158 / 228
第9唱 クロヴィスとコンラート
優しきもの 2
しおりを挟む
「ちゃんと説明しろ。リーゼロッテが身ごもったというのは、確かなのか」
「この期に及んでしらばっくれる気か! お前が女をとっかえひっかえして遊び呆けていることを、わたしが気づいていないと思ったら大間違いだぞ!」
怒鳴りつけるも鼻で嗤われ、父はますます怒り狂った。
暴れるのを抑えつけるのも煩わしくなったのか、兄は長椅子に向かって父を投げつけると、「野猿みたいにキーキー騒ぐな」と椅子の脚を思い切り蹴り上げた。
「どっちが獣だ。わめいてないでちゃんと説明しろ」
兄の迫力に父がたじろぐ隙に、母が叫ぶ。
「ほ、本当にあなたじゃないの!? 違うならはっきり言ってちょうだい! リーゼロッテにいくら尋ねても、泣くばかりで相手の名を言わないそうなのよっ」
名を言わないのに、先方の親は相手が兄であると決めつけて父を責め、兄を罵り、すぐにも婚姻するよう迫ったらしい。これほどの辱めを受けたのにリーゼロッテが庇う相手は、兄しかいないだろうと。
父もさぞ動転したこととは思うが、額面通り受け取って兄を殴りつけたなら、短慮にもほどがある。
「嫁入り前のうら若き貴族令嬢が妊娠したなんて、ひどい醜聞ですからね。向こうの親からしてみれば、相手が兄上であってほしいのでしょう」
コンラートが口を出すと、皆がぎょっとしたように顔を向けてきた。
どうやら、修羅場の中で自分の存在は忘れられていたらしい。
「兄上の嫁に納まれば、いっとき騒がれようと将来は安泰です。優秀な聴き手は、国が金を積んででも欲しい人材ですし、なにがあろうと出世は確実。実力さえあれば政治家のように醜聞で失脚することもありません。リーゼロッテも伯爵の奥方として名誉を取り戻せるでしょう」
「……コンラート?」
「何を言っているのだ、お前は」
困惑も露わな母と父の声が重なったが、それを機に父が元気を取り戻した。
「リーゼロッテの子の父が、どこぞの馬の骨だと言うのなら、我がオルデンブルク家で面倒をみてやる必要などない! いや、そんな傷物のふしだらな娘を嫁にするなど末代までの恥!」
「そうですわ。わたくしたちまで醜聞に巻き込まれますもの。恥ずかしくて、とても社交界に顔を出せません!」
兄を罵っていた口で、今度は少女を罵倒し始めた。幼い頃から可愛がり、彼女こそ後継者の嫁にふさわしいと褒め称えていた少女を。
だが、これぞ現実だ。
優しく愛らしい、花のような少女。少年たちの憧れの的だったリーゼロッテは、この先、傷物の娘として好奇の目に晒され、辱めを受けることになる。
たとえ王家に生まれようとこの国の上流社会では、醜聞にまみれた者は嘲笑され、徹底的に見下されるのだ。
そんな彼女を、救える者がいるとしたら。
それは、兄しかいない。
誉れあるオルデンブルク伯爵家の後継者にして、誰もが認める聴き手。
優秀な聴き手は、国王からすら一目置かれると聞く。
貴重な竜の歌を解けば、それは国益。その手柄の前に、どんな醜聞も脇に置かれるだろう。おまけに兄は、見る者を陶然とさせるほど美しい。
経緯はどうあれ兄の奥方になれれば、リーゼロッテの屈辱は最小になり。
むしろ女性たちの嫉妬と羨望を一身に浴びる、社交界の花となれるはず。
胡乱げにコンラートに向けられていた兄の瞳が、やがて、不気味な虫でも見つけたように見ひらかれた。
「お前……まさか」
ただごとでない気配に気づいた父と母も、話を途切らせ息子たちを見る。
コンラートはにっこりと笑みを浮かべた。
「簡単なことです。兄上が正式にこの家を継ぎ、予定通りリーゼロッテを娶る。それでリーゼロッテの恥を雪ぐことができます」
「――恥じるべきは彼女でなく、孕ませておいて名乗り出もしない男だろう」
怒気に満ちた紅玉と裏腹に、声音は冷え切っている。
コンラートは改めて、兄の嫁となる人は果報者だと感じ入った。
「優しい兄上。あなたの決断ひとつで、僕らの愛しい幼なじみを救えるのですよ?」
「この期に及んでしらばっくれる気か! お前が女をとっかえひっかえして遊び呆けていることを、わたしが気づいていないと思ったら大間違いだぞ!」
怒鳴りつけるも鼻で嗤われ、父はますます怒り狂った。
暴れるのを抑えつけるのも煩わしくなったのか、兄は長椅子に向かって父を投げつけると、「野猿みたいにキーキー騒ぐな」と椅子の脚を思い切り蹴り上げた。
「どっちが獣だ。わめいてないでちゃんと説明しろ」
兄の迫力に父がたじろぐ隙に、母が叫ぶ。
「ほ、本当にあなたじゃないの!? 違うならはっきり言ってちょうだい! リーゼロッテにいくら尋ねても、泣くばかりで相手の名を言わないそうなのよっ」
名を言わないのに、先方の親は相手が兄であると決めつけて父を責め、兄を罵り、すぐにも婚姻するよう迫ったらしい。これほどの辱めを受けたのにリーゼロッテが庇う相手は、兄しかいないだろうと。
父もさぞ動転したこととは思うが、額面通り受け取って兄を殴りつけたなら、短慮にもほどがある。
「嫁入り前のうら若き貴族令嬢が妊娠したなんて、ひどい醜聞ですからね。向こうの親からしてみれば、相手が兄上であってほしいのでしょう」
コンラートが口を出すと、皆がぎょっとしたように顔を向けてきた。
どうやら、修羅場の中で自分の存在は忘れられていたらしい。
「兄上の嫁に納まれば、いっとき騒がれようと将来は安泰です。優秀な聴き手は、国が金を積んででも欲しい人材ですし、なにがあろうと出世は確実。実力さえあれば政治家のように醜聞で失脚することもありません。リーゼロッテも伯爵の奥方として名誉を取り戻せるでしょう」
「……コンラート?」
「何を言っているのだ、お前は」
困惑も露わな母と父の声が重なったが、それを機に父が元気を取り戻した。
「リーゼロッテの子の父が、どこぞの馬の骨だと言うのなら、我がオルデンブルク家で面倒をみてやる必要などない! いや、そんな傷物のふしだらな娘を嫁にするなど末代までの恥!」
「そうですわ。わたくしたちまで醜聞に巻き込まれますもの。恥ずかしくて、とても社交界に顔を出せません!」
兄を罵っていた口で、今度は少女を罵倒し始めた。幼い頃から可愛がり、彼女こそ後継者の嫁にふさわしいと褒め称えていた少女を。
だが、これぞ現実だ。
優しく愛らしい、花のような少女。少年たちの憧れの的だったリーゼロッテは、この先、傷物の娘として好奇の目に晒され、辱めを受けることになる。
たとえ王家に生まれようとこの国の上流社会では、醜聞にまみれた者は嘲笑され、徹底的に見下されるのだ。
そんな彼女を、救える者がいるとしたら。
それは、兄しかいない。
誉れあるオルデンブルク伯爵家の後継者にして、誰もが認める聴き手。
優秀な聴き手は、国王からすら一目置かれると聞く。
貴重な竜の歌を解けば、それは国益。その手柄の前に、どんな醜聞も脇に置かれるだろう。おまけに兄は、見る者を陶然とさせるほど美しい。
経緯はどうあれ兄の奥方になれれば、リーゼロッテの屈辱は最小になり。
むしろ女性たちの嫉妬と羨望を一身に浴びる、社交界の花となれるはず。
胡乱げにコンラートに向けられていた兄の瞳が、やがて、不気味な虫でも見つけたように見ひらかれた。
「お前……まさか」
ただごとでない気配に気づいた父と母も、話を途切らせ息子たちを見る。
コンラートはにっこりと笑みを浮かべた。
「簡単なことです。兄上が正式にこの家を継ぎ、予定通りリーゼロッテを娶る。それでリーゼロッテの恥を雪ぐことができます」
「――恥じるべきは彼女でなく、孕ませておいて名乗り出もしない男だろう」
怒気に満ちた紅玉と裏腹に、声音は冷え切っている。
コンラートは改めて、兄の嫁となる人は果報者だと感じ入った。
「優しい兄上。あなたの決断ひとつで、僕らの愛しい幼なじみを救えるのですよ?」
250
あなたにおすすめの小説
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
厄介払いされてしまいました
たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。
十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。
しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる