料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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鬼イノシシ再び

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 おー、すげぇ。塔の窓から顔を出したゴブリンが巻物を広げたら光の矢が飛び出したぞ! ゴブリン達は妙に嬉しそうだな。敵地で籠城・・・籠塔? を続けるなんて先細りの未来しか見えないんだけどなぁ・・・。フランちゃん曰く、霧の向こうから来たゴブリンは後先を考えない性格だと言ってたのは本当だな。

「大変です、エリムス隊長! ゴブリンが塔の中に置いてあるスクロールを使い始めました!」

「ええぃ! 小賢しいゴブリンどもめ! さっさと討伐されればいいものを。復職してからの初の任務で、手間取るわけにはいかんのだ! いいか! 試練の塔に保管されているスクロールは見習いが使うものばかりだ。怯まず応戦しろ!」

「ハッ!」

 復職? 復帰して早々苦戦しているようだな、前髪ぱっつんの髭の隊長さんよ。顔だけ見ると不遜さが滲み出ているけど、さて性格はどうなんだろうな。

「これは、サヴェリフェ子爵とその妹君。話はシルビィ様から聞いておりますぞ。支援に感謝する」

 顔や雰囲気とは裏腹に、普通に謝意を述べているな。アニメや漫画だと、この手の人物は大概、感じが悪いはずなんだが・・・。

「この任務の役に立てれば幸いです。エリムス様」

「して、そこなオーガは何者か? 私の知る子爵のオーガよりも幾分か、体格が劣って見えるな」

 うるせぇ。俺は、ニュースで見た大神聖みたいにマッチョじゃねぇんだよ!

「はい、彼は迷いオーガでして、樹族国での身の保証と引き換えに、シルビィ様が今回限りの従軍料理人として雇いました」

「ほう・・・。破格の待遇だな。まぁそれも生きて帰る事ができたならの話だ。ゴブリンは毎日のように夜襲に来る。勿論、魔法の使える我らは自衛できるが貴様はどうかな? サヴェリフェ子爵のオーガは魔法が使えたぞ?」

 また大神聖比べられてるなぁ。いい加減にしてくれないか。魔法だって? それはパワードスーツの力だろう? 向こうはエリート、俺は平民みたいなもんだぞ?

 まぁいいや、一応ロールプレイしとくか。

「はい、その通りでございます、エリムス様。俺には魔法が使えません。料理しか作れない男でございます。ただ、俺も死にたくないので、何とかして生き延びたいと思います。厚かましいとは思いますが、ご助力願えたらありがたいです」

「ふむ・・・。共通語を流暢に喋るオーガか。そこだけはヒジリ殿に似ているな。まぁ一応、貴様はシルビィ様の紹介ゆえ守ってはやるが、騎士が姫を守るようにとまではいかん。ある程度は自分でなんとかするのだな。さてサヴェリフェ子爵と聖騎士見習いのフラン殿、貴公らには、今から作戦会議に参加してもらう。天幕まで同行願おう」

「畏まりました」

 あれ、タスネ子爵とフランちゃんは行っちゃうの? 俺はどうすればいいのかな?

「オビオは、早速で悪いけど昼食の準備をしておいて。五十人分ぐらい作れば足りるから」

 いそれはいいけど、ちょっと待った!

「あの! タスネ子爵、食材を乗せた馬車が見当たらないのですが・・・」

「え、うそ!」

 いや、驚きたいのはこっちですよ。途中まで馬車の後ろについて来ていたのに御者ごといなくなってますよ!

 おや? 向こうから地走り族が走って来る。脚が滅茶苦茶速いな・・・。

「子爵、大変です! 道中で食材を乗せた馬車がゴブリンに奪われました!」

 えぇー!? 魔法とかそんなので馬車周辺を警戒してたんじゃないのー? 御者さんも命からがら逃げてきたって感じだし!

「やってもたぁ!」

 やってもたぁってなによ、タスネ子爵。なにそのタハー! みたいな軽いノリ。騎士や傭兵の昼食はどうするんですかー!

「あ、あたしはこれから作戦会議に出ないと駄目だからさ、オビオがなんとかして!」

 あーーーー! 逃げた!

