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第14話 魔族の簿記は複式です
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魔王城での暮らしも三週間目が近づいてきた。
戴冠式まで、あと一週間。
イグニスの捜索は続いているが、まだ見つかっていない。
焦りが、日に日に増していく。
ある朝、俺はカオスとマネーゼンに会議室へ呼び出された。
「佐伯くん、大変なことがわかった」
カオスが深刻な顔で資料を広げる。
「魔王城の会計を精査したところ、深刻な問題が見つかった」
「問題?」
「ああ」
マネーゼンが電卓を叩く。
「魔王城の運営費が、想定以上に膨らんでいる。このままでは、半年後には資金が底をつく」
「え……」
カオスが資料を見せる。
そこには、膨大な数字が並んでいた。
「これまで魔王国の会計は、単式簿記で管理されていた」
「単式簿記……?」
「ああ。収入と支出を記録するだけの、シンプルな方法だ」
マネーゼンが説明する。
「しかし、それでは資産の流れが把握できない。無駄な支出も見えない」
「そこで、地球で学んだ複式簿記を導入して精査したところ……」
カオスが続ける。
「重複した購入、使われていない備品、不明瞭な支出。全て洗い出された」
「こんなに……」
俺は、資料を見て驚く。
確かに、無駄が多い。
「さらに、異世界ランドの売上も伸び悩んでいる」
マネーゼンが別の資料を広げる。
「地球での事業は好調だが、魔王城の運営費をカバーするには不十分だ」
「つまり……」
「ああ。収入を増やすか、支出を減らすか。両方やらなければ、破綻する」
カオスが俺を見る。
「佐伯くん、手伝ってくれ」
「え、俺が?」
「ああ。君は地球で簿記を学んだだろう?」
「いや、大学の授業で少しやっただけですけど……」
「それで十分だ」
カオスが眼鏡を光らせる。
「教えてくれ。複式簿記の基本を。そして、経営改善の方法を」
「わかりました……」
俺は、深呼吸する。
魔王城の財政危機。
これは、本当に大変なことだ。
こうして、俺の会計業務が始まった。
まさか、魔王城で簿記を教えることになるとは。
会議室に、カオス、マネーゼン、そして配下の経理担当者たちが集まる。
「では、始めましょう」
俺は、魔法のホワイトボードに図を描く。
「複式簿記の基本は、貸方と借方です」
「貸方……借方……」
経理担当者たちがメモを取る。
「全ての取引は、この二つで記録されます。資産が増えたら借方、負債が増えたら貸方」
「ふむふむ……」
「例えば、100ゴールドで備品を買ったとします」
俺は図を描く。
「借方に『備品 100』、貸方に『現金 100』と記録します」
「なるほど!」
カオスが目を輝かせる。
「これなら、資産の流れが一目瞭然だ!」
マネーゼンも頷く。
「素晴らしい。これで、無駄な支出が見える。削減できる」
「それと、もう一つ大事なことがあります」
俺は続ける。
「収入を増やす方法を考えないと」
「収入を増やす……」
カオスが腕を組む。
「異世界ランドの売上は、既に限界に近い」
「なら、別の収入源を作りましょう」
俺は、以前の会議で話したアイデアを思い出す。
「魔界の特産品を、地球で売るんです」
「ああ、あの話か」
マネーゼンが電卓を叩く。
「実は、すでに準備を進めている」
「え?」
「ネット通販サイトを立ち上げた。魔界の鉱石や薬草を、地球で販売している」
「もう始めてるんですか!」
「ああ。君の提案を受けて、すぐに動いた」
マネーゼンが資料を見せる。
「現在、月に約三百万円の売上がある。利益率は六十パーセント」
「すごい……」
「だが、まだ足りない」
マネーゼンが続ける。
「魔王城の運営費は、月に一千万円以上かかる。異世界ランドの売上が約五百万円。ネット通販が約二百万円。まだ三百万円足りない」
「そんなに……」
「だから、もう一つ大きな施策が必要だ」
カオスが言う。
「それが、来週の異世界ランド展だ」
「異世界ランド展?」
「ああ。都内の大手デパートで、一週間限定のイベントを開催する」
カオスが資料を広げる。
「魔界の工芸品、魔法道具、食材などを展示・販売する。それに、ミニアトラクションも用意する」
「ミニアトラクション?」
「ああ。フラーラの弓の実演、グンナルの鍛冶実演、メリーナの……まあ、メリーナは何か失敗しそうだが」
カオスが苦笑する。
「これが成功すれば、大きな収入になる」
「目標売上は?」
「一週間で、五千万円だ」
マネーゼンが言う。
「これが達成できれば、当面の資金繰りは安定する」
「五千万円……」
俺は、その数字に驚く。
「準備は進んでるんですか?」
「ああ。商品は既に地球に運んでいる。展示ブースも設営中だ」
カオスが続ける。
「問題は、スタッフだ」
「スタッフ?」
「ああ。異世界ランドの通常営業をしながら、デパート展も運営しなければならない」
カオスが頭を抱える。
「人手が足りない」
「じゃあ、俺も手伝います」
「本当か!」
カオスが顔を上げる。
「助かる。君がいれば、心強い」
こうして、俺の仕事がさらに増えた。
会計改革と、デパート展の準備。
連日、カオスとマネーゼンと一緒に作業に追われる。
まず、会計のシステムを整える。
俺は、地球から発電機、蓄電池、そしてパソコンを持ってくることを提案した。
「パソコンがあれば、Excelで管理できます。魔法陣より効率的です」
「なるほど……」
カオスが納得する。
「地球の技術は、本当に素晴らしいな」
数日後、魔王城の会議室にパソコンが設置された。
発電機は地下室に、蓄電池は隣の部屋に。
俺は、カオスにパソコンの使い方を教える。
「まず、電源を入れます」
「ほう……」
パソコンが起動する。
カオスが感動したように見つめる。
「素晴らしい……魔法陣なしで、計算ができる……」
「次に、Excelを開きます」
俺は、Excelの基本操作を教える。
カオスは、驚くほど飲み込みが早い。
「なるほど、セルに数式を入れれば、自動計算されるのか」
「そうです」
「これは……革命だ!」
カオスが興奮する。
「これまでの魔法陣に刻まれた記録を、全てパソコンに移せば……」
「時間はかかりますけど、できますね」
「よし、やろう」
こうして、何百年分もの記録を、全てパソコンに入力する作業が始まった。
俺とカオスは、連日遅くまで作業に追われた。
ある日の午後、俺が疲れ果てて作業していると、ノックの音がした。
「佐伯、少しいい?」
フラーラさんだ。
「あ、フラーラさん」
「頑張ってるのね」
フラーラさんが、お茶とクッキーを持って入ってくる。
「差し入れよ。休憩しましょう」
「ありがとうございます……」
俺は、ホッとする。
フラーラさんと一緒に、お茶を飲む。
「最近、ずっとカオスと一緒にいるわね」
「はい……会計改革とデパート展の準備で、忙しくて」
「大変ね」
フラーラさんが微笑む。
「でも、あなたらしいわ。真面目で、一生懸命で」
「そうですかね……」
「ええ。その姿勢、好きよ」
フラーラさんがそう言ってくれて、俺は少し照れる。
「ありがとうございます」
二人で、しばらくお茶を飲む。
静かで、心地よい時間。
「佐伯」
「はい?」
「来週のデパート展、私も出るのよ」
「え、フラーラさんも?」
「ええ。弓の実演をすることになってるわ」
フラーラさんが微笑む。
「あなたも来るのよね?」
「はい、手伝いに行きます」
「じゃあ、一緒ね」
フラーラさんが嬉しそうに言う。
その笑顔を見て、俺も少し嬉しくなる。
「楽しみにしてます」
「ええ、私も」
その時、会議室の扉が開いた。
「王子様ー! お茶をお持ちしましたー!」
メリーナだ。
白い聖女の衣装で、トレイを持っている。
「あ、メリーナさん……もうフラーラさんが持ってきてくれて……」
「え? あ、そうなんですね! じゃあ、私のは……」
メリーナが慌てて引き返そうとする。
その拍子に。
ドサッ
衣装の裾を踏んで、つまずいた。
そして、運悪く……発電機へ続く電源ケーブルを蹴ってしまった。
ブチッ
電源が抜けた。
パソコンの画面が、真っ暗になる。
「え……」
俺とカオスが、固まる。
「あ、あれ?」
メリーナが慌てる。
「ごめんなさい! 今、直します!」
メリーナが電源を挿し直す。
パソコンが再起動する。
でも……。
「保存してない……データが……」
カオスが、青い顔をする。
この数時間、入力したデータが、全て消えた。
「あああああああ!」
カオスが叫ぶ。
「メリーナあああああ!」
「ご、ごめんなさああああい!」
メリーナが泣きながら謝る。
フラーラさんが、呆れたようにため息をつく。
「まったくもう……メリーナったら」
俺は、頭を抱えた。
また、最初からやり直しだ……。
「でも、大丈夫です」
俺は、気を取り直す。
「次からは、こまめに保存します。それに、自動保存の設定もできるので」
「そうか……」
カオスが落ち着く。
「すまない、佐伯くん。君がいてくれて、本当に助かる」
その夜、俺は疲れ果てて部屋に戻った。
でも、不思議と悪い気分じゃなかった。
カオスと一緒に作業したこと。
フラーラさんが差し入れを持ってきてくれたこと。
メリーナが派手にやらかしたこと。
全部、この魔王城での日常だ。
賑やかで、温かい日常。
窓の外を見る。
少し赤い空、二つの月。美しい景色。
そして、俺は思った。
この生活、悪くないな、と。
会計改革も、デパート展の準備も、大変だけど楽しい。
みんなと力を合わせて、何かを成し遂げる。
前の会社では、できなかったこと。
ここでは、できている。
それが、嬉しい。
でも、同時に思う。
俺は、本当にここにいていいのか。
魔王になっていいのか。
戴冠式まで、あと十五日。
イグニスは、まだ見つかっていない。
このままじゃ、本当に魔王になってしまう。
でも……。
心のどこかで。
もし魔王になれば、この生活が続く。
フラーラさんと、一緒にいられる。
みんなと、力を合わせて働ける。
その誘惑に、少しずつ負けそうになっている自分がいる。
「……ダメだ」
俺は頭を振る。
それは、間違っている。
イグニスさんを見つけなければ。
何としてでも。
でも、来週のデパート展。
フラーラさんと一緒に、地球で働く。
それが、少しだけ楽しみだった。
もしかしたら、それが最後の思い出になるかもしれない。
イグニスが見つかれば、俺は地球に帰る。
フラーラさんとも、離れることになる。
だから、せめて来週だけは。
彼女と一緒に、楽しい時間を過ごしたい。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
答えは、まだ出ない。
でも、時間は刻々と迫っている。
戴冠式まで、あと一週間。
イグニスの捜索は続いているが、まだ見つかっていない。
焦りが、日に日に増していく。
ある朝、俺はカオスとマネーゼンに会議室へ呼び出された。
「佐伯くん、大変なことがわかった」
カオスが深刻な顔で資料を広げる。
「魔王城の会計を精査したところ、深刻な問題が見つかった」
「問題?」
「ああ」
マネーゼンが電卓を叩く。
「魔王城の運営費が、想定以上に膨らんでいる。このままでは、半年後には資金が底をつく」
「え……」
カオスが資料を見せる。
そこには、膨大な数字が並んでいた。
「これまで魔王国の会計は、単式簿記で管理されていた」
「単式簿記……?」
「ああ。収入と支出を記録するだけの、シンプルな方法だ」
マネーゼンが説明する。
「しかし、それでは資産の流れが把握できない。無駄な支出も見えない」
「そこで、地球で学んだ複式簿記を導入して精査したところ……」
カオスが続ける。
「重複した購入、使われていない備品、不明瞭な支出。全て洗い出された」
「こんなに……」
俺は、資料を見て驚く。
確かに、無駄が多い。
「さらに、異世界ランドの売上も伸び悩んでいる」
マネーゼンが別の資料を広げる。
「地球での事業は好調だが、魔王城の運営費をカバーするには不十分だ」
「つまり……」
「ああ。収入を増やすか、支出を減らすか。両方やらなければ、破綻する」
カオスが俺を見る。
「佐伯くん、手伝ってくれ」
「え、俺が?」
「ああ。君は地球で簿記を学んだだろう?」
「いや、大学の授業で少しやっただけですけど……」
「それで十分だ」
カオスが眼鏡を光らせる。
「教えてくれ。複式簿記の基本を。そして、経営改善の方法を」
「わかりました……」
俺は、深呼吸する。
魔王城の財政危機。
これは、本当に大変なことだ。
こうして、俺の会計業務が始まった。
まさか、魔王城で簿記を教えることになるとは。
会議室に、カオス、マネーゼン、そして配下の経理担当者たちが集まる。
「では、始めましょう」
俺は、魔法のホワイトボードに図を描く。
「複式簿記の基本は、貸方と借方です」
「貸方……借方……」
経理担当者たちがメモを取る。
「全ての取引は、この二つで記録されます。資産が増えたら借方、負債が増えたら貸方」
「ふむふむ……」
「例えば、100ゴールドで備品を買ったとします」
俺は図を描く。
「借方に『備品 100』、貸方に『現金 100』と記録します」
「なるほど!」
カオスが目を輝かせる。
「これなら、資産の流れが一目瞭然だ!」
マネーゼンも頷く。
「素晴らしい。これで、無駄な支出が見える。削減できる」
「それと、もう一つ大事なことがあります」
俺は続ける。
「収入を増やす方法を考えないと」
「収入を増やす……」
カオスが腕を組む。
「異世界ランドの売上は、既に限界に近い」
「なら、別の収入源を作りましょう」
俺は、以前の会議で話したアイデアを思い出す。
「魔界の特産品を、地球で売るんです」
「ああ、あの話か」
マネーゼンが電卓を叩く。
「実は、すでに準備を進めている」
「え?」
「ネット通販サイトを立ち上げた。魔界の鉱石や薬草を、地球で販売している」
「もう始めてるんですか!」
「ああ。君の提案を受けて、すぐに動いた」
マネーゼンが資料を見せる。
「現在、月に約三百万円の売上がある。利益率は六十パーセント」
「すごい……」
「だが、まだ足りない」
マネーゼンが続ける。
「魔王城の運営費は、月に一千万円以上かかる。異世界ランドの売上が約五百万円。ネット通販が約二百万円。まだ三百万円足りない」
「そんなに……」
「だから、もう一つ大きな施策が必要だ」
カオスが言う。
「それが、来週の異世界ランド展だ」
「異世界ランド展?」
「ああ。都内の大手デパートで、一週間限定のイベントを開催する」
カオスが資料を広げる。
「魔界の工芸品、魔法道具、食材などを展示・販売する。それに、ミニアトラクションも用意する」
「ミニアトラクション?」
「ああ。フラーラの弓の実演、グンナルの鍛冶実演、メリーナの……まあ、メリーナは何か失敗しそうだが」
カオスが苦笑する。
「これが成功すれば、大きな収入になる」
「目標売上は?」
「一週間で、五千万円だ」
マネーゼンが言う。
「これが達成できれば、当面の資金繰りは安定する」
「五千万円……」
俺は、その数字に驚く。
「準備は進んでるんですか?」
「ああ。商品は既に地球に運んでいる。展示ブースも設営中だ」
カオスが続ける。
「問題は、スタッフだ」
「スタッフ?」
「ああ。異世界ランドの通常営業をしながら、デパート展も運営しなければならない」
カオスが頭を抱える。
「人手が足りない」
「じゃあ、俺も手伝います」
「本当か!」
カオスが顔を上げる。
「助かる。君がいれば、心強い」
こうして、俺の仕事がさらに増えた。
会計改革と、デパート展の準備。
連日、カオスとマネーゼンと一緒に作業に追われる。
まず、会計のシステムを整える。
俺は、地球から発電機、蓄電池、そしてパソコンを持ってくることを提案した。
「パソコンがあれば、Excelで管理できます。魔法陣より効率的です」
「なるほど……」
カオスが納得する。
「地球の技術は、本当に素晴らしいな」
数日後、魔王城の会議室にパソコンが設置された。
発電機は地下室に、蓄電池は隣の部屋に。
俺は、カオスにパソコンの使い方を教える。
「まず、電源を入れます」
「ほう……」
パソコンが起動する。
カオスが感動したように見つめる。
「素晴らしい……魔法陣なしで、計算ができる……」
「次に、Excelを開きます」
俺は、Excelの基本操作を教える。
カオスは、驚くほど飲み込みが早い。
「なるほど、セルに数式を入れれば、自動計算されるのか」
「そうです」
「これは……革命だ!」
カオスが興奮する。
「これまでの魔法陣に刻まれた記録を、全てパソコンに移せば……」
「時間はかかりますけど、できますね」
「よし、やろう」
こうして、何百年分もの記録を、全てパソコンに入力する作業が始まった。
俺とカオスは、連日遅くまで作業に追われた。
ある日の午後、俺が疲れ果てて作業していると、ノックの音がした。
「佐伯、少しいい?」
フラーラさんだ。
「あ、フラーラさん」
「頑張ってるのね」
フラーラさんが、お茶とクッキーを持って入ってくる。
「差し入れよ。休憩しましょう」
「ありがとうございます……」
俺は、ホッとする。
フラーラさんと一緒に、お茶を飲む。
「最近、ずっとカオスと一緒にいるわね」
「はい……会計改革とデパート展の準備で、忙しくて」
「大変ね」
フラーラさんが微笑む。
「でも、あなたらしいわ。真面目で、一生懸命で」
「そうですかね……」
「ええ。その姿勢、好きよ」
フラーラさんがそう言ってくれて、俺は少し照れる。
「ありがとうございます」
二人で、しばらくお茶を飲む。
静かで、心地よい時間。
「佐伯」
「はい?」
「来週のデパート展、私も出るのよ」
「え、フラーラさんも?」
「ええ。弓の実演をすることになってるわ」
フラーラさんが微笑む。
「あなたも来るのよね?」
「はい、手伝いに行きます」
「じゃあ、一緒ね」
フラーラさんが嬉しそうに言う。
その笑顔を見て、俺も少し嬉しくなる。
「楽しみにしてます」
「ええ、私も」
その時、会議室の扉が開いた。
「王子様ー! お茶をお持ちしましたー!」
メリーナだ。
白い聖女の衣装で、トレイを持っている。
「あ、メリーナさん……もうフラーラさんが持ってきてくれて……」
「え? あ、そうなんですね! じゃあ、私のは……」
メリーナが慌てて引き返そうとする。
その拍子に。
ドサッ
衣装の裾を踏んで、つまずいた。
そして、運悪く……発電機へ続く電源ケーブルを蹴ってしまった。
ブチッ
電源が抜けた。
パソコンの画面が、真っ暗になる。
「え……」
俺とカオスが、固まる。
「あ、あれ?」
メリーナが慌てる。
「ごめんなさい! 今、直します!」
メリーナが電源を挿し直す。
パソコンが再起動する。
でも……。
「保存してない……データが……」
カオスが、青い顔をする。
この数時間、入力したデータが、全て消えた。
「あああああああ!」
カオスが叫ぶ。
「メリーナあああああ!」
「ご、ごめんなさああああい!」
メリーナが泣きながら謝る。
フラーラさんが、呆れたようにため息をつく。
「まったくもう……メリーナったら」
俺は、頭を抱えた。
また、最初からやり直しだ……。
「でも、大丈夫です」
俺は、気を取り直す。
「次からは、こまめに保存します。それに、自動保存の設定もできるので」
「そうか……」
カオスが落ち着く。
「すまない、佐伯くん。君がいてくれて、本当に助かる」
その夜、俺は疲れ果てて部屋に戻った。
でも、不思議と悪い気分じゃなかった。
カオスと一緒に作業したこと。
フラーラさんが差し入れを持ってきてくれたこと。
メリーナが派手にやらかしたこと。
全部、この魔王城での日常だ。
賑やかで、温かい日常。
窓の外を見る。
少し赤い空、二つの月。美しい景色。
そして、俺は思った。
この生活、悪くないな、と。
会計改革も、デパート展の準備も、大変だけど楽しい。
みんなと力を合わせて、何かを成し遂げる。
前の会社では、できなかったこと。
ここでは、できている。
それが、嬉しい。
でも、同時に思う。
俺は、本当にここにいていいのか。
魔王になっていいのか。
戴冠式まで、あと十五日。
イグニスは、まだ見つかっていない。
このままじゃ、本当に魔王になってしまう。
でも……。
心のどこかで。
もし魔王になれば、この生活が続く。
フラーラさんと、一緒にいられる。
みんなと、力を合わせて働ける。
その誘惑に、少しずつ負けそうになっている自分がいる。
「……ダメだ」
俺は頭を振る。
それは、間違っている。
イグニスさんを見つけなければ。
何としてでも。
でも、来週のデパート展。
フラーラさんと一緒に、地球で働く。
それが、少しだけ楽しみだった。
もしかしたら、それが最後の思い出になるかもしれない。
イグニスが見つかれば、俺は地球に帰る。
フラーラさんとも、離れることになる。
だから、せめて来週だけは。
彼女と一緒に、楽しい時間を過ごしたい。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
答えは、まだ出ない。
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