【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい

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第15話

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 アーデルヘルムの騎士隊が友好国である隣国と帝国の国境に着いたと聞いたのは出発してから一週間後。

 そこに帝国が現れると予測され、アーデルヘルム達はそこで敵兵を待ち構える。その話をエミリオ兄様から夕食の場で聞かされた。

 とりあえず今のところ敵兵が現れたと伝令は来ていないらしく、胸を撫で下ろす。

 何もなければアーデルヘルム達は1ヶ月ほどで副団長率いる後発隊と交代して帰ってくるらしい。

 それを聞いた私は、無事に帰ってきてくれることを毎夜星空に強く願った。



 ◇◇◇



 夜も深まった時刻。習慣となった星空への願い事を終えてベッドに入って暫く経った頃だった。

 どうも部屋の外が騒がしい。

 何かあったのだろうかと起きて窓の外を見ていると、廊下からバタバタと走る音が聞こえてきた。と思ったら、部屋のドアがバン!と勢いよく開いた。

 驚いて振り向くと、ソフィーが肩で息をし、顔を真っ青にしていた。いつもとは違う彼女の姿に頭の中で嫌な音が鳴り響く。

「ひめ、さま……! 男爵様が………アーデルヘルム様が!!」

 私は部屋を飛び出した。

 スカートを翻しながら走っている姿など、教育係が見たらきっと気絶するだろう。

 そんなことを考えながらソフィーを置いて全速力で走った。


 足がもつれそうになりながら王宮を出てまた走り、人だかりができている場所に辿り着いた瞬間、息を呑んだ。

 騎士の格好をした男達が血まみれの姿で地面に転がっていて、軽傷の者は数人がかりで重症者をタンカに乗せて騎士団の建物に入っていく。

 私は人波を掻き分け、目的の人物を探し続けていると「ヴェロニカ!」と大声で呼ばれた。

 振り向くとそこには険しい顔をしたレオ兄様とユージオ兄様がこちらに向かってくる。その身なりはボロボロで、腕や足には包帯が巻かれていた。

「兄様! 怪我をして……!」
「俺たちはいい。こっちにこい」

 二人に駆け寄るとレオ兄様に腕を引っ張られ、騎士団の建物へと連れて行かれる。

「兄様、ヴェロニカに見せるつもり?」
「こいつには見る権利がある」
「そうだけど……!」

 普段のんびりとしているユージオ兄様の焦る声に、嫌な汗が背中を流れる。レオ兄様が私に見せようとしているのが嫌でも分かってしまう。

 建物に入っても腕を引っ張られ、兄様はある部屋の前で止まりドアを開ける。

 そこには騎士団の人で溢れていて、現れた私たちに皆の視線が一気に集まった。レオ兄様は気にせず部屋の中に進んでいく。

 そしてベッドの前で止まり、グイッと私の腕を前に引っ張り、よろけながら恐る恐るベッドに横になる人物の顔を見て息が止まった。

「アーデル、ヘルム……っ!」

 悲痛の声で名前を呼んでも、顔白い顔で硬く目を閉じたままのアーデルヘルムからは反応がない。

 集団の中からエミリオ兄様が現れて、私を見て後ろのレオ兄様とユージオ兄様を眉間に皺を寄せて睨んだ。

「お前達……」
「こいつの婚約者なんだ。連れてこない方がおかしいだろ」

 悪びれないレオ兄様にエミリオ兄様は深くため息を吐いて、私の腕を掴んでベッドから引き剥がした。私は兄様に縋りつく。

「エミリオ兄様……! 彼は、アーデルヘルムは無事なのですか!」

 目の前が涙で歪んでよく見えないけど、兄様が辛そうなことだけは分かった。

「危険な状況だ。一刻も早く治療をしなくてはいけない」
「そんな……!」
「エミリオ殿下」
「ああ、頼む」

 エミリオ兄様の後ろから白い服を身に纏った男が現れる。見たことがある、宮廷医師だ。