「ごめんね、オビオ。私も後で手伝いに来るからぁ!」

 フランちゃんまじ天使。お姉ちゃんはそんな気遣いもせず、逃げていったというのに。

「はぁーーー・・・。どうしたもんかねぇ・・・。今ある食材は、キノコと昨夜散々弄り倒した沢山の野菜類。貴族にキノコはご法度だから使えない・・・。いや、傭兵なら平民だから食うかもしれないか。それにしてもタンパク質が圧倒的に不足している。騎士である樹族達は肉をあまり食べないと聞いたからいいとして、獣人ばかりで構成されている傭兵は、肉をモリモリ食べるんだろうなぁ・・・」

 取りあえずまだ時間はある。何かないか周辺を調べてみるか。あまりウロウロすると、潜んでいるゴブリンに襲われるかもしれないし気をつけないと・・・。鬼イノシシでもいないかな。あれなら何とかして倒せそうな気がする。

「おい、オーガのコック!」

 ん? ストロベリー・ブロンドの女騎士? 樹族の髪色は大体、緑か金なのに珍しいな。シルビィさんは真っ赤だったけど。

「はい、なんでしょうか? 騎士様」

「どこへ行くつもりだ?」

「今の話聞いてなかったんですか? 食材が無いのですよ。これから探しに行くしかないじゃないですか・・・。それとも、こんな僻地にすぐに食材を持って来れる人でもいるのでしょうか?」

「嫌味を言うな、バカなオーガのくせに。悪いがサヴェリフェ子爵から、貴様の監視を頼まれている。食材を探すなら私も同行するぞ」

 そっか。そうだった。逃げる事をすっかり忘れてたわ。逃げないけどさ。

 料理人としてのプライドが今の状況を跳ね返せと言ってるからな。子爵とゴブリンが与えたもう試練を、なんとか切り抜けて、どや顔をしてシルビィ様を見返してやるんだ、俺。

 この騎士様、食材探しを手伝ってくれたりは・・・。しないだろうなぁ・・・。これまで見てきた感じだと、樹族は他の種族りもずば抜けてプライドが高そうだから。何となくファンタジーの話に出てくるエルフにも似ているし。

「じゃあ、行きますよ騎士様」

「・・・」

 返事ぐらいしろ! 見た目は可愛いのに不愛想だな。編み込んだ長いおさげの髪、金色の目。体格は鎧でいまいち解らないな。フランちゃんは鎧を着ていても、なんかムチムチしてたけどさ。

 取り敢えず近くの川でも見てみますか。

「どれどれ、川には何がいるかな?」

 何もいねぇ。自然界には意外と食べ物がない。だから、野生動物はガリガリになって餌を探し回ってる。

 それにしても小さな魚影ぐらいあってもいいだろ。

 ああ、川の水が冷たい。ちらりと美人騎士様を見る。勿論騎士様は腕を組んで俺を監視している。時々周囲を警戒しているな。まぁ護衛だと思う事にしよう。

 とりあえず石をひっくり返してみた。ああ、いたいた。沢蟹がわらわら。どんどん捕まえて亜空間ポケットにポイだ。ん? なんか黒いのがあるな。石にしては変だ。おぉ!? シジミだ! 結構大きいぞ! 黒い石かと思ってたらシジミだった! こりゃいい出汁が取れるし、大きいから食いでもある!

「おい、オーガ!」

 んだよ、煩いな。

「まさかその貝を、食べるのではないだろうな?」

「勿論食べますが、何か?」

「馬鹿か! 黒い貝は闇に染まりし食材だぞ! お前の国では食うのかもしれんが、我々樹族とって、その貝は闇堕ちした同胞を連想する。縁起の悪い食べ物なのだ!」

 そんな事知るかよ。なにその変な思い込み。

「しかしながら、騎士様。この貝の中身を見て下さい」

 俺はハマグリぐらいあるシジミを、ナイフでこじ開ける。

「中は白い身です。これこの通り、堕落などしておりません」

「駄目だ駄目だ! 捨てろ! それを食材にする事は許さん!」

 もーーー。樹族めんどくせぇ! 一体何を食べて生きてんだ、こいつら。

 黒いのが駄目なら茄子とかもアウトじゃないか。ブラックベリーも食べないの? 黒いパプリカは? お前らが干しプルーンを食ってるの見たぞ?

