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特別編(23)月に願いを
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その日の仕事はやけに忙しくて、珍しく佐々木は疲れ果てていた。
なじみの居酒屋で一杯ひっかけて行こうかと思ったが、明日の仕事に響きそうだったので、諦めて自宅に戻ることにする。
自炊する元気はないので、酒とつまみだけ買おうとコンビニに立ち寄った。
ふらふらと店内を歩いていた佐々木の目に留まったのは「謎味」と銘打ったポテトチップス。
蓮が好きそうだな、と手に取り、無性に寂しくなった。
疲れのせいか、感傷的な気分になっているようだ。
ポテトチップスを棚に戻そうと伸ばした手を寸前で止め、佐々木はそれを小さな買い物かごに放り込む。
正直佐々木としては、よくわからない謎味よりも普通のうすしお味のほうがいいのだが、今日は何だか弟好みものを食べたい気分だった。
追加でチルドの焼き鳥とスモークタン、適当なサラダ、そしてビールをかごに突っ込み、レジへ向かった。
コンビニを出て、家までの道をゆっくり歩く。
ざあざあと木々の揺れる音と自分の足音だけが響いている。
佐々木は立ち止まって深くため息をつき、空を見上げた。
空には雲がかかっていたが、その隙間から小さな星がチラチラ覗いている。
あいにく月の姿は見えないが、佐々木は空を見上げているうちに、穏やかな気持ちになっていた。
昔から、こうして空を眺めるのが好きだった。
青空も、夜空も、荒天の空でも。
どこまでも広がる空を眺めていると、いい意味で自分の存在がひどくちっぽけに思える。
こんなに小さな自分なんだから頑張りすぎる必要はないと実感させられるようで、肩に入っていた力がすっと抜けるような感覚になれるのだ。
夜の穏やかな暗い空は、佐々木の心をやわらかく溶かしてくれるようだった。
先程までの荒んだ気持ちが和らぐのを感じて、佐々木は小さく微笑んだ。
そのとき、ズボンの後ろポケットが小さく震えた。
スマートフォンが着信を告げているらしく、時間がたっても振動は続いたままだ。
もう少し空を眺めてぼうっとしていたい気分だったが、仕方なく斎藤はポケットに手を伸ばした。
手に取ってスマホの画面に映し出されているのは「母」の文字。
電話なんて久しぶりだ。
そう思いながら、もしかして母の身に何かあったのではないかと、急に不安になる。
まだ若いとはいえ、昔から多く苦労を重ねてきた身体だ。
何らかの異常をきたしても不思議ではない。
恐る恐る通話ボタンを押し「もしもし?」と呟く。
電話口からは母の声は聞こえず、荒い息遣いのようなものが漏れている。
「もしもし?母さん?大丈夫か?!」
たまらなくなって問いかける佐々木に、母は小さな声で何かを言った。
しかし泣いているのか、声が途切れてよく聞こえない。
「母さん、具合が悪いのか?ゆっくり話せるか?」
そう言いながら、佐々木は踵を返して駅の方角へ駆け出していた。
ただ事じゃないことだけは十分伝わってくる。
ここから実家までは、電車で30分ほどかかる。
救急車を呼んだ方がいいかもしれないと思案していると、母が嗚咽しながら『大丈夫』と震える声で言った。
「大丈夫じゃないだろ!救急車呼ぶから、いったん電話切るぞ?」
そう答えた佐々木に、母は『待って!』と慌てた様子で叫んだ。
しかしまたすぐに泣きだしてしまい、到底話ができる状態ではなさそうだ。
「具合が悪いわけじゃないのか?とにかく今からそっちに行くから……」
『……もしもし?』
困惑する佐々木の耳に飛び込んできたのは、母のものではない男の声。
佐々木は思わず立ち止まり、耳を澄ませた。
『もしもし?……あれ、切れちゃったかな?』
電話口の男の声には、どこで聞いきたような懐かしい響きがある。
記憶の中のあいつの声はもっと高かった、そう思いながら、佐々木は頭に浮かんだ名前を呟いていた。
もしも違えば、自分はもう立ち上がれないかもしれない。
そう思いながらも、確かな希望を込めて。
「……蓮」
『あ、聞こえてる?兄ちゃん、どうしよう。母ちゃん泣き止まなくってさ、俺どうしたらいい?』
焦った様子で話す声を聞いて、佐々木はその場にしゃがみこんだ。
電話口で自分を繰り返し呼ぶ声に返事を返す余裕もなく、ただ唇を嚙みしめて嗚咽を堪えていた。
そしてしばらくしてからぱっと立ち上がり、駅へ向かって全速力で駆け出した。
早く、早く、早く。
そう思いながら、必死で足を動かした。
いつのまにか雲は流れ、丸く大きな月が顔を出していた。
佐々木はその月に向かって、何度も何度も感謝した。
穏やかに光を放つそれに、人のよさそうな伊月の顔が重なる。
願わくば、あなたの家族にも会えますように。
今後は心の底からそう願いながら、佐々木は急いで改札をくぐり、電車に飛び乗ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
特別編、長らくお付き合いいただきましてありがとうございました!
