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特別編(3)伝言
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勇司がレンタルスペースに入ると、まだ佐々木の姿しかなかった。
「やあ、勇司くん。」
勇司に気づいて、佐々木が声をかける。
勇司も小さく挨拶を返してから「なあ。」と問いかける。
「さっき駅で、女の子と話してたよな?」
「見てたのか。……人違いだったみたいだけどな。」
「あの子、俺の知り合いなんだけど、伝言があるんだっていってたぞ。」
「伝言?誰から?」
「瀬野さん。」
佐々木が目を見開く。
瀬野伊月は、もうここしばらく姿を見せていないが、異世界転移被害者の会の一員だ。
佐々木も勇司も数回しか会ったことがなかったが、娘の捜索に懸命な様子が印象深い男だった。
「瀬野さん、今異世界にいるらしいよ。」
「まさか!……本当に?」
「そ。それでさっきの子、高梨舞の弟と妹を異世界から連れ戻してくれたらしい。」
「……っ!」
ことの経緯を説明したが、佐々木は半信半疑といった様子だ。
舞に関する記憶がないのだから、当然だろう。
「あのさ、俺のところに最初に来たときのこと、覚えてる?」
「あ、ああ…。確か瀬野さんと、女の子もいたような…。」
記憶にもやがかかっているような感じがして、あの日の記憶がはっきりと思い出せない。
戸惑う佐々木に、勇司が告げる。
「あの日、俺のところに来たのは、あんたと瀬野さん、さっきの女の子とその先輩の4人だった。そんなに昔のことでもないのに、思い出せないのって変だと思わないか?世界のつじつまを合わせるために、関係者の記憶が改ざんされてるんだよ。」
そういわれてみると、先程の少女に見覚えがあるような気がした。
佐々木は必死に話す少女の姿を思い浮かべる。
そういえば、前に似たような光景を見たような……。
そこまで考えたが、どうしても頭がはっきりとしない。
何か得体のしれないものに思考を阻害されているかのようだった。
「瀬野さん、本当に異世界にいるのか?」
「らしいな。……あんたも、話聞いてたのか?」
「勇司くんも?」
「ああ、異世界でのアドバイスがほしいって。」
「……そうか。」
異世界転移被害者救出の大きな進展に喜ぶかと思いきや、佐々木は複雑そうな顔をしていた。
どうした、と勇司が問いかけると「もどかしくてな。」と笑う。
「瀬野さんが異世界で頑張ってくれていることは、もちろんうれしい。でも、どうして俺はここにいるんだろうって思ってしまって。できることなら、俺が直接異世界に行きたかった。」
確かに、待つだけというのはつらいものがある。
腕っぷしに自信がありそうな佐々木なら、尚更だろう。
「ま、今は信じて待つしかできないな。……ただ、ほかのメンバーにはまだ伝えないでおくつもりだ。到底信じられる話ではないし、それに今後もうまくいくとは限らない。期待すればするほど、つらくなることもある。」
「わかった。俺も黙っとくよ。でも、瀬野さんの家族には…。」
「義理のお母さんが近くにいるらしいから、近々行ってみるよ。さっきの子にも声をかけてみた方がいいかな?」
「聞いとく。」
頼むよ、と佐々木が言ったとき「こんにちは。」と声がした。
そろそろ会合が始まる。
佐々木と勇司は席に着き、集まってきたメンバーに挨拶を返した。
※
翌日、勇司の仲介で佐々木と舞はともに、伊月の義母を訊ねることになった。
異世界に旅立つ前、伊月は何かあったらと義母の連絡先を佐々木に伝えておいたのだ。
待ち合わせ場所の駅前広場では、緊張した面持ちの舞が絵美、翔といっしょに佐々木と勇司を待っていた。
まだ待ち合わせ時間の10分前。
先日の反応をまだ引きずっている舞は、佐々木に会うのが少し怖くもあった。
