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来栖とむ

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第3話 エルフの森の弓使い

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 バイト七日目。
 一週間経って、ようやく仕事に慣れてきた。モブ冒険者Aとしての立ち回りも板についてきた気がする。
 朝礼で吉田さんから告げられた配置に、俺は少し期待を抱いた。
「佐伯くん、今日は『エルフの森』エリアね」
「エルフの森……」
「そう。森の中にあるアスレチックアトラクションと、射的コーナーがあるの。エルフの弓使いフラーラさんが射的の担当をしてるから、補助をお願いね」
 田中さんが横からニヤニヤする。
「おー、佐伯くん。フラーラさんもめちゃくちゃ美人だよ。サーミャさんとはまた違うタイプだけど」
「マジですか」
「マジマジ。それに弓の腕前がやばい。元オリンピック選手なんじゃないかって噂もあるくらい」
「へえ……」
 田中さんが声を潜める。
「でもあの人、ちょっと変わってるから」
「変わってる?」
「まあ、会えばわかるよ」

 エルフの森エリアは施設の西側にある。
 入口をくぐると、木々が生い茂る森の中に遊歩道が整備されている。所々に魔法陣のような装飾や、妖精の像なんかが置かれていて、異世界感たっぷりだ。
 遊歩道を五分ほど歩くと、開けた場所に出た。
 そこが射的コーナーだ。
 木製の小屋があり、その前に射的用のレーンが五つ並んでいる。的は十メートル先から三十メートル先まで、距離と難易度が分かれている。
 そして、小屋の前に立っていたのが——。
「……ああ」
 思わず声が出た。
 長い金髪、尖った耳、エメラルドグリーンの瞳。
 深緑色のローブに、革のベルト。背中には長弓と矢筒。
 その姿は、まるで本物のエルフのようだった。
 初日に見たエルフのお姉さんだ。あの時は遠目だったけど、こんなに美しい人だったのか。
 サーミャさんとはまた違う、神秘的で凛とした美しさ。
「あら、新しい方かしら」
 彼女が俺に気づいて微笑む。
「あ、はい! 今日から補助で入ります。佐伯です!」
「ようこそ、エルフの森へ。私はフラーラ。よろしくお願いするわ」
 優雅に一礼する。その所作まで美しい。
「よ、よろしくお願いします!」
 俺は慌てて頭を下げた。

 開園前の準備をしながら、フラーラさんから説明を受ける。
「お客様には、この木製の弓をお渡しして。矢は吸盤付きだから安全よ」
「はい」
「射撃のルールは簡単。三本の矢で、好きな的を狙う。当たった点数によって、景品がもらえるの」
「了解です」
 フラーラさんは手際よく準備を進める。
 その動きは無駄がなく、プロフェッショナルだ。
「あ、それと」
 フラーラさんが付け加える。
「時々、デモンストレーションを頼まれることがあるの。その時は少し離れていてね」
「デモンストレーション?」
「ええ。私が実際に射撃を見せるのよ」
 そう言って、フラーラさんは弓を取り出した。
 小屋の中にあった、明らかに他の弓とは違う本格的な弓。
「それ……本物ですか?」
「ええ。もちろん、矢じりは丸めてあるけれど」
 フラーラさんが弓を構える。
 その姿勢が、まるで絵画のように美しい。
「今から、あの三十メートル先の的を狙うわ」
 シュッ
 矢が放たれる。
 一瞬の後、三十メートル先の的に、ど真ん中。
「……すごい」
 思わず呟く。
「これくらいは朝の挨拶みたいなものよ」
 フラーラさんは涼しい顔で次の矢をつがえる。
「次は、あの木の枝の間を通して、その向こうの的に当てるわ」
 指差す先には、木の枝が複雑に絡まっている。その隙間から、さらに奥にある小さな的がチラリと見える。
「え、あれ? 無理でしょ……」
 シュッ
 矢が枝の隙間を抜けて、見事に的に命中。
「嘘だろ……」
「どう? こういうパフォーマンスをすると、お客様が喜ぶのよ」
 フラーラさんは微笑む。
 この人、本物だ。ただのバイトじゃない。

 午前十時、開園。
 親子連れが次々とやってくる。
「わあ! エルフだ!」
「ママ、弓やりたい!」
 子どもたちが目を輝かせる。
 フラーラさんが前に出る。
「ようこそ、エルフの森へ。私はフラーラ。この森の守り人よ」
 その声は、澄んでいて、優雅だ。
 子どもたちだけじゃない、大人も釘付けになっている。
「さあ、弓の使い方をお教えするわ。まずは、私が見本を見せましょう」
 フラーラさんが弓を構え、三十メートル先の的を狙う。
 シュッ、シュッ、シュッ
 三本連続、すべてど真ん中。
「わあああ!」
 歓声が上がる。
 俺も思わず拍手していた。

 午前中は順調だった。
 子どもたちに弓を渡し、射撃を見守る。フラーラさんは優しく指導し、子どもたちは大喜び。
 俺は的の点数を確認したり、景品を渡したりする補助に徹する。
「お疲れ様、佐伯」
 小休憩の時、フラーラさんが声をかけてくれた。
「いえ、こちらこそ」
「あなた、よく気が利くわね。助かるわ」
「ありがとうございます」
 褒められて、少し嬉しい。
「あの、フラーラさん。弓、どこで習ったんですか? めちゃくちゃ上手いですよね」
「どこで……ああ、故郷でよ」
「故郷?」
「ええ。遠い、とても遠い場所」
 フラーラさんは遠くを見る。
「そこでは、弓は生きるための技術だったの。獲物を狩るため、身を守るため」
「……なんか、本格的ですね」
「ふふ、そうね」
 フラーラさんは微笑む。
「でも、ここでは遊びとして教えられる。それも悪くないわ」
 その表情は、どこか寂しそうだった。
 遠い故郷、か。海外から来た人なのかな。

 午後、予想外の出来事が起きた。
 フラーラさんが、射的コーナーから離れて森の奥へ向かおうとしたのだ。
「フラーラさん、どこ行くんですか?」
「ああ、少し森の見回りをしてくるわ。アスレチックエリアの様子を確認しないと」
「見回り? それもフラーラさんの仕事なんですか?」
「ええ。森の管理全般を任されているの」
 そう言って、フラーラさんは森の中へ入っていく。
「十分で戻るわ。その間、射的コーナーをお願い」
「あ、はい!」

 三十分経過。
 フラーラさんが戻ってこない。
「……おかしいな」
 お客さんは途切れていて、射的コーナーは一時的に閑散としている。
 四十五分経過。
 さすがにおかしい。
「フラーラさーん!」
 森の入口で呼びかけてみるが、返事がない。
 その時、無線機が鳴った。
「佐伯くん、聞こえる?」
 吉田さんの声だ。
「はい、聞こえます」
「フラーラさん、そっちにいる? アスレチックエリアのスタッフから、『フラーラさんが迷子になってる』って連絡があって」
「え……迷子?」
「うん。またなのよ。フラーラさん、方向音痴でね……」
 またって、日常茶飯事なのか。
「すぐに探しに行ってもらえる? 森は広いけど、遊歩道沿いにいるはずだから」
「了解です」
 俺は慌てて森の中へ入った。

 遊歩道を進む。
 エルフの森エリアは広いが、遊歩道は一本道で、途中に分岐が三箇所ある。
 それぞれの分岐には、「アスレチックエリア」「休憩所」「射的コーナー」と看板が立っている。
「これなら迷わないはずなんだけどな……」
 十分ほど歩いた先、休憩所エリアでフラーラさんを見つけた。
 ベンチに座って、困ったように周囲を見回している。
「フラーラさん!」
「あら、佐伯!」
 フラーラさんが顔を輝かせる。
「助かったわ。道がわからなくなってしまって」
「大丈夫ですか? みんな心配してましたよ」
「ごめんなさい。この森、複雑で……」
 フラーラさんが申し訳なさそうに言う。
「いえ、無事で良かったです。戻りましょう」
「ええ、お願い」

 二人で遊歩道を戻る。
「あの、フラーラさん。看板、見ませんでした?」
「看板? ああ、そういえば何か立っていたわね」
「あれ、ちゃんと読めば迷わないと思うんですけど……」
「そうね。でも私、文字を読むのが……」
 フラーラさんが言いよどむ。
「読むのが?」
「ああ、いえ。この国の文字は、時々読みにくいの」
「この国の?」
「ええ。私、外国から来たから」
 ああ、やっぱり海外の人なのか。
「どこの国ですか?」
「とても遠い国よ。あなたは知らないと思うわ」
 フラーラさんは微笑む。
「でも、日本語は話せるんですよね?」
「ええ、話すのは問題ないの。でも、漢字が……難しいわ」
 なるほど、そういうことか。
 外国人で、漢字が読めない。だから看板を見ても、すぐには理解できない。
「じゃあ、今度から迷ったら、すぐに無線で呼んでくださいね」
「ありがとう、佐伯。優しいのね」
 フラーラさんが微笑む。
 その笑顔が、夕日に照らされて輝いていた。

 射的コーナーに戻ると、お客さんがまた列を作っていた。
「お待たせしました!」
 フラーラさんと二人で、午後の営業を再開する。
 それから閉園まで、俺たちは息の合った連携でコーナーを回した。
 フラーラさんの華麗な射撃デモンストレーション。俺の的確な補助。
 お客さんたちは大満足で帰っていく。

 閉園後、片付けをしながらフラーラさんが言った。
「今日はありがとう、佐伯」
「いえ、こちらこそ」
「それに……」
 フラーラさんが少し照れたように言う。
「助けに来てくれて、嬉しかった」
「当然ですよ。同じスタッフですから」
「そうね。でも……」
 フラーラさんは言葉を探すように、少し間を置いた。
「久しぶりに、誰かに助けてもらった気がする」
「え?」
「いつも一人で何とかしようとしていたから」
 その表情は、どこか寂しそうだった。
「フラーラさん……」
「でも、あなたがいてくれて良かった。また一緒に働けるかしら?」
「はい、喜んで」
 フラーラさんは微笑む。
「あなた、センスがあるわ。この仕事、向いていると思う」
「ありがとうございます」

 片付けが終わり、フラーラさんは例の森の奥の通路へ向かっていった。
 初日に見た、エルフやドワーフたちが使う専用の通路。
 あの奥には、石造りの扉がある。
「また明日ね、佐伯」
「はい、また明日」
 フラーラさんは手を振って、エルフの衣装のまま、森の奥へ消えていった。

 その夜、帰りのバスの中で、俺は思った。
 フラーラさん。
 美しくて、強くて、でもちょっと抜けてる。
 不思議な人だ。
 それに、「久しぶりに誰かに助けてもらった」って、どういう意味だろう。
 あんなに完璧に見えるのに、実は孤独だったりするのか。
 外国から来て、言葉の壁もあって。
 なんだか、放っておけない気がする。
 窓の外を流れる夜景を眺めながら、俺は小さく笑った。
 サーミャさんもいいけど、フラーラさんも……。
 いや、待て。俺、何考えてるんだ。
 でも、また一緒に働きたい。
 そう思える人に出会えたことが、嬉しかった。
 明日も、頑張ろう。
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