12 / 65
12 王城に招かれました
しおりを挟む
アリシアの乗った馬車は王都には入らず、更に険しい山道に入る。向かう先は断崖絶壁に造られた、見事な白亜の城だ。
「あの、私は療養所へ行くはずでは?」
「先程伝達魔術で、レンホルム様を城にお送りするよう王から命令が届きまして」
御者に声をかけると、思いがけない答えが返ってきてアリシアはマリーと顔を見合わせた。
「どうしましょう。到着した当日に謁見があるなんて……ドレスは宿に直接届けるように、別の馬車で送ってしまってますし。申し訳ございません」
「仕方ないわ。王には私が非礼をお詫びするから、マリーは気にしないで」
どちらにしろ、正装は持って来ていない。というか「療養にドレスは必要ない」という義母の命令で、持っていくことが許されなかったのだ。
仮にも公爵令嬢なのだから、療養中でも王や貴族からパーティーや茶会への誘いがあるだろう。しかし義母に説明しても、全く聞く耳を持たなかった。
(マリーが死守してくれたドレスは、昼のお茶会用のものだし。どちらにしろ、謁見に着ていくような服は無いわ……恥ずかしいけれど事情を説明しないと)
自分だけ品格を疑われるのなら仕方がないけれど、名ばかりとはいえアリシアは「公爵令嬢」だ。理由もなく正装をしていなければ、レンホルム家の家名に泥を塗ることとなる。
しかし説明をすれば、それはそれで義母の浅い考えが露呈する。
どう話をすれば穏便に済むか頭を悩ませていたアリシアだったが、王城ではそんな悩みなどどうでもよくなるくらいの出来事が待ち受けていた。
*****
「……ここって、王のご家族が使う部屋よね?」
「ええ……あの、私まで同席してよろしいのでしょうか?」
城に入ったアリシアとマリーは、女官に案内されるままこの部屋で待つよう伝えられたのだが――
「どういうこと?」
一般的には謁見までは、専用の待機室に案内される。貴族の位別に別れているが、ここは明らかに公爵でも通されることはない、王の血縁者だけが入室を許される場だ。
その証拠に、壁には歴代の王家の肖像画かかけられている。
「もしかして、バイガル国王とこちらの王は仲がいいとか? でしょうか?」
「ロワイエ国とは、ほぼ国交はないはずよ」
こそこそと話をしていると、扉が開いて王が王妃を伴って入ってくる。まだ三十代と若い王は、先程会話を交わしたエリアスとよく似ている。
慌てて立ち上がり、アリシアはスカートの両端を掴んで身を屈め頭を下げた。
「ロワイエ王、本日はお招きいただきありがとうございます――」
定型文の挨拶を皆まで言わせず、国王が片手で座るように促した。
「長旅で疲れているだろう? 二人とも、楽にしなさい」
驚いてどうすればいいのか迷っていると、王の背後に立つ王妃が小さく頷く。
(座っていいみたいね)
王と王妃がテーブルを挟んだ向かいのソファに腰を下ろしてから、アリシアも席に戻る。マリーも雰囲気を察して、青ざめながらもアリシアの隣に座った。
すると王が徐に口を開く。
「この度は弟が無礼を働き。申し訳ないことをした」
「こちらこそ、まさかあのような噂が流れているとは知らず……民が不安になるのも仕方の無い事です。慎重に行動するべきでした」
「いや、貴女が貴国で受けた非礼はこちらも知っています。弟のした行動は、無礼以外のなんでもありません」
初対面の国王と挨拶もそこそこに謝罪し合うトンデモ展開に、場は奇妙な緊張感が流れる。
それを更に混沌とさせたのは、元気よく入ってきた張本人だった。
「グリフォンを厩舎へ戻してたら思ったより時間がかかってさ。挨拶が遅れてすまない……ラゲル兄さんもご令嬢も、なにしてるんだ?」
「エリアス! お前はどうしていつも問題ばかり起こすんだ!」
「仕方ないだろう。バイガル一の美女が療養に来るって聞いたから、どうしても見たくなって」
「レンホルム嬢に失礼だろう! それに例の事で確認をしに行ったと報告を受けたが、違うのか?」
「あんなの出鱈目だって知ってるさ。けれど正直に「美女を見たい」って言ったら、侍従が止めるだろう?」
頭を抱えるラゲルに、王妃が静かに声をかける。
「あなた、アリシア嬢が呆れていますよ。落ち着いてください。そしてエリアス。あなたはアリシア嬢に非礼を詫びなさい」
おっとりとした口調だが、王妃の言葉に二人は背筋を正し素直に従う。
「取り乱して申し訳ない」
「いえ……」
「アリシア嬢」
声をかけられエリアスを見遣ると、彼が深々と頭を下げた。
「公爵令嬢である貴女に対する暴言。そして無礼な態度を取ったこと、お詫びいたします」
「暴言?」
王妃の問いかけに、エリアスが顔色を変えた。
「包み隠さず話しなさい、エリアス」
相変わらずふわふわとした声音だけれど、どうやらこの兄弟は王妃に弱いらしく、素直に事の顛末を告げる。
「あの、私は療養所へ行くはずでは?」
「先程伝達魔術で、レンホルム様を城にお送りするよう王から命令が届きまして」
御者に声をかけると、思いがけない答えが返ってきてアリシアはマリーと顔を見合わせた。
「どうしましょう。到着した当日に謁見があるなんて……ドレスは宿に直接届けるように、別の馬車で送ってしまってますし。申し訳ございません」
「仕方ないわ。王には私が非礼をお詫びするから、マリーは気にしないで」
どちらにしろ、正装は持って来ていない。というか「療養にドレスは必要ない」という義母の命令で、持っていくことが許されなかったのだ。