「おまたせ。」
手を挙げてこちらに歩いてきたのは、勇司だった。
舞は軽く会釈をして挨拶をする。
そして顔をあげたとき、勇司の後ろに佐々木がいることに気が付いた。
「電車が一緒だったんだ。そっちはずいぶん早く着いたんだな。」
にっと勇司が笑う。
初めて会ったときは陰気そうな印象だったが、本当はこんな風に笑う人なのだと、舞は不思議に思った。
「こんにちは。」
穏やかな声で、佐々木が舞に声をかけた。
「昨日はせっかく声をかけてくれたのに、ひどい対応をしてしまってごめんね。勇司君から話は聞いたよ。……記憶になかったとはいえ、君を傷つけるようなことをして、申し訳なかった。」
「……いえ、仕方ないと思います。私こそ、いきなり話しかけてしまって…。」
言葉を濁す舞に目線を合わせ、佐々木は優しく微笑んだ。
「妹さんと弟さんが戻ってきたこと、本当におめでとう。君以外、誰も弟妹の存在を忘れてしまった中で、一人でずいぶん頑張ったんだろ?あきらめずに頑張った君を、心から尊敬するよ。」
「それは!……佐々木さんがいてくれたから、頑張れたんです。私の話、嘘や妄想だって決めつけずに、最後まできちんと聞いてくれたのは佐々木さんが初めてでした。覚えていないと思うけど、本当にありがとうございました!」
舞が頭を下げると、大きな手が舞の肩をポンポンと叩いた。
「……あ、セクハラになっちゃうかな。ごめん。でもなんだか、よくこうしていたような気がして…。」
佐々木が慌てて手をあげると、舞がふふっと笑った。
舞が落ち込んでいると、佐々木はこうして肩を軽く叩いて励ましてくれた。
記憶が改竄されていても、今までの絆がすべて消えたわけではないのかもしれない。
「佐々木さん。絵美と翔は戻ってきてくれたけど、私はまだ被害者の会の一員のつもりです。佐々木さんや、被害者の会の皆さんの家族が帰ってくるまで、活動をやめる気はありません。だからもし、私で力になれることがあれば、いつでも言ってくださいね。
この子たちが無事でいてくれたように、みなさんの家族も帰ってきてくれると信じています。」
そう言う舞があまりにまっすぐで、佐々木は微笑み「ありがとう。」と返した。
伊月の義実家は、駅から少し離れたところにあった。
チャイムを鳴らすと、慌てた様子で高齢の女性が扉を開いた。
「詩織ちゃんのお母さんですか?」
絵美が訊ねると、女性は肯定する。
絵美と翔はふたりで、異世界で出会った伊月たちの話をした。
見た目が若返っていたこと。
異世界の生活に順応し、十分な戦闘力を身に着けていたこと。
そして、自分たちを女神の策略から救ってくれたこと。
女性は涙をハンカチで拭いながら、黙って話に耳を傾けていた。
寂しそうな、それでも安心したような表情だった。
伊月の話によると、彼女には娘一家しか身内は残されていないという。
両親も夫もすでに他界し、親戚づきあいもない。
そんな中、娘一家がそろって異世界へ行っているとなると、どれほどの心境なのだろう。
それでも気丈にふるまう姿に、強い人なのだろうと佐々木は思った。
「話を聞かせてくれてありがとうございました。あの子たちが元気にやっていると聞いて、安心したわ。」
ひとしきり話を終え、女性が頭を下げる。
「あの、よければ我々の会合に参加しませんか?」
佐々木の提案に、女性は少し驚いた顔をしてから、首を小さく横に振った。
「ありがとうございます。でも私はもう年で、皆さんのように活動することはできません。SNSっていうのもよくわからないし…。それに、あの子たちの帰りを家で待っていてあげないといけない気がして…。」
「そうですか。……なら、またお邪魔してもいいですか?何か進捗があれば、ご報告します。また瀬野さんからの伝言を預かった帰還者が現れるかもしれませんし。」
「……ぜひ、よろしくお願いします。」
そうして佐々木たちは女性の家をあとにした。
