娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

文字の大きさ
56 / 266

53 男の子と差別とご褒美

しおりを挟む
 ノアに連れられた先は、昨日も散策した大通りだった。
 先程までいたスラム街とは違う、華やかで清潔な雰囲気。
 昨日は目を奪われたが、今日は物悲しい気分にしかならなかった。

 ここで祭りを楽しむ人々は、知らないのだろうか?
 路地裏の片隅で空腹にあえぐ人を、命を落とし野ざらしのまま放置される人を。


「見てごらん、あそこに男の子がいるね。」


 ノアの指さす方を見てみると、ボロボロの服を着た男の子が所在なさげに立っていた。
 男の子は不安そうな表情をしていたが、やがて意を決したように、ひとつの屋台へ向かっていく。
 店主といくつか言葉を交わした男の子は、やがて悲しそうにうなだれた。
 店主はそんな男の子を煩わしそうににらみつけ、片手でしっしっと追い払った。

 とぼとぼと歩く男の子が屋台から離れたところで、ノアが「どうしたの?」と声をかける。
 急に声をかけられたことに驚いたのか、男の子はぱっとこちらを振り向いた。
 しかしすぐにうつむき「なんでもない。」と言って歩き始めてしまう。

 そんな男の子のあとをノアが追いかけるので、俺たちもそれに続いた。


「なんでもないって顔には見えないよ。」

「あんたには関係ないだろ。どっか行けよ。」

「話してくれたら、何か力になってあげられるかもよ?」


 呑気にしゃべるノアに腹が立ったのだろう。
 男の子は目を見開き、ノアに怒鳴りつけた。


「うるさいな!そんなに言うなら金をくれよ!」

「お金?何に使うの?」

「妹と弟に菓子を買ってやるんだよ!あいつら、一度も食べたことないから…。そのために俺、頑張って働いて金を貯めたのに、全然足りないって……。」


 男の子はとうとう泣き始めてしまった。
 慌てた妻が、男の子の肩を抱いて慰める。
 起こる気力ももうなくなってしまったのか、男の子は拒否することなく、しばらく泣き続けた。

 ノアはじっと、男の子が泣き止むのを待っていた。
 優しく、慈しむような眼差しで。







「ごめん……。」


 しばらく泣いて落ち着いたのか、男の子が言う。


「心配して声をかけてくれたのに、八つ当たりしちまった。」

「大丈夫。それより、いくら持ってるの?見せてごらん。」


 ノアに促され、男の子は握りしめていた拳を開き、いくつかの硬貨を見せる。


「……あれ?」


 確かに多いとは言えないが、お菓子のひとつも変えないほどだろうか?

 男の子の手にしているのは、この国の通貨で1024ラリラ。
 日本円にして、およそ500円ちょっとといったところだろうか。
 昨日俺たちが孤児院に買っていった串焼きが一つ600ラリラ、クッキーの瓶が1400ラリラだったことを考えると疑問に感じる。

 まして、さっき男の子が向かったのは飴細工の店だ。
 小さな飴のひとつくらい、手に入りそうなものだが…。


「伊月くん、さっきのお店に戻って、聞いてきてくれる?」


 ノアが言い、俺は頷いてすぐに先程の店に向かった。
 暇そうに頬杖をついている店主に声をかける。


「こんにちは。」

「お、らっしゃい!」


 気のいい笑顔を向ける店主は、まるで先程とは別人のようだ。


「ひとつおいくらですか?」

「小さいのが500ラリラ、中くらいのが700ラリラ、大きいのが1000ラリラだよ。」

「あ、意外とお安いんですね……。」

「そうか?飴細工なんてこんなもんだろ。」

「いや、さっき男の子がお金が足りないと諦めたところを見たので…、そんなに高価なのかと、気になったんです。」


「なんだ、見られてたのか。」


 店主は苦笑いして言う。


「金は持ってたんだけど、スラムのガキ相手に商売しちまうと、うちの格が下がっちまう。ほんっと、大人しく路地裏にいてくれればいいものを。」


 大げさに大きくため息をつく店主に、呆れてものを言えなかった。
 貧しい家庭の子どもというだけで差別をするのが、この国では常識なのだろうか。

 正直はらわたが煮えくり返りそうだったが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。
 店主には、連れにどのサイズがいいか訊ねてくると言って、その場をあとにした。
 店主は「待ってるぞ!」と明るく声をかけてくれたが、もう戻ることはないだろう。


 戻ってみんなに事の顛末を説明すると、ノアは「やっぱりね。」と眉をひそめた。
 妻もむっと怒った顔をしている。
 ただ男の子はそうした差別になれているのか、ただ「そっか。」と吐き捨てただけだった。


「どうしても飴がほしかったの?」


 俺が訊ねると、男の子は首を横に振った。
 どうやら、サイズも小さく安価で買えそうだと思ったらしい。


「じゃあ、これなんてどうかな?」


 鈴カステラのような小さくて丸いお菓子がたっぷり入った袋を男の子に見せ、俺は言った。


「戻ってくる途中の店で売っててさ、おいしそうだから買ってきたんだ。よかったら、君と弟くんと妹さんに食べてもらいたいなって。」

「え……なんで…。」


 男の子はお菓子の袋と俺を見比べて、戸惑った顔をしている。


「俺は異国の出身なんだけどさ、子どもには優しくするものだって教えられて育ったんだ。それに君は、勇気を出して弟と妹のために行動した。そんないい子には、ご褒美があって然るべきだろ?」

「ご褒美って……。」

「あ、それともほかのお菓子がよかったかな?一緒に選びに行く?」

「……いや…。」


 なおも困惑している男の子に、妻が言った。


「弟くんと妹ちゃん、喜んでくれるといいね!」


 男の子はその言葉にはっとして、小さく頷いた。
 震える声で「ありがとう。」と呟く男の子の頭をそっと撫でる。
 ふと、ノアがその様子を満足げに眺めていることに気づいた。

 思わず「なんだよ。」と返すと「君たちも立派ないい子だよ。」と笑った。
 照れ臭くなってそっぽを向いた俺には「ご褒美は、また今度、必ずね。」という小さなノアの声は聞こえなかった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...