娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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26 魔法の練習

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 場所を移動して少し広い草原にでた俺たちは、そこで魔法の練習を始めることになった。
 先生はノア。
 能力としては申し分ないが、俺たちとは感覚の異なる存在であるがゆえ、果たして教える才能まであるのかは疑問だ。


「失礼なこと考えてる?」


 ちょっとだけムッとした様子で、ノアが言った。
 見た目にあった少年らしい表情ははじめてで、そんな顔もするのかと思わず笑ってしまった。

 俺は適当にごまかして、「ところで、どうやって練習するんだ?」と話をそらす。
 ノアは不服そうな顔をしていたが、それ以上は追及しなかった。


「勇司くんにも聞いたでしょ?魔法はイメージ!より具体的にイメージできれば、それだけ魔法の精度も上がる。だからまずはイメージしやすいものからやってみよう。」

 イメージしやすい初歩の魔法というと、火や水を出すものだろうか?
 ぼんやりと思い浮かべてみるが、なかなか確固たるイメージというのは難しいものだ。


「じゃあ、危険が少ない水から始めようか。伊月くん、化学は得意だった?」

「いや、あまり……。」

「そっか。じゃあ化学式なんかじゃわかりくいだろうから、感覚でイメージしてみよう。さあ、目を閉じて。……伊月くんの目の前に、コップになみなみと注がれた水があると想像してみて。」

 目を閉じ、意識を集中してコップと水を思い浮かべる。

「両手を前に出して、その手にコップの水をかけてみよう。手に触れる水圧や水の温度をイメージしてみてね。」

 コップから、ゆっくりと水をそそぐ。
 水の流れは優しく、俺の肌をなでる。
 ひんやりと心地良い水は、薬草採取で汚れた手のひらを清潔にしてくれる。
 コップの水はやがて空になり、俺の手に触れる水もなくなった。

「そうそう、上手だよ。じゃあ、目を開けてみて。」

 ノアに促されて、まぶたを開く。
 想像力は人並み程度だと思ったが、ずいぶんリアルにイメージすることができたらしい。
 今でも、手が濡れた感覚が残っている。

 そう思い、自分の手に目を向けると、


「えっ?!」


 先程まで乾いていた手のひらに水滴がたっぷりついていた。
 足元には、小さな水たまりまでできている。


「初めてなのに、よく水が出せたね。上出来、上出来。次は、目を開けた状態でやってみよう。」


 どうやらこの水は、魔法で俺が出したらしい。
 予想外の展開の早さに戸惑いつつも、感覚を忘れないようにすぐに水の入ったコップを意識する。
 視界がはっきりしている分、イメージに集中しづらいが、なんとか先程と同様に想像を広げた。
 俺がイメージしたコップの位置から、水がゆっくりと零れ落ちてくる。
 俺の手を濡らすそれは、まぎれもなく本物の水だった。

 思わず「すごい……。」と感嘆のため息が漏れる。
 頭の凝り固まった俺のような中年にはなかなか難しいのではないかと思っていたが、肉体が若返った影響で頭のやわらかも多少昔のように戻っているのかもしれない。


「伊月くん、みてみて!詩織もできたよ!」


 妻の弾んだ声のする方に視線を向けると、俺よりもたっぷりの水を出して満足げに笑う妻がいた。
 さらに「こんなこともできるよ!」と水を自在に動かしさえする。
 水が出ただけで感動していた俺がバカみたいだ。

「すごいな、詩織。」

 俺が褒めると、妻は満面の笑みを返した。
 ノアも「子どもは発想が柔軟だからね。」などと言いながらも、感心したような顔をしている。
 このまま負けてはいられない、と俺も再び魔法の練習に打ち込み始めた。







「そろそろ終わりにしようか。」

 ノアに声をかけられ、はっとする。
 ずいぶん集中していたらしい。
 すでに日が沈み始め、あたりをオレンジ色に染めていた。

 妻も疲れたのか、大きなあくびをしている。

「だいぶ上達したね。」

 そうノアが褒めてくれた。
 水を出すところからなかなか進めずにいたが、水以外のものもイメージに追加することで、おおむね自由自在に水を操ることができるようになった。
 例えば、「手元に水を溜めたい場合は、水を溜める桶をイメージする。」「水を木にぶつけたいときは、木へ続く水道管をイメージする。」などといった風に。


「ところで、呪文とか詠唱とかは?」

「いまさら?……使いたければ使ってもいいけど、あれもイメージを補完する材料のひとつだからね。なくても問題ないけど、やっぱりそういうのが男のロマンかい?」

「いや、そういうわけじゃないけど……。」


 確かに、必殺技を叫ぶシーンなどに胸が熱くなったりはするが、自分がやるとなると恥ずかしさが勝ってしまう。
 ……いや、それでもこの世界で必要だといわれれば、恥ずかしさよりも好奇心を優先できたかもしれないが。

「あ、あと魔力ってどのくらいあるもんなんだ?結構長く練習したけど、とくに身体に変化もないし、魔力切れになったりしないのか?」

「ごまかしたね?……ま、いいけど。魔力切れの心配はないよ。君たちが魔法を使うときに消費する魔力は、君たちの体内よりも周囲のものが優先されるから。この世界では、生き物や植物、生きとし生けるすべてのものに魔力が内在している。それを少しずつもらえる“魔力吸収”という能力を、君たちに付与しているんだ。

 ちなみに、体内にも大容量の魔力をストックさせてあるから、もしも周囲に魔力を吸い取れるものがなければ、出力源を自動的にそちらへ切り替わるようになっている。ストックの魔力が消費されたら、自動で回復するようにしているから安心してね。」


 なんだか至れり尽くせりといった感じだな。
 あまりの好待遇にあっけにとられていると、ノアが「いろいろ特典があるって言ったでしょ。」と笑った。


「魔法の練習は、多分この世界が一番簡単だと思うよ。よその世界では呪文や魔法陣、魔導書なんかが必須だっていうところもあるし、魔法のために古代語を習得する必要がある世界だってある。そんな世界で魔法を学ぼうとしたら、何年何十年と修業が必要になるけど、そんな時間はないだろう?

 この世界で身に付けた魔法は、これから先の別世界でも引き続き使うことができる。それも僕たちからの特典のひとつなんだ。多くの属性の魔法を使えるようになっていた方が有利だから、ここからしばらくは魔法の練習と冒険者稼業で異世界に慣れることを優先しようと思うけど、いいかな?

 君たちが柚乃ちゃんのいる世界へ一刻も早くたどり着きたいのは知っているけど、ここで魔法をおろそかにしてしまうと、きっとあとになって後悔することになるよ。」


 そういう少年の瞳があまりにまっすぐで、俺は頷くしかなかった。
 正直、娘のいない世界で時間を無駄にするのは避けたかったが「急がば回れ」ともいうじゃないか。
 慌てた結果、いざという場面で窮地に立たされてしまっては元も子もない。

 それに何より、この先俺には娘や妻、コトラを守れる力が必要になるはずだ。
 俺は改めてノアに向き直り「よろしくお願いします、先生。」と手を差し出した。
 ノアは「僕は厳しい先生だから、頑張ってついてきてね。」とニヤリと笑った。
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