249 / 266
226 別離
しおりを挟む
「……コトラは、そっちに残るの?」
妻が問いかけると、コトラはもう一度鳴いた。
妻は寂しそうな顔をしたが、しゃがみこんでそっと手を広げる。
「わかった。……でも、最後に抱きしめてもいい?」
コトラは妻の言葉を聞いて立ち上がり、妻の腕の中に飛び込んだ。
妻はコトラの丸い背中を優しくなでながら「柚乃のこと、守ってあげてね」と囁いた。
コトラは「わかった」とでもいうように、もう一度鳴き声をあげる。
そして妻の腕から飛び降り、娘のもとに戻るのかと思ったら、なぜか俺の足元に寄って来た。
ダメもとで抱き上げようと手を伸ばすと、コトラは抵抗することなく俺の腕の中におさまった。
普段は触らせてもくれないのに、こんなときだけ。
そう思いつつも、ずっしりとしたコトラの重みが心地いい。
しかし、背中を撫でようと伸ばした手は、尻尾ではたき落されてしまった。
そのままコトラはするりと俺の腕から零れ落ち、娘のもとへ戻っていく。
唖然とする俺と、明らかに笑いを堪えている面々。
俺はいっそ思い切り笑ってくれと思いつつ、苦笑した。
娘はコトラを抱き上げ「本当にいいの?」と訊ねる。
コトラが肯定するように鳴くと、娘はうれしそうに笑った。
扉の輝きが増し、いよいよ別れのときが近づいていることを実感する。
またいつでも会いに行けるとわかっていても、名残惜しい。
俺は妻といっしょに、娘をそっと抱きしめた。
娘が抱いているコトラもいっしょに。
コトラは尻尾を揺らしながら、娘の腕の中で大人しくしている。
「また、会いに行くからな」
「困ったことがあれば、いつでも帰ってきなさい」
俺と妻が言うと、娘は確かに頷いた。
そっと娘を離し、扉から離れる。
「パパもママも、おばあちゃんも……元気でいてね」
そう微笑む娘が、扉の中に消えていく。
扉が閉まる寸前、娘の肩を支える魔王と目が合った。
そのポジションは俺のものだったはずなのにと悔しく思いつつも、あとは任せてほしいと雄弁に語る瞳が心強い。
ふっと扉が消えた先には、ベランダに続く掃き出し窓があるだけだった。
ぼんやりと窓を開け、ベランダから街並みを見下ろす。
今まで過ごしてきた異世界が夢だったかのような、見慣れた風景だ。
しかし、俺の隣で興味深げに階下の景色を楽しむノアの姿が、夢ではなかったことを証明している。
「あれ?そういえば、サミューとロズは?」
あたりを見渡して問いかける。
ふたりの姿はどこにも見当たらない。
ノアはあっけらかんとして「おいてきたよ」と答えた。
俺は思いがけない返事に、一瞬固まった。
「そ、それは……よかったのか?」
「うん。いくら反省しているとは言え、あの神は大罪を犯したわけだしね。制裁は与えたけど、さすがに放置ってわけにはいかないから、しばらくは監視下に置く必要があるんだ。それに、二人がいれば柚乃ちゃんの様子も把握しやすいし、一石二鳥でしょ?」
「それはそうかもしれないが……なんだか申し訳ないな」
「仕事なんだから気にしない」
そういって、へらっとノアが笑う。
そして「ほかに質問は?」と冗談めいて問いかけた。
俺はせっかくだからと、気になっていたことをいくつか質問することにした。
「鍵についてなんだが」
「うん」
「鍵を使えるのは、所有者だけなんだろ?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、鍵の所有権を譲渡することはできるのか?」
ノアは首を振って「それはできないよ」と答えた。
あくまで鍵の所有は特例であり、俺たちの死後は回収することになっているようだ。
「じゃあ、世界を渡れるのも所有者だけなのか?」
「いや、君たちがともに世界を渡りたいと望む相手は、いっしょに移動することができる。詩織ちゃんのお母さんとかね。でも、悪意を持っている人物は弾かれるから注意した方がいいよ」
「悪意があるかどうかの判断って……?」
「双方、あるいはどちらかの世界に多大な影響を及ぼす可能性のある思考を持っているかどうか、かな。鍵が自動で判断するから、あまり難しく考えなくていいよ。でも、これは所有者にも適用されるからね。君たちなら大丈夫だと思うけど、めったな考えは起こさないように」
俺は頷き、質問を続ける。
「物の持ち込みは?こっちの世界のものを向こうにもっていったり、逆に持ってきたりとか」
「そうだね……飛躍的な技術改革につながりそうなものはダメかな。それ以外は基本的に大丈夫。持ち込めないものは扉で弾かれるから、判断が難しい物は試しに扉を通してみてもいいんじゃないかな」
「なるほど」
「故郷の食べ物とかもっていってあげると、柚乃ちゃんも喜ぶだろうしね」
そんなノアの言葉に、どんなものを喜ぶだろうかと少し心が弾んだ。
次に娘のもとを訪れるときは、娘とコトラの好物をたくさん用意してやろう。
そう思うと、娘と別れた寂しさが少し和らぐような気がした。
妻が問いかけると、コトラはもう一度鳴いた。
妻は寂しそうな顔をしたが、しゃがみこんでそっと手を広げる。
「わかった。……でも、最後に抱きしめてもいい?」
コトラは妻の言葉を聞いて立ち上がり、妻の腕の中に飛び込んだ。
妻はコトラの丸い背中を優しくなでながら「柚乃のこと、守ってあげてね」と囁いた。
コトラは「わかった」とでもいうように、もう一度鳴き声をあげる。
そして妻の腕から飛び降り、娘のもとに戻るのかと思ったら、なぜか俺の足元に寄って来た。
ダメもとで抱き上げようと手を伸ばすと、コトラは抵抗することなく俺の腕の中におさまった。
普段は触らせてもくれないのに、こんなときだけ。
そう思いつつも、ずっしりとしたコトラの重みが心地いい。
しかし、背中を撫でようと伸ばした手は、尻尾ではたき落されてしまった。
そのままコトラはするりと俺の腕から零れ落ち、娘のもとへ戻っていく。
唖然とする俺と、明らかに笑いを堪えている面々。
俺はいっそ思い切り笑ってくれと思いつつ、苦笑した。
娘はコトラを抱き上げ「本当にいいの?」と訊ねる。
コトラが肯定するように鳴くと、娘はうれしそうに笑った。
扉の輝きが増し、いよいよ別れのときが近づいていることを実感する。
またいつでも会いに行けるとわかっていても、名残惜しい。
俺は妻といっしょに、娘をそっと抱きしめた。
娘が抱いているコトラもいっしょに。
コトラは尻尾を揺らしながら、娘の腕の中で大人しくしている。
「また、会いに行くからな」
「困ったことがあれば、いつでも帰ってきなさい」
俺と妻が言うと、娘は確かに頷いた。
そっと娘を離し、扉から離れる。
「パパもママも、おばあちゃんも……元気でいてね」
そう微笑む娘が、扉の中に消えていく。
扉が閉まる寸前、娘の肩を支える魔王と目が合った。
そのポジションは俺のものだったはずなのにと悔しく思いつつも、あとは任せてほしいと雄弁に語る瞳が心強い。
ふっと扉が消えた先には、ベランダに続く掃き出し窓があるだけだった。
ぼんやりと窓を開け、ベランダから街並みを見下ろす。
今まで過ごしてきた異世界が夢だったかのような、見慣れた風景だ。
しかし、俺の隣で興味深げに階下の景色を楽しむノアの姿が、夢ではなかったことを証明している。
「あれ?そういえば、サミューとロズは?」
あたりを見渡して問いかける。
ふたりの姿はどこにも見当たらない。
ノアはあっけらかんとして「おいてきたよ」と答えた。
俺は思いがけない返事に、一瞬固まった。
「そ、それは……よかったのか?」
「うん。いくら反省しているとは言え、あの神は大罪を犯したわけだしね。制裁は与えたけど、さすがに放置ってわけにはいかないから、しばらくは監視下に置く必要があるんだ。それに、二人がいれば柚乃ちゃんの様子も把握しやすいし、一石二鳥でしょ?」
「それはそうかもしれないが……なんだか申し訳ないな」
「仕事なんだから気にしない」
そういって、へらっとノアが笑う。
そして「ほかに質問は?」と冗談めいて問いかけた。
俺はせっかくだからと、気になっていたことをいくつか質問することにした。
「鍵についてなんだが」
「うん」
「鍵を使えるのは、所有者だけなんだろ?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、鍵の所有権を譲渡することはできるのか?」
ノアは首を振って「それはできないよ」と答えた。
あくまで鍵の所有は特例であり、俺たちの死後は回収することになっているようだ。
「じゃあ、世界を渡れるのも所有者だけなのか?」
「いや、君たちがともに世界を渡りたいと望む相手は、いっしょに移動することができる。詩織ちゃんのお母さんとかね。でも、悪意を持っている人物は弾かれるから注意した方がいいよ」
「悪意があるかどうかの判断って……?」
「双方、あるいはどちらかの世界に多大な影響を及ぼす可能性のある思考を持っているかどうか、かな。鍵が自動で判断するから、あまり難しく考えなくていいよ。でも、これは所有者にも適用されるからね。君たちなら大丈夫だと思うけど、めったな考えは起こさないように」
俺は頷き、質問を続ける。
「物の持ち込みは?こっちの世界のものを向こうにもっていったり、逆に持ってきたりとか」
「そうだね……飛躍的な技術改革につながりそうなものはダメかな。それ以外は基本的に大丈夫。持ち込めないものは扉で弾かれるから、判断が難しい物は試しに扉を通してみてもいいんじゃないかな」
「なるほど」
「故郷の食べ物とかもっていってあげると、柚乃ちゃんも喜ぶだろうしね」
そんなノアの言葉に、どんなものを喜ぶだろうかと少し心が弾んだ。
次に娘のもとを訪れるときは、娘とコトラの好物をたくさん用意してやろう。
そう思うと、娘と別れた寂しさが少し和らぐような気がした。
21
あなたにおすすめの小説
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる