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第10唱 王都へ行こう
素直に言えばよかった 2
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「そうしたことはすべて妄想だと思っていました。兄上が弟子をとったという衝撃的な事実に動揺し嫉妬しているから、精神が病んであり得ない想像をしてしまうのだ、すべて己の精神の未熟さゆえだと。しかし今では、『単に事実を見せつけられていただけ』だと理解できました。これが双子の血であり、兄上を通して得た竜氣の影響ということなのですね」
「単なる覗き魔じゃねえか」
クロヴィスはがっくりと肩を落とした。
想定としては、聖魔法で浄化する様子を弟に見せることで、「お前の竜氣もこう使えるのだ」と改心を促すつもりだったのに……この弟はせっかくの竜氣を無自覚といえど兄に使って、ごく一部とはいえ心を共有していたらしい。
(とんでもねー。ほんとこいつは理解しがたい)
……けれど。
今こうして話しているように、もっとずっと昔に、そうしていたら。
本当はもう、クロヴィスも自覚している。
弟に対して、もっと違う接し方もあったと。
双子として生まれながら、弟だけが両親から愛されていた。
父の暴力と母の不干渉には深く傷ついたが、自分はそのぶん、竜から愛されていた。だから、おあいこだと思っていた。
家族に対して距離を置き、無関心を貫いた。
まっすぐな瞳で自分に懐いていた弟に、歪な何かを感じるようになっても、向き合おうとはしなかった。
決定的に二人の関係が壊れるまで――壊れたあとも、ただ放置してきた。
二人とも幼すぎ、若すぎた。
互いに世界の中心は自分で、自分のことだけで精いっぱいだった。
それでももう少し、何かがひとつ違えば、弟が呪法に手を染めるような事態は避けられたのかもしれない。
(けど……)
こんなふうに考えられるようになったのは、ラピスのおかげなのだともクロヴィスは思う。
何十年経とうと、自分ひとりでは劇的な変化など起こせない。
ラピスと過ごして、自分よりたいせつに想う相手ができて、どうしたらもっと幸せにできるかと、自分以外の人間のことを自分のこと以上に考えて。そうして初めて、視野が広がった気がする。
すると、またも何かが伝わったのか、「……僕も」とコンラートが呟いた。
「あの子のように素直に言えば、よかったです」
「はあ? 何を」
「『一緒に行きたい』と。いつも森に走り去ってしまう兄上に。こっそりあとを追って森で迷子になったとき、迎えに来てくれたでしょう? でも僕は拒まれるのが怖くて、手をつなげなかった。あの子なら、躊躇なく手をのばしたでしょうに」
クロヴィスは、初めてラピスと手をつないだときのことを思い出す。
確かにあのとき、手を握ってきたのはラピスのほうだった。
自分は誰かと手をつないだことなどなかったから、ひどく驚いたのをおぼえている。
ぽつぽつと語り合ううち、心の奥底に蟠ったままの黒い凝りが、解れて風と混じり合い、砂のようにさらさらと飛んでいく感覚をおぼえた。
その感覚のままに、長年抱えていた疑問を弟に放つ。
「――ラピスから聞いた。リーゼロッテの子は、お前と血のつながりはなかったと」
そこで初めて、コンラートの顔に苦笑が浮かんだ。
「筒抜けですね。……でも彼女ももう幸せなおばあちゃんですし、いいでしょう。そうです。彼女はある男に乱暴されて身ごもりました」
「……っ」
改めて言葉にされた事実への怒りと、彼女を辱めたのは弟ではなかったという安堵とが、今さらクロヴィスの胸を打った。
最初はコンラートの蛮行かと疑っていた。
が、のちのリーゼロッテとの会話から疑問を持ち、しかし真相を知ることのないまま実家を出た。
コンラートはクロヴィスのそんな考えも、すべて察していたようだった。
「偶然、僕も知るところとなったのです。ですが兄上にだけは知られたくないと嘆く彼女に、『なら僕に乱暴されたことにすればいい』と提案しました。そうすれば兄上は必ず、リーゼロッテを妻にすると言い出す。僕は兄上を家に引き留められる。互いにとって都合の良い取引でした」
確かにリーゼロッテもそう言っていた。
『あの人はわたくしを利用して、あなたをこの家に留めようとしました。だから今度はわたくしが、あの人を利用します。きっと上手くやれます。わたくしたち、似た者同士だもの』
あのとき抱いた違和感が、コンラートの言葉で腑に落ちた。
「それに」とコンラートは淡々と続けた。
「血のつながりのない子をオルデンブルク家の跡継ぎにすることで、天才魔法使いの血統を絶やしてしまおうとも考えていたのですよ。なのに我が子はあっけなく亡くなった。逆に両親には子ができて、僕が消えようと跡継ぎには困らない。本当に、僕が望むことは何ひとつ叶わないのだなと、笑ってしまいました」
「……そうか」
「そうなのです」
