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第12唱 竜とラピスの歌
星降る世界で
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暗闇の中、ラピスは目をさました。
「……んん?」
目を擦って躰を起こし、きょろきょろ周りを見回しても、ぼんやりとした闇以外なにも見えない。鼻先を草の香りがくすぐるだけ。
一瞬、目が見えなくなったのではと焦ったが、徐々に闇に目が慣れてくると、辺りの様子がわかってきた。
かなり大きな木々のシルエットに囲まれている。森の中だろう。
ざわざわと風が梢を揺らす音。どこからか運ばれてきた花の香が、ラピスの髪を梳いていく。
改めて手探りをし、自分が今座り込んでいるのはフカフカした草の絨毯の上だということも確かめた。
(崖から落ちたはずだよね?)
そう、結界を抜けた途端、足場が崩れて。
果てが無いのではというほど落下し続けた恐怖を思い出し、ぶるりと震えた。
(そういえば呪詛されたときも、石ころみたいに落ちていく夢を見た)
底なしの闇の中へ、みんなからどんどん離れてたった独りで、闇以外は何もない世界へと落ちていく……思い出すだけで身震いするほど怖い夢だった。
思えば先ほど落下する前に一瞬見た景色――禍々しい色の空や不気味に連なる奇岩も、あの怖い夢と印象がよく似ていた。
この結界が古竜たちの記憶や精神世界ともつながっているのだとしたら、あの禍々しい光景は、呪詛に病んだ竜王が見ている悪夢なのかもしれない。
自分はすぐに助けてもらえたけれど、竜王はずっとあの悪夢に囚われているのでは――と想像したら、ラピスは全身ぞくりと粟立った。
一刻も早く助けてあげたい。いや、助けねば。
焦燥に駆られたものの、目が慣れた今でも、灯りひとつない森の中では、どこへ向かい何をすればいいのか、見当もつかない。
「どうしよう……ディード? ヘンリック?」
心細くなったところで、二人の存在を思い出した。
見回すと幸い、すぐそばに二人とも倒れている。
すやすやと気持ちよさげな寝息が聞こえてくるから、ラピス同様、怪我も痛い思いもしていないのだろう。
ひとまずホッと胸をなでおろした、そのとき。
視界の端で、星が流れた。
直接見ていなくともそれとわかるほど、はっきりと明るく。
反射的に仰ぎ見た光景に、ラピスは思わず立ち上がった。
「わあ……!」
金色の星が、つぎつぎ流れていく。夜空にいくつも金鎖の軌跡が走る。
みるみるうちにそれは、金粉入りの箱を引っ繰り返したような流星群となった。夜空を流星が埋め尽くしていく。
おかげで暗闇は追いやられ、今や周囲の巨大な樹木や見たこともない花々が、星明りを映して浮かび上がった。
眠るディードとヘンリックの顔も、流星の動きに合わせてせわしなく金色に照らされる。
「うーん」
「眩しい~」
むにゃむにゃ呟きながら目をさました二人の肩を、ラピスは「見て見て!」とぽむぽむ叩いて急かした。
「二人とも、ほら見て! 金色の流星群だよっ!」
ぱちくりと瞬きしながら空を見上げた二人も、瞬時に眠気が吹っ飛んだらしい。
「うわあ!」
「なんだこれ、すっげー!」
輝き煌めきながら消えていく星の洪水に照らされて、空も大地もキラキラと光っている。
三人ともが瞳を潤ませ、言葉もなく見上げていたが、ラピスは以前にも、こんな光景を見たと思った。
(そう、あれは……お師匠様と初めて会った夜だ)
金色の星ではなかったけれど。小さなミロちゃんとラピスとクロヴィスで、突然始まった流星群を見上げていた。
あの夜も、何もかもが綺麗だった。星空も森もクロヴィスも。
ラピスのたいせつな想い出。
胸がきゅうっとなる。
ひとりぼっちの頃、竜を探して空を見上げていた。
寂しさや悲しさを抱えているのはとても重くて、自然とうなだれ俯いてしまう。
けれどいつも竜を探そうと顔を上げていたから、重石みたいな気持ちに引き摺られず済んだのかもしれない。
顔を上げていれば、星や月や雪や青空、雲のかたち、山々や森、背の高い木々の梢が目に映る。そうすると自然と深く息を吸えて、清々しい大気の中で深呼吸できていた。
(母様が竜と仲良しにさせてくれたおかげだよ)
心の中で改めて、亡き母に感謝した。
そして竜にも。
竜が創った世界は美しく、元気をもらえて、大好きな人たちと出会わせてくれた。
(だから絶対、恩返しをしなくちゃね)
ひとりうなずき、小さなこぶしを握りしめて決意を新たにし……突然、気づいた。
「ほへあっ!? あああああーっ‼」
「うおっ!?」
「なんだどうしたラピス!」
思わず奇声を発したものだから、ディードとヘンリックが文字通り跳び上がった。しかしラピスは詫びる余裕もなく、震える指で周囲を示す。
「こ、ここ、こここっ」
「こここ?」
「震えてんじゃん。まだ寒いのか?」
乳兄弟たちは怪訝そうにラピスを見、おもむろにラピスがぐるりと指差したほう――自分たちの周囲へと視線を流した。
「「……ん?」」
綺麗にシンクロしながら二度見して……
「「あああ――――っ‼」」
三人そろって、あんぐりと口をひらいたまま固まった。
なぜならいつのまにか、彼らの周囲が一変していたから。
たった今まで確かにあった森が消えたから。
その代わり――
古竜たちが、巨大樹のようにずらりと、出現していた。
「……んん?」
目を擦って躰を起こし、きょろきょろ周りを見回しても、ぼんやりとした闇以外なにも見えない。鼻先を草の香りがくすぐるだけ。
一瞬、目が見えなくなったのではと焦ったが、徐々に闇に目が慣れてくると、辺りの様子がわかってきた。
かなり大きな木々のシルエットに囲まれている。森の中だろう。
ざわざわと風が梢を揺らす音。どこからか運ばれてきた花の香が、ラピスの髪を梳いていく。
改めて手探りをし、自分が今座り込んでいるのはフカフカした草の絨毯の上だということも確かめた。
(崖から落ちたはずだよね?)
そう、結界を抜けた途端、足場が崩れて。
果てが無いのではというほど落下し続けた恐怖を思い出し、ぶるりと震えた。
(そういえば呪詛されたときも、石ころみたいに落ちていく夢を見た)
底なしの闇の中へ、みんなからどんどん離れてたった独りで、闇以外は何もない世界へと落ちていく……思い出すだけで身震いするほど怖い夢だった。
思えば先ほど落下する前に一瞬見た景色――禍々しい色の空や不気味に連なる奇岩も、あの怖い夢と印象がよく似ていた。
この結界が古竜たちの記憶や精神世界ともつながっているのだとしたら、あの禍々しい光景は、呪詛に病んだ竜王が見ている悪夢なのかもしれない。
自分はすぐに助けてもらえたけれど、竜王はずっとあの悪夢に囚われているのでは――と想像したら、ラピスは全身ぞくりと粟立った。
一刻も早く助けてあげたい。いや、助けねば。
焦燥に駆られたものの、目が慣れた今でも、灯りひとつない森の中では、どこへ向かい何をすればいいのか、見当もつかない。
「どうしよう……ディード? ヘンリック?」
心細くなったところで、二人の存在を思い出した。
見回すと幸い、すぐそばに二人とも倒れている。
すやすやと気持ちよさげな寝息が聞こえてくるから、ラピス同様、怪我も痛い思いもしていないのだろう。
ひとまずホッと胸をなでおろした、そのとき。
視界の端で、星が流れた。
直接見ていなくともそれとわかるほど、はっきりと明るく。
反射的に仰ぎ見た光景に、ラピスは思わず立ち上がった。
「わあ……!」
金色の星が、つぎつぎ流れていく。夜空にいくつも金鎖の軌跡が走る。
みるみるうちにそれは、金粉入りの箱を引っ繰り返したような流星群となった。夜空を流星が埋め尽くしていく。
おかげで暗闇は追いやられ、今や周囲の巨大な樹木や見たこともない花々が、星明りを映して浮かび上がった。
眠るディードとヘンリックの顔も、流星の動きに合わせてせわしなく金色に照らされる。
「うーん」
「眩しい~」
むにゃむにゃ呟きながら目をさました二人の肩を、ラピスは「見て見て!」とぽむぽむ叩いて急かした。
「二人とも、ほら見て! 金色の流星群だよっ!」
ぱちくりと瞬きしながら空を見上げた二人も、瞬時に眠気が吹っ飛んだらしい。
「うわあ!」
「なんだこれ、すっげー!」
輝き煌めきながら消えていく星の洪水に照らされて、空も大地もキラキラと光っている。
三人ともが瞳を潤ませ、言葉もなく見上げていたが、ラピスは以前にも、こんな光景を見たと思った。
(そう、あれは……お師匠様と初めて会った夜だ)
金色の星ではなかったけれど。小さなミロちゃんとラピスとクロヴィスで、突然始まった流星群を見上げていた。
あの夜も、何もかもが綺麗だった。星空も森もクロヴィスも。
ラピスのたいせつな想い出。
胸がきゅうっとなる。
ひとりぼっちの頃、竜を探して空を見上げていた。
寂しさや悲しさを抱えているのはとても重くて、自然とうなだれ俯いてしまう。
けれどいつも竜を探そうと顔を上げていたから、重石みたいな気持ちに引き摺られず済んだのかもしれない。
顔を上げていれば、星や月や雪や青空、雲のかたち、山々や森、背の高い木々の梢が目に映る。そうすると自然と深く息を吸えて、清々しい大気の中で深呼吸できていた。
(母様が竜と仲良しにさせてくれたおかげだよ)
心の中で改めて、亡き母に感謝した。
そして竜にも。
竜が創った世界は美しく、元気をもらえて、大好きな人たちと出会わせてくれた。
(だから絶対、恩返しをしなくちゃね)
ひとりうなずき、小さなこぶしを握りしめて決意を新たにし……突然、気づいた。
「ほへあっ!? あああああーっ‼」
「うおっ!?」
「なんだどうしたラピス!」
思わず奇声を発したものだから、ディードとヘンリックが文字通り跳び上がった。しかしラピスは詫びる余裕もなく、震える指で周囲を示す。
「こ、ここ、こここっ」
「こここ?」
「震えてんじゃん。まだ寒いのか?」
乳兄弟たちは怪訝そうにラピスを見、おもむろにラピスがぐるりと指差したほう――自分たちの周囲へと視線を流した。
「「……ん?」」
綺麗にシンクロしながら二度見して……
「「あああ――――っ‼」」
三人そろって、あんぐりと口をひらいたまま固まった。
なぜならいつのまにか、彼らの周囲が一変していたから。
たった今まで確かにあった森が消えたから。
その代わり――
古竜たちが、巨大樹のようにずらりと、出現していた。
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