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③ R18
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そしてその夜も、僕たちは一緒にお風呂に入った。
寮の部屋のお風呂は明らかに一人で入る大きさだ。
そんなのもあって、そろそろふたりで入るのはやめた方がいいと思ったのだけれど、慶ちゃんはそれも嬉しかったそうだ。
「肌がくっついていると、ぬくもりをすぐ近くで感じられて怖くないんだよね」
「そっか、それはそうかもしれないね」
頷くと、慶ちゃんは僕の体に手を伸ばしてきた。
「ねぇ真白。甘えてもいいって言ったでしょ」
「うん」
「洗いっこしたいな」
洗いっこ!?
さすがにそこまではしたことがなかったので戸惑った。
慶ちゃんはそんな僕を見て、ニコッと微笑む。
「ほら、家でお父さんの背中を流したりしなかった?」
「……ああ、そういえば」
思い出した。低学年の頃にお父さんの背中をゴシゴシ洗ってお湯をかけてあげたことが何度かある。
あの時お父さんは、「頼もしいな」なんて喜んでいたっけ。
なるほど。頼もしいというのは大人っぽいということかも。まさに僕の目指すところだ。
「いいよ」
それで僕から、慶ちゃんの背中を洗ってあげた。だけど慶ちゃんは全身を洗ってほしいなんて甘えてくる。
「えー。それは、恥ずかしくない?」
中一からずっと一緒にお風呂に入っていても、だんだんと見せない場所もできていた。そこも洗いっこってこと?
「男同士だし、大丈夫でしょ」
「うーん、だけど……」
渋っていると、慶ちゃんが手にソープを取って泡立てた。
「じゃあさ、俺が先に洗ってあげるね」
「えっ、僕はいいよ。あっ」
慶ちゃんの大きな手が、あっという間に僕の体に触れた。僕の肌は弱いからと、タオルを使わずに手で洗ってくれるものだから、とても恥ずかしい。
「ちょ、ちょっとそこは」
慶ちゃんの手が股間に伸びて、僕は慌てて手で隠した。
それなのに慶ちゃんは「大丈夫大丈夫」なんて言って、ソープで滑りやすくなった僕の手を退けて、ヌルヌルした手で包んでくる。
恥ずかしいかな、洗ってもらっているだけなのに、僕のアソコはムクッと大きくなって……。
「真白の、可愛い」
なんて、背中にピッタリと胸をつけられて、頬がこすれるくらい近くでアソコを覗かれて、そして丁寧に洗われてしまったのだった。
「真白、どうしたの?」
お風呂のあと、慶ちゃんが髪を乾かしてくれながら顔を覗いてきた。
恥ずかしさとちょっぴりの悔しさで、僕がだんまりになっていたからだ。
だってお風呂での洗いっこの時、僕は軽く昇り詰めそうになったのだ。
僕はほとんどしたことがないけれど、同じ年頃の男子ならやっている「自分でするアレ」をしたときのように。
僕は子犬が泣くみたいな変な声も出してしまったしで、どうしょうもなく恥ずかしくて泣きかけた。
すると慶ちゃんは「自然現象だよ、ほら俺も」となんでもないように言って僕の目の前で立ってみせた。
なんだ、慶ちゃんも同じか。まだ僕が洗ってあげてないのに大きくなってるのかな……と安心したのも束の間、膨らんだ慶ちゃんのアソコは僕の倍以上あって、それはまさに大人の男のもの。
僕は勝手に劣等感を感じて、拗ねながらパパッと洗うことにした。
それなのに慶ちゃんたら、「ありがとう。上手だね」なんてため息を漏らしながら僕の頭を撫でたのだ。髪もくしゃっとされたなぁ。
それはまるで幼い子を褒めるみたいな言い方で、まるで幼い子を愛でるみたいな眼差しで、やっぱり僕は子どもっぽいのだと、勝手に劣等感を重ねてしまった。
僕もかっこいい体になりたい。慶ちゃんのようにしっかりと亀頭が出る、赤黒くて質量のあるアソコみたいに……は別として、外見も、そう、内面だって大人っぽくなりたい。
