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第二部:天下布武と二人の軍師
第7話 軍議の不協和音
しおりを挟む 美濃を平定し、信長様が「天下布武」の印を掲げてより、織田家の勢いはまさに怒涛の如しであった。
そして今、その目は遥か西、帝のおわす京の都へと向けられていた。
足利義昭公を奉じ、天下に号令するための上洛作戦。
それは、もはや尾張一国での小競り合いとは次元の違う、日の本の歴史そのものを動かすための一大軍事行動だった。
清州城の大広間には、かつてないほどの数の将たちが集結し、その誰もが興奮と緊張を隠しきれずにいる。
広間の中央には巨大な南近江一帯の地図が広げられ、それを囲むように柴田勝家殿、丹羽長秀殿といった織田家の重臣たちが厳しい表情で盤面を睨んでいた。
そして、その軍議の中心で、淀みなく策を披露しているのは、言うまでもなく、竹中半兵衛その人であった。
「……以上を踏まえ、進軍経路は三案が考えられます」
半兵衛は、手にした白木の棒で地図上の三本の線をなぞってみせる。
その声は静かだが、広間の隅々にまで染み渡るように明瞭だった。
「第一案は、最も早く京へ至る千種越え。
しかし、これは六角家の本拠である観音寺城の眼前に軍を晒すことになり、危険が最も大きい。
第二案は、やや北へ迂回し、琵琶湖の東岸を進む道。 敵の抵抗は少ないと予測されますが、日数を要します。そして第三案は……」
半兵衛の説明は、芸術的ですらあった。
それぞれの経路の利点と欠点。
通過する土地の国人衆の動向。
必要な兵糧の正確な計算から、川を渡るための舟の数、果ては進軍する兵たちの疲労度まで。
およそ考えうる全ての要素が、彼の頭の中では完璧に整理され、言葉によって寸分の狂いもなく紡ぎ出されていく。
歴戦の猛者である柴田勝家殿でさえ、ただただ感嘆の息を漏らし、その説明に聞き入っている。
(これが……本物の軍師か)
俺は、広間の隅の方で、自分の存在感を消すのに必死だった。
桁を間違えて味噌を発注し、地図を逆さまに見ていただけの自分とは、脳の作りが根本的に違うのだと思い知らされる。
彼の前では、俺の頭の中に巣食う「智多星」呉用の知識でさえ、色褪せて見えた。
議論は、半兵衛が示した第二案、すなわち北へ迂回する安全策で衆議一決、となりかけていた。
誰もがその完璧な計画に異を唱えることなどできようはずもない。
これで軍議も終わる。俺はそっと安堵の息をついた……その、時だった。
「……誤先生」
凛とした声が、俺の名を呼んだ。
ビクリ、と俺の肩が跳ねる。
恐る恐る顔を上げると玉座に座る信長様が、あの楽しげな、しかし何を考えているか読めない目つきで俺を見ていた。
「貴様は、どう思う」
しん、と広間が静まり返った。
全ての視線が、値踏みするように、あるいは「また何か面白いことを言うのか」と期待するように、俺一点に突き刺さる。
やめてくれ。
この完璧な空気の中で、俺に何を言えというのだ。
特に、竹中半兵衛の視線が痛かった。
彼は表情こそ変えないが、その目は明らかに「この状況で、この男が何を言うというのだ?」と問いかけていた。
「あ……ええと、その……」
何か言わねば。何か、軍師らしいことを……
焦りで頭が真っ白になる。
地図に目を落とすが、半兵衛が引いた無数の線と書き込みが、もはや呪文のようにしか見えない。
その時、俺の脳裏に、ふと、数年前に商人から聞いた話が蘇った。
(そうだ、確かあの辺りに、名もなき川があったはずだ。その商人は、渇水期で川が干上がり、子供でも歩いて渡れたと言っていたような……)
それは、いつ、どの季節の話だったかも定かではない、極めて曖昧な記憶だった。
しかし、混乱していた俺は、それが唯一の命綱であるかのように、勢い込んで口走ってしまった。
「あ、あの!半兵衛殿の第二案の経路の途中に、確か川があったかと存じますが……」
俺は立ち上がり、おぼつかない足取りで地図に近づくと、ある一点を指さした。
「確か……あの先の川は、私が以前に調べたところ、子供でも歩いて渡れるほどの浅瀬だったかと……。
舟を用意せずとも、容易に渡河が可能やもしれませぬ!」
言い切った瞬間、俺は自分の失言に気づいた。
広間が、先ほどとは違う意味で、静まり返っている。
将たちの顔には、呆れと、そして憐れみのような色が浮かんでいた。
俺のその根拠のない発言を、冷たく遮ったのは、半兵衛その人だった。
「……呉学人殿」
彼は静かに立ち上がると、俺が指した場所を冷然と見下ろし、きっぱりと言い放った。
「某が物見に調べさせたところ、その川は、この時期の常の水嵩からみても徒渉は困難。
ましてや、ここ数日の山間部での雨。川筋の様子を仔細に聞き及ぶに、渡河は不可能と判断するのが妥当にございます」
その緻密な調べ。
揺るぎない事実が、俺の曖昧な記憶を木っ端微塵に粉砕した。
半兵衛は、俺が誰かから聞いた又聞きレベルの話に頼っている間に、天候や水量といった根拠を全て調べ上げていたのだ。
「それに、もし万が一、渡河が可能であったとしても、敵に背後を突かれる危険を考慮すれば、そのような賭けに出る意味はございませぬ」
ぐうの音も出なかった。
俺の進言は、ただの希望的観測に基づいた、素人の戯言に過ぎなかった。
プッ、と誰かが噴き出す音が聞こえた。
それはやがて、広間全体の失笑へと変わっていく。
俺は、顔から火が出るほどの恥ずかしさに、その場に崩れ落ちそうになった。
半兵衛は、そんな俺にはもう興味がないといった風に、すぐに信長様の方へ向き直り、再び作戦の説明を始めた。
その横顔は、あくまでも冷静で、揺るぎない自信に満ち溢れていた。
俺は、広間の隅へと逃げるように戻り、再び自分の殻に閉じこもった。
本物の軍師の隣で、俺は道化を演じてしまった。
信長様は相変わらず面白そうにその様子を眺めている。
その視線が、今の俺には何よりも辛かった。
(もう、二度と軍議の席で口を開くのはやめよう……)
俺は、固く、固く、心に誓うのだった。
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