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当て馬、侯爵令嬢に想いを馳せる
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「ロアネ! ジゼル様はね、今は気軽に話しているけれど公爵家の人間なの!」
「え、ええ、存じております。」
「レア、急にどうしたんだい?」
レアの突然の発言に、僕とロアネ嬢は困惑する他なかった。
初めまして、僕はジゼル・ヴァレンティア。
ヴァレンティア家の長男で、ログレス王太子の側近のような立場にいる。
そして、この唐突に僕のアピールを始めた変わり者に散々愛を囁くも冗談にしか取られない不甲斐ない男だ。
きっと彼女は、僕が誰にでも軽口を叩いているように思っているのだろうけれど、それは彼女の前だけの話で、僕の精一杯のアピールを軽口だと捉えられていることをぜひみんな笑ってくれ。
そうして、神妙な顔をする僕を見て、レアはより一層顔を引き締めていた。まるで「任せろ」とでも言っているように。
一体何を任せれば良いというのだ。完全に僕のやめて欲しいという思いは届いていないわけで、何か大きく僕とレアの中で見解がずれているような気がしてならない。
「ジゼル様ってとてもカッコいいでしょう!?」
「はい、とても整ったお顔立ちをされていると思います。」
急激な褒め言葉に僕は驚き、そして嬉しくてたまらなくなった。
あぁ、どうしよう、顔がにやけてしまいそうだ。
ロアネ嬢は僕のにやけそうな顔を見て、その一瞬で何かを悟ったように笑った。
今のこの状況を僕は止めなければならない。だけれど、それ以上にレアの言葉や必死さが嬉しくて仕方なくて、止めることも惜しいと感じてしまう。
「それに加えて、とても紳士で優しいのよ。どんな時でも些細なことにも気を配れるし、私はいっつも彼に助けられてるわ。それに、凄く頭が良くて剣の才能もあるの! 学園時代は常に上位の成績だったわ。」
「レア、それくらいでやめてくれ。」
これ以上は僕が耐えられない。
レアへの求婚の言葉を今すぐ口に出してしまいそうだ。
レアは僕を軽くあしらいながらも、僕のことを少なくとも多少は尊敬はしていると自負している。
彼女は小さい頃から僕の努力も僕の葛藤も全て見てきたのだから。
だから、僕が止めなければいくらでも僕のことを褒め称えてくれるだろう。
自惚れだと思われそうだが、恋愛感情ではなくともレアは僕のことが大好きなのだから、それくらい当然だ。
現に、まだたくさん言えることがあるのになぜ止めるのだ、という顔を向けられる。
どうして、それだけ僕を思ってくれているというのに僕の想いには気づいてくれないのだろうか。
「ふふっ、おふたりはとても仲がよろしいのですね。」
ロアネ嬢が僕たち2人を見る。
あぁ、これは完全に僕がレアをどう思っているか気づいているのだろうな。初対面の彼女ですら見抜くというのに。
レアの方を見ると、口を小さく開けながらフリーズしていた。
何かを頭の中で考えている時、決まってレアはこの顔をしてフリーズする。今のロアネ嬢の言葉のどこにフリーズする要素があったのだろう。
「レア、そろそろロアネ嬢は帰らなければならない時間だよ。」
僕の声かけにレアはハッとして、意識を戻した。
いつも意識をどこか遠くにやってしまったように固まってしまうから、たまに声をかけても戻ってこないのではないかと心配になる。
「そうよね、お屋敷が遠いんだものね。」
「えぇ、もっと長くお話ししたかったのだけれど、また夜会の時にでもぜひお話しさせて下さいね。」
ロアネ嬢はとても名残惜しそうにその場を立ち去った。それを見送ってから僕たちも帰路を辿り始める。
「レア、相変わらず君は猪突猛進だね。」
「それが私の良いところだと自負しているもの。」
レアは基本的に何かに熱中したりすると、その1つのことにとことん向かっていく。
今回のお茶会は何故かその時のレアを彷彿させた。
そういうことじゃないんだけどなぁ。
僕は心の中でそう思い、はぁと一つため息をついた。
そんな僕も当初はエライザに群がる敵だと思っていたためレアのことを好きではなく、むしろ嫌いであった。
僕がレアのことを意識したのはいつだっただろう。
そうだ、あれは出会ってからちょうど1年と少し経った頃だ。
「ジゼル様、おひとついかがですか?」
「僕はいらないっ! お前が作ったお菓子など食べれるものか!!」
僕は完全に反抗していた。
彼女の好意の言葉に、感謝の言葉を述べたり何か行動に移したりなどということは一度たりともなかった。
「どうしてよ、ジゼルさま! こんなにもレアの作ったお菓子はおいしいというのに。」
「そうだ、レアがわざわざ作ったというのにお前はどうしてそう酷いことしか言えぬのだ。」
エライザとログレスが立て続けにレアを擁護するので、僕はイライラがピークに達していた。
なぜ2人はあの女を庇うんだ!
