娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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199 建設的な話

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「逃がさないよ」


 檻をつかみ、ノアが冷たい声で言う。
 諦めたのか大人しくなった神は、ノアを睨みつけて人型に戻った。


『俺を殺す気か?』

「……どうかな」

『殺せばいい。だが、俺が死ねばその男も死ぬぞ』


 そう言って神は、俺を指さす。
 ノアが「どういう意味?」と返すと、神は憎々しげに答える。


『その男と俺の命を紐づけたのだ。あれはそういう呪いだ』

「人間と神の命を?なんでそんなこと……」

『お前はその人間が気に入っているのだろう?多少の脅しにはなりそうだからな』


 いざというときは、俺の命をちらつかせて隙を作るつもりだったのだろうか?
 それとも交渉材料の一つとして?
 自分の命にそれほどの価値があるとは思えないが、ノアが容易く自分を切り捨てはしないだろうことは何となく理解できた。
 彼は神の側の存在のはずなのに、俺たちに優しすぎるから。

 ただ、俺と神の命を紐づけたということは、俺が死んだら神も死ぬということだろうか?
 しかしそれだと、俺を攻撃することは神の不利益になる。
 そう考えると、神側の対価は命ではないのかもしれない。


「じゃあ、早々に脅しにかかればよかったじゃないか。不意打ちなんてせずに」

『ふん。いくら気に入っている人間でも、規律のためなら切り捨ててしまえるのがお前たちだろう。軽い脅しには使えても、決定打にはできない』

「でも伊月くんを殺せば、君も神の力を損なってしまうだろう?」

『たかだか半分程度だ。父親を殺してみせれば、その娘はもう元の世界へ戻りたいなどとは考えないだろう?なおも逆らうようなら、母親を同じ目に遭わせるといえば済む話だ。本人の意思を第一優先するのが、お前たちのルールだからな』


 ノアたちを味方につけた俺たちに正攻法で勝ち目がないと悟った神は、自分の力と引き換えに俺を殺すことで、娘の帰還の意志を挫こうと考えたらしい。
 なんとも卑怯で狡猾だが、神はそれが息子を守る唯一の手段だと判断したのだろう。
 そう考えると、怒りよりも同情の方が勝った。

 しかしノアは違ったらしい。
 神を閉じ込めた檻を、思い切り蹴飛ばす。
 派手な音がしたが、檻は倒れずに揺れただけだった。

 そんなノアの手を、そっと妻が握る。
 ノアは驚いた顔をして、妻に視線を向けた。


「詩織ちゃん?」

「……ノアくん。私たちのために、怒ってくれてありがとう。でも、大丈夫」

「大丈夫って……」

「私もまだまだこの人に言いたいことはあるし、もう何発か殴ってやりたいところだけど」


 じろりと妻が神を見る。
 神は先ほどのビンタが堪えているのか、無反応を装いつつも軽く肩を揺らしていた。

 しかし妻はふっと表情を緩めて、檻の中にうずくまっている神に目線をあわせるように、その場にしゃがみこんだ。


「感情任せではなく、建設的な話をしましょう」

『建設的な話?そんなものは……』

「できない?本当に?」


 妻に詰められ、神は少し後ずさりする。
 妻は立ち上がり、ノアに視線を向けた。
 ノアは少し怒ったような顔をしていたが、深々とため息をついて、ふっと笑った。
 さっきまでの怒りが嘘のような、毒気の抜けた顔。


「……まあ、仕方ない。ロズ」

『はい』


 ノアに声をかけられたロズは、戻ってきたときに手にしていた白い花を握っていた。
 神がその花を見て、大きく目を見開く。


『それは……っ!』

「そう、これは君がどれだけ探しても手に入れられなかった、アークヴァルドくんを救う幻の花」


 ノアがロズから花を受け取り、魔力を流す。
 すると花は眩い輝きをそのままに、ブローチに変化した。
 そして戸惑っている魔王のマントに、ブローチを取り付ける。

 黒一色の魔王の衣装に、白い花がよく映える。


「これを身に着けているとね、余分な力を吸い取ってくれるんだ。魔力も、神の力もね」

「……つまり……」

「これがあれば、柚乃ちゃんがいなくても、君は死なないってことだよ」


 ノアの言葉に、俺は目を見開く。
 数日前、魔王が提案した与太話ではない。
 嘘をつかずとも、魔王が娘なしで生きていける手段が見つかったことに戸惑いつつも、ふつふつと喜びが湧き上がってくる。

 ただ、魔王の隣にいる娘は、ひとり浮かない顔をしている。
 傷ついたような、なんとも言えない表情。


「……柚乃?」


 不思議に思って名前を呼ぶと、娘は「なんでもない」と無理に笑って見せた。
 そして、魔王に向かって「よかったね」と明るく声を掛ける。
 魔王も娘の表情が引っかかったようだが、これで心置きなく娘を元の世界へ返してやれると思ったのだろう。
 安心したような顔をしていた。

 笑って「ありがとう」と答える魔王に、娘はさらに傷ついたような顔をしていた。
 なんだか無性に嫌な予感がして、俺は黙って娘を見ていることしかできずにいた。
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