料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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 リーダーとしての判断を下す事の重みに苦しみつつ、不意に昔読んだ小説を思い出していた。

 こんな大事な局面で何を呑気に、と思われるかもしれないが、思い出してしまったものは仕方がない。

 二十世紀に書かれたその小説の主人公は、優柔不断で影が薄い。群像劇という事もあってか、最終的には脇役に主人公の座を奪われるような形で話は終わっていた。

 もしこの現実が、今しがた思い出した小説ならば、俺は間違いなく、その優柔不断な主人公である。

 俺を守って存在を消されてしまったウィング・ライトフット。闇堕ち覚悟で、姉をこの世界に取り戻そうとするメリィ。そして世界の運命を左右する、キリマルの子孫であるマター家の夫婦。

 誰一人として欠けてはいけない。

 が、しかし、コズミック・ペンがしおりに書ける名前は三人までという。

 更に丁度、一般人の中に紛れ込んでいた神の写身のお陰で、宇宙野は力を発揮できるのだと。

 ある意味幸運だが、ある意味不運。

 プレッシャーで竜となった俺の脳内で、ナノマシンが激しく働き、ストレスを軽減させているのが感覚で解る。

「さぁ、早くしろ。そして地上に下ろしてくれ」

 女子高生小説家に転身した宇宙野は、苛立っているのか、さっきから何度も、つま先を床に軽く叩きつけている。

「いいか? 私はお前たちを無駄に急かしているわけではないのだ。装置が壊れた今、じきに自衛隊が来る。そんな中で彼らがドラゴンを見つけたら、どう行動するかな?」

 あぁ、そうだ。間違いなく俺は攻撃される。

「どうしたらいいんだ。くそう。考えろ、俺! 閃け~、閃け~。はっちゃけ~、はっちゃけ~」

「あばれはっちゃくとか、ネタが古過ぎですぞ。オフフ」

 流石は二十一世紀を生きる正義。普段ボケても誰もツッコんでくれないから、その的確なツッコミは嬉しい。いや、今はそんな場合ではない。

 羽を動かして、ビルから離れ、空中に滞空してから、意見を訊こうと仲間を見る。

 真っ先に年長のトウスさんに視線を送ると、獅子人はふさふさのたてがみを手櫛で撫でながら、空気を読んでこう答えてくれた。

「俺ならウィングを犠牲にする。

 まぁ、立場が違えば、そうなるわな。トウスさんもウィングに何度もピンチを救ってもらっている。だが、命の恩人というほどではない。トウスさんだってウィングを何度も救っている。

 それにトウスさんは、無難な答えを言っているだけだ。ウィングが憎いからとか、感情論で言っているわけじゃないのは理解できる。

 続いてサーカに視線をやると、もう少し待てといった感じで、手のひらを見せた。

 仕方がないので全く当てにしてないけど、ピーターにも訊いてみる事にしてみた。

「ピーターはどう思う?」

 地走り族特有の人懐っこい顔は、既に邪悪に歪んでいた。

「俺なら、メリィを殺すね」

「はぁ? なんだって?」

「俺ならメリィを殺す、と言ったんだ。今、その裏切り者を殺せば、自然と条件は揃うだろ?」

 そう言った途端、メリィはピーターを睨んで、【死の手】をサーカの首に近づけた。

 一理ある。メリィを殺せば、彼女の姉を復活させなくて済む。目的のために手段を選ばない、ピーターらしい考えだ。

 だが、そんな事できるわけねぇ。闇堕ちし、サーカの命を脅かしているとはいえ、これまで一緒に冒険をしてきた仲間だ。

「お兄ちゃん、メリィお姉ちゃんを殺したら嫌だよ?」

 ムクが心配そうな目で俺を見つめてくる。そうだ、ムクはメリィとも仲が良かった。

「大丈夫、そんな事はしないさ」

 とは言え、どうするんだ? 俺。

 それまで口を閉じて考え事をしていたサーカが、腕を組んで俺を見た。首元の【死の手】を全く気にしていないのが凄い。

「妻を見捨てるしかないな。ニムゲイン王国がどういった家督制度なのかは知らんが、大抵血筋は父親から引き継ぐものだ。夫さえ生きていれば、キリマルやビャクヤが望むダーク・マターが生まれる可能性はある」

「でも・・・」

「よく考えろ、オビオ。感情で考えるな。どの道、あの夫婦が揃っていても、絶対にダーク・マターが生まれるとは限らんのだ。少しでもキリマルが気に入らない結果となれば、世界は破滅へと向かう」

 そう。夫婦が揃っていても、ダークが生まれる可能性が大きいってだけで、確約されたわけじゃあない。

 顔の大きさに合っていない大きな丸メガネを定位置に戻し、宇宙野は「では」と言ったので、俺は慌てて声をかけた。

「待ってくれ。でも、俺は全員を助けたいんだ!」

 元コズミック・ペンは、深い溜め息をついて、俺を眼鏡越しに睨んだ。

「何様だ? オビオ」

 女子高生小説家の言葉に棘を感じる。

「何様とは?」

「そのまんまだ。君は神か?」

「違う・・・」

「宇宙の理に抗う、大いなる存在か?」

 それはキリマルやヒジリの事か?

「いいや・・・。ただの料理人だ」

「だろう? 全員を助ける知恵も力を持たないのに、そんなご都合主義が通ると思うかね? 私が書く小説でもそんな奇跡は起こらん」

 くそ! 悔しいが返す言葉がねぇ。ヒジリだったらどうしただろうか? 躊躇なくピーターやサーカが言った内容を思いつき、行動に移していただろう。

「全員を助ける、なんてのは、力を持つ者の考え方だ。身の程を知れ」

「それでも!」

「オビオ」

 サーカが諭すような目で俺を見ている。

「パーティのリーダーとは、時に冷酷な判断が必要となる。大勢を生かす為に、個人を見捨てる勇気も必要。場合によっては躊躇ってはならない瞬間もあるだろう。今はそこまで切迫してはいないが、バトルコック団のリーダーとして最善を尽くしてくれ」

 俺の器でできるのは、ここまでって事か。自分が悔しい。出来ることなら、誰もが笑って終わる大団円を見たかった。でも、それは傲慢な事だとコズミック・ペンは言う。

「わかった。じゃあ・・・」

「名前は言わなくていい。もう書いた。私はせっかちでね」

 宇宙野は特に何かをした様子はないが、彼女の手の中で、コスモチタニウムの結晶は砕け散った。

 その瞬間、ホーリー・マターが、この世から完全に消え去ったと思うと悲しくなった。きっとライトさんの記憶に妻は一生残り続けるだろう。伴侶がいない事に絶望し、生きる気力を失くすかもしれない。胸が痛い。

 これは俺がウィングの存在を消したくないが故に、生み出した結果だ。

 きっと正解はウィングを諦める事だったのだと思う。世界を残すという可能性でいえば、最悪な選択をしたかもしれない。

 だけど、皆は俺の気持ちに配慮してくれたのだと思う。思い返せばサーカの言葉は矛盾している。大勢を生かす為に云々ってのは嘘だ。ウィングを残す、という前提で、俺の我儘を受け入れてくれたのだろう。

 最悪、皆はキリマルとビャクヤに戦いを挑むつもりなんだろう。そんな目をしている。

「ごめんなさい、ホーリーさん。それに皆」

 俺はそう言うと、両手を屋上の上に置いた。今、ここにいる者たちを助けても、俺の選択ミスで結果的に死ぬ事になるかもしれないが、それでもビルから下ろす約束をした。

「手の上に乗ってください」

 相変わらず、呑気に俺をスマホで写している一般人はうるさい。

「え? 私達、食べられたりしないよね?」

「超怖いんですけど?」

「おふっ! おふっ! 拙者が操っているから大丈夫」

 嘘つくんじゃねぇよ、正義。なにハンドパワーで操っています、的な感じで、手のひらを俺に向けてんだよ!

 五人くらいを手に包み込んで、俺は羽をはためかせて、地上に降り立つ。手の中で、皆ワーキャーうるさい。まるでアトラクション気分だな。俺は凹んでいるというのに。

 皆を開放すると、俺はすぐに屋上へと飛んだ。

 そして、さっきと同じ事をもう一度繰り返す。

 さっき解放した一般人たちは、まだ近くにいた。何やってんだよ、早く帰れ。

「助けてくれてありがとうございます! 一緒に写真いいですか?」

 一人の女性がそう言うと、皆寄ってきて列を作り始めた。

「顔をもう少し下げてもらっていいですか?」

 俺の返事を待たずして、勝手な事を言うご先祖様たち。あのー、今って緊急事態だよね? なんでそんなに平和ボケしてんの?

 とか思いつつ、要望に応える俺。

「こんな感じですか?」

「あ、いい感じ~。撮りま~す、ハイ!」

 スマホから撮影音がする。牙を見せて笑う俺と写る女性はご満悦だ。なんで竜がいるのか、誰も全く気にしていない。昔の日本人って、どことなく地走り族に似てるなぁ・・・。

 こんなやり取りを数回して、皆が立ち去った後にふと、あることに気づいた。

「あれ? 世界が壊れていない!」

 未来が変われば、過去も追従して変わるはずなんだが。もし、俺の選択が間違っていたならば、キリマルは容赦なく世界を破壊していたはずだ!

「ようやく気づいたか」

 宇宙野がいつの間にか、俺の前にいた。

「君の選択は間違いじゃなかった、という事だ」

 女子高生は俺の鼻を撫でる。

「でも、どうして?」

「そこまでは知らん。たまたま運が良かっただけかもしれないし、そうなるよう決まっていたのかもしれない」

「お~い、オビオ!」

 トウスさんが、ビルの屋上からゆっくりと降下しながら手を振っている。ああ、【浮遊】の魔法か。浮遊とは名ばかりの、【軽量化】と同系統の魔法。羽のようにゆっくりと落下する魔法をサーカが皆に付与したんだな。

 他の皆も降りてくるが、下着が見える者が数名いたので、上を見るのを止めた。

 メリィが何事もなかったように、ゆっくりと落下してくる。その手には鞘に入った輝きの小剣が握られていた。もうメリィには装備する事ができないので、主に追従して浮くこともない魔剣。

 暗黒騎士となっただろう彼女をちらりと見てから、俺は皆にサムアップした。

「ミッション成功だ! ダーク・マターは生まれるぞ! それに、ウィングもメリアさんも戻ってくる! それにライトさんと・・・。あれ? もう一人誰かいたような。まぁ、何にせよ、世界は救われた!」

 ――――ピシッ!

 唐突に空間が割れて、金槌のような悪魔が鼻だけを出す。キリマル・・・。そんなに地球に来るのが嫌なのか。

「クハハ! よくやったじゃねぇか、オビオ! 少し未来を見通してみたら、ダークが生まれてくるとわかった。しかも、自由騎士の親友としてだ」

 ってか、竜の俺がよくオビオだとわかったな。まぁ実力値666の悪魔にとって、正体を見抜くなんて造作もないんだろうよ。

「もう疲れた。早く帰ろうぜ。オビオ。マナが少ないと息苦しく感じる。神の国ってのはやっぱ、死んでから来ないと駄目なんだよ」

 ピーターが、時々メリィを横目で警戒しながら弱音を吐く。

「マナなら正義がいくらでも・・・。って、あれ? どこにもいない。家に帰ったのかな?」

「さっき、オフオフ笑いながら、メガネの女の人と一緒に帰っていったよ」

 ムクも疲れた顔をしている。やはり魔法の星の住人は、マナが少ないと何かしらの影響が出るんだな。

「そっか。じゃあ帰るとすっか。俺たちの魔法の星へ。わりぃ、キリマル。もう少し空間の裂け目を大きくしてくれ」

「おうよ」

 キリマルが竜の俺に合わせて大きく切り裂いた空間を、更に押し広げて中に入ると、そこはゴデの街の大通りだった。
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