「では、これは傭兵用に使います。騎士様達には黒くない、茶色や白のシジミをお出ししますので。それでよろしいでしょうか?」

「まぁ・・・、それならいいだろう」

 かぁーーー。こりゃあ食材を探すのも一苦労だぞ! 監視されている以上、樹族様の気に入らない食材は使えないからな!

「おい!」

 なんだよ、うるせぇな!

「それは取らないのか!」

「どれですか!」

「ザリガリだ!」

 えーーー! 地球の日本地区じゃまず食べない食材だわ。まぁ食えるのは知っているし、美味しいのも知ってるけど。

「これは食べても大丈夫なんですか? 騎士様」

「無論だ。それはロブスターの代替え品で高級食材だ。捕れ!」

「でも数はいませんよ?」

「当たり前だ。高級食材なのだから乱獲されて数は少ない。ザリガリはエリムス様にだけ出せ。勿論、私がそう進言したのだと伝えるのだぞ?」

 せこっ! なるほど、こうやって出世の糸口を掴むわけか。

 ではザリガニも亜空間ポケットへポイっと。どうでもいいけど、時々ザリガニをザリガリって言う奴いるよな。まぁそこの偉そうな騎士様の事なんですけどね。

 それにしてもチマチマした食材ばかりだな。大きな魚とかいないのかな・・・。こんな小川じゃ無理か。

 おや? 少し向こうで川の水を飲んでいるのは、なんと鬼イノシシさんじゃないですか! なんちゅうタイミングの良さ! ・・・しかし、どうやって捕まえようか。

 って、騎士様が鬼イノシシに石投げた! こっちに気が付いたでしょうが!

「おい! オーガ!」

「はい? (なんだこんな時に!)」

「鬼イノシシが突進してくるぞ!」

「見れば解りますよ!あんたが石を投げたからでしょうが!」

「頑張れよ」

 うわ! この騎士様、性格悪い! めっちゃニヤニヤしているよ! あの様子じゃ手を貸してくれないだろうな。

 くそ! どんどん鬼イノシシが迫ってくるぞ! あんなのにぶつかられたら大怪我だ! 車に撥ねられるようなものか?

「どわぁ!」

 なんとか避けたけど、前みたいに鬼イノシシがぶつかってくれるような木が河原には無い! ジクザグ逃げは無理だな。

 こうなったら! 助けてほしそうな視線でもう一度騎士様を見る!

 が、彼女は石に座って頬杖ついてるッ!くそったれ!

 またイノシシが突進してきた! 今度は助走が少ないからスピードは乗っていないな! よし! その牙を掴んでへし折ってやる!

 ―――ドカッ!!

 無理でした。

 視界が逆さまになっております。鼻で突き上げられてしまいました。ああ、世界がゆっくりと動いて見える。いわゆるタキサイキア現象ってやつですな?

 お? 下に鬼イノシシの顔がある。このまま落下したら、あの角か牙かで串刺しになるのは間違いない。

 最後にあの腹立たしい美人騎士の顔でも拝んでおきますか。

 ん? なんか驚いているな。一応俺の最期に驚いてくれているのか? だとしたら少し嬉しい。死んでしまうかもしれないこの瞬間に、喜ぶ俺も変だが。

 あれっ? 俺の手が無意識に鬼イノシシの牙を掴んでいる! ガンバレ、俺の90kgの握力! 牙を離すなよ!

 よし! いけるぞ! 跳ね飛ばされた時の遠心力と、身長250cm体重150kgの俺の力が加わって、二倍のパワーが生まれ、そこに騎士様への憎悪が加わって合計三倍! 合わせて1200万パワーだ! その1200万パワーで鬼イノシシを撃破! ナイスゆでたまご理論!

 って馬鹿な事言ってたら、鬼イノシシの頭が回転して、ゴキリと嫌な音を立て、顎の裏が空を向いた。

 と同時に俺の背中が情けなく地面に激突。勿論、肺の空気が全部押し出されて息ができません。いててて。

「フ・・・フハハハハ! なんという情けない戦い方だ!」

 フハハハじゃありませんよ、騎士様。俺は一般人だぞ! 地球じゃただの料理人見習い!