しばし無言で、トゥーク河の水位がわずかに上がってきたのを河原から見下ろした。
水も人生も、どう流れ、どこで岩にぶつかり、どう流れが変わるのか、それは誰にもわからない。
眩しく煌めく河面に目を細めながら、「さて」とクロヴィスは裾の埃を叩く。
「ラピんこが待ってる」
「単なる覗き魔じゃねえか」
クロヴィスはがっくりと肩を落とした。
想定としては、聖魔法で浄化する様子を弟に見せることで、「お前の竜氣もこう使えるのだ」と改心を促すつもりだったのに……この弟はせっかくの竜氣を無自覚といえど兄に使って、ごく一部とはいえ心を共有していたらしい。
(とんでもねー。ほんとこいつは理解しがたい)
……けれど。
今こうして話しているように、もっとずっと昔に、そうしていたら。
本当はもう、クロヴィスも自覚している。
弟に対して、もっと違う接し方もあったと。
双子として生まれながら、弟だけが両親から愛されていた。
父の暴力と母の不干渉には深く傷ついたが、自分はそのぶん、竜から愛されていた。だから、おあいこだと思っていた。
家族に対して距離を置き、無関心を貫いた。
まっすぐな瞳で自分に懐いていた弟に、歪な何かを感じるようになっても、向き合おうとはしなかった。
決定的に二人の関係が壊れるまで――壊れたあとも、ただ放置してきた。
二人とも幼すぎ、若すぎた。
互いに世界の中心は自分で、自分のことだけで精いっぱいだった。
それでももう少し、何かがひとつ違えば、弟が呪法に手を染めるような事態は避けられたのかもしれない。
(けど……)
こんなふうに考えられるようになったのは、ラピスのおかげなのだともクロヴィスは思う。
何十年経とうと、自分ひとりでは劇的な変化など起こせない。
ラピスと過ごして、自分よりたいせつに想う相手ができて、どうしたらもっと幸せにできるかと、自分以外の人間のことを自分のこと以上に考えて。そうして初めて、視野が広がった気がする。
すると、またも何かが伝わったのか、「……僕も」とコンラートが呟いた。
「あの子のように素直に言えば、よかったです」
「はあ? 何を」
「『一緒に行きたい』と。いつも森に走り去ってしまう兄上に。こっそりあとを追って森で迷子になったとき、迎えに来てくれたでしょう? でも僕は拒まれるのが怖くて、手をつなげなかった。あの子なら、躊躇なく手をのばしたでしょうに」
クロヴィスは、初めてラピスと手をつないだときのことを思い出す。
確かにあのとき、手を握ってきたのはラピスのほうだった。
自分は誰かと手をつないだことなどなかったから、ひどく驚いたのをおぼえている。
ぽつぽつと語り合ううち、心の奥底に蟠ったままの黒い凝りが、解れて風と混じり合い、砂のようにさらさらと飛んでいく感覚をおぼえた。
その感覚のままに、長年抱えていた疑問を弟に放つ。
「――ラピスから聞いた。リーゼロッテの子は、お前と血のつながりはなかったと」
そこで初めて、コンラートの顔に苦笑が浮かんだ。
「筒抜けですね。……でも彼女ももう幸せなおばあちゃんですし、いいでしょう。そうです。彼女はある男に乱暴されて身ごもりました」
「……っ」
改めて言葉にされた事実への怒りと、彼女を辱めたのは弟ではなかったという安堵とが、今さらクロヴィスの胸を打った。
最初はコンラートの蛮行かと疑っていた。
が、のちのリーゼロッテとの会話から疑問を持ち、しかし真相を知ることのないまま実家を出た。
コンラートはクロヴィスのそんな考えも、すべて察していたようだった。
「偶然、僕も知るところとなったのです。ですが兄上にだけは知られたくないと嘆く彼女に、『なら僕に乱暴されたことにすればいい』と提案しました。そうすれば兄上は必ず、リーゼロッテを妻にすると言い出す。僕は兄上を家に引き留められる。互いにとって都合の良い取引でした」
確かにリーゼロッテもそう言っていた。
『あの人はわたくしを利用して、あなたをこの家に留めようとしました。だから今度はわたくしが、あの人を利用します。きっと上手くやれます。わたくしたち、似た者同士だもの』
あのとき抱いた違和感が、コンラートの言葉で腑に落ちた。
「それに」とコンラートは淡々と続けた。
「血のつながりのない子をオルデンブルク家の跡継ぎにすることで、天才魔法使いの血統を絶やしてしまおうとも考えていたのですよ。なのに我が子はあっけなく亡くなった。逆に両親には子ができて、僕が消えようと跡継ぎには困らない。本当に、僕が望むことは何ひとつ叶わないのだなと、笑ってしまいました」
「……そうか」
「そうなのです」
しばし無言で、トゥーク河の水位がわずかに上がってきたのを河原から見下ろした。
水も人生も、どう流れ、どこで岩にぶつかり、どう流れが変わるのか、それは誰にもわからない。
眩しく煌めく河面に目を細めながら、「さて」とクロヴィスは裾の埃を叩く。
「ラピんこが待ってる」
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