もし彼女が出来ることがあれば、慶ちゃんみたいな大人っぽい完璧な人の方がずっと好きでいてもらえるだろう……なんて、僕みたいなひ弱に彼女ができる日は本当にくるのだろうか。
「なーんでもなーい。ねぇ、寝るのは今日も慶ちゃんのベットでいい?」
やっぱり明日から洗いっこはナシ、と言おうと思いながら、慶ちゃんのベットを見る。
寮に入ってからずっとそうだから確認なんて必要ないのかもしれないけれど、今日からまた新たな気持ちで一緒に眠るのだから一応は。
……今日から僕が怖がりの慶ちゃんを守るんだ。
「んー。じゃあ、今日から真白兄さんのベッドで眠らせてもらおうか」
わぁ。やっぱり慶ちゃんも、同じく新たな気持ちなんだね。
それにしても「兄さん」だなんて。
僕のほうが慶ちゃんよりも誕生日が二ヶ月早いけれど、慶ちゃんの方がお兄さんの役割をしてきてくれたから新鮮だ。そして、嬉しい。
「いいよ、待ってて。綺麗にするから」
僕はいそいそとベッドに行って、シーツの皺を伸ばし、足元に畳んでいる掛け布団を整えた。
いままで僕のベッドは眠るためではなく、ソファ代わりだったから。
「よし。じゃあ、慶ちゃん、おいで」
僕はベッドに座ると、腕を広げた。
いつも慶ちゃんがしてくれていたことを、今夜から僕がする。
慶ちゃんはフフ、と美麗に微笑むと、僕に抱きついてベッドに倒れ込んだ。
「わっ、重いよ慶ちゃん」
「我慢してよ、兄さん。甘えさせてくれるんでしょ」
「もう、慶ちゃんたら、急に赤ちゃんみたいだね」
「そ。優しくしてね」
慶ちゃんがクスクス笑って僕にしがみつく。
これまでは慶ちゃんに背を向けた姿勢で抱きしめられて眠っていたけれど、今夜から対面で僕が慶ちゃんを抱きしめる。
慶ちゃんは満足げな顔で僕の胸に顔を埋めて、長い足を僕の足と腰下に絡ませた。
なんだか本当に赤ちゃんみたいだ。
こんな慶ちゃんを見ることができるなんて、想像してなかったな。
「でも慶ちゃん」
「なぁに、真白」
「ちょっとずつ怖がりを直さないとね」
「……どうして?」
慶ちゃんが顎を上げ、僕と視線を重ねて問う。
「だって、どうしたって三年後には卒業して寮を出るでしょう。僕と慶ちゃんは違う道に進むだろうし」
そこまで言った時だった。
慶ちゃんがムクリと起き上がり、四つん這いで僕の上になった。
見下ろされているからか、表情が鋭く見える。
「真白、俺たちは別の道には行かないよ」
「……え」
慶ちゃんの声がいつもより低い。
そんなわけないのに、姿勢と表情と声に、威圧されている気持ちになる。
「真白は危なっかしいからね。やっぱり俺がずっと見ていてあげないと。大学も同じところに行くよ?」
「でも、でも僕は高校を出たらトリマーになろうと」
思っているんだ、と最後まで言い切る前に慶ちゃんが声をかぶせた。
「トリマー? まだそんなこと考えてたの? 真白はアレルギーがあるからやめときなって教えたでしょ。動物の毛なんかでひどくなったら大変だよ」
「でも、でも、最近はあまりアレルギー症状は出てないから」
慶ちゃんに夢を否定されて悲しくなる。
小学生の頃からなりたかったトリマー。慶ちゃんはずっと反対していたから、中学生になってからは黙っていたのだ。
まだ反対なんだね。僕の体を気遣ってくれるのはありがたいけど、僕は夢を捨てたくない。
僕は見下ろしてくる慶ちゃんに続けて言った。
「それにアレルギー薬もいいのが出てるから、大丈夫だよ」
「駄目。薬には副作用がある。蓄積されて真白の体に不調が出たら俺は悲しいよ?」
慶ちゃんはなおも反対を唱え、頬をそっと撫でてくる。大事なものを触るように、優しく。
「そう、なのかな……」
「そうだよ。真白、自分の体を傷つけるような道を選ばないで。俺と同じ学部に入って経済を学んで、卒業したら父さんの会社で一緒に働こう。そうしたら何の心配もない」
「おじさんの、会社……」
「うん。俺が継ぐことになってるの、知ってるでしょう? ねえ、だから助けてよ。俺のことを誰よりも知ってる真白じゃないと、秘書は務まらないよ。そう思わない?」
そんなことない。僕はひ弱だし危なかっしいし、慶ちゃんが本当は怖がりだって、幼馴染歴十六年で、初めて知ったのに……。
「え、と……あの、慶ちゃん」
「もう何も言わないで。お願いだよ、真白。秘書になってほしい。真白は努力家だから、きっと素敵な秘書になるって信じてる。俺を助けてよ」
──僕を信じてる。
──慶ちゃんを助ける。
こんなふうに言われたら、弱ってしまう。
ずっと助けてくれた人が必死にお願いしてくれる。
僕、これを断ったら非情な人間になってしまうんじゃないのかな。
「うん……」
本当はまだトリマーを諦められない。だけど慶ちゃんの願いを断るより僕の夢を断つ方が、喜んでくれる人が多い気がする。
この学校に入るのに援助してくれた慶ちゃんのお父さん。僕がここに通うためにお金を払ってくれている両親。そして、いつも僕のそばにいてくれる慶ちゃん……。
「わかったよ。頑張ってみる。また勉強教えてくれる?」
「……真白! 嬉しいよ」
慶ちゃんが破顔した。
さつきまでの暗い影が消え、光が差したような笑顔だ。
よかった。喜んでくれる。
慶ちゃんが嬉しいと僕も嬉しいもの。
きっとこれでいいんだ。
「真白」
「ん?」
慶ちゃんが四つん這いをやめ、僕の隣に横になった。
髪に指を通され、頭を優しく撫でられる。
「真白、大好きだよ。一生一緒にいようね」
「うん。僕も慶ちゃんが大好きだよ」
一生一緒、とは返さなかった。
今だけの言葉として答えればいいのかもしれないけど、この先同じ会社に入っても、慶ちゃんも僕もいつかは好きになった人と結婚をするのだ。
「ずっと一緒」は友達でも言うけど、「一生一緒」はそういう相手に言うものだと思うから。
「とりあえず今日は寝ようか」
慶ちゃんが電気を消す。
とりあえずって、どういうことだろうと思ったけど、暗くなった部屋で慶ちゃんに抱きつかれたら、温かさで眠気が襲ってきた。
僕は静かな静かな眠りの中に引き込まれていく。
***
────お腹に虫が這っている。ちゅうっと肌を強く吸う虫。いつも僕の肌に赤い痕をつける虫だ……。
それでもいつもは目が覚めないのに、今夜は虫の吸い付きが強いのか、僕はぼんやりと瞼を開けた。
すると、どうしてだろう。慶ちゃんの顔がお腹のところにある。
……ああ、「おまじない」か。湿疹を直すために唇をつけてくれてるんだ。
寝ないでしてくれるなんて、本当にいい友達を持って僕は幸せなんだな……。
「けーちゃ、ありぁと……」
安心した僕は、しだいに薄目になりながらそう言った。
薄れいく視界の先、慶ちゃんが愉しそうに笑ったように見えた。
「簡単だな。そうなるようにずっと仕向けてきたから、当然だけど」なんて言いながら。
勉強のことかな。生徒会の議案のことかな。
夢の中だから、全然違うことかもしれない。
わからないから、僕は夢の中でも慶ちゃんに頷いていた。
「そうだね、慶ちゃんの言うとおりだよ」
おわり
寮の部屋のお風呂は明らかに一人で入る大きさだ。
そんなのもあって、そろそろふたりで入るのはやめた方がいいと思ったのだけれど、慶ちゃんはそれも嬉しかったそうだ。
「肌がくっついていると、ぬくもりをすぐ近くで感じられて怖くないんだよね」
「そっか、それはそうかもしれないね」
頷くと、慶ちゃんは僕の体に手を伸ばしてきた。
「ねぇ真白。甘えてもいいって言ったでしょ」
「うん」
「洗いっこしたいな」
洗いっこ!?