 それに俺は今、息を吸うので必死なんですが? こちらの苦難を歯牙にもかけないその態度、傷つくな・・・。実は今も握ったままの猪の牙と歯牙を掛けています。オホン。無理があるな・・・。

「やるじゃないか、オーガのコック! 非戦闘職なのに鬼イノシシを倒した! 流石は力馬鹿のオーガだな。もっとも今のを見た限りだと、偶然鬼イノシシを倒せたといった感じだったが」

「くそ・・・。カハァ! ぜぇぜぇ。あんたそれでも騎士かよ。弱い者を助けるのが騎士の務めだろ?」

「違うな。王に仕え、領民を守るのが我らの務めだ。貴様は領民ではないし、そもそも私には領地がない」

「んだよ、下級騎士って事か。畏まって損したわ」

「むぅ・・・」

 お、ムスっとした。図星だったか! ざまぁみろ! さて起き上るか。いつまでも地面に寝転がってるわけにもいかない。

「まぁ結果オーライ、何とか大量の肉を手に入れたぞ!」

 しかし・・・、だ。

 俺は解体なんて出来ないし、したこともない。いつも肉の切り身の状態しか見てないからな。魚を捌くぐらいなら平気だが。多分、イノシシだと解体作業の途中で卒倒するだろう。

 というか地球人の殆どが、本物の動物を解体した事ないだろうし、俺がここまでビビるのも仕方がない事だぞと言い訳をしておく。

 さぁどうする? 俺。

「な、なんとかなる!」

 ヤケクソになった俺は鬼イノシシを押して、亜空間ポケットに無理やりねじ込んだ。

 思った通り、俺の持ってる小さな亜空間ポケットじゃ、鬼イノシシを入れたらいっぱいになった。地球でもっと亜空間の権利を手に入れておくべきだった・・・。

「便利なものだな、その無限鞄は。高名な魔法使いと知り合いなのか? 買うと高いから、どうせ貰ったか盗んだかしたのだろう?」

 泥棒扱いするとは何事ですか。この騎士の態度、まじでむかつくわ。顔が可愛いだけに怒りの反動が凄い。

「無限じゃないけどな。(もうこいつには必要以上に敬語は使わん)」

「有限なのか。とはいえ荷物の重量に苦しまないだけありがたいだろう」

 鞄の話はもういい。さっさと野営地に戻って地獄の解体を始めないと・・・。気が重い。

 それから熟成させなくても良い肉であってくれ。霜降りならすぐにでも食べられる。でも野生の猪が霜降りなわけないか。はぁ・・・肉を柔らかくする為に、叩いて叩いて叩きまくるしかないな。

「さてと・・・お手数かけましたね、騎士様。食材は十分手に入ったので野営地に戻りますか」

「貴様は皮肉ばかりだな。私はニヤニヤしながら、お前が悪戦苦闘する様を眺めていただけだ。何もしておらん」

 ほんと、性格悪すぎるぞ! この女騎士!





 俺が帰って来ると、騎士や傭兵とホブゴブリンとの応酬合戦は終わっていた。

 またゴブリン達は塔に引き籠ったようだ。恐らくは、さっき略奪した食料で腹を満たしているのだろう。

 亜空間ポケットから猪を出すと、騎士も傭兵も亜空間ポケットを見て「無限鞄だ!」と驚く。その騒然の中で、一際目立つ甲高い声があった。

「あらぁ! あの坊や鬼イノシシ取って来てくれたのぉ? 確か誰かが食料の乗った馬車を、ゴブリンに盗まれたって言っていたわね。それで食料を集めてきてくれたんだ? 責任感の強いオーガねぇ。可愛い顔してるし、今夜襲っちゃおうかしら!」

