料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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大ピラニア

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 ギルド内にあった地下への扉を開け、一歩ずつ石階段を踏みしめるように降りていく。そうしないと湿気と苔で滑りそうだからだ。

「なんだか、ひんやりしてきたぞ」

 中ほどまで下りた時点で空気は冷たく、広い階段の端に、肉が保存されている事に納得がいく。

 一番下まで下りると、また扉があり、俺は少し緊張しながら扉を開けた。

 ―――ルリルリルリル!

 魔法灯がほの明るく照らす下水道に、目が慣れる前にソレらは、奇妙な鳴き声と共に飛んできた。

「痛ぇ! ムク、まだ下水道に入るな。なんかいる!」

 俺は後ろのムクに警告してから、痛みの原因を確認する。

 ピラニアだ!

 体に食らいついて、デスロールを試みようとするピラニアを一匹ずつ握りつぶして、俺は扉を閉め、ムクのいる入口へと戻った。

「くそ、ジェームズ・キャメロンの映画かよ! いててて」

「大丈夫?」

「あぁ。すぐ治るよ。戦士の指輪をはめておいて正解だったよ。してなかったら、肉を食いちぎられてたな」

「こわーい」

 俺は、一匹だけ頭だけを潰して、なるべく体の形を残しておいたピラニアをよく観察してみた。

 虹色と緑色が混ざったような体は高さがあり、肉厚である。十分に身が付いている。

「これは小さいから幼体なのかな? 小さいつっても、俺の手の平ぐらいあるけど」

「羽が生えてるね。豚さんが言ってた、大きいピラニアにも生えてるのかな?」

「かもな。でも体重が重くて、羽が機能してないと予想するよ。水路から水路に跳ぶって言ってたからな」

 魔法のエプロンに食いつかれなかくてよかった。しまっとかないと。

「ちょっと装備を変えるね」

「うん。その間、お魚さんを三枚におろしてみていい?」

 お、こないだ、暇な時に教えた三枚おろしを実践しようってか。偉いぞー、ムク。

「いいぞ。上手くやれるといいな」

 俺はまな板と小さな出刃包丁を彼女に渡した。

「頑張る!」

 彼女が魚を捌いている間に、急いで身支度をする。

 胸当て+10とアームガード+10、脛当て+10を装備して、中華鍋の盾を持ち、今回は金剛切りを右手に装備した。ピラニアを食材として見ているから、多分、包丁として役に立ってくれるはず。

「出来た! 見て、お兄ちゃん!」

 オカッパ髪を揺らして俺を見あげるムクの目は、キラキラと輝いている。

「わぁ! 上手に捌けてるじゃないか! 流石は器用さが売りの地走り族だな!」

 俺が握りつぶしてしまった頭部と羽を切り落とし、骨に無駄な身を付ける事なく、奇麗な三枚おろしがそこにあった。

「私も、お兄ちゃんみたいな料理人になれるかな~?」

「なれるなれる。良いお嫁さんにもなれるよ!」

「やったぁ!」

「それにしても、刺身でもいけそうなくらい、白くてもっちりした身だなぁ」

「食べる?」

 ムクが下ろしたばっかりの身を俺に向けた。

「う~ん。どうだろ。ちょっと寄生虫が怖いので、鑑定してみるよ」

 まぁ本当は寄生虫なんか怖くないんだけどな。ナノマシンが寄生虫を消化してしまうから。でも、食材として扱う以上、安全なものでなければならない。

 白身を手に取り、情報を読み取ると、驚いた事にどこにも寄生虫がいなかった。

「凄い! 下水に住んでいるのに、この魚、汚くないぞ! まるで清流で育ったかのような奇麗さだ!」

「不思議だね! ねぇ、ちょっと食べてみようよ!」

「そだな」

 俺は亜空間ポケットに手を入れてから、醤油がない事を思い出す。

「そうだ、醤油も泥棒に盗まれたんだった。じゃあ塩でもいいか」

 塩と砂糖をギルドで買っといて良かった。

 革袋から塩を一つまみ、まな板の端に置き、白身を素早く刺身にした。

「いっただきまーす!」

 ムクも俺もちょんと塩を付けた身を、口に放り込んだ。

「わぁ! 凄く美味しい!」

「うん、美味い! 見た目通り、もっちりしてるし、臭みもない。塩で食べると、白身でも臭みが際立つんだけど、これはそんな事ないぞ! 上品な甘みもある! いい食材だ」

 これは刺身以外にするのが勿体ないくらいだな。素材の味だけを堪能してほしいが・・・。レオンが海辺の国とはいえ、刺身の食文化はない。生で出したら、オライオンの住民は怒るだろう。

「無難にムニエルにして出すかー。さて、でっかいのは俺たち用に倒してしまおう」

「うん!」

「ムク、小さいピラニアを操れるか?」

「えーっと・・・。うん、できるよ!」

 数多くいるであろうピラニアを一瞬で支配したのか。すげぇな。

「じゃあ、大きいのは俺がやるから」

「頑張ってね、お兄ちゃん。お刺身楽しみにしているから」

「おう」

 俺は改めて、扉を開けて下水道の大部屋に飛び込むと扉を閉めた。

「よし!」

 ムクのお陰で、小さいピラニアは飛んでこない。

 大広間の水路は幅は十メートルはあるだろうか? 五メートル間隔で三の字に流れており、先は行き止まりになっていた。奥の通路には川かと思うような本流がある。本流と合わせるとEみたいな形をしている。

「デカい水路だな。あっ、あそこに畑がある」

 水路の近くに大きな畑があった。ギルドの受付の言う通り、アスパラガスが確かに植わっているが・・・。

「駄目だ。全部、とうが立ってる。三日間放置しただけでこれか・・・。成長が早いんだな。仕方ない。アスパラガスは諦めるか」

 ん? 水路から視線を感じる。

 ―――ザパァ!

「おいでなすったぁ!」

 俺は中華鍋の盾を構えて、大ピラニアの牙に備える。

 ―――ガキッ!

 魔法灯でほの明るい下水道に火花が散る。

 体高が四メートル、全長五メートルほどのずんぐり、でっぷりしたピラニアは水路の床に着地すると同時に、跳ねて壁に当たるとその反動で水の中に戻った。

「意外と素早いな」

 床の上にいる時間はほんの数秒だ。

 その数秒を逃せばチャンスは無いかもしれない。俺が厄介な獲物だと気づくと本流へと去るだろうから。

「次で仕留めるつもりじゃないとな」

 もう一度中華鍋を構え、魔刀金剛切りを腰に浮かし、右手を空ける。

 ―――ザバッ!

「俺の反応速度を舐めるなよ!」

 真っすぐと飛んでくる大ピラニアの牙を鍋で弾くと、エラを掴んで動きを止める。即座に鍋を投げ捨て、左手でもエラを掴んだ。

 顔の前で牙を鳴らす大ピラニアは戦意を失ってはいない。俺から逃れようと必死に暴れている。

「逃がすか~~!」

 なるべく水路から離れた場所まで引きずって歩く。

 エラを掴みつつ、噛まれない位置を保つのは中々難しい。よたよたとしながらも後ろに引っ張っていくと、大ピラニアが一層暴れやがった!

「くそ、やっぱ力負けするのか」

 大ピラニアは俺の手から逃れ、そのまま水路に戻ると予想したが、なんと床の上をランダムに刎ねながら、徐々にこっちに向かって来るじゃないか!

「嘘だろ?」

 咄嗟に避けたつもりだったが、右腕のアームガードに噛みつかれた。硬さを追求した魔法の装備に牙が食い込んでいるが、腕にダメージはない。

「しまった!」

 大ピラニアは大きく跳躍して、俺を水の中へと引きずり込んでしまった。

「ごぼごぼごぼ」

 驚いて少し息を吐く。

 ヤバイぞ。水中戦なんかやった事ねぇ。息が持つか?

 なんとか左手で右腰に浮く金剛切りを取らないと・・・。

 しかし大ピラニアは獲物を咥えた犬のように、俺を滅茶苦茶に振り回すので中々上手くいかない。

「ゴパァ!」

 駄目だ、常人よりも長く息が続くといっても、水路の壁に叩きつけられた際に、肺の空気が漏れ出る!

 大ピラニアを舐めてたわ。

 今すぐにでもナノマシンが進化して、水中から酸素を大量に抽出して肺に送ってくれねぇかな?

 そんな甘くないか。俺のナノマシンの進化は、どうも事後に起こるらしいからな。この戦いが終わってやっと少し進化するんだろう。でも終わってからじゃ遅いんだよ。

 ―――リルリルリルリル!

 ムクの操るピラニア群が、大ピラニアを襲うも、硬い鱗が邪魔をして効果的なダメージを与えていない。

 参ったぞ。

「ごぼご!(クソが!)」

 俺は半ばやけくそになり、振り回されながらも、大ピラニアの顔に左フックを打ち込んだ。

「キリリ!!」

 大ピラニアが鳴く。

 どうも右目に当たったっぽい。ってか痛がるんだな。魚って痛覚あったっけ?

 それでも咥えた右腕を離さない。

 何度も叩きつけられるうちに、酸欠で意識が朦朧としてきた。

 早くなんとかしないと・・・。

 ―――リルリルリル!

 ピラニア群が一斉に大ピラニアの目を攻撃しだした。

 そうか! いくら大ピラニアの鱗が硬くても、目まではそうもいかない。

 ピラニアたちは一気に目を食い破り、どんどんと中まで侵入していく。

 あれだけ暴れていた大ピラニアが突然動きを止め、口から腕を放すと水面へと静かに浮かんだ。

 俺も水から顔を出す。

「プハァ!」

 死ぬかと思った。いくら不死身だっつっても溺れ死んだら、どうなるんだ? 水から引き揚げてくれれば生き返るだろうけど。水底に沈んだままだとずっと死んでいるのかな?

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 ムクが慌てて水路近くまで駆け寄ってくる。

「ありがとう、ムク。ムクがいなかったら、俺死んでたかも」

「じゃあ、私はお兄ちゃんの命の恩人だね」

 ムクは冗談っぽく言って笑う。これがピーターだったら、一生恩着せがましく言ってきただろう。

 水路から上がり、水に浮かぶ大ピラニアのエラを掴むと引き上げ、念のため簡単に逃げられないよう部屋の端まで運んだ。

「ふぅ~。やれやれ。随分と手こずった」

 俺はへたり込んで休んでいると、ムクが大ピラニアを観察しはじめた。

「羽は付いていないね」

「ほんとだな。別種なのか、成長すると羽が無くなるのか。聖下に見せたら、目を輝かせてサンプルを欲しがるだろう」

「ヒジリ様って、何にでも興味を持つもんねー」

 ムクがそう言うと、関西人としてツッコミたくなる。地走り族も好奇心旺盛で、危険に近づき過ぎて命を落とすくらいだからな。

 ムクはまだ大ピラニアに興味があるのか、さらに近づこうとしたその時―――!

 大ピラニアが跳ねた! 目を失っているにもかかわらず、まるでムクの居場所を知っているかのように、彼女に襲い掛かる!

「危ない!」

 俺は咄嗟に金剛切りを構えると、ムクの前に立った。この大ピラニアを刺身にすると考えながら。

 するとどうだろう。金剛切りは俺の意思を汲み取ったのか、大ピラニアの頭から尻尾まで縦に裂いていく。

 見事に真っ二つになった大ピラニアは、今度こそ完全に絶命した。

「それにしても、なんて生命力だ」

 頭の断面部分を見て、俺は驚いた。

 小ピラニアに脳を半分食われているにも関わらず、こいつはムクを襲ったのだ。

「わー、びっくりした~!」

 ムクは丸い頬に両手を当てて驚いてから、微笑んでこう言った。

「ウフフ、お兄ちゃんは私の命の恩人だね。おあいこ!」
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