さすがにそこまではしたことがなかったので戸惑った。
慶ちゃんはそんな僕を見て、ニコッと微笑む。
「ほら、家でお父さんの背中を流したりしなかった?」
「……ああ、そういえば」
思い出した。低学年の頃にお父さんの背中をゴシゴシ洗ってお湯をかけてあげたことが何度かある。
あの時お父さんは、「頼もしいな」なんて喜んでいたっけ。
なるほど。頼もしいというのは大人っぽいということかも。まさに僕の目指すところだ。
「いいよ」
それで僕から、慶ちゃんの背中を洗ってあげた。だけど慶ちゃんは全身を洗ってほしいなんて甘えてくる。
「えー。それは、恥ずかしくない?」
中一からずっと一緒にお風呂に入っていても、だんだんと見せない場所もできていた。そこも洗いっこってこと?
「男同士だし、大丈夫でしょ」
「うーん、だけど……」
渋っていると、慶ちゃんが手にソープを取って泡立てた。
「じゃあさ、俺が先に洗ってあげるね」
「えっ、僕はいいよ。あっ」
慶ちゃんの大きな手が、あっという間に僕の体に触れた。僕の肌は弱いからと、タオルを使わずに手で洗ってくれるものだから、とても恥ずかしい。
「ちょ、ちょっとそこは」
慶ちゃんの手が股間に伸びて、僕は慌てて手で隠した。
それなのに慶ちゃんは「大丈夫大丈夫」なんて言って、ソープで滑りやすくなった僕の手を退けて、ヌルヌルした手で包んでくる。
恥ずかしいかな、洗ってもらっているだけなのに、僕のアソコはムクッと大きくなって……。
「真白の、可愛い」
なんて、背中にピッタリと胸をつけられて、頬がこすれるくらい近くでアソコを覗かれて、そして丁寧に洗われてしまったのだった。
「真白、どうしたの?」
お風呂のあと、慶ちゃんが髪を乾かしてくれながら顔を覗いてきた。
恥ずかしさとちょっぴりの悔しさで、僕がだんまりになっていたからだ。
だってお風呂での洗いっこの時、僕は軽く昇り詰めそうになったのだ。
僕はほとんどしたことがないけれど、同じ年頃の男子ならやっている「自分でするアレ」をしたときのように。
僕は子犬が泣くみたいな変な声も出してしまったしで、どうしょうもなく恥ずかしくて泣きかけた。
すると慶ちゃんは「自然現象だよ、ほら俺も」となんでもないように言って僕の目の前で立ってみせた。
なんだ、慶ちゃんも同じか。まだ僕が洗ってあげてないのに大きくなってるのかな……と安心したのも束の間、膨らんだ慶ちゃんのアソコは僕の倍以上あって、それはまさに大人の男のもの。
僕は勝手に劣等感を感じて、拗ねながらパパッと洗うことにした。
それなのに慶ちゃんたら、「ありがとう。上手だね」なんてため息を漏らしながら僕の頭を撫でたのだ。髪もくしゃっとされたなぁ。
それはまるで幼い子を褒めるみたいな言い方で、まるで幼い子を愛でるみたいな眼差しで、やっぱり僕は子どもっぽいのだと、勝手に劣等感を重ねてしまった。
僕もかっこいい体になりたい。慶ちゃんのようにしっかりと亀頭が出る、赤黒くて質量のあるアソコみたいに……は別として、外見も、そう、内面だって大人っぽくなりたい。
もし彼女が出来ることがあれば、慶ちゃんみたいな大人っぽい完璧な人の方がずっと好きでいてもらえるだろう……なんて、僕みたいなひ弱に彼女ができる日は本当にくるのだろうか。
「なーんでもなーい。ねぇ、寝るのは今日も慶ちゃんのベットでいい?」
やっぱり明日から洗いっこはナシ、と言おうと思いながら、慶ちゃんのベットを見る。
寮に入ってからずっとそうだから確認なんて必要ないのかもしれないけれど、今日からまた新たな気持ちで一緒に眠るのだから一応は。
……今日から僕が怖がりの慶ちゃんを守るんだ。
「んー。じゃあ、今日から真白兄さんのベッドで眠らせてもらおうか」
わぁ。やっぱり慶ちゃんも、同じく新たな気持ちなんだね。
それにしても「兄さん」だなんて。
僕のほうが慶ちゃんよりも誕生日が二ヶ月早いけれど、慶ちゃんの方がお兄さんの役割をしてきてくれたから新鮮だ。そして、嬉しい。
「いいよ、待ってて。綺麗にするから」
僕はいそいそとベッドに行って、シーツの皺を伸ばし、足元に畳んでいる掛け布団を整えた。
いままで僕のベッドは眠るためではなく、ソファ代わりだったから。
「よし。じゃあ、慶ちゃん、おいで」
僕はベッドに座ると、腕を広げた。
いつも慶ちゃんがしてくれていたことを、今夜から僕がする。
慶ちゃんはフフ、と美麗に微笑むと、僕に抱きついてベッドに倒れ込んだ。
「わっ、重いよ慶ちゃん」
「我慢してよ、兄さん。甘えさせてくれるんでしょ」
「もう、慶ちゃんたら、急に赤ちゃんみたいだね」
「そ。優しくしてね」
慶ちゃんがクスクス笑って僕にしがみつく。
これまでは慶ちゃんに背を向けた姿勢で抱きしめられて眠っていたけれど、今夜から対面で僕が慶ちゃんを抱きしめる。
慶ちゃんは満足げな顔で僕の胸に顔を埋めて、長い足を僕の足と腰下に絡ませた。
なんだか本当に赤ちゃんみたいだ。
こんな慶ちゃんを見ることができるなんて、想像してなかったな。
「でも慶ちゃん」
「なぁに、真白」
「ちょっとずつ怖がりを直さないとね」
「……どうして?」
慶ちゃんが顎を上げ、僕と視線を重ねて問う。
「だって、どうしたって三年後には卒業して寮を出るでしょう。僕と慶ちゃんは違う道に進むだろうし」
そこまで言った時だった。
慶ちゃんがムクリと起き上がり、四つん這いで僕の上になった。
見下ろされているからか、表情が鋭く見える。
「真白、俺たちは別の道には行かないよ」
「……え」
慶ちゃんの声がいつもより低い。
そんなわけないのに、姿勢と表情と声に、威圧されている気持ちになる。
「真白は危なっかしいからね。やっぱり俺がずっと見ていてあげないと。大学も同じところに行くよ?」
「でも、でも僕は高校を出たらトリマーになろうと」
思っているんだ、と最後まで言い切る前に慶ちゃんが声をかぶせた。
「トリマー? まだそんなこと考えてたの? 真白はアレルギーがあるからやめときなって教えたでしょ。動物の毛なんかでひどくなったら大変だよ」
「でも、でも、最近はあまりアレルギー症状は出てないから」
慶ちゃんに夢を否定されて悲しくなる。
小学生の頃からなりたかったトリマー。慶ちゃんはずっと反対していたから、中学生になってからは黙っていたのだ。
まだ反対なんだね。僕の体を気遣ってくれるのはありがたいけど、僕は夢を捨てたくない。
僕は見下ろしてくる慶ちゃんに続けて言った。
「それにアレルギー薬もいいのが出てるから、大丈夫だよ」
「駄目。薬には副作用がある。蓄積されて真白の体に不調が出たら俺は悲しいよ?」
慶ちゃんはなおも反対を唱え、頬をそっと撫でてくる。大事なものを触るように、優しく。
「そう、なのかな……」
「そうだよ。真白、自分の体を傷つけるような道を選ばないで。俺と同じ学部に入って経済を学んで、卒業したら父さんの会社で一緒に働こう。そうしたら何の心配もない」
「おじさんの、会社……」
「うん。俺が継ぐことになってるの、知ってるでしょう? ねえ、だから助けてよ。俺のことを誰よりも知ってる真白じゃないと、秘書は務まらないよ。そう思わない?」
そんなことない。僕はひ弱だし危なかっしいし、慶ちゃんが本当は怖がりだって、幼馴染歴十六年で、初めて知ったのに……。
「え、と……あの、慶ちゃん」
「もう何も言わないで。お願いだよ、真白。秘書になってほしい。真白は努力家だから、きっと素敵な秘書になるって信じてる。俺を助けてよ」
──僕を信じてる。
──慶ちゃんを助ける。
こんなふうに言われたら、弱ってしまう。
ずっと助けてくれた人が必死にお願いしてくれる。
僕、これを断ったら非情な人間になってしまうんじゃないのかな。
「うん……」
本当はまだトリマーを諦められない。だけど慶ちゃんの願いを断るより僕の夢を断つ方が、喜んでくれる人が多い気がする。
