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112 悲劇の異世界人
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二人目の転移者は、大和の妻である奈央(なお)だという。
彼女はユミュリエール教国に、聖女として召喚された。
「この世界での転移者の立ち位置は、一般的に奴隷に近いものだ。でもユミュリエール教国はちょっと特殊でね、召喚魔法は禁忌と定めているんだ」
「……じゃあ、なんで大和さんの奥さんが……」
「あの国では、転移者は神が遣わすものだと考えられているんだ。だから祈りを捧げる」
「神は、それに応えるのか?」
「応えるよ。信仰こそが、神の力を高めてくれるからね」
召喚魔法でさらってきた異世界人の能力はランダムで、元の世界でいうガチャのようなものらしい。
他人の人生や命をなんだと思っているのか、なんとも思っていないのか。
一方、神の召喚する異世界人は、みな一様に特別な能力を有している。
それは神による選定がなせる業なのだそうだ。
「ユミュリエール教国では、異世界人は神の遣いとして丁重に扱われる。豪華な屋敷を与えられ、将来的に国のトップである教皇かその身内と婚姻を結ぶことになる。奈央ちゃんも、教皇の弟と息子に求婚されているみたい」
「でも、彼女には……」
「そう。奈央ちゃんは元の世界に夫がいるからって、断っているみたいだけどね。でも奈央ちゃんを射止めたら、次期教皇の座が約束されるようなものだから、どちらも諦めるつもりはないようだよ」
「……勝手な」
ノアも同意するように頷いた。
そして話を続ける。
「そして三人目。彼の名前は、斎藤正晴(さいとうまさはる)くん。召喚された当時は、20歳になったばかりだった」
「じゃあ今は……」
「40過ぎだね。歳も近いし、伊月くんと話が合うかもしれないね」
ふふふ、とノアは笑った。
しかしすぐにまじめな顔になって、斎藤について語り始めた。
「伊月くん、20年以上前に大きなバスの事故があったこと、覚えてるかな?」
「……えっと……」
「九州の方で、観光バスだったんだけど」
「……あ!確か、長時間労働で睡眠がほとんどとれていなかった運転手が、居眠り運転をしたっていう……」
「そう。そのバスに、正晴くんは乗っていたんだ」
当時テレビや新聞で大きく取り上げられたその事故は、時間がたった現代でも、時折テレビで話題に上ることがあるので、記憶に新しい。
居眠り運転で制御の利かなくなったバスは、急カーブに減速することなく突っ込んだ。
その結果、バスはガードレールを突き破って落下した。
走っていた道は海沿いの景色の良い道路で、バスはそのまま海の中に沈んでしまった。
事故後懸命な救助活動が行われたが、生存者は一人もいなかった。
また乗客のうち数名は海に投げ出されたと考えられており、いまだ遺体すら発見されていない。
「事故の瞬間、こっちの世界に召喚されたから、正晴くんは命を落とすことはなかった。向こうの世界では、行方不明者として処理されているはずだよ」
「……そうか」
「彼が召喚されたオートラック王国では、ロナリア帝国同様、異世界人の地位は低い。ただ当時は魔王という世界を脅かす存在がいた。そして、正晴君は魔王討伐に希望を見出せるスキルを持っていた」
「じゃあ、彼が魔王討伐を?」
「うん。そうして彼は異世界人でありながら、国の英雄になった。でもそれが、悲劇の始まりでもあった」
英雄となった斎藤は、国民から多くの支持を集めていた。
それを鑑みて、当時の国王は斎藤に爵位を授けることにした。
異世界人に貴族籍を与えることは前代未聞であったが、魔王軍の侵攻を十分に防ぐことができなかった王侯貴族に対する民衆の非難が高まっていたため、勇者を引き入れることで批判を抑えたかったのだろう。
しかし斎藤は、貴族になるつもりはなかった。
魔王討伐の旅のさなか、彼は権力と金にばかりこだわる貴族たちに辟易していた。
また彼が異世界人だという理由で、貴族たちから無下な扱いを受け続けたことも影響しているだろう。
それでも斎藤は、積極的に王族や貴族と対立するつもりはなかった。
