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第11唱 竜王の城へ行こう
侵食
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「グレゴワール様、こちらへどうぞ」
ジークがいそいそと毛布を重ねて腰を下ろすよう勧めたが、「いらね」と返され、心なしか肩を落とした。
「つれない婚約者だね」と笑ったギュンターには、ジークの手刀とディードの冷たい視線が返された。
クロヴィスは黒い外套を雪色に染めて立ちつくし、辺りを見回していたが、その表情がどんどん険しくなっていくことにラピスは気づいた。
「お師匠様、どうしたのですか?」
心配になって尋ねると、「まずは体力つけとけ」と、安心させるように微笑を浮かべていたのだが……
ついでに携帯用のパンとチーズもいただいて、皆ひと心地ついたところで聞かされた話の内容は、まったく安心できないものだった。
「俺たちはあの森の奥の、白く光る何か――結界と思われるが――あそこを目指して歩いてきた。だが気がついたか? 森はどんどん広がっているし、逆にあの光は小さくなっている」
「えっ!?」
「本当ですか!?」
「自分にはまったくわかりませんが……」
次々驚きの声が上がる。
ラピスは改めて森に目を凝らした。
大雪原を歩き続けて、近づきはしたものの、まだ森の中に入ることすらできずにいる。歩くだけで精いっぱいで、森の広さを気にかける余裕などなかった。
「俺は近道魔法を扱うから、付随して地形や距離を把握する能力を持ってる。だから間違いない」
「ふおぉ! さすがお師匠様ですーっ!」
ラピスが拍手すると、クロヴィスは「そう、さすが俺様」と遠慮なく賛辞を受け取った。「で、本題はここから」
「ほかにも問題があるのですか?」
「ああ。お前たちはあの森を見て、どんな印象を受ける?」
「印象……?」
特に変わったところのない、冬枯れの森だ。そう思っていたけれど……
近くまで来た今、言われてよくよく見てみれば、何か、どこかがおかしい。
「なんだか……黒すぎる気がします。冬枯れと言うより、焼け焦げたみたいです」
言ってから、ラピスは自分の言葉にゾッとした。
言葉にしてみて初めて、この森の不吉さに気づく。
ジークも眉根を寄せて同意した。
「確かに。笹薮などのわずかな緑や、枯葉の色すらありません。鳥の声も、生きものの気配も」
クロヴィスも「うん」と首肯する。
「ラピんこ。聖魔法でこの森を視るよう、イメージしてみろ」
「聖魔法で視る、のですか?」
そんな使い方はしたことがなかった。
が、導かれるまま目に聖魔法のフィルターをかける要領で森を眺めて――愕然とした。
聖魔法を通して視た森は、どろどろと汚泥のように歪み腐って、強烈な腐敗臭まで放っている。なぜ今まで気づかずいられたのか不思議なほどだ。
この気配。
この悪意と怨念の権化。
この正体を、ラピスはもう知っている。
「お、お師匠様っ! これ呪いです! 呪いですよねっ!?」
「えっ、呪い!?」
ディードたちも目を剥いて驚きの声を上げた。
クロヴィスは銀髪をかき上げ雪を払う。
「そう、これは呪いそのものだ。ここはすでに古竜たちの結界の中だというのに、こんな穢れたものが出現するのはおかしい……本来は。だが実際問題、呪法はすでに、こんなところにまで侵食しているんだ。じきに竜王以外の古竜たちにも、穢れが及ぶのだろう」
「そんなのダメですよぅ! だ、だって、コンラートさんはもう呪法をやめたし、それどころか世界を救うための祈祷をしてくれてるのに……」
「ああ。だがな。呪法というのは、一度発動したら術者自身にも止められないんだよ。だから今現在も、世界のどこかで呪法による災いは拡大し続けているし、すべての竜たちが蝕まれるのも時間の問題。その象徴がこの森、ということだ」
呪法は止められない。
その上、古竜の結界内すら蝕まれているという衝撃の事実を前に、ラピスは頭の中が真っ白になってしまい……
「……あれま~」
