モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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当て馬、決意を新たにする

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「レアが縁談を受けようとしてる。」
「……は?」

 それは唐突なことだった。
 僕の仕事場にアニーさんとサムさんがやってきて第一声がそれだった。

 僕は衝撃のあまり口をぱっくりと開けて放心するほかなかった。

「ジゼル、前にも言ったが君になら妹を任せて良いと思っていたんだ。だけど、結果としてそれは随分と過大評価だったらしい。」

 アニーさんの声色は普段の陽気なものとはかなり異なっていた。怒っている、というよりは失望しているのだと感じられた。

 ずるずると、勇気を出さずここまで来てしまった。
 レアが意識を失ったあのとき、彼女に早く気持ちを伝えるべきだと思ったのに、結局タイミングが見つからず、お互い避け合うようになった。

 そうして結局、最悪な展開を迎えてしまったのだ。

「縁談の、相手とは?」
「それを聞いてどうするの? 縁談の話を白紙に戻すように圧力でもかける?」
「そ、そんなことは……!」

 しない、とはハッキリと言えず静かに口を閉じた。
 サムさんの指摘通り、もしかしたら感情に任せてそんな愚行をしてしまうかもしれない。

「愚かな男だ。そんなにもレアのことを想っているのならば、もっと早くに決定的な言葉をかけてやれば良かったのに。」

 そんなことはわかっている。
 ずっと、ずっとわかっていたことだ。

 だけど僕は臆病で、彼女との関係が壊れるのならばこのままで良いなんて、都合のいいことを考えていた。
 結局のところ、彼女が他人のものになるなんて許せるはずがないのに。

「ジゼル、君はヴァレンティア公爵家の長男で僕たちの家よりも爵位が高い。強制的にレアを婚約者にしてしまう道だってあったはずだよ。」
「それは……1番やりたくない方法でした。」

 レアの気持ちを最も尊重したかった。
 強制的に彼女を手に入れたとして、そのせいで悲しませるのならば本末転倒だ。

 でも、僕には最終的にその手段が残っているのだというズルい考えが心の何処かにあったのかもしれない。
 だから、今は心地良い関係を続けていようと現実逃避していたように思える。

「ともかく、レアは何かを思い詰めてるような気がするけど、あの子はそれを口にはしない。レアの性格については君も良く知ってることだろう?」

 アニーさんの問いかけに僕はコクリと小さく頷いて、それから視線を上げることが出来なかった。
 2人の顔をまともに見れない。いつも陽気なアニーさんでさえ、今はその顔を歪ませているであろうことは容易に想像が出来たから。

「話は以上だ。仕事の邪魔をしてすまなかったね。」

 アニーさんはそう言い放つと速やかに部屋を出て行ったが、サムさんは残って眉根を下げて立っていた。
 サムさんが無表情を崩す様子を見るのはかなり珍しい。

「アニーは本当にレアのことを心配しているんだ。結果的に君を責めるような口ぶりになってしまったけど……僕以上に何かを思っているんだろうね。」
「……よく分かっています。」

 サムさんはそれ以上何も言わず「じゃあ。」と一言だけ残して部屋を出た。

 1人になって再び仕事に集中しようと視線を落としたところで頭の中には何も入ってこない。

 レアが結婚するのか? 僕以外のやつと?

 嫉妬心がメラメラと燃え上がる。
 だけど僕にその感情を抱く権利があるのか。

 モヤモヤとした心情の中、ロボットのように手だけを動かす時間が過ぎていく。
 すぐさま部屋を飛び出してレアの元に行くようなこともせず、小心者の僕はウジウジとここにいるしかなかった。

 そんな時、バタン!と急に扉が開いた。
 目を向けると憤怒の表情を帯びたエライザがズンズンと僕の目の前に歩いてくる。

 バチン!!!

 気がついた時には頰を打たれていた。

「ふざけないでよ……! 私はあんただからレアのことを任せられるって、そう信じてたのに……!」

 エライザは怒鳴りつけるでもなく静かに、だが怒りの感情は強く僕に言い放つ。
 ボロボロと涙が溢れていて、それが怒りなのか悲しみなのか、悔しさか……はたまたその全てなのか、まだ僕にはよくわからなかった。

「あんたがモタモタしてるから、何処の馬の骨ともわからない男のところにレアが……レアが行っちゃうかもしれないのよ。わ、わ、私が、男だったら良かったって、な、何度思ったか。」

 後半にかけては感情が溢れて上手く言葉に出来ずにいる。

「ごめん、ただ僕は、勇気が出なくて……。」
「この状況で、勇気ですって??」

 エライザは信じられないという顔をした。
 いいや、よく分かっている。僕にとって、今はもう一つしか道がないんだってこと。

 だけど、ズルい僕は何も言わずに友人としてこれからも穏便に彼女の隣で見守り続ける選択肢を考えてしまう。

「レアに拒絶されたら、僕は彼女の前に姿を現すことなんて2度と出来ない。このままだったら生涯彼女の友人でいられるって、考えてしまうんだ。」

 僕の言葉を聞いてエライザはバン!と机を叩き、態度で否定の意を示した。

「レアが周りの幸せのために縁談を受けようとしているとは思わないの?」

 僕は、ハッとした。
 レアは自分の幸せを投げ捨てても他人の幸せを願うような人間だ。
 彼女が自身の幸せを放棄しようとしているのならば、僕が彼女を幸せにしたい。

 僕は、僕の保身ばかりを気にしていた。
 小さな人間だ、心底そう思う。

 でも、彼女が僕の幸せを考えてくれたように彼女の幸せを僕が考えても良いはずだ。
 そしてその結果、彼女のように少し暴走したって構わないだろう。

「ありがとう、エライザ。僕はどうかしてたみたいだ。」
「……レアのこと、幸せにしなかったら許さない。」

 エライザは呪いをかけるように恐ろしく低い声音で告げると、くるりと背を向けて部屋を出て行った。

 ふぅ、と息をついて心が落ち着いた頃、打たれた頬がじんじんと痛み出した。
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