仮にも公爵令嬢なのだから、療養中でも王や貴族からパーティーや茶会への誘いがあるだろう。しかし義母に説明しても、全く聞く耳を持たなかった。
(マリーが死守してくれたドレスは、昼のお茶会用のものだし。どちらにしろ、謁見に着ていくような服は無いわ……恥ずかしいけれど事情を説明しないと)
自分だけ品格を疑われるのなら仕方がないけれど、名ばかりとはいえアリシアは「公爵令嬢」だ。理由もなく正装をしていなければ、レンホルム家の家名に泥を塗ることとなる。
しかし説明をすれば、それはそれで義母の浅い考えが露呈する。
どう話をすれば穏便に済むか頭を悩ませていたアリシアだったが、王城ではそんな悩みなどどうでもよくなるくらいの出来事が待ち受けていた。
*****
「……ここって、王のご家族が使う部屋よね?」
「ええ……あの、私まで同席してよろしいのでしょうか?」
城に入ったアリシアとマリーは、女官に案内されるままこの部屋で待つよう伝えられたのだが――
「どういうこと?」
一般的には謁見までは、専用の待機室に案内される。貴族の位別に別れているが、ここは明らかに公爵でも通されることはない、王の血縁者だけが入室を許される場だ。
その証拠に、壁には歴代の王家の肖像画かかけられている。
「もしかして、バイガル国王とこちらの王は仲がいいとか? でしょうか?」
「ロワイエ国とは、ほぼ国交はないはずよ」
こそこそと話をしていると、扉が開いて王が王妃を伴って入ってくる。まだ三十代と若い王は、先程会話を交わしたエリアスとよく似ている。
慌てて立ち上がり、アリシアはスカートの両端を掴んで身を屈め頭を下げた。
「ロワイエ王、本日はお招きいただきありがとうございます――」
定型文の挨拶を皆まで言わせず、国王が片手で座るように促した。
「長旅で疲れているだろう? 二人とも、楽にしなさい」
驚いてどうすればいいのか迷っていると、王の背後に立つ王妃が小さく頷く。
(座っていいみたいね)
王と王妃がテーブルを挟んだ向かいのソファに腰を下ろしてから、アリシアも席に戻る。マリーも雰囲気を察して、青ざめながらもアリシアの隣に座った。
すると王が徐に口を開く。
「この度は弟が無礼を働き。申し訳ないことをした」
「こちらこそ、まさかあのような噂が流れているとは知らず……民が不安になるのも仕方の無い事です。慎重に行動するべきでした」
「いや、貴女が貴国で受けた非礼はこちらも知っています。弟のした行動は、無礼以外のなんでもありません」
初対面の国王と挨拶もそこそこに謝罪し合うトンデモ展開に、場は奇妙な緊張感が流れる。
それを更に混沌とさせたのは、元気よく入ってきた張本人だった。
「グリフォンを厩舎へ戻してたら思ったより時間がかかってさ。挨拶が遅れてすまない……ラゲル兄さんもご令嬢も、なにしてるんだ?」
「エリアス! お前はどうしていつも問題ばかり起こすんだ!」
「仕方ないだろう。バイガル一の美女が療養に来るって聞いたから、どうしても見たくなって」
「レンホルム嬢に失礼だろう! それに例の事で確認をしに行ったと報告を受けたが、違うのか?」
「あんなの出鱈目だって知ってるさ。けれど正直に「美女を見たい」って言ったら、侍従が止めるだろう?」
頭を抱えるラゲルに、王妃が静かに声をかける。
「あなた、アリシア嬢が呆れていますよ。落ち着いてください。そしてエリアス。あなたはアリシア嬢に非礼を詫びなさい」
おっとりとした口調だが、王妃の言葉に二人は背筋を正し素直に従う。
「取り乱して申し訳ない」
「いえ……」
「アリシア嬢」
声をかけられエリアスを見遣ると、彼が深々と頭を下げた。
「公爵令嬢である貴女に対する暴言。そして無礼な態度を取ったこと、お詫びいたします」
「暴言?」
王妃の問いかけに、エリアスが顔色を変えた。
「包み隠さず話しなさい、エリアス」
相変わらずふわふわとした声音だけれど、どうやらこの兄弟は王妃に弱いらしく、素直に事の顛末を告げる。
577
あなたにおすすめの小説
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。
※全6話完結です。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!
山田 バルス
恋愛
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。
そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
セラフィーヌの幸せ結婚 ~結婚したら池に入ることになりました~
れもんぴーる
恋愛
貧乏子爵家のセラフィーヌは侯爵家嫡男のガエルに望まれて結婚した。
しかしその結婚生活は幸せなものではなかった。
ガエルは父に反対されている恋人の隠れ蓑としてセラフィーヌと結婚したのだ。
ある日ガエルの愛人に大切にしていたブローチを池に投げ込まれてしまうが、見ていた使用人たちは笑うだけで拾おうとしなかった。
セラフィーヌは、覚悟を決めて池に足を踏み入れた。
それをガエルの父が目撃していたのをきっかけに、セラフィーヌの人生は変わっていく。
*前半シリアス、後半コミカルっぽいです。
*感想欄で所々ネタバレしてしまいました。
感想欄からご覧になる方はご注意くださいませm(__)m
*他サイトでも投稿予定です
政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる