婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ

文字の大きさ
38 / 65

38 ショックだったんだわ

しおりを挟む
「お加減が良くなるまでゆっくり休んでください。エリアス様、私どもは警備に戻ります。何かありましたら、お声がけください」
「ああ、すまない」

 一礼し衛兵が部屋から出ると、アリシアは手にしたマグカップからお茶を一口飲む。王宮の療養所で出される甘い薬湯とは違い、爽やかな苦みを感じた。
 けれど今は多少苦みのある方が、気分がすっきりする。

「俺達騎士や兵士がよく飲む薬茶なんだ。口に合えばいいのだけど」
「美味しいわ。胸のつかえが取れて、気持ちもすっきりする」
「ならよかった」

 半分ほど飲んだところで、アリシアは傍らで見守っているエリアスに声をかけた。

「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

 レンホルム家の令嬢として気丈に振る舞わねばと思っていたが、狂気じみた言動をする父を前にして本当は怖かったと続ける。

「もう貴族の娘ではないのですから、プライドなど捨てるべきなのに……それと父の言ったとおりレンホルム家から籍を抜かれているのでしたら、もう城に住むことはできません」

 今は爵位を持たない平民でしかない。こうしてエリアスと対等に話ができているのも、彼の厚意があるからだ。

「そこまで極端に考えなくてもいいんじゃないか? それに君が城を出ていくなんて言ったら、兄も義姉も大反対するぞ。勿論、俺だって阻止するけどな」

 エリアスがアリシアの前に膝をつき、視線を合わせる。優しい声と触れてくる手に、アリシアは胸の奥が痛くなった。

(私、ショックだったんだわ。家を出るつもりでいたのは本当だけど……)

 他人も同然の父とはいえ、酷い言いがかりを付けられた上に正式な書類もなくレンホルム家からの追放を告げられれば心は傷つく。
 他人の言葉だと流してしまうには、あまりに酷い仕打ちだ。

「エリアス。私はこのまま城に滞在してもよいのですか?」
「当然だよ――アリシア、君はもっと俺を頼ってくれ」
「どうしてそんなに、私を気にかけてくれるの?」
「今更それを聞く?」

 掌がアリシアの頬を撫でる。温かく大きな掌だ。

「俺は君に惹かれている。君は聡明で美しい。毎日図書館に通って、真剣に魔術を学んでいることも知っている。それだけじゃない」
「え?」
「厩舎に出向いて、グリフォンの世話の手伝いをしてくれてると馬番から聞いてる」
「えっとそれは、毛並みを整えてあげるともふもふした首回りを触らせてくれるので……」
「学院で学ぶマリーの様子を見るついでだと言って城を出て、素性を隠して孤児院の子ども達にパンを配っていることもね」

 誰にも気付かれていないと思っていたことを言われて、アリシアは狼狽える。

「あの、それは誰から聞いたのですか」
「見ている人はみているものさ。――アリシア、俺はそんな優しい君が好きだ」

 指先にエリアスが口づける。
 アリシアは頬を真っ赤にして、黙って彼を見つめていた。
 しばしの沈黙の時間は不思議と心地よく、薪のはぜる音だけが狭い室内に響く。

「エリアス、私」

 けれどアリシアは、彼の想いに応える言葉を口にできない。公爵令嬢という立場を失った以上、王弟である彼に気持ちを伝えることも罪になる。
 いくら彼と彼の家族がアリシアを感情の上で受け入れてくれたとしても、エリアスは自由に振る舞うことの許されない立場なのだ。

「大丈夫。アリシアを困らせるつもりはないよ。全て上手くいくようにするから、安心して」
「ですが」
「まず城に戻ろう。アリシア。君に伝えなければならない事があるんだ」
「……はい」

 おそらく、先程父に告げていたラサ皇国の件だろう。
 表情を曇らせたアリシアを気遣ってか、エリアスが思わぬ提案をする。

「アリシア、空の散歩は好き?」
「飛んだことがないので分かりません」
「なら、グリフォンで戻ろう。今日は良い天気だし、遊覧飛行にはもってこいだ」

(あのもふもふ、ふわふわの背に乗れる!)

 魔獣は基本的に気性が荒く、騎乗できるのは主と認めた相手だけだと幼い頃に読んだ記憶がある。
 エリアスのグリフォンはアリシアの顔を覚えてくれたが、完全に心を許してくれるまでは時間がかかる。しかしエリアスと一緒なら、問題ないはずだ。

「是非乗りたいです!」
「じゃあ行こうか。アリシア」

 差し伸べられた手を取り、アリシアは立ち上がった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!

山田 バルス
恋愛
 王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。  名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。 だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。 ――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。  同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。  そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。  そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。  レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。  そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。

セラフィーヌの幸せ結婚  ~結婚したら池に入ることになりました~

れもんぴーる
恋愛
貧乏子爵家のセラフィーヌは侯爵家嫡男のガエルに望まれて結婚した。 しかしその結婚生活は幸せなものではなかった。 ガエルは父に反対されている恋人の隠れ蓑としてセラフィーヌと結婚したのだ。 ある日ガエルの愛人に大切にしていたブローチを池に投げ込まれてしまうが、見ていた使用人たちは笑うだけで拾おうとしなかった。 セラフィーヌは、覚悟を決めて池に足を踏み入れた。 それをガエルの父が目撃していたのをきっかけに、セラフィーヌの人生は変わっていく。 *前半シリアス、後半コミカルっぽいです。 *感想欄で所々ネタバレしてしまいました。  感想欄からご覧になる方はご注意くださいませm(__)m *他サイトでも投稿予定です  

政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

処理中です...