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第12唱 竜とラピスの歌
横たわる竜
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その途轍もない巨躯は、山にも海にも空にも見えた。
ずらりと勢ぞろいした様は、『世界』そのものだった。
ここにいるのはすべて創世の竜なのだと、ラピスにはすぐにわかった。
本来、ひとつところに実体をもって集える巨きさではないはず。
なのにこの不思議な空間の中では、星座のように違和感なく鎮座し収まっている。
蛇型に獣型。神秘的に耀うさまざまな色の星竜たち。
その中には、これまでにラピスが出逢った古竜もいた。
深い緑の頭部を持つ飛竜は、巡礼に出たばかりのシグナス森林で出会った。
闇色の古竜は、トリプト村での宴会のときに。
星空色の飛竜は、呪詛に苦しんでいたラピスを助けてくれた。
雪白に輝く古竜は、疫病から人々を救う方法を教えてくれた。
(でもなんだか、以前より暗く見える……?)
気のせいだろうか。
どの古竜も、かつての圧倒的な存在感が薄れている気がする。
ラピスたちに注がれる視線に籠められた、限りない慈しみは変わらないけれど。
さまざまな想いが胸に迫って、ただ見つめることしかできずにいると、切なくなるほど深い響きが、星のように降ってきた。
『よく来てくれた。ずっとずっと待っていたよ』
それは、星空色の古竜が発した歌。
その歌をきっかけに驚きと緊張による強張りは解けて、同時にラピスの躰いっぱいに、感動と興奮が堰を切って溢れ出した。
『お招きありがとうございます、古竜さんたち! 結界にお邪魔します! じゃなくてえっと、お邪魔しています?』
まずは挨拶だと張り切って歌ったのだが、張り切り過ぎてしどろもどろになり、古竜たちが笑った気配がした。
(笑われちゃった……)
「ね、ねえラピス、古竜たちはなんて言ってるんだ?」
ディードがおそるおそる訊いてきた。
そうだった、通訳してあげなければ。
「よく来たって歓迎してくれてるよ! そして今笑われたところ」
「わ、笑われた? なんでまた」
説明する前に、何かに注意を引かれた。
何か異質なものがある。
その正体を探ろうと、よくよく目を凝らして古竜たちを見つめるうちに、雪白の古竜で視線が止まった。
悲しげに『救いを、待っている』と言い残していたあの竜だ。
その雪山のような躰の前に。
ほかの古竜たちからも守られるようにして、ぐったりと横たわる竜が浮かんでいた。
おそらくミロちゃんくらいの大きさしかない。
創世の古竜たちの中に在っては、幼竜と見紛う。
汚泥じみた色をして、みすぼらしくて、痛々しく鱗も剥がれて、生気をまったく感じない。打ち捨てられた玩具みたいな竜。
ラピスの心臓が早鐘を打った。
その竜の正体がわかってしまった。
途端、ぶわっと涙が溢れて、星も竜たちも滲んで見えなくなる。
「ど、どうしたラピス!」
突然泣き出したラピスに、ディードとヘンリックがギョッとしている。
驚かせてすまないが、すぐには答えられずにいたラピスの視線を追って、二人も雪白の古竜の前に浮かぶ竜に気がついた。
「なんだろ。小さい竜が浮かんでる」
「ぐったりしてるな。病気かな」
「うぅ。あれ、竜王様だよぅ」
しゃくり上げながらラピスが言うと、乳兄弟はまたも息ぴったりに「「ええっ!」」とシンクロした。
「竜王ってあれだろう? ロックス町からの帰りに見た、どす黒い竜! でもあれ、ものすっごく巨大じゃなかった!?」
ディードの言葉にヘンリックも「そうそう」と首肯する。
「雷を落としまくったあげく、ゴルト街に火事を起こしてた竜だよな!」
雪白の古竜が、ヘンリックの言ったことを理解したのか、悲しそうにうなだれた。
心なしかほかの古竜たちも、申しわけなさげに打ち沈んでいる。
それを見てラピスの涙は一気に引っ込んだ。
『やりたくてやったわけじゃないって、わかってますからっ! 竜王様は呪いで病気になっちゃったって、みんなわかってるから大丈夫です! 病気はとてもつらいです、母様もそうだったから、よくわかります!』
あわてて歌い添えるラピスの横で、竜言語は解さないのに空気で理解したらしきディードが、ヘンリックをどついた。
「なんでそう、いらんことを言うんだよ、お前は!」
「えっ、何いきなり怒ってんの? 反抗期?」
「……馬鹿で無神経だから注意されてるっていう思考が、どうしてできないのかな。本当に不思議だよ。反省もできないほど本物の馬鹿なのか?」
「ば、馬鹿って言うほうが馬鹿なんですぅ! ああっ、鼻で嗤ったな!」
何やら応酬を始めた乳兄弟に、のんびりひとりっ子のラピスは口を挟めず「おぉぉ」と間の抜けた声を漏らしたが。
おかげで古竜たちからは小さな笑いの気配がして、元気を出してくれたようだった。
ただ改めて、竜王が世界中で災いを起こしたことに、竜たちはひどく心を痛めているのだとわかった。原因は人の側にあるのだとしても。
竜王自身も、どれほど悲しんでいることか。
想像しただけでラピスの心も痛くなる。
(でもとにかく、回復してもらわないことには始まらないものね。そのあとのことは、そのあとのこと!)