次回からは本編に戻りますので、ぜひ最後までお楽しみください。
なじみの居酒屋で一杯ひっかけて行こうかと思ったが、明日の仕事に響きそうだったので、諦めて自宅に戻ることにする。
自炊する元気はないので、酒とつまみだけ買おうとコンビニに立ち寄った。
ふらふらと店内を歩いていた佐々木の目に留まったのは「謎味」と銘打ったポテトチップス。
蓮が好きそうだな、と手に取り、無性に寂しくなった。
疲れのせいか、感傷的な気分になっているようだ。
ポテトチップスを棚に戻そうと伸ばした手を寸前で止め、佐々木はそれを小さな買い物かごに放り込む。
正直佐々木としては、よくわからない謎味よりも普通のうすしお味のほうがいいのだが、今日は何だか弟好みものを食べたい気分だった。
追加でチルドの焼き鳥とスモークタン、適当なサラダ、そしてビールをかごに突っ込み、レジへ向かった。
コンビニを出て、家までの道をゆっくり歩く。
ざあざあと木々の揺れる音と自分の足音だけが響いている。
佐々木は立ち止まって深くため息をつき、空を見上げた。
空には雲がかかっていたが、その隙間から小さな星がチラチラ覗いている。
あいにく月の姿は見えないが、佐々木は空を見上げているうちに、穏やかな気持ちになっていた。
昔から、こうして空を眺めるのが好きだった。
青空も、夜空も、荒天の空でも。
どこまでも広がる空を眺めていると、いい意味で自分の存在がひどくちっぽけに思える。
こんなに小さな自分なんだから頑張りすぎる必要はないと実感させられるようで、肩に入っていた力がすっと抜けるような感覚になれるのだ。
夜の穏やかな暗い空は、佐々木の心をやわらかく溶かしてくれるようだった。
先程までの荒んだ気持ちが和らぐのを感じて、佐々木は小さく微笑んだ。
そのとき、ズボンの後ろポケットが小さく震えた。
スマートフォンが着信を告げているらしく、時間がたっても振動は続いたままだ。
もう少し空を眺めてぼうっとしていたい気分だったが、仕方なく斎藤はポケットに手を伸ばした。
手に取ってスマホの画面に映し出されているのは「母」の文字。
電話なんて久しぶりだ。
そう思いながら、もしかして母の身に何かあったのではないかと、急に不安になる。
まだ若いとはいえ、昔から多く苦労を重ねてきた身体だ。
何らかの異常をきたしても不思議ではない。
恐る恐る通話ボタンを押し「もしもし?」と呟く。
電話口からは母の声は聞こえず、荒い息遣いのようなものが漏れている。
「もしもし?母さん?大丈夫か?!」
たまらなくなって問いかける佐々木に、母は小さな声で何かを言った。
しかし泣いているのか、声が途切れてよく聞こえない。
「母さん、具合が悪いのか?ゆっくり話せるか?」
そう言いながら、佐々木は踵を返して駅の方角へ駆け出していた。
ただ事じゃないことだけは十分伝わってくる。
ここから実家までは、電車で30分ほどかかる。
救急車を呼んだ方がいいかもしれないと思案していると、母が嗚咽しながら『大丈夫』と震える声で言った。
「大丈夫じゃないだろ!救急車呼ぶから、いったん電話切るぞ?」
そう答えた佐々木に、母は『待って!』と慌てた様子で叫んだ。
しかしまたすぐに泣きだしてしまい、到底話ができる状態ではなさそうだ。
「具合が悪いわけじゃないのか?とにかく今からそっちに行くから……」
『……もしもし?』
困惑する佐々木の耳に飛び込んできたのは、母のものではない男の声。
佐々木は思わず立ち止まり、耳を澄ませた。
『もしもし?……あれ、切れちゃったかな?』
電話口の男の声には、どこで聞いきたような懐かしい響きがある。
記憶の中のあいつの声はもっと高かった、そう思いながら、佐々木は頭に浮かんだ名前を呟いていた。
もしも違えば、自分はもう立ち上がれないかもしれない。
そう思いながらも、確かな希望を込めて。
「……蓮」
『あ、聞こえてる?兄ちゃん、どうしよう。母ちゃん泣き止まなくってさ、俺どうしたらいい?』
焦った様子で話す声を聞いて、佐々木はその場にしゃがみこんだ。
電話口で自分を繰り返し呼ぶ声に返事を返す余裕もなく、ただ唇を嚙みしめて嗚咽を堪えていた。
そしてしばらくしてからぱっと立ち上がり、駅へ向かって全速力で駆け出した。
早く、早く、早く。
そう思いながら、必死で足を動かした。
いつのまにか雲は流れ、丸く大きな月が顔を出していた。
佐々木はその月に向かって、何度も何度も感謝した。
穏やかに光を放つそれに、人のよさそうな伊月の顔が重なる。
願わくば、あなたの家族にも会えますように。
今後は心の底からそう願いながら、佐々木は急いで改札をくぐり、電車に飛び乗ったのだった。
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特別編、長らくお付き合いいただきましてありがとうございました!
次回からは本編に戻りますので、ぜひ最後までお楽しみください。
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