婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ

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 バイガル国の王城では、毎夜パーティーが開かれていた。
 きらびやかなドレスを纏った令嬢達と、勲章を多く身につけた貴族の子息達が音楽に合わせて一晩中踊り続ける。
 そこかしこから笑い声が上がり、この場に集う貴族達はなんの悩みもなく享楽に耽っていた。
 そんな中、特別豪華にしつらえられた歓談席の一角で、金切り声が上がった。

「エルガ男爵、どうして伝えてくれなかったの!」

 叫んでいるのはダニエラだ。鬼気迫る勢いで怒鳴る彼女に、取り巻き達は完全に引いている。
 そんな中、名指しされたエルガ男爵だけは事情を飲み込めていないのか、ぽっちゃりした顔をほころばせて小首を傾げる。

 歳はダニエラより上の筈だが、甘やかされて育った貴族の次男坊だからかかなり幼く見える。そして言動も、外見と同じく子どもじみていた。

「ダニエラが「領地を見てきてくれ」って言ったから、僕はその通りにしただけだよ」
「は?」
「だから、君の領地を僕は「見て」きたんだってば」

 笑顔で答える男爵に、悪意は感じられない。
 つまり彼は、レンホルム家の管轄する領地を、ただ「見て」帰ってきたのだ。

「私は視察を頼んだのよ。貴方は「全て見てくる」って言ったわよね? 視察なのだから、問題があれば連絡するのが普通でしょう?」
「? だったら連絡してって言ってよ。でなきゃ分からないよ」
「あなた、馬鹿なの? 屋敷を出る前に、早馬が来て領地の農民が逃げ出したって連絡が来たのよ。まさか男爵、農民を庇っているの?」

 ダニエラが怒る意味を理解していないのか、エルガ男爵は肉を頬張りながらのほほんと首を傾げる。

「ええと……あ、そうだ! なんか作物が育ってないって、村の人が訴えてたって。侍従が言ってたよ。でも何年かすれば、元に戻るんじゃないかな。僕は農民じゃないからよく分からないけど」

 あまりに適当な話に、ダニエラは深くため息を吐く。

「もういいわ。貴方の顔は見たくない、早く帰って」
「でもまだ焼き肉が……」
「持って帰って家で食べればいいでしょう!」

 あまりの剣幕に気圧されたのか、男爵は両手に抱えられるだけの肉を持って広間から出て行った。

(なんなの、あの使えない男は!)

 夜会へ向かう馬車に乗り込む直前、ダニエラの元にレンホルム家の領地を任されている農民の代表から手紙が届いたのだ。
 内容は、昨今の冷害で作物が育たないにもかかわらず税が上がるばかりで、このままでは餓死してしまうという訴えだった。
 そして村人は生きる為に、全員隣国に移民を申し出て数日中に国を出るという……つまり領地を捨てるという意思表明の書簡だったのである。
 既に隣国の領事からは非常事態と見做され、許可もおりていた。これではもう、ダニエラには手の出しようがない。

(もっと早くエルガ男爵が農民の状態を知らせていたら、農場を捨てて逃げる前に全員牢にぶち込めたのに)

 農地を捨てる。つまりレンホルム家を見限ったという事実を突きつけられ、ダニエラは苛立ちを隠せない。

(雇った会計士達も逃げ出すし。どういうこと? アリシアは一日一食で夜も眠らず働き続けたのよ。なのに会計士達は、三食と八時間の睡眠。残業代まで請求するなんて身の程を弁えてほしいわ)

 メイドが運んできた強いカクテルを一気に飲み干し、ダニエラは口元を拭う。

「足りないわ。瓶で持って来て」
「ですがこれ以上は、お体に触るかと……」
「この程度で酔うわけないでしょ! 早く!」

 慌てて別のメイドがワインボトルを差し出すと、ダニエラはそれも一気飲みする。

「こんなの水と同じよ」

 場末の酒場で働いていた頃は、母と一緒にお客のおごりで安酒を何杯も飲んだ。幼いダニエラが強い酒を飲み干すと客達ははやし立て、チップをはずんでくれた。

「ダニエラ嬢、エルガ男爵の事など忘れて今夜は楽しみましょう。貴女が心を煩わせる事は何もありません」
「そうですわ。細かい事など公爵令嬢のダニエラ様が気にすることはありませんよ」

 取り巻きの貴族達がかける言葉に、ダニエラも落ち着きを取り戻す。

「皆さんの仰る通りね。些末なことで恥ずかしい姿をお見せして、恥ずかしいわ」

 扇子で口元を隠し、肩をすくめる。
 そんな仕草だけで、男達はダニエラに熱い視線を送る。そして女達は嫉妬と羨望の混じったため息を吐き、口々にダニエラを褒めそやすのだ。

「愛らしさと美貌と、両方を持ち合わせているダニエラ様は女神のようですわ」
「やっぱりマレク王子の隣に立つのは、ダニエラ様しかいませんわ」
「そういえば、マレクはどこ?」
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