この学校に入るのに援助してくれた慶ちゃんのお父さん。僕がここに通うためにお金を払ってくれている両親。そして、いつも僕のそばにいてくれる慶ちゃん……。
「わかったよ。頑張ってみる。また勉強教えてくれる?」
「……真白! 嬉しいよ」
慶ちゃんが破顔した。
さつきまでの暗い影が消え、光が差したような笑顔だ。
よかった。喜んでくれる。
慶ちゃんが嬉しいと僕も嬉しいもの。
きっとこれでいいんだ。
「真白」
「ん?」
慶ちゃんが四つん這いをやめ、僕の隣に横になった。
髪に指を通され、頭を優しく撫でられる。
「真白、大好きだよ。一生一緒にいようね」
「うん。僕も慶ちゃんが大好きだよ」
一生一緒、とは返さなかった。
今だけの言葉として答えればいいのかもしれないけど、この先同じ会社に入っても、慶ちゃんも僕もいつかは好きになった人と結婚をするのだ。
「ずっと一緒」は友達でも言うけど、「一生一緒」はそういう相手に言うものだと思うから。
「とりあえず今日は寝ようか」
慶ちゃんが電気を消す。
とりあえずって、どういうことだろうと思ったけど、暗くなった部屋で慶ちゃんに抱きつかれたら、温かさで眠気が襲ってきた。
僕は静かな静かな眠りの中に引き込まれていく。
***
────お腹に虫が這っている。ちゅうっと肌を強く吸う虫。いつも僕の肌に赤い痕をつける虫だ……。
それでもいつもは目が覚めないのに、今夜は虫の吸い付きが強いのか、僕はぼんやりと瞼を開けた。
すると、どうしてだろう。慶ちゃんの顔がお腹のところにある。
……ああ、「おまじない」か。湿疹を直すために唇をつけてくれてるんだ。
寝ないでしてくれるなんて、本当にいい友達を持って僕は幸せなんだな……。
「けーちゃ、ありぁと……」
安心した僕は、しだいに薄目になりながらそう言った。
薄れいく視界の先、慶ちゃんが愉しそうに笑ったように見えた。
「簡単だな。そうなるようにずっと仕向けてきたから、当然だけど」なんて言いながら。
勉強のことかな。生徒会の議案のことかな。
夢の中だから、全然違うことかもしれない。
わからないから、僕は夢の中でも慶ちゃんに頷いていた。
「そうだね、慶ちゃんの言うとおりだよ」
おわり
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ツイノベをきっかけにこちらを読ませていただきました!
攻め視点のツイノベも大好きですが、本編もとても楽しませていただきました。
真白君が絆されていく過程にたまらなく惹かれました!真白君の自立心を崩す責任を慶ちゃんには一生背負って背負ってほしいです!!
今後、その後の物語があれば楽しみにしています。ありがとうございました!
加賀様、今日はエックスにも来てくださりありがとうございました✨
書き手さんに同志になっていただけるの、とてもうれしいです。
慶ちゃんのパーフェクトワールドにようこそ、です。
真白は「これでいいのかな」とどこかで思いながらもずっと完璧な世界にいるのでしょうね。
この後は続けると慶ちゃんの日記になってしまいそう😂
そこにはカミヤの性癖が……
大好きすぎます!!!
これからのことも読みたいです!!!!
やったー!同志!ありがとうございます。
真綿で締め付けるタイプの攻めです。真白意外に向ける笑みは目が笑ってっませんが、超美形のスパダリです!!
Xで攻め目線の真白との出会いを流したんですけど、Xは流れてしまうからなあ・・・
性癖に偏った物語ですが、また追加できたら・・・!
好きなお話でしたー!
真白と慶ちゃんのその後も読んでみたいです(*´w`*)♡
慶ちゃんのパーフェクトワールドに共感いただきありがとうございます……同志っ🤝
この先を見たいと仰る……怖いですよぉ、慶ちゃん😁
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