2人ともあの女に洗脳されているんだ、そうに違いない!!
どうしてもレアを悪者にしたかった当時の僕は、完全にそう思い込んでいた。
こうした応酬がほとんど毎日学園の中庭で繰り広げられていたので、僕たち4人は学校中からセットで考えられていた。
4人のうちの誰かを探していたら、他の3人に聞けばわかると思われていた。生憎、この時の僕はレアに関して苛立ちしか感じていなかったというのに何度もレアの場所を聞かれてイライラしていた記憶がある。
僕があの女の場所を分かるわけないだろ! と叫び散らかしていた。
ちなみにレアは毎度僕の場所を聞かれて予想しては当たっていた。怖い。
「もういい!」
僕はそういって中庭から続く、学園の所有する森へ入っていった。1人になりたくて、そのためにはうるさい学内よりも森の方が随分と都合が良かった。
「行っちゃったけれど大丈夫かしら……。」
「だいじょーぶ、どうせすぐ戻ってくるよ。」
「ふん、あいつのつまらん意地もそろそろ限界だと思うのだがな。」
嫌っていたレアが心配し、友人である2人は適当な扱いという、当時のジゼルにとっては屈辱的な状況が出来ていたことを、彼は大人になった今も知らない。
「ログレスは人を信じ易すぎる、だから僕がしっかりしなくちゃいけないんだ。」
僕は王太子であるログレスと最も近い距離にいる。
ログレスは真面目で、そして優しすぎる。王になった時、きっとすぐに信じて騙されてしまう。
だから、僕がその時にフォローしなければならないんだ。いつか僕がログレスを支える立場になる時に、僕はログレスより厳しい目線を持っていなければ。
大丈夫、僕はできる。
そう自己暗示をかけないと頑張れない程、僕は自分で自分を追い詰めていた気がする。
「あの女は、絶対に何かを企んでるんだ。引きこもっていて友達がいなくて、あのタイミングでエライザと仲良くなるなんて都合が良すぎる。絶対おかしい。」
今となっては、素でしか行動をしていないことはわかっているが、この時は何もかもが計算尽くのものだという印象しか受けなかった。
そう言いながら歩いていると、何だか音が聞こえて僕は立ち止まった。
音の方を見ると、そこには狼がいて「ぐるるるる」と声を鳴らしていた。目つきは凶暴で、今にも僕を食べようというところだった。
「は、あ……え?」
声が上手く出ない。
そのまま、ボスンと尻もちをついた。
僕はこんなところで死ぬの?