 聞こえてますよ、樹族の御兄さん。残念だが俺は女性が好きなんだ。

「ミャロミャロ。いくら性欲旺盛なオーガでも、モッコスなんて相手にしないニャ」

「なによ! じゃあミャロスなら、オーガが相手してくれるっていうの? 貧乳のくせに!」

「煩いニャ! 貧乳は関係ないニャ! それにオーガとなんてお断りだニャ!」

 モッコスってのは傭兵か? 社会の上位に属する樹族でも傭兵をするんだな。傭兵って獣人ばかりかと思っていたけど。

「どうせ昼間はホブゴブリン達も眠っているし、もう戦闘はないでしょ。何か手伝って、あのオーガ坊やの好感度ポイント稼いじゃおうかしら」

 ゴブリン達が眠ってるなら、今のうちに試練の塔に突入しろよ・・・。まぁ何かしらの理由でそれができないから膠着状態なんだろうけど。

「じゃ、じゃあ猪を捌いてもらって良いですか?」

「お安い御用よ!」

 え! 二つ返事で引き受けてくれた。大型動物を捌くなんて、結構な重労働なはずだけど・・・。

「仕方ないニャ。ミャロスも手伝ってやるニャン」

 この猫人は女の子だよな? 内臓とか見ても平気なのかな?

 あれ? 二人ともどこに行くんだろ? 森に消えていったけど。

 ―――ガシャン ガシャン

 え? えええ! ロボット? 人型兵器だ! なんか丸っこい戦車みたいな形だな。ってかファンタジーの世界なんじゃないの? 未開惑星なのにロボットがあるとかどういう事? ゲーム制作者はケモナーで、ロボットアニメ好きなのか。

「ミャロス、猪の後ろ脚を掴んで持ち上げて頂戴」

「了解ニャ」

 持ち上げた猪の毛皮を、器用に指先のレーザーバーナーで切れ目を入れて引っ張り、剥いでいく! あっという間に皮が剥けた!

 というか、人型兵器で試練の塔に突撃すれば、ホブゴブリンなんて一発じゃないですか!

 猪の首を切って腹を裂いて内臓を取り出して・・・。手際が良すぎてグロテスクに見えない。あっという間に鬼イノシシが肉の塊になった!

「内臓とかスジ肉はどうするニャ?」

「それって食べたりします? 俺の国では一応食べますけど」

「ん~、内臓とかスジ肉って、樹族国じゃ最貧困層の食材だから樹族は食べないニャ。でも私らみたいなロケート鉄傀儡団とか、傭兵の獣人達は食べるニャ」

「そうなんですか? じゃあこれは使いますから、切り分けておいてください」

「解ったニャ」

 猪の解体を見るのは良い経験だった。何処から皮を剥いでどのように肉を切ればいいのかも大体解ったよ。いつもデュプリケーターで作られた、切り身になった肉ばかりを見ていたからね。鬼イノシシの命、大事に使わせてもらう。

 猪の肉はびっくりするぐらい柔らかかった。脂肪分の多い餌を好んで食べるからだそうだ。特に鬼イノシシは、体内に菜種油のような香りのする油を溜める菜種ミミズというミミズが好物らしい。

 引き締まった赤身と、脂肪の混ざった良い肉が取れた。

 さてこれから忙しいぞ。ポケットから調理機器を取りだしてと・・・。予め塩で下味を付けた大きな肉の塊を、この遠赤外線肉焼き棒という金属の棒に刺す。

 内側から遠赤外線が、外側からも熱を発するフィールドが肉を焼くので、この棒を地面に突き刺しておけば、肉が丁度良く焼けてくれるって寸法だ。

 肉にかけるソースは、途中で取っておいたクランベリーを煮詰めて作るか。気が付くと周りに獣人たちの人だかりが・・・。

 皆、理器具に興味津々だな。まぁ勝手に大きな肉の塊が焼けたり、コンロやかまどが無いのに鍋の中でクランベリーが煮えたりしているからな。

 中がよく見える透明の大鍋とか、置くだけで食材が焼ける鉄板とか。科学からかけ離れたこの星の住人には(いや人型兵器はいるけども)不思議なのだろう。

 時々つまみ食いをしようとする獣人に注意しながら、俺は着々と昼食の準備を進めていく。

 焼くと甘みの出るシバフタケを、クッキーのちょっとした飾りに使おうと思って二十枚ほど焼いていたのだが、毒キノコだという指摘が傭兵のレンジャーから入り、急遽飾りなしのクッキーを焼く事にした。

 材料を無駄にしてしまったが二十枚の痺れクッキーは、何かに使えるかもしれないのでとっておく。

 四十一世紀の調理器具は本当に便利で、あっという間に昼食の準備ができた。モッコスやミャロスの手伝いもあったので素早く調理ができたのは言うまでもない。彼らのアドバイスで、スープなどは獣人たちが好む濃いめの味付けにした。

 鬼イノシシのロースト肉クランベリーソース添えと、シジミとキノコで出汁を取った野菜スープ、丸パン、デザートの甘過ぎるクッキー。痺れクッキーを作ってしまった時は甘さ控えめだったが、傭兵達は高カロリーな食べ物を好むと聞いたので、蜂蜜と砂糖をたっぷり入れたソフトなクッキーを作った。

 傭兵達は自前の木の椀とスプーンだけは持っていたが、皿やフォークは持っていなかったので、ミャロスが人型兵器で木を切ってプレート皿を作って用意してくれた。フォークは亜空間ポケットに百本ほど入っていた鉄のフォークを使ったが、多分返ってこないだろうな・・・。

 給仕の時間になり、30人ほどの傭兵達が列に並んだ。

 真っ先に一番に並んだ地走り族のレンジャー(毒キノコだと教えてくれた人)が、料理の乗ったプレート皿と椀を大事そうに運んでいく。列の横を通り過ぎるレンジャーを見て、獣人たちが騒ぎ出す。

「おいおい! 見たか? オーガの料理はすげぇご馳走じゃないか!」

「ひゅー! オーガの作る料理なんて期待してなかったけど美味そう! いや絶対美味い!」

 え? 喜び方異常だろ。傭兵が椀でお互いを叩き合ってる。なに、その喜び方。

 これ割とシンプルな料理ですよ? 肉は焼いただけだし、スープも良い出汁が出ているとはいえ、野菜の塩スープだ。あ、そうか。ここでの食事はこれまで干し肉とか欲し果物とかとパンだったんだわ。忘れてた。

「うめぇええええ!」

 さっきのレンジャーが、気張った赤ちゃんの雄たけびのような声を上げた。

「肉の表面はカリカリで、中はジューシーな肉汁がじわーっと出てくる! そして鬼イノシシの少しくどく感じる脂を、甘酸っぱいクランベリーソースがさっぱりさせている。野菜スープなんて、これまで味わった事のない旨味の洪水! 舌が旨味に溺れそう!」

 料理漫画のような解説ありがとうございます。レンジャーさん、ガツガツ食べてますね。嬉しい限りです。並んでる獣人たちがソワソワしだしたな。涎を垂らす犬人がみっともない。

「しかもパンはふわっふわの白パンだぞ! 俺は貴族にでもなった気分だ!」

 並ぶ傭兵達の横で、石に座って丸パンを割き、口に運ぶ地走り族のレンジャーは、一番最初に料理を食べた事が自慢のようだ。

「極めつけはこの糞甘いクッキー! 午前中の戦いの疲れが吹っ飛ぶ! ここまで贅沢に砂糖を使ったクッキーを、俺はこれまでに見たことがねぇ!」

 さっきから料理の味の解説をしてくれる彼は、弓でホブゴブリン達と応戦していた内の一人だ。モッコスの話によると塔のてっぺんにいたホブゴブリンを一人、一撃で仕留めたらしい。レンジャーとしても有能。

 俺はうめぇうめぇの大合唱をする傭兵達を嬉しそうに眺めた後、料理を持ってエリムス隊長の待つ天幕に向かった。

 正直、気が重い。貴族ってのは、大抵舌が肥えている。しかもミャロスの話では、エリムス隊長はジブリット侯爵家の一人息子。

 侯爵って確か相当偉いんじゃなかったか? そんな偉い名家の一人息子が、こんな小さな任務に就いているのも不思議だけどな・・・。

 大貴族を相手に、この野菜スープでは些か心許ない。しかもこのスープは傭兵達用に作ったスープと違って、キノコを入れていないから旨味は少ない。

 いや、それでもシジミ汁に野菜の旨味や甘みが加わっているようなものだから美味しいのだけれど。俺の手持ちの食材と調味料と鬼イノシシの肉だけで、一体どこまで通じるだろうか?

