娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

文字の大きさ
112 / 266

106 非難

しおりを挟む
 妻は王宮の庭園にいた。
 そばには、シャルロッテとコトラの姿もある。

 妻の前には、何かもやのようなものが揺らめいていた。

 あれはいったい何なんだ?
 そう思いつつ、妻に駆け寄る。

 妻はもやをじっと見つめながら、小さな声で何かをブツブツと呟いていた。
 俺が声をかけても気づかないらしい。
 肩を揺すっても、一切反応がない。

 俺は妻の口元に耳を近づけた。
 妻はただただ「ごめんね、ごめんね……」と繰り返していた。


 そのとき、もやの方から生暖かい風が俺の頬を撫でた。
 何事かと振り向くと、そこにいるはずのない見知った少女が俺を睨みつけていた。


「ゆ、柚乃……?」


 愛する娘の名前が、自然と口をついた。
 制服姿の娘が、恨みがましそうな顔で俺を見ている。

 娘の手には、小さなナイフが握られていた。
 その切っ先は、俺に向けられている。


「柚乃、どうしたんだ?何でそんなものを持って……」


 そう言いかけたとき、柚乃が俺に向かって切りかかってきた。
 とっさに腕で防御すると、装備の力でナイフは弾き飛ばされた。
 柚乃は衝撃によろめきつつも、再びナイフを構える。

 柚乃の頬には、涙が伝っている。


『どうして……』


 震える声で、柚乃が言う。


『どうして、助けに来てくれないの!私じゃない子のところで何をしてるの!』

「柚乃……っ」

『パパもママも、私のことが大切じゃないの?!異世界での冒険を楽しんで、私のことなんて二の次なんでしょ?』

「違う!俺たちは、お前を助けるために……っ」

『嘘よ!!』


 柚乃はそう叫んで、俺たちに無数の火の玉を放った。
 とっさにバリアを張って防ぐが、妻は俺の横で泣きじゃくりながら、ずっと柚乃に謝り続けている。


『ママはどうして私のことを、忘れちゃったの?世界一大事だって言って育ててくれたのに、いなくなったらどうでもよくなったってこと?』

「ちが……ごめ、ゆのちゃ……」

『何が違うのよ!ママもパパもだいっきらい!』


 あの柚乃は、本物なのだろうか?
 そう思ったが、目の前で泣いている娘をほうっておくことはできない。

 火の玉を受けつつ、一歩、また一歩と柚乃に近づく。
 そして俺は、そっと柚乃を抱きしめた。


「柚乃……つらい思いをさせてごめんな。すぐに無かけに行けなくて……。でも、俺たちは、一時だってお前を忘れたことはない」

『……じゃあ……』

「じゃあ?」

『今すぐ私を助けて。私以外の子なんて、さっさと見捨てて』


 涙に濡れた冷たい目で、柚乃が言う。
 そのとき、俺はようやく確信した。

 視界が涙で滲んで、柚乃の顔がよく見えない。
 しかし、それでよかったのだろう。
 愛する娘の顔が、苦痛に歪むところを見ずにすんだのだから。


 俺はダンジョンでブラッディウルフに放ったのと同じ、氷魔法を放った。
 柚乃の身体がピキピキと音を立てて凍りついていく。
 その姿に、妻が悲鳴を上げて止めにかかろうとしたが、そっと抱きとめて制止する。


「離して!柚乃ちゃんが……っ!」

「……詩織、大丈夫だよ」

「何がっ!」

「……俺達の愛する柚乃は、他人を思いやれる優しい子だ。自分を救うために誰かを見捨てろ、なんて言う子じゃない」


 悲鳴を上げながら凍る柚乃の姿は、やがてゆらりとゆらいだ。
 そして徐々にその本当の姿があらわになる。

 それは双頭の蛇だった。


「……っ……!」


 すでに柚乃の姿でなくなったものを見て、声にならない声を上げた。
 霧が晴れるように、思考がクリアになる。

 ぱっと振り向いて、シャルロッテとコトラの無事を確認する。
 二人のそばには、焼き焦げた小さな蛇が無数に散らばっている
 どうやらコトラがシャルロッテを守ってくれていたらしい。


 俺は安堵しつつ、その場に座りこんで泣きじゃくる妻を抱きしめた。


「遅くなって悪かった」

「柚乃ちゃん……柚乃ちゃんが……」

「うん。でもあれは、本物の柚乃じゃない。たちの悪い偽物だ」

「わかってる……わかってるけど……」


 妻はどれほど、あの幻覚に苦しめられていたのだろうか?
 愛する娘の姿で、攻撃され、なじられる苦痛を。

 娘を失ったショックで幼児退行してしまった妻には、娘と生活をともにした記憶がない。
 でも、記憶は失っても、心ではきっと娘のことを覚えているはずだ。
 だからこそ、記憶を失ったことを責められ、これほどまでに動揺している。


「詩織は覚えていないかもしれないけど、詩織は心から柚乃のことを愛していたし、柚乃にもそれは伝わっていたはずだ」

「でも、でも……」

「柚乃のことを覚えていないのに、詩織は異世界へ行くことを選んだだろう。詩織は今でもちゃんと柚乃を大切にできているよ。だから大丈夫」


 俺にしがみついたまま、妻はしゃっくりをあげて泣き続けた。
 その背中を、妻を心配して駆け寄ってきたシャルロッテがさする。
 コトラも妻のひざに前足を乗せて、心配そうに顔を覗き込んでいる。

 妻は少し驚いた顔をして、泣きながら笑った。
 そのとき、パチパチパチと拍手の音が鳴った。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...