いやだ、死にたくない。
そんな気持ちがグルグル渦巻いて、助けを呼ぶとか応戦するとか、なんの行動にも写せなかった。
狼が僕にギッと狙いを定めて襲いかかってくる。
「がうぅううう!」
「ダメっ!」
もうダメだ、と思った時に誰かが僕に覆い被さった。僕はそれが誰なのか声だけで理解した。
「……レア。」
「もう大丈夫です、ジゼル様。レアが守ってあげます。」
その、ふわりと微笑んだ表情に、僕は安心感と共に心を1発で撃ち抜かれたのだ。
もしかしたら、この時は吊り橋効果だったのではないかとのちに思ったけれど、今となってはそんなことどうだって良い。
『知らぬ間に結界を抜けて、勝手にもあなたたちの縄張りに入ったことは謝罪します。どうか私たちを見逃してはくれないでしょうか。』
レアが狼に語りかける。
この時、まだレアはその能力を仕事にしてはいなかったけれど、この時から対話は完璧だった。
「がうっ、がうぅ。」
『はい、この者も私もあなたたちに危害を加える気はありません。あなたのお連れになっている子狼にも一切興味が御座いません。』
レアの言葉に狼は納得したようで、小さく1つ鳴いた後に僕に対して頭を下げて去って行った。
「ジゼル様、ご無事で良かった。だいぶ興奮していたみたいなので、気づかず結界を抜けてしまいそうだと思っていました。」
レアが、僕の頬に付いた泥を拭いながら心配そうな表情をして言う。
そういうレアも、探し回ったからか泥だらけだし、切り傷もたくさん出来ている。
僕は反射的に彼女を抱きしめていた。
「すまない、レア。たくさん酷いことをしたというのに、君はこんなにも僕に必死になってくれて。可愛い顔に傷でもついたら僕は死んでも悔やみきれないよ。」
きっと、レアへの軽口が始まったのはこの頃だ。
ただ、彼女を目の前にすると自然と思っていることが口から溢れてしまう。それだけのことだ。
僕がレアから離れると、彼女は耳まで顔を真っ赤にしていた。それがまた僕には可愛らしく見えて仕方がなかった。
「レアは、当然のことをしたまでです。」
そう口にするが、その声は小さい。
「ねぇ、さっき君が僕を守ると言ったけれど、それは今日で最後だ。これからは僕が必ず君を守る。約束する。」
僕が小指をスッと出すと、レアは戸惑いながらも小指を出して僕の小指に重ねた。
実際、これがキッカケであまり一生懸命ではなかった剣の練習にも精を出すようになった。
王を支えるならば知力だけで十分だろうと思っていた昔の僕を殴りたい、とこの頃の僕は思っていた。
今の僕としては、レアに冷たい態度を取っていたこの時の僕をタコ殴りにしたい。
まあ、つまり僕が彼女を好きになったキッカケは一目惚れに近くて、それを機にどんどん好きになっていったのだ。
あまりにも僕の態度が急変したので、周りからは速攻でレアへの気持ちがバレたわけだが、相変わらず当の本人は何も気がつかない。
そして、この時からレアの一直線な猪突猛進は変わらない。それと決めたら、怪我をしようが何だろうが止まらない。
『あぁ、めんどくさそうだなぁ』
そう思いながらも、ジゼルは彼女の必死さを嬉しく感じて、次は何をしてくれるのだろうかと期待さえしていたのだった。
「え、ええ、存じております。」
「レア、急にどうしたんだい?」
レアの突然の発言に、僕とロアネ嬢は困惑する他なかった。
初めまして、僕はジゼル・ヴァレンティア。
ヴァレンティア家の長男で、ログレス王太子の側近のような立場にいる。
そして、この唐突に僕のアピールを始めた変わり者に散々愛を囁くも冗談にしか取られない不甲斐ない男だ。
きっと彼女は、僕が誰にでも軽口を叩いているように思っているのだろうけれど、それは彼女の前だけの話で、僕の精一杯のアピールを軽口だと捉えられていることをぜひみんな笑ってくれ。
そうして、神妙な顔をする僕を見て、レアはより一層顔を引き締めていた。まるで「任せろ」とでも言っているように。
一体何を任せれば良いというのだ。完全に僕のやめて欲しいという思いは届いていないわけで、何か大きく僕とレアの中で見解がずれているような気がしてならない。
「ジゼル様ってとてもカッコいいでしょう!?」
「はい、とても整ったお顔立ちをされていると思います。」
急激な褒め言葉に僕は驚き、そして嬉しくてたまらなくなった。
あぁ、どうしよう、顔がにやけてしまいそうだ。
ロアネ嬢は僕のにやけそうな顔を見て、その一瞬で何かを悟ったように笑った。
今のこの状況を僕は止めなければならない。だけれど、それ以上にレアの言葉や必死さが嬉しくて仕方なくて、止めることも惜しいと感じてしまう。
「それに加えて、とても紳士で優しいのよ。どんな時でも些細なことにも気を配れるし、私はいっつも彼に助けられてるわ。それに、凄く頭が良くて剣の才能もあるの! 学園時代は常に上位の成績だったわ。」
「レア、それくらいでやめてくれ。」
これ以上は僕が耐えられない。
レアへの求婚の言葉を今すぐ口に出してしまいそうだ。
レアは僕を軽くあしらいながらも、僕のことを少なくとも多少は尊敬はしていると自負している。
彼女は小さい頃から僕の努力も僕の葛藤も全て見てきたのだから。
だから、僕が止めなければいくらでも僕のことを褒め称えてくれるだろう。
自惚れだと思われそうだが、恋愛感情ではなくともレアは僕のことが大好きなのだから、それくらい当然だ。
現に、まだたくさん言えることがあるのになぜ止めるのだ、という顔を向けられる。
どうして、それだけ僕を思ってくれているというのに僕の想いには気づいてくれないのだろうか。
「ふふっ、おふたりはとても仲がよろしいのですね。」
ロアネ嬢が僕たち2人を見る。
あぁ、これは完全に僕がレアをどう思っているか気づいているのだろうな。初対面の彼女ですら見抜くというのに。
レアの方を見ると、口を小さく開けながらフリーズしていた。
何かを頭の中で考えている時、決まってレアはこの顔をしてフリーズする。今のロアネ嬢の言葉のどこにフリーズする要素があったのだろう。
「レア、そろそろロアネ嬢は帰らなければならない時間だよ。」
僕の声かけにレアはハッとして、意識を戻した。
いつも意識をどこか遠くにやってしまったように固まってしまうから、たまに声をかけても戻ってこないのではないかと心配になる。
「そうよね、お屋敷が遠いんだものね。」
「えぇ、もっと長くお話ししたかったのだけれど、また夜会の時にでもぜひお話しさせて下さいね。」
ロアネ嬢はとても名残惜しそうにその場を立ち去った。それを見送ってから僕たちも帰路を辿り始める。
「レア、相変わらず君は猪突猛進だね。」
「それが私の良いところだと自負しているもの。」
レアは基本的に何かに熱中したりすると、その1つのことにとことん向かっていく。
今回のお茶会は何故かその時のレアを彷彿させた。
そういうことじゃないんだけどなぁ。
僕は心の中でそう思い、はぁと一つため息をついた。
そんな僕も当初はエライザに群がる敵だと思っていたためレアのことを好きではなく、むしろ嫌いであった。
僕がレアのことを意識したのはいつだっただろう。
そうだ、あれは出会ってからちょうど1年と少し経った頃だ。
「ジゼル様、おひとついかがですか?」
「僕はいらないっ! お前が作ったお菓子など食べれるものか!!」
僕は完全に反抗していた。
彼女の好意の言葉に、感謝の言葉を述べたり何か行動に移したりなどということは一度たりともなかった。
「どうしてよ、ジゼルさま! こんなにもレアの作ったお菓子はおいしいというのに。」
「そうだ、レアがわざわざ作ったというのにお前はどうしてそう酷いことしか言えぬのだ。」
エライザとログレスが立て続けにレアを擁護するので、僕はイライラがピークに達していた。
なぜ2人はあの女を庇うんだ!
2人ともあの女に洗脳されているんだ、そうに違いない!!
どうしてもレアを悪者にしたかった当時の僕は、完全にそう思い込んでいた。
こうした応酬がほとんど毎日学園の中庭で繰り広げられていたので、僕たち4人は学校中からセットで考えられていた。
4人のうちの誰かを探していたら、他の3人に聞けばわかると思われていた。生憎、この時の僕はレアに関して苛立ちしか感じていなかったというのに何度もレアの場所を聞かれてイライラしていた記憶がある。
僕があの女の場所を分かるわけないだろ! と叫び散らかしていた。
ちなみにレアは毎度僕の場所を聞かれて予想しては当たっていた。怖い。
「もういい!」
僕はそういって中庭から続く、学園の所有する森へ入っていった。1人になりたくて、そのためにはうるさい学内よりも森の方が随分と都合が良かった。
「行っちゃったけれど大丈夫かしら……。」
「だいじょーぶ、どうせすぐ戻ってくるよ。」
「ふん、あいつのつまらん意地もそろそろ限界だと思うのだがな。」
嫌っていたレアが心配し、友人である2人は適当な扱いという、当時のジゼルにとっては屈辱的な状況が出来ていたことを、彼は大人になった今も知らない。
「ログレスは人を信じ易すぎる、だから僕がしっかりしなくちゃいけないんだ。」
僕は王太子であるログレスと最も近い距離にいる。
ログレスは真面目で、そして優しすぎる。王になった時、きっとすぐに信じて騙されてしまう。
だから、僕がその時にフォローしなければならないんだ。いつか僕がログレスを支える立場になる時に、僕はログレスより厳しい目線を持っていなければ。
大丈夫、僕はできる。
そう自己暗示をかけないと頑張れない程、僕は自分で自分を追い詰めていた気がする。
「あの女は、絶対に何かを企んでるんだ。引きこもっていて友達がいなくて、あのタイミングでエライザと仲良くなるなんて都合が良すぎる。絶対おかしい。」
今となっては、素でしか行動をしていないことはわかっているが、この時は何もかもが計算尽くのものだという印象しか受けなかった。
そう言いながら歩いていると、何だか音が聞こえて僕は立ち止まった。
音の方を見ると、そこには狼がいて「ぐるるるる」と声を鳴らしていた。目つきは凶暴で、今にも僕を食べようというところだった。
「は、あ……え?」
声が上手く出ない。
そのまま、ボスンと尻もちをついた。
僕はこんなところで死ぬの?
いやだ、死にたくない。
そんな気持ちがグルグル渦巻いて、助けを呼ぶとか応戦するとか、なんの行動にも写せなかった。
狼が僕にギッと狙いを定めて襲いかかってくる。
「がうぅううう!」
「ダメっ!」
もうダメだ、と思った時に誰かが僕に覆い被さった。僕はそれが誰なのか声だけで理解した。
「……レア。」
「もう大丈夫です、ジゼル様。レアが守ってあげます。」
その、ふわりと微笑んだ表情に、僕は安心感と共に心を1発で撃ち抜かれたのだ。
もしかしたら、この時は吊り橋効果だったのではないかとのちに思ったけれど、今となってはそんなことどうだって良い。
『知らぬ間に結界を抜けて、勝手にもあなたたちの縄張りに入ったことは謝罪します。どうか私たちを見逃してはくれないでしょうか。』
レアが狼に語りかける。
この時、まだレアはその能力を仕事にしてはいなかったけれど、この時から対話は完璧だった。
「がうっ、がうぅ。」
『はい、この者も私もあなたたちに危害を加える気はありません。あなたのお連れになっている子狼にも一切興味が御座いません。』
レアの言葉に狼は納得したようで、小さく1つ鳴いた後に僕に対して頭を下げて去って行った。
「ジゼル様、ご無事で良かった。だいぶ興奮していたみたいなので、気づかず結界を抜けてしまいそうだと思っていました。」
レアが、僕の頬に付いた泥を拭いながら心配そうな表情をして言う。
そういうレアも、探し回ったからか泥だらけだし、切り傷もたくさん出来ている。
僕は反射的に彼女を抱きしめていた。
「すまない、レア。たくさん酷いことをしたというのに、君はこんなにも僕に必死になってくれて。可愛い顔に傷でもついたら僕は死んでも悔やみきれないよ。」
きっと、レアへの軽口が始まったのはこの頃だ。
ただ、彼女を目の前にすると自然と思っていることが口から溢れてしまう。それだけのことだ。
僕がレアから離れると、彼女は耳まで顔を真っ赤にしていた。それがまた僕には可愛らしく見えて仕方がなかった。
「レアは、当然のことをしたまでです。」
そう口にするが、その声は小さい。
「ねぇ、さっき君が僕を守ると言ったけれど、それは今日で最後だ。これからは僕が必ず君を守る。約束する。」
僕が小指をスッと出すと、レアは戸惑いながらも小指を出して僕の小指に重ねた。
実際、これがキッカケであまり一生懸命ではなかった剣の練習にも精を出すようになった。
王を支えるならば知力だけで十分だろうと思っていた昔の僕を殴りたい、とこの頃の僕は思っていた。
今の僕としては、レアに冷たい態度を取っていたこの時の僕をタコ殴りにしたい。
まあ、つまり僕が彼女を好きになったキッカケは一目惚れに近くて、それを機にどんどん好きになっていったのだ。
あまりにも僕の態度が急変したので、周りからは速攻でレアへの気持ちがバレたわけだが、相変わらず当の本人は何も気がつかない。
そして、この時からレアの一直線な猪突猛進は変わらない。それと決めたら、怪我をしようが何だろうが止まらない。
『あぁ、めんどくさそうだなぁ』
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