「料理をお持ちしました」

「うむ、入れ」

 天幕に入ると長テーブルの上座にエリムス・ジブリットが座っていて、その脇にサヴェリフェ子爵と向かいにフランちゃん。後は側近が数名。

 俺は緊張しながら貴族用に特別に作った野菜スープと、ザリガニと沢蟹のかき揚げと、野菜のかき揚げを前菜として出した。

「ほう、ザリガニと沢蟹のフリッターか? 少し違うような気もするが」

「それは私の国ではかき揚げと呼ばれるものです。食材に打ち粉をしてから、水と小麦粉の衣を付けて揚げております。塩を付けてお食べ下さい」

 エリムス隊長はかき揚げをフォークに刺して、塩を付けて口に運んだ。

 ―――サクッ!

 衣を噛んだ時の軽やかな音が、静かな天幕の中で響き渡る。

「・・・これは美味いな。サクッとした衣に包まれた食材の風味が口に広がる。ザリガニの身はプリっとしていて沢蟹はカリカリで香ばしい」

 沢蟹は残念なことに、高確率で寄生虫がいるから、油で一回素揚げしてカリカリになるまで熱を加えている。それをもう一度、かき揚げの具にしたのだから当然香ばしい。

「野菜スープはどうかな? 皆も遠慮せずに食事を始めたまえ」

 サヴェリフェ姉妹以外の部下は緊張しているな。

 なんでさっきのピンク頭の下級騎士がここにいるのかは知らないが・・・。ハハッ! 奴め、千切ったパンを持つ手が震えている。そりゃかなりの地位の人と一緒に食事しているのだものな。へっ! もっとビビれ、ピンク頭。

 あ! そういうえば忘れるところだった。どれ、女騎士の約束を果たしてやりますか。

「そのかき揚げのザリガニは・・・、(しまった! 下級騎士の名前聞いてなかった!)そこの騎士様の提案で出しました。是非エリムス様に食べてもらいたいという事で」

 やべぇ! 料理人が勝手に喋っても良かったのかな? 少し騎士達の会話が弾みだした中での、一瞬の静かな間が怖い・・・。

「そうなのか? サーカ」

 サーカって名前なのか。変な名前。

「は、はい! 閣下に是非お召し上がりになって頂きたく・・・」

「腹違いとはいえ、私とお前は兄と妹。そんなに鯱張るな。兄と呼べ。サーカに限らず、皆も楽にしてくれ。私は昔の私ではないのだ」

 昔に何があったのかは知らないけど、今の言葉でちょっと空気が柔らかくなったな。っていうか、あのムカツク下級騎士が、エリムス隊長の異母兄妹だって!?

「オーガの料理人・・・・オビオといったかな? 中々美味い前菜だった。こんなに味に深みがある料理は初めてだ。野菜スープも食べれば食べるほど、腹が減ってくる。となるとメインディッシュが楽しみだな」

 やった! 料理を褒めてくれている! ではとっておきのを出しますよ!

「では・・・。本日のメインディッシュ、鬼イノシシのホロホロ煮でございます」

「ホロホロ煮? 奇妙な名前の煮物だ」

「はい、肉が柔らかくなるまでひたすら煮るだけの料理です。特別な事はありません」

 サーカも驚いているな。

「あの短時間でどうやってここまで煮込んだ? オーガ・・・、いや、オビオ・・・」

 ひゃっはー! サーカが俺の名前を照れながら呼んだぞ! 萌え!

「そりゃマジックアイテムでですよ、サーカ様。短時間で長時間煮込んだのと同じ効果が出る鍋で煮込んだのです」

 この魔法が当たり前のように存在する星なら、なんでも魔法と言っておけば通じるだろうと思ったが軽率だったかな? なんだか皆ザワザワしだしたな。

「オビオ・・・。君は一体何者なのかね。時間系のマジックアイテムは、影人と接触しないと得られないものだぞ。ただの料理人が、影人の住処を見つけ出したというのか?」

 不穏な空気が・・・。やばい・・・。どうする?俺! サヴェリフェ姉妹まで、怪訝な目つきで俺を見ている。

「回答次第では、私は君をこの場で斬り捨てなければならん。言葉を慎重に選びたまえよ。【読心】!」

 【読心】って地下牢で禿ルシさんが使ってた、心を読む魔法じゃないか! 余計なことを考えて無駄に誤解を誘ったらアウトだぞ!

 ピ・・・・ピーーーンチ!
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