閉じられた玄関扉の奥で、女性の嗚咽が聞こえたような気がした。
「やあ、勇司くん。」
勇司に気づいて、佐々木が声をかける。
勇司も小さく挨拶を返してから「なあ。」と問いかける。
「さっき駅で、女の子と話してたよな?」
「見てたのか。……人違いだったみたいだけどな。」
「あの子、俺の知り合いなんだけど、伝言があるんだっていってたぞ。」
「伝言?誰から?」
「瀬野さん。」
佐々木が目を見開く。
瀬野伊月は、もうここしばらく姿を見せていないが、異世界転移被害者の会の一員だ。
佐々木も勇司も数回しか会ったことがなかったが、娘の捜索に懸命な様子が印象深い男だった。
「瀬野さん、今異世界にいるらしいよ。」
「まさか!……本当に?」
「そ。それでさっきの子、高梨舞の弟と妹を異世界から連れ戻してくれたらしい。」
「……っ!」
ことの経緯を説明したが、佐々木は半信半疑といった様子だ。
舞に関する記憶がないのだから、当然だろう。
「あのさ、俺のところに最初に来たときのこと、覚えてる?」
「あ、ああ…。確か瀬野さんと、女の子もいたような…。」
記憶にもやがかかっているような感じがして、あの日の記憶がはっきりと思い出せない。
戸惑う佐々木に、勇司が告げる。
「あの日、俺のところに来たのは、あんたと瀬野さん、さっきの女の子とその先輩の4人だった。そんなに昔のことでもないのに、思い出せないのって変だと思わないか?世界のつじつまを合わせるために、関係者の記憶が改ざんされてるんだよ。」
そういわれてみると、先程の少女に見覚えがあるような気がした。
佐々木は必死に話す少女の姿を思い浮かべる。
そういえば、前に似たような光景を見たような……。
そこまで考えたが、どうしても頭がはっきりとしない。
何か得体のしれないものに思考を阻害されているかのようだった。
「瀬野さん、本当に異世界にいるのか?」
「らしいな。……あんたも、話聞いてたのか?」
「勇司くんも?」
「ああ、異世界でのアドバイスがほしいって。」
「……そうか。」
異世界転移被害者救出の大きな進展に喜ぶかと思いきや、佐々木は複雑そうな顔をしていた。
どうした、と勇司が問いかけると「もどかしくてな。」と笑う。
「瀬野さんが異世界で頑張ってくれていることは、もちろんうれしい。でも、どうして俺はここにいるんだろうって思ってしまって。できることなら、俺が直接異世界に行きたかった。」
確かに、待つだけというのはつらいものがある。
腕っぷしに自信がありそうな佐々木なら、尚更だろう。
「ま、今は信じて待つしかできないな。……ただ、ほかのメンバーにはまだ伝えないでおくつもりだ。到底信じられる話ではないし、それに今後もうまくいくとは限らない。期待すればするほど、つらくなることもある。」
「わかった。俺も黙っとくよ。でも、瀬野さんの家族には…。」
「義理のお母さんが近くにいるらしいから、近々行ってみるよ。さっきの子にも声をかけてみた方がいいかな?」
「聞いとく。」
頼むよ、と佐々木が言ったとき「こんにちは。」と声がした。
そろそろ会合が始まる。
佐々木と勇司は席に着き、集まってきたメンバーに挨拶を返した。
※
翌日、勇司の仲介で佐々木と舞はともに、伊月の義母を訊ねることになった。
異世界に旅立つ前、伊月は何かあったらと義母の連絡先を佐々木に伝えておいたのだ。
待ち合わせ場所の駅前広場では、緊張した面持ちの舞が絵美、翔といっしょに佐々木と勇司を待っていた。
まだ待ち合わせ時間の10分前。
先日の反応をまだ引きずっている舞は、佐々木に会うのが少し怖くもあった。
「おまたせ。」
手を挙げてこちらに歩いてきたのは、勇司だった。
舞は軽く会釈をして挨拶をする。
そして顔をあげたとき、勇司の後ろに佐々木がいることに気が付いた。
「電車が一緒だったんだ。そっちはずいぶん早く着いたんだな。」
にっと勇司が笑う。
初めて会ったときは陰気そうな印象だったが、本当はこんな風に笑う人なのだと、舞は不思議に思った。
「こんにちは。」
穏やかな声で、佐々木が舞に声をかけた。
「昨日はせっかく声をかけてくれたのに、ひどい対応をしてしまってごめんね。勇司君から話は聞いたよ。……記憶になかったとはいえ、君を傷つけるようなことをして、申し訳なかった。」
「……いえ、仕方ないと思います。私こそ、いきなり話しかけてしまって…。」
言葉を濁す舞に目線を合わせ、佐々木は優しく微笑んだ。
「妹さんと弟さんが戻ってきたこと、本当におめでとう。君以外、誰も弟妹の存在を忘れてしまった中で、一人でずいぶん頑張ったんだろ?あきらめずに頑張った君を、心から尊敬するよ。」
「それは!……佐々木さんがいてくれたから、頑張れたんです。私の話、嘘や妄想だって決めつけずに、最後まできちんと聞いてくれたのは佐々木さんが初めてでした。覚えていないと思うけど、本当にありがとうございました!」
舞が頭を下げると、大きな手が舞の肩をポンポンと叩いた。
「……あ、セクハラになっちゃうかな。ごめん。でもなんだか、よくこうしていたような気がして…。」
佐々木が慌てて手をあげると、舞がふふっと笑った。
舞が落ち込んでいると、佐々木はこうして肩を軽く叩いて励ましてくれた。
記憶が改竄されていても、今までの絆がすべて消えたわけではないのかもしれない。
「佐々木さん。絵美と翔は戻ってきてくれたけど、私はまだ被害者の会の一員のつもりです。佐々木さんや、被害者の会の皆さんの家族が帰ってくるまで、活動をやめる気はありません。だからもし、私で力になれることがあれば、いつでも言ってくださいね。
この子たちが無事でいてくれたように、みなさんの家族も帰ってきてくれると信じています。」
そう言う舞があまりにまっすぐで、佐々木は微笑み「ありがとう。」と返した。
伊月の義実家は、駅から少し離れたところにあった。
チャイムを鳴らすと、慌てた様子で高齢の女性が扉を開いた。
「詩織ちゃんのお母さんですか?」
絵美が訊ねると、女性は肯定する。
絵美と翔はふたりで、異世界で出会った伊月たちの話をした。
見た目が若返っていたこと。
異世界の生活に順応し、十分な戦闘力を身に着けていたこと。
そして、自分たちを女神の策略から救ってくれたこと。
女性は涙をハンカチで拭いながら、黙って話に耳を傾けていた。
寂しそうな、それでも安心したような表情だった。
伊月の話によると、彼女には娘一家しか身内は残されていないという。
両親も夫もすでに他界し、親戚づきあいもない。
そんな中、娘一家がそろって異世界へ行っているとなると、どれほどの心境なのだろう。
それでも気丈にふるまう姿に、強い人なのだろうと佐々木は思った。
「話を聞かせてくれてありがとうございました。あの子たちが元気にやっていると聞いて、安心したわ。」
ひとしきり話を終え、女性が頭を下げる。
「あの、よければ我々の会合に参加しませんか?」
佐々木の提案に、女性は少し驚いた顔をしてから、首を小さく横に振った。
「ありがとうございます。でも私はもう年で、皆さんのように活動することはできません。SNSっていうのもよくわからないし…。それに、あの子たちの帰りを家で待っていてあげないといけない気がして…。」
「そうですか。……なら、またお邪魔してもいいですか?何か進捗があれば、ご報告します。また瀬野さんからの伝言を預かった帰還者が現れるかもしれませんし。」
「……ぜひ、よろしくお願いします。」
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閉じられた玄関扉の奥で、女性の嗚咽が聞こえたような気がした。
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