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第9唱 クロヴィスとコンラート
壊れしもの 2
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(まあ、永遠に続くなんて思わなかったけどね)
その日、みごとに破壊された寝室を見たとき、コンラートは肩を揺らして笑った。
怒り心頭に発した兄は、とうとう魔法で雷を起こすに至った。
皮肉なことにコンラートに対する怒りが、それまで扱えなかった雷魔法を――と言うより、扱う必要がないから出す機会もなかったのだろうが――雷を自在に落とすという荒っぽい魔法を、兄に体得させた。
拘束から解かれた兄は、自身が雷と化して荒れに荒れ、コンラートの寝室も勉強部屋も窓枠が吹っ飛ぶほど破壊し、雷で火災になる寸前に水魔法で消火するというマメさも発揮した。
当然コンラートの部屋以外も巻き込まれ、屋敷のあちらこちらが壊され焼かれ水浸しという、無残な光景ができあがった。
ただ、怪我の功名と言うべきか。
この暴れっぷりに『狂気の沙汰』と恐れおののいた両親は、一転、兄をアカデミーに入学させることに決めた。体のいい厄介払いだが、兄にとっては願ったり叶ったりだったろう。
コンラートが兄を閉じ込めたことが、結果的にアカデミーへと送り出す助けとなってしまった。
やることなすこと、望みと別の結果をもたらす。こうなるともう、苦笑いしか出てこない。
それから兄は、コンラートに一瞥もくれなくなった。
責めることも、罵ることすらしてくれない。
話しかけても、まるでそこにいないように無視される。
自業自得とわかってはいるが、無視されるのはひどくこたえた。
(結局、僕には贈りものなんてないということか)
雷雨の夜、黒い空に走る閃光を見つめながらコンラートは納得した。
最初から握っていなかったのだ、贈りものなんて。
素晴らしいものはすべて兄の手に詰め込まれて、自分の手はからっぽ。
なんなら『からっぽ』を握って生まれてきたのだろう。底の抜けた箱みたいに、夢も希望も入れた端から落下して、何も得られぬように。
そうでなければ、どうしてこれほど空虚なのだろう。
いくら努力しても望んでも報われず、痛みと傷ばかりが増えていく。
兄のように己の道を切り拓くこともできず、いっそ魔法で破壊し尽くすこともできず。いつだって間抜けな薄笑いを浮かべて、暗い穴の縁に立って、光を見上げるばかりで。
こんなにも無能で絶望的に嫌な人間だから、兄からも無視される。
こんなにも、からっぽ。
こんなにも、何も持っていない。
それならば――
深夜、またもどこかへ出かけていた兄が、雨に濡れて帰宅し、階段を上がってきたとき。
最上段でうずくまっていたコンラートは、立ち上がりざま、雨粒を払うことに気をとられていた兄を突き飛ばした。
そのときの兄の驚愕の表情を、コンラートは生涯忘れまい。
執事らが飛び起きてくるほど派手な音をたてて転がり落ちた兄は、命に関わる怪我こそ負わなかったものの、左目は負傷で視力を失った。
どうして、そんなことをしたのか。
コンラート自身、わからなかった。
★ ★ ★
兄がアカデミーへ出立した日も、冷たい雨が降っていた。
馬車に乗り込む寸前、振り返った兄は、ただひとり見送りに出ていたコンラートに歩み寄ってきた。
彼から視線を合わせてくれたのも、声をかけてくれたのも、監禁を破られたあの夜以来、初めてだった。
「俺がお前の部屋に行ったのは、あれが初めてじゃない」
一瞬、なんの話かと思ったが。
兄を閉じ込めた初日に『兄上が僕の部屋に来てくれたのは、これが初めてですね』と自分が言ったのだと、すぐ思い出した。
「お前が森で迷子になったあと、熱を出して寝込んだ夜に。生きてるか確認しに行った」
コンラートは息を呑んだ。
驚きのあまり、言葉が出てこない。
まさか本当に? この兄が、自分を心配してきてくれていた?
「だが、もう二度と会わない。弟とも思わない。親もいない。俺には今このときから、家族はいない。俺に弟はいないし、お前にも兄はいない」
隻眼となった紅玉は、すでに他人を見る者の目だった。
コンラートが言葉を返す隙も許さず、兄は馬車に乗り込み、オルデンブルク家に関わるすべてを捨てて去って行った。
その日、みごとに破壊された寝室を見たとき、コンラートは肩を揺らして笑った。
怒り心頭に発した兄は、とうとう魔法で雷を起こすに至った。
皮肉なことにコンラートに対する怒りが、それまで扱えなかった雷魔法を――と言うより、扱う必要がないから出す機会もなかったのだろうが――雷を自在に落とすという荒っぽい魔法を、兄に体得させた。
拘束から解かれた兄は、自身が雷と化して荒れに荒れ、コンラートの寝室も勉強部屋も窓枠が吹っ飛ぶほど破壊し、雷で火災になる寸前に水魔法で消火するというマメさも発揮した。
当然コンラートの部屋以外も巻き込まれ、屋敷のあちらこちらが壊され焼かれ水浸しという、無残な光景ができあがった。
ただ、怪我の功名と言うべきか。
この暴れっぷりに『狂気の沙汰』と恐れおののいた両親は、一転、兄をアカデミーに入学させることに決めた。体のいい厄介払いだが、兄にとっては願ったり叶ったりだったろう。
コンラートが兄を閉じ込めたことが、結果的にアカデミーへと送り出す助けとなってしまった。
やることなすこと、望みと別の結果をもたらす。こうなるともう、苦笑いしか出てこない。
それから兄は、コンラートに一瞥もくれなくなった。
責めることも、罵ることすらしてくれない。
話しかけても、まるでそこにいないように無視される。
自業自得とわかってはいるが、無視されるのはひどくこたえた。
(結局、僕には贈りものなんてないということか)
雷雨の夜、黒い空に走る閃光を見つめながらコンラートは納得した。
最初から握っていなかったのだ、贈りものなんて。
素晴らしいものはすべて兄の手に詰め込まれて、自分の手はからっぽ。
なんなら『からっぽ』を握って生まれてきたのだろう。底の抜けた箱みたいに、夢も希望も入れた端から落下して、何も得られぬように。
そうでなければ、どうしてこれほど空虚なのだろう。
いくら努力しても望んでも報われず、痛みと傷ばかりが増えていく。
兄のように己の道を切り拓くこともできず、いっそ魔法で破壊し尽くすこともできず。いつだって間抜けな薄笑いを浮かべて、暗い穴の縁に立って、光を見上げるばかりで。
こんなにも無能で絶望的に嫌な人間だから、兄からも無視される。
こんなにも、からっぽ。
こんなにも、何も持っていない。
それならば――
深夜、またもどこかへ出かけていた兄が、雨に濡れて帰宅し、階段を上がってきたとき。
最上段でうずくまっていたコンラートは、立ち上がりざま、雨粒を払うことに気をとられていた兄を突き飛ばした。
そのときの兄の驚愕の表情を、コンラートは生涯忘れまい。
執事らが飛び起きてくるほど派手な音をたてて転がり落ちた兄は、命に関わる怪我こそ負わなかったものの、左目は負傷で視力を失った。
どうして、そんなことをしたのか。
コンラート自身、わからなかった。
★ ★ ★
兄がアカデミーへ出立した日も、冷たい雨が降っていた。
馬車に乗り込む寸前、振り返った兄は、ただひとり見送りに出ていたコンラートに歩み寄ってきた。
彼から視線を合わせてくれたのも、声をかけてくれたのも、監禁を破られたあの夜以来、初めてだった。
「俺がお前の部屋に行ったのは、あれが初めてじゃない」
一瞬、なんの話かと思ったが。
兄を閉じ込めた初日に『兄上が僕の部屋に来てくれたのは、これが初めてですね』と自分が言ったのだと、すぐ思い出した。
「お前が森で迷子になったあと、熱を出して寝込んだ夜に。生きてるか確認しに行った」
コンラートは息を呑んだ。
驚きのあまり、言葉が出てこない。
まさか本当に? この兄が、自分を心配してきてくれていた?
「だが、もう二度と会わない。弟とも思わない。親もいない。俺には今このときから、家族はいない。俺に弟はいないし、お前にも兄はいない」
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コンラートが言葉を返す隙も許さず、兄は馬車に乗り込み、オルデンブルク家に関わるすべてを捨てて去って行った。
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