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第二部:天下布武と二人の軍師
第13.5話 まあ、なんとかなるさ! ※農民目線の捕捉話です。
しおりを挟む 姉川での大戦が終わって、俺たちの村にもようやく落ち着きが戻ってきた。
だが、一息つけばすぐに冬の心配が頭をもたげてくる。 今年の夏は日照りが続きそうだ。
このままでは、冬を越せるだけの蓄えは難しいかもしれねえ。
「聞いたか? お殿様が、日照りに強い新しい米の種籾をくださるらしいぞ!」
鍬を振るう手を止め、汗を拭いながら三男の寛太が嬉しそうに言った。
末っ子らしい、根拠のない明るさがこいつの取り柄だ。
「ま、なんとかなるさ!ってな!」
「ありがてえ話だ。だが、本当にそんな都合の良い米があるのかねえ」
俺、長男の頓平は、つい慎重に考えてしまう。 そんな俺の隣で、次男の珍平が土をいじりながら首を捻った。
「新しい米かあ。どんな味がするんだろうな。……あれ、何の種だっけ? それって何だっけ?」
相変わらずの弟たちに、俺は苦笑するしかなかった。
そんな俺たち百姓の間に、さらに胸が熱くなるような噂が駆け巡った。
「その大事な種籾の差配を任されたのは、あの呉学人様らしいぞ!」
呉学人様
俺たちと同じ、泥にまみれた百姓から身を起こし、今や信長様の側で軍師を務めるという、村の英雄だ。
あの学人様が俺たちのために動いてくださる。
それだけで、今年の冬はもう乗り越えたような気分になった。
数日後、その学人様が、満面の笑みで村へやってきた。
「さあ、これぞ殿からの有り難き賜り物!
大切に育てるのですぞ!」
村長たちに手渡される麻袋を、俺たちは固唾をのんで見守っていた。
やがて、俺たち三兄弟の分の袋が手渡される。
ずしりとした、命の重みだ。
「やったな兄ちゃん!」
「ああ、ありがてえ……」
さっそく袋の口を開け、中を覗き込む。と、珍平がひとつまみの種を手に取り、眉を寄せた。
「なあ兄ちゃん。 これ、本当に米の種か?
俺たちの知ってる種籾と、なんだか色が黒っぽくて、ちっちぇえような……」
言われてみれば、確かにそうだ。
いつも見慣れているふっくらとした黄金色の種籾とは、似ても似つかない。
だが、これはあの学人様が持ってきてくださったのだ。
「京の都から取り寄せた新しい品種なんだろ。
形が違うのも当たり前さ! まっ、なんとかなるさ!」
「そうだな。 学人様がくださったもんだ。
間違いあるもんか。……まぁ、いっか」
周りの百姓たちも「少し薬草みてえな匂いがするな」「なんだか硬くねえか?」と囁き合っていたが、村の長老が「学人様は、わしら百姓の苦労を一番分かっておられるお方じゃ!
そのお方が選んでくださった宝の種を疑うなど罰当たりじゃ!」と一喝すると、皆、深く頷いて己の疑念を恥じた。
俺たちは、それぞれの田んぼへ向かい、そのありがたい種を植え始めた。
だが、土に一粒、また一粒と種を落としていくうちに、心の隅で小さな虫が騒ぎ出す。
長年、土と共に生きてきた百姓の勘という虫が。
「やっぱりこれ、米じゃねえ気がするんだよなあ……」
珍平が、また呟いた。
「昔、じいちゃんが腰の薬にするって、山で採ってた草の種にそっくりだ。なんだっけなあ、あの草……それって何だっけ?」
「馬鹿なこと言うな、珍平」
俺は、弟の言葉を遮った。
「これは学人様が、俺たちを飢えさせねえようにって、わざわざ持ってきてくださったんだ。
俺たちの勘と学人様の知識、どっちが正しいと思ってやがる。黙って植えろ。まぁいっか」
「そうだぞ珍平! これが育てば、秋には米がたくさんだ! 腹いっぱい飯が食えるんだ!
まっ、なんとかなるさ!」
そうだ。俺たちの勘なんざ、当てになるもんか。英雄である学人様が間違うはずがない。
俺たちは、自分たちの勘に無理やり蓋をして、希望に満ちた顔で全ての種を植え終えた。
それから、数ヶ月が過ぎた。
俺たち三兄弟は、自分たちの田んぼを前に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
黄金色に輝くはずの稲穂は、どこにもない。
そこにあったのは、見渡す限り、風にそよぐ紫色の小さな花畑だった。
「……紫色の、米……なのかな。なあ、兄ちゃん……」
寛太の声が震えている。
「ま、なんとかなる……よな……?」
「…………」
俺は言葉を失った。
「……まぁ、いっか……。……よくねえよな、これ……」
その時、珍平がポンと手を打った。
「あ! 思い出した! これ、じいちゃんが言ってた『しこん』だ! 都でえらく高く売れるって……あれ、何に使うんだっけ? それって何だっけ?」
珍平の能天気な声も、もう俺の耳には届かなかった。
遠くから、「殿!話が違うではござらんか!」という、村人たちの怒号が聞こえてくる。
俺たち三兄弟は、血の気の引いた顔を見合わせると、やがて覚悟を決めて、利家様の城がある方角へ向かって、皆と共に走り出したのだった。
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