さよなら、あいしていたひと

鳴宮鶉子

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これでおしまい side 恵

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大学を卒業して、ベッセルホテルに就職をして3年目の春が来た。

桜が咲き乱れる中、ベッセルホテル本社のオフィスビルに入る。
都内中心部に立地され、ホテルの一部に本社がある。

受付に座り、ぼうっと前を見てた。
呆然としてるわたし…。

遂に、その日が、来た。
11月11日に、翔と美香さんが結婚する。

6月の終わりに、美香さんの実家の大宮建設が建てた、このオフィスビル側のタワーマンションの最上階で同棲も決まった。

もう、実家に翔は帰って来ない。

もう、関係を終わらさないといけない。

だから、パパとママがいる日も、声を殺して、翔と身体を繋げてる。

その行為が余計にわたしを苦しめた。

でも、わたしの部屋に来てくれる翔を、拒めなかった。

パパとママの部屋は一階にあるからバレない。

でも、やってはいけない事をしてる、わたしと翔。

翔と美香さんは、結婚する。
わたしと翔の行為は、不貞行為になる。

6月の終わりがくるのが、嫌だった。

でも、この禁忌な関係が終わる事にほっとするわたしもいた。

この関係に、明るい未来は無い。


「ついに、あのバカップルも結婚か」

いつものスポーツジム。滝川さんと隣り合って、一緒にジョギングマシーンを走る。

結婚準備が始まり、翔から土曜日の夜に飲みの誘いが無くなり、スポーツジムの帰りに毎週のように食事へ行く。

土曜日は次の日が日曜日だから酔いが残っても大丈夫だからと、たまに、お酒を一緒に嗜んだりした。

翔と美香さんの結婚は、1月の終わりに決まった。

「恵ちゃん、高1まではお兄ちゃんっ子だったから、翔が家を出るの寂しいだろ?」

「そんな事ないです。美香さんに気を使ってたので、居なくなる方がほっとします」

「確かにな、翔と恵ちゃん、血の繋がりがないから、美香が翔と恵の中を嫉妬してたもんな。ある日をさかいに、恵ちゃんが翔に近づかなくなったのを見て、気にはなってたけど、美香に気を使ってたからか」

無農薬野菜と新鮮な魚料理を出すイタリアンの店で軽く食べて、バーに移動して、なれないアルコールを摂取するわたし。

桜の花びらが浮かぶ、桃と桜の甘いカクテルを口に運んでた。

夕食でも、口当たりのいい白ワインを、一杯頂いてた。

普段、お酒を飲まないから、慣れないアルコールで、意識が朦朧としてきた。

「恵ちゃん、俺と付き合う、いや、結婚前提で付き合わないか?俺、実は、恵ちゃんを初めて見た日に一目惚れして、それからずっと、恵ちゃんと付き合いたいと思ってた。それもあり、翔とダチやってたのもある。翔から、恵ちゃんがここのスポーツジムに通い始めたのを聞いて、恵ちゃんに悪い虫がつかないよう入会して、仕事をなんとか熟して、通った。恵ちゃんが大事だから、一緒にいられる時間を作って側にいるだけで満足してたけど、そろそろ、恵ちゃんと深い関係になりたい」

バーで、滝川さんに告白されたわたし。
ブランデーの入ったグラスを手に持ち、わたしを見つめる滝川さん。

翔しか見てなかったわたしは今まできにしてなかったけれど、滝川さんも翔と同じぐらい、いや、それ以上に、カッコいい。

頭脳明晰、容姿端麗、という言葉が、滝川さんのためにあると思えるぐらいに、全てが整ってる。

翔と滝川さん、大学時代にクイズ番組でコンビでいつも出てた。
ジャニーズ顔可愛い顔立ちの翔と、知的な整った顔立ちの滝川さん。
わたしは翔派だったけど、どっちがタイプかというファンのアンケートの結果が、8割が滝川さん派で、翔が嘆いてたのを覚えてる。

翔との関係に終止符を打とうと思い出したわたし、改めて滝川さんを見て、今までの滝川さんとのひとときを思い出し、前向きに考えようと思った。

「わたしも、滝川さんのこと、いいなと思ってます。それが恋とか好きとかはわからないですが。これから、一緒にいる時間に考えて行きたいです」

滝川さんの方を見てこたえた。
わたしが完全に酔い潰れそうになってるから、バーを後にし、タクシーでわたしを家まで送り届けた。

わたしのバックから鍵を取り出し、わたしを部屋までお姫様抱っこで連れて行ってくれた滝川さん。

ママがそれを見て、興奮していた気がする。
わたしは、ただ、アルコールで意識が飛びそうになってるだけで起きていたから、周りの音や声は聞こえた。

そのまま、帰ろうとする滝川さんを、母が、無理矢理、家に引き止めて泊まらせたのがわかった。

しかも、わたしの部屋に、わたしのベッドがセミダブルだから、『一緒にどうぞ』とか言っていて、滝川さんは困っていた。

それを笑顔でスルーして、わたしの部屋を出た母。

何を企んでるのかわからない。
そこで、わたしは、意識を完全に飛ばして眠りについた。


目を覚ますと、隣に滝川さんがいた。

眠ってるようだった滝川さんだったけど、わたしがゴソゴソするから目を覚ました。

そして、わたしは、やらかしてしまった事に気づく。

「恵ちゃん、これは…、どういう事?」

滝川さんの手に、封を切った中身がないゴムのパッケージが握られていた。

証拠隠滅で、紙袋に入れて、ゴミの日に、しれっと捨ててるのになぜ…。

「枕の下にあったよ。これ、誰と使ったのって、聞かなくてもわかる。翔とだろ」

ため息をつきながら、怒るでなく、悲しむでなく、冷静に話す滝川さん。

「翔と恵ちゃんが、お互い好き合ってたから、そんな感じはしてた。恵ちゃん、翔と美香の政略結婚は会社の命運がかかってるから覆せない。美香を怒らせて婚約解消させたら、会社が倒産するよ。バレなかったから良かったけど、これは不貞行為、婚約をしている以上、犯罪行為になり、法で罰されるよ。どう足掻いても、これ以上はこの関係は続けられない。恵ちゃんは、たぶん、それがわかってたんだよね」

涙を流すわたしに、滝川さんは、優しく、頭を撫でてくれた。

滝川さんの優しさに甘え、滝川さんの胸に抱かれて、泣いた。

滝川さんは、わたしの身体を弄ぶ事はしなかった。

昼過ぎに起き、意味深な円満の笑みを浮かべる韓流ドラマが大好きなママに見られながら、滝川さんと家政婦の山本さんが作ったお昼ご飯を食べて、わたしはシャワーを浴びて身だしなみを整えて、滝川さんのマンションに行く事にした。

夜は恒例の食事会がある。
ママが何を言うかわからないから状況下で、翔と美香さんと食事なんてしたくなく、滝川さんに甘えて、しばらく身を寄せる事にした。

滝川さんも、この不貞行為は、翔と美香さんが同棲する前に終わらせ、翔がわたしの事を忘れた状態にした方がいいと言っていた。


翔が美香さんと同棲するまでは、実家に戻らないと決めた。

春と初夏用の衣類と化粧道具をカバンに詰めて、滝川さんと実家を出る。

翔、怒るかな…。
部屋に保管していた見られたらいけないゴムは置いていくのが怖くて全て持ってきた。
土曜日以外、毎晩抱かれてたから、足りなくなったら怖くて、5ダースも保管していた。
それを見て、滝川さんは、固まっていた。


滝川さんとの生活が始まった。

滝川さんのマンションは、オフィスに歩いていける距離で助かった。

滝川さんは、わたしをゲストルームに住まわせ、わたしを抱こうとはしない。

せめての御礼にと、朝ごはんと夜ご飯はわたしが作った。
最近は料理は全くしてなかったけれど、中学高校時代と、花嫁修行で家政婦の山本さんから毎日料理を習っていた。

だから、それなりには作れる。

退社後のアフター5、いつもはネットフリックスとYouTubeを見て過ごしていたけど、今は家事をこなさないといけないから、そんな暇は無い。

でも、家事をして過ごす事が楽しかった。
滝川さんが、いつも、『ありがとう』と頭を撫でてくれる事が嬉しかった。

翔に抱かれてる時よりも、この、滝川さんとの時間が、居心地良く感じていた。
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