思わず間の抜けた声を漏らすと、お茶のおかわりをしようと立ち上がっていたヘンリックがズボッと雪に埋まって、「緊張感どこ!」と叫んだ。
ディードと共に腕を引っ張って救出しながら、「じゃあ、お師匠様」と、眉根を寄せる横顔に問いかける。
「僕たちは、どうしたらいいのでしょう」
「わからんわー」
長靴に入ってしまった雪を取り出しながら、「この呑気師弟! やっぱりノープランか!」と嘆くヘンリックを、ディードが「うるさい」と叱りつけた。
ちらりとヘンリックへ視線を流したクロヴィスが鼻で嗤う。
「わからんが、やることは決まっている。竜王を救う。そして今や王と共に斃れようとしている、ほかの竜たちも救う。彼らが本来の力を取り戻せば、呪法なんぞ自力で撥ねつけられるのだから」
「お、おおお~! そうかぁ、そうですよねっ!」
そうだった。
巡礼参加の提案をされた夜も、クロヴィスは呪法についてそう語っていた。
『世界を守護せし竜王や古竜たちは、万全ならば、呪詛なんかにビクともしない』と。
「竜たちは、いざというときのために『欠けた力の対処法を探せ』と警告していたのですもんね。竜たちが元気なら、呪法をかけられても自力で解決できるから。自力で解決してもらえるなら、それが一番です! さすがお師匠様ですーっ!」
ラピスがパタパタと手袋のまま拍手を送ると、今度はほかの四人も一緒に拍手した。ヘンリックも一転、「希望が見えた!」と天に向かって拳を突き出す。
「それでお師匠様、この場合の『対処法』とは具体的に、どうしたらいいのですか?」
「わからんわー」
「希望が消えた!」
頽れたヘンリックの頭に、「いちいち騒ぐな」と、とうとう大魔法使いの手刀が下ろされる。
「何もかも初めてのことなのに、いちいち予定だの計画だの立ててられっか! いいか。こういうときは、とりあえず進むんだよ! んで、何か起こったらどうにかする! 臨機応変! おし、行くぞ!」
「お師匠様ぁ、カッコイイですぅ!」
ほれぼれしながら手をのばすと、長い指がぎゅっと握り返してくれる。
ジークとギュンターも「確かに」とうなずいて、野営用の大荷物を背負い直し、ずんずん森に向かって突き進むクロヴィスに続いた。
ディードとヘンリックもあわてて追いかけてくる。
ジークがいそいそと毛布を重ねて腰を下ろすよう勧めたが、「いらね」と返され、心なしか肩を落とした。
「つれない婚約者だね」と笑ったギュンターには、ジークの手刀とディードの冷たい視線が返された。
クロヴィスは黒い外套を雪色に染めて立ちつくし、辺りを見回していたが、その表情がどんどん険しくなっていくことにラピスは気づいた。
「お師匠様、どうしたのですか?」
心配になって尋ねると、「まずは体力つけとけ」と、安心させるように微笑を浮かべていたのだが……
ついでに携帯用のパンとチーズもいただいて、皆ひと心地ついたところで聞かされた話の内容は、まったく安心できないものだった。
「俺たちはあの森の奥の、白く光る何か――結界と思われるが――あそこを目指して歩いてきた。だが気がついたか? 森はどんどん広がっているし、逆にあの光は小さくなっている」
「えっ!?」
「本当ですか!?」
「自分にはまったくわかりませんが……」
次々驚きの声が上がる。
ラピスは改めて森に目を凝らした。
大雪原を歩き続けて、近づきはしたものの、まだ森の中に入ることすらできずにいる。歩くだけで精いっぱいで、森の広さを気にかける余裕などなかった。
「俺は近道魔法を扱うから、付随して地形や距離を把握する能力を持ってる。だから間違いない」
「ふおぉ! さすがお師匠様ですーっ!」
ラピスが拍手すると、クロヴィスは「そう、さすが俺様」と遠慮なく賛辞を受け取った。「で、本題はここから」
「ほかにも問題があるのですか?」
「ああ。お前たちはあの森を見て、どんな印象を受ける?」
「印象……?」
特に変わったところのない、冬枯れの森だ。そう思っていたけれど……
近くまで来た今、言われてよくよく見てみれば、何か、どこかがおかしい。
「なんだか……黒すぎる気がします。冬枯れと言うより、焼け焦げたみたいです」
言ってから、ラピスは自分の言葉にゾッとした。
言葉にしてみて初めて、この森の不吉さに気づく。
ジークも眉根を寄せて同意した。
「確かに。笹薮などのわずかな緑や、枯葉の色すらありません。鳥の声も、生きものの気配も」
クロヴィスも「うん」と首肯する。
「ラピんこ。聖魔法でこの森を視るよう、イメージしてみろ」
「聖魔法で視る、のですか?」
そんな使い方はしたことがなかった。
が、導かれるまま目に聖魔法のフィルターをかける要領で森を眺めて――愕然とした。
聖魔法を通して視た森は、どろどろと汚泥のように歪み腐って、強烈な腐敗臭まで放っている。なぜ今まで気づかずいられたのか不思議なほどだ。
この気配。
この悪意と怨念の権化。
この正体を、ラピスはもう知っている。
「お、お師匠様っ! これ呪いです! 呪いですよねっ!?」
「えっ、呪い!?」
ディードたちも目を剥いて驚きの声を上げた。
クロヴィスは銀髪をかき上げ雪を払う。
「そう、これは呪いそのものだ。ここはすでに古竜たちの結界の中だというのに、こんな穢れたものが出現するのはおかしい……本来は。だが実際問題、呪法はすでに、こんなところにまで侵食しているんだ。じきに竜王以外の古竜たちにも、穢れが及ぶのだろう」
「そんなのダメですよぅ! だ、だって、コンラートさんはもう呪法をやめたし、それどころか世界を救うための祈祷をしてくれてるのに……」
「ああ。だがな。呪法というのは、一度発動したら術者自身にも止められないんだよ。だから今現在も、世界のどこかで呪法による災いは拡大し続けているし、すべての竜たちが蝕まれるのも時間の問題。その象徴がこの森、ということだ」
呪法は止められない。
その上、古竜の結界内すら蝕まれているという衝撃の事実を前に、ラピスは頭の中が真っ白になってしまい……
「……あれま~」
思わず間の抜けた声を漏らすと、お茶のおかわりをしようと立ち上がっていたヘンリックがズボッと雪に埋まって、「緊張感どこ!」と叫んだ。
ディードと共に腕を引っ張って救出しながら、「じゃあ、お師匠様」と、眉根を寄せる横顔に問いかける。
「僕たちは、どうしたらいいのでしょう」
「わからんわー」
長靴に入ってしまった雪を取り出しながら、「この呑気師弟! やっぱりノープランか!」と嘆くヘンリックを、ディードが「うるさい」と叱りつけた。
ちらりとヘンリックへ視線を流したクロヴィスが鼻で嗤う。
「わからんが、やることは決まっている。竜王を救う。そして今や王と共に斃れようとしている、ほかの竜たちも救う。彼らが本来の力を取り戻せば、呪法なんぞ自力で撥ねつけられるのだから」
「お、おおお~! そうかぁ、そうですよねっ!」
そうだった。
巡礼参加の提案をされた夜も、クロヴィスは呪法についてそう語っていた。
『世界を守護せし竜王や古竜たちは、万全ならば、呪詛なんかにビクともしない』と。
「竜たちは、いざというときのために『欠けた力の対処法を探せ』と警告していたのですもんね。竜たちが元気なら、呪法をかけられても自力で解決できるから。自力で解決してもらえるなら、それが一番です! さすがお師匠様ですーっ!」
ラピスがパタパタと手袋のまま拍手を送ると、今度はほかの四人も一緒に拍手した。ヘンリックも一転、「希望が見えた!」と天に向かって拳を突き出す。
「それでお師匠様、この場合の『対処法』とは具体的に、どうしたらいいのですか?」
「わからんわー」
「希望が消えた!」
頽れたヘンリックの頭に、「いちいち騒ぐな」と、とうとう大魔法使いの手刀が下ろされる。
「何もかも初めてのことなのに、いちいち予定だの計画だの立ててられっか! いいか。こういうときは、とりあえず進むんだよ! んで、何か起こったらどうにかする! 臨機応変! おし、行くぞ!」
「お師匠様ぁ、カッコイイですぅ!」
ほれぼれしながら手をのばすと、長い指がぎゅっと握り返してくれる。
ジークとギュンターも「確かに」とうなずいて、野営用の大荷物を背負い直し、ずんずん森に向かって突き進むクロヴィスに続いた。
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