ただ貴族ではなく平民として国籍をとり、静かに暮らしていきたいと思っていた。
そんなある日のこと、斎藤は王都で祭りが開催されると耳にした。
なんとなく興味を惹かれ、足を運んだ斎藤は、しばらくの間ただ祭りを楽しんでいたが、ふいに少し離れたところで騒ぎが起こっていることに気づいた。
何事かと覗いてみると、10歳にも満たない少女が、貴族に剣を向けられていた。
近くにいた男に何があったのか訊ねると、少女がこぼしたジュースが貴族令嬢のドレスの裾を汚してしまったらしい。
令嬢は激怒し、同行していた男に少女に罰を下すように頼んだという。
ただ服が汚れただけで、人の命を奪おうとするとは……。
怒りに身を任せ、斎藤は少女と貴族の男の間に割って入った。
斎藤はそれでも言葉による説得を試みたが、相手が聞き入れることはなかった。
有無を言わさず、男は斎藤もろとも少女に斬りかかってきた。
斎藤は少女を守るため、仕方なく男を制圧した。
魔王と対峙した彼にとって、それは造作もないことだった。
ただ、この件がきっかけで、斎藤は「貴族に暴行を働いた野蛮な異世界人」として追われる身になってしまった。
彼が爵位を受け取っていれば、穏便にことを済ませられたかもしれない。
叙爵を拒否された恨みもあってか、オートラック王国は総力を挙げて斎藤をとらえようとした。
「正晴くんはすごく強かったから、追っ手を振り切って逃走することに成功した。本当は迎え撃つことだってできたんだろうけど、自分を追う兵士たちにも家族がいるからと、彼は一切反撃しなかった。争いを好まない、優しい子だからね。今は人里離れた森の奥で、ひっそりと暮らしているよ」
「……壮絶だな」
「そうだね。だからこそ、彼はほとんど街へは行かない。半年に一度、自力で調達するのが難しい調味料なんかを買いにいくぐらいかな」
人とほとんどかかわりを持たずに暮らしていくというのは、想像もできないほど孤独なものだろう。
それを20年も続けているという斎藤のことを考えると、胸が痛む。
「だから、彼に出会えたのは幸運だったと言っていいと思う」
「……どういう意味だ?」
「蓮くんを保護しているのは、正晴くんなんだよ」
きっぱりとノアが言った。
俺は驚きのあまり、思わず口をぽかんと開けていた。
彼女はユミュリエール教国に、聖女として召喚された。
「この世界での転移者の立ち位置は、一般的に奴隷に近いものだ。でもユミュリエール教国はちょっと特殊でね、召喚魔法は禁忌と定めているんだ」
「……じゃあ、なんで大和さんの奥さんが……」
「あの国では、転移者は神が遣わすものだと考えられているんだ。だから祈りを捧げる」
「神は、それに応えるのか?」
「応えるよ。信仰こそが、神の力を高めてくれるからね」
召喚魔法でさらってきた異世界人の能力はランダムで、元の世界でいうガチャのようなものらしい。
他人の人生や命をなんだと思っているのか、なんとも思っていないのか。
一方、神の召喚する異世界人は、みな一様に特別な能力を有している。
それは神による選定がなせる業なのだそうだ。
「ユミュリエール教国では、異世界人は神の遣いとして丁重に扱われる。豪華な屋敷を与えられ、将来的に国のトップである教皇かその身内と婚姻を結ぶことになる。奈央ちゃんも、教皇の弟と息子に求婚されているみたい」
「でも、彼女には……」
「そう。奈央ちゃんは元の世界に夫がいるからって、断っているみたいだけどね。でも奈央ちゃんを射止めたら、次期教皇の座が約束されるようなものだから、どちらも諦めるつもりはないようだよ」
「……勝手な」
ノアも同意するように頷いた。
そして話を続ける。
「そして三人目。彼の名前は、斎藤正晴(さいとうまさはる)くん。召喚された当時は、20歳になったばかりだった」
「じゃあ今は……」
「40過ぎだね。歳も近いし、伊月くんと話が合うかもしれないね」
ふふふ、とノアは笑った。
しかしすぐにまじめな顔になって、斎藤について語り始めた。
「伊月くん、20年以上前に大きなバスの事故があったこと、覚えてるかな?」
「……えっと……」
「九州の方で、観光バスだったんだけど」
「……あ!確か、長時間労働で睡眠がほとんどとれていなかった運転手が、居眠り運転をしたっていう……」
「そう。そのバスに、正晴くんは乗っていたんだ」