 兄様は私とレオ兄様たちも部屋の外へ追いやった。

「俺がここにいるからお前達は戻れ。レオとユージオも他の医師に見てもらえ」

 分かったな、と怖い顔で言われれば私たちは渋々頷くしかない。長兄の命令には抗えないのだ。

 それに兄様が言う通り、レオ兄様とユージオ兄様も軽傷のようだがちゃんと処置をされていないように見える。

 私は二人と別れて自室に戻ろうとした時、控えていたソフィーが近寄る。肩を支えてもらって部屋へと戻ったが眠ることはできなかった。



 ◇◇◇



 次の日の朝、食堂に現れたエミリオ兄様から、アーデルヘルムは一命は取り留めたものの意識が戻らないと教えてもらった。

 胸を撫で下ろしたものの、危ない状態には変わりない。

 私にできることは何もないと分かってはいても何もせずにはいられず、アーデルヘルムの意識が早く戻るように毎日神殿に通って何回もお祈りをした。




 アーデルヘルムが運び込まれて五日。神殿の帰りに騎士団の医務室に入る。

 清潔な部屋の真ん中にあるベッドで横になっている彼は運び込まれた時より顔色は良くなったが、未だ目を覚さない。

 私は備え付けの椅子に座り、綺麗な顔で眠るアーデルヘルムを見つめる。

「アーデルヘルム……」

 名前を呼べば優しく微笑んで「はい」と言ってくれるのに。もうずっと彼の声を聞いていない。

 ぽすん、とシーツの上からアーデルヘルムの腕に頭を乗せる。

 そうしていると、目の部分のシーツがだんだん冷たくなってくる。

「……っ、うぅ……」

 自分が泣いているのだと気づいたら涙がどんどん溢れてくる。

 部屋の外に気づかれたくなくて声を殺して不安を涙と一緒に流していく。

 私が毎夜泣いていることはみんな気づいている。それでも私はみんなの前で平静を装う。

 私は大丈夫、大丈夫。

 そうやって暗示をしないと泣き叫んでしまいそうで怖いのだ。

 好きな人がもう二度と目を覚さないのではないかと考えてしまう。

 早く安心させて。早く心の中が暖かくなる笑顔で私の名前を呼んで――


 頭に温かいものが触れた。


 ビクリと肩が跳ねて心臓がバクバクと騒ぎ出す。

 知らないうちに誰か入ってきたのかと思ったが、この大きくて暖かくて優しい手を間違えるはずがない。

 恐る恐る顔を上げると、暗闇の中でピンク色の瞳がこちらを見ていた。

「ヴェロニカ、さま……どうしましたか……」

 拙い口調でそう言いながら優しく頭を撫でてくれる。

 その手は何も変わらない、大きくて大好きな手。

――アーデルヘルムが起きた。

 頭がようやく実感して、理解した途端ぶわっと滝のように涙が溢れ出て、アーデルヘルムはギョッと目をこれでもかと見開いた。

「え、どうして」
「ど、どうしてですって……!? あなた、五日も目を覚まさなかったのよ! 私が、どれだけ心配して……っ!」

 それ以上は言葉が詰まり、手で顔を隠して泣いているとまた頭を優しく撫でられた。

 それだけで心の不安だったものが消えていくのだから不思議だ。

「すみません、ヴェロニカさま……心配を、おかけしました……」
「本当よ……」

 みんな本当心配してたんだから。落ち着いてグスグス鼻を鳴らしながら顔を上げると、アーデルヘルムは優しく微笑んでいる。

 ずっと、ずっと見たかった大好きな人の笑顔だ。ほっとしたらまた泣きそうになった。

「ヴェロニカ様。約束、覚えてますか」
「約束?」
「帰ってきたら、結婚しようって」
「!!」

 手を握られて指が絡まる。その繋ぎ方は初めてですごく恥ずかしくてドキドキして、顔に一気に熱が集まったのを感じた。

「して、いただけますか……?」
「う……!」

 眉を下げて縋ってくる年上の好きな男の表情はこんなにも破壊力が高いものなのか。

「……ちゃんと体治してからよ」
「はい」

 そう言うとアーデルヘルムはすごく嬉しそうに