ずらりと勢ぞろいした様は、『世界』そのものだった。
ここにいるのはすべて創世の竜なのだと、ラピスにはすぐにわかった。
本来、ひとつところに実体をもって集える巨きさではないはず。
なのにこの不思議な空間の中では、星座のように違和感なく鎮座し収まっている。
蛇型に獣型。神秘的に耀うさまざまな色の星竜たち。
その中には、これまでにラピスが出逢った古竜もいた。
深い緑の頭部を持つ飛竜は、巡礼に出たばかりのシグナス森林で出会った。
闇色の古竜は、トリプト村での宴会のときに。
星空色の飛竜は、呪詛に苦しんでいたラピスを助けてくれた。
雪白に輝く古竜は、疫病から人々を救う方法を教えてくれた。
(でもなんだか、以前より暗く見える……?)
気のせいだろうか。
どの古竜も、かつての圧倒的な存在感が薄れている気がする。
ラピスたちに注がれる視線に籠められた、限りない慈しみは変わらないけれど。
さまざまな想いが胸に迫って、ただ見つめることしかできずにいると、切なくなるほど深い響きが、星のように降ってきた。
『よく来てくれた。ずっとずっと待っていたよ』
それは、星空色の古竜が発した歌。
その歌をきっかけに驚きと緊張による強張りは解けて、同時にラピスの躰いっぱいに、感動と興奮が堰を切って溢れ出した。
『お招きありがとうございます、古竜さんたち! 結界にお邪魔します! じゃなくてえっと、お邪魔しています?』
まずは挨拶だと張り切って歌ったのだが、張り切り過ぎてしどろもどろになり、古竜たちが笑った気配がした。
(笑われちゃった……)
「ね、ねえラピス、古竜たちはなんて言ってるんだ?」
ディードがおそるおそる訊いてきた。
そうだった、通訳してあげなければ。
「よく来たって歓迎してくれてるよ! そして今笑われたところ」
「わ、笑われた? なんでまた」
説明する前に、何かに注意を引かれた。
何か異質なものがある。
その正体を探ろうと、よくよく目を凝らして古竜たちを見つめるうちに、雪白の古竜で視線が止まった。
悲しげに『救いを、待っている』と言い残していたあの竜だ。
その雪山のような躰の前に。
ほかの古竜たちからも守られるようにして、ぐったりと横たわる竜が浮かんでいた。
おそらくミロちゃんくらいの大きさしかない。
創世の古竜たちの中に在っては、幼竜と見紛う。
汚泥じみた色をして、みすぼらしくて、痛々しく鱗も剥がれて、生気をまったく感じない。打ち捨てられた玩具みたいな竜。
ラピスの心臓が早鐘を打った。
その竜の正体がわかってしまった。
途端、ぶわっと涙が溢れて、星も竜たちも滲んで見えなくなる。
「ど、どうしたラピス!」
突然泣き出したラピスに、ディードとヘンリックがギョッとしている。
驚かせてすまないが、すぐには答えられずにいたラピスの視線を追って、二人も雪白の古竜の前に浮かぶ竜に気がついた。
「なんだろ。小さい竜が浮かんでる」
「ぐったりしてるな。病気かな」
「うぅ。あれ、竜王様だよぅ」
しゃくり上げながらラピスが言うと、乳兄弟はまたも息ぴったりに「「ええっ!」」とシンクロした。
「竜王ってあれだろう? ロックス町からの帰りに見た、どす黒い竜! でもあれ、ものすっごく巨大じゃなかった!?」
ディードの言葉にヘンリックも「そうそう」と首肯する。
「雷を落としまくったあげく、ゴルト街に火事を起こしてた竜だよな!」
雪白の古竜が、ヘンリックの言ったことを理解したのか、悲しそうにうなだれた。
心なしかほかの古竜たちも、申しわけなさげに打ち沈んでいる。
それを見てラピスの涙は一気に引っ込んだ。
『やりたくてやったわけじゃないって、わかってますからっ! 竜王様は呪いで病気になっちゃったって、みんなわかってるから大丈夫です! 病気はとてもつらいです、母様もそうだったから、よくわかります!』
あわてて歌い添えるラピスの横で、竜言語は解さないのに空気で理解したらしきディードが、ヘンリックをどついた。
「なんでそう、いらんことを言うんだよ、お前は!」
「えっ、何いきなり怒ってんの? 反抗期?」
「……馬鹿で無神経だから注意されてるっていう思考が、どうしてできないのかな。本当に不思議だよ。反省もできないほど本物の馬鹿なのか?」
「ば、馬鹿って言うほうが馬鹿なんですぅ! ああっ、鼻で嗤ったな!」
何やら応酬を始めた乳兄弟に、のんびりひとりっ子のラピスは口を挟めず「おぉぉ」と間の抜けた声を漏らしたが。
おかげで古竜たちからは小さな笑いの気配がして、元気を出してくれたようだった。
ただ改めて、竜王が世界中で災いを起こしたことに、竜たちはひどく心を痛めているのだとわかった。原因は人の側にあるのだとしても。
竜王自身も、どれほど悲しんでいることか。
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