当時テレビや新聞で大きく取り上げられたその事故は、時間がたった現代でも、時折テレビで話題に上ることがあるので、記憶に新しい。
居眠り運転で制御の利かなくなったバスは、急カーブに減速することなく突っ込んだ。
その結果、バスはガードレールを突き破って落下した。
走っていた道は海沿いの景色の良い道路で、バスはそのまま海の中に沈んでしまった。
事故後懸命な救助活動が行われたが、生存者は一人もいなかった。
また乗客のうち数名は海に投げ出されたと考えられており、いまだ遺体すら発見されていない。
「事故の瞬間、こっちの世界に召喚されたから、正晴くんは命を落とすことはなかった。向こうの世界では、行方不明者として処理されているはずだよ」
「……そうか」
「彼が召喚されたオートラック王国では、ロナリア帝国同様、異世界人の地位は低い。ただ当時は魔王という世界を脅かす存在がいた。そして、正晴君は魔王討伐に希望を見出せるスキルを持っていた」
「じゃあ、彼が魔王討伐を?」
「うん。そうして彼は異世界人でありながら、国の英雄になった。でもそれが、悲劇の始まりでもあった」
英雄となった斎藤は、国民から多くの支持を集めていた。
それを鑑みて、当時の国王は斎藤に爵位を授けることにした。
異世界人に貴族籍を与えることは前代未聞であったが、魔王軍の侵攻を十分に防ぐことができなかった王侯貴族に対する民衆の非難が高まっていたため、勇者を引き入れることで批判を抑えたかったのだろう。
しかし斎藤は、貴族になるつもりはなかった。
魔王討伐の旅のさなか、彼は権力と金にばかりこだわる貴族たちに辟易していた。
また彼が異世界人だという理由で、貴族たちから無下な扱いを受け続けたことも影響しているだろう。
それでも斎藤は、積極的に王族や貴族と対立するつもりはなかった。
ただ貴族ではなく平民として国籍をとり、静かに暮らしていきたいと思っていた。
そんなある日のこと、斎藤は王都で祭りが開催されると耳にした。
なんとなく興味を惹かれ、足を運んだ斎藤は、しばらくの間ただ祭りを楽しんでいたが、ふいに少し離れたところで騒ぎが起こっていることに気づいた。
何事かと覗いてみると、10歳にも満たない少女が、貴族に剣を向けられていた。
近くにいた男に何があったのか訊ねると、少女がこぼしたジュースが貴族令嬢のドレスの裾を汚してしまったらしい。
令嬢は激怒し、同行していた男に少女に罰を下すように頼んだという。
ただ服が汚れただけで、人の命を奪おうとするとは……。
怒りに身を任せ、斎藤は少女と貴族の男の間に割って入った。
斎藤はそれでも言葉による説得を試みたが、相手が聞き入れることはなかった。
有無を言わさず、男は斎藤もろとも少女に斬りかかってきた。
斎藤は少女を守るため、仕方なく男を制圧した。
魔王と対峙した彼にとって、それは造作もないことだった。
ただ、この件がきっかけで、斎藤は「貴族に暴行を働いた野蛮な異世界人」として追われる身になってしまった。
彼が爵位を受け取っていれば、穏便にことを済ませられたかもしれない。
叙爵を拒否された恨みもあってか、オートラック王国は総力を挙げて斎藤をとらえようとした。
「正晴くんはすごく強かったから、追っ手を振り切って逃走することに成功した。本当は迎え撃つことだってできたんだろうけど、自分を追う兵士たちにも家族がいるからと、彼は一切反撃しなかった。争いを好まない、優しい子だからね。今は人里離れた森の奥で、ひっそりと暮らしているよ」
「……壮絶だな」
「そうだね。だからこそ、彼はほとんど街へは行かない。半年に一度、自力で調達するのが難しい調味料なんかを買いにいくぐらいかな」
人とほとんどかかわりを持たずに暮らしていくというのは、想像もできないほど孤独なものだろう。
それを20年も続けているという斎藤のことを考えると、胸が痛む。
「だから、彼に出会えたのは幸運だったと言っていいと思う」
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「蓮くんを保護しているのは、正晴くんなんだよ」
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