれほど責め立てられ、恥をかかされたかわかるか!? お前は獣だ!」
「てめえは生きてること自体が恥のくせに、今さら何言ってんだ。新たに恥をかく余地なんぞてめえにはねえよ」
「なんだとっ!? それが父に向かって言うことか!」
再び振り上げた父の腕を、兄は難なく捩じ上げた。すでに兄のほうが父より背が高いし、腕力もある。父が大げさな悲鳴を上げたが、加減されているのは見え見えだった。
兄は呆れた様子でため息をついた。
「弟子?」
大股で星殿を出て行こうとしていたクロヴィスが、剣呑な目つきで振り返る。黒衣の裾が主を追うように翻り、どんな仕草もいちいち絵になる男だと、コンラートは目を細めた。
「それが、アリスン国防長官の孫娘ってことか」
「さすがですね。話が早い」
「何も知らない小娘を、呪法の共犯者にするとはな。何十年もの歳月も、お前の下衆っぷりを矯正できなかったと見える」
「おや。兄上こそお変わりなく、何十年越しの嫌味でしょう。リーゼロッテのことなど、すっかりお忘れかと思っていましたよ。僕たち家族のように」
ぴくりと寄せられた眉根の下で、隻眼が冷たく光り、害虫でも見るような目がコンラートを射た。
「――ラピスに何をした」
「何も。ただ『竜の書』を焼くよう、勧めさせただけです」
途端、劫火に襲われた。コンラートをなめる炎は魔法による幻だが、反射的に声を上げそうになるほどの熱を孕んでいた。
殺意を剥き出しにした視線をコンラートに突き刺したまま、クロヴィスが胸の内で何かを探っているのがわかった。魔法で弟子の状況を確かめているのだろう。
次の瞬間、星殿の外に雷が落ちた。
閃光が宵闇を引き裂き、轟音が大地を揺るがす。廃神殿が悲鳴じみた音をたてて鳴動し、雨のように砂礫や漆喰の欠片が降ってきた。
「僕の話は正しかったでしょう?」
正しいと知ったからこそ、兄は怒りにまかせて雷を落としたのだ。
それほど激怒してすら、コンラートを実際に丸焦げにしないところが兄らしいが。
代わりに天井から降る砂礫が勢いを増し、外套を廂代わりにかざすと、剥き出しの手の甲を石礫に打たれて血が流れた。
呪術で躰を強化しているので痛みは感じないが、傷自体は防げない。
傷を舐めながら兄を見て、思わず苦笑した。
指先ひとつ動かさず端然と立つだけの兄には、土埃すら届いていない。
「魔法というのは、本当に便利なものですね」
もちろん、望むまま雷を呼ぶのも、瞬時に結界を張って身を守るのも、大魔法使いだからこその技であろうけれど。
「僕が握りしめた贈りものには、魔法の才がなかった。だからお祖父様に言われた通り、自分が持っているはずの贈りものを探し続けました。そしてようやく見つけたのが、今のこの姿。まさか大魔法使いの曾祖父と兄をもつ僕に、呪法の才があるなんてね。ひどい皮肉だと思いませんか?」
にこりと笑いかけるが、兄の表情は仮面を貼りつけたように動かない。
じき、その白皙も夜闇につつまれるだろう。
「……兄上とこうして見つめ合うのは、あのとき以来でしょうか」
兄と弟の関係が決定的に断絶した、あの日。
あの日は砂礫ではなく、本物の雨が降っていた。
★ ★ ★
「リーゼロッテが、身ごもっている……!?」
二人が十五の年だった。
怒れる父に呼び出された兄が、問答無用で殴り倒されるのを、コンラートはなんの感慨もなく見つめていた。その隣で、号泣する母を女官長がなだめている。
「この恥知らずが! 遠からず婚約者となる娘だというのに、なぜ待てぬ! なぜ婚姻前に辱めた! わたしが先方からどれほど責め立てられ、恥をかかされたかわかるか!? お前は獣だ!」
「てめえは生きてること自体が恥のくせに、今さら何言ってんだ。新たに恥をかく余地なんぞてめえにはねえよ」
「なんだとっ!? それが父に向かって言うことか!」
再び振り上げた父の腕を、兄は難なく捩じ上げた。すでに兄のほうが父より背が高いし、腕力もある。父が大げさな悲鳴を上げたが、加減されているのは見え見えだった。
兄は呆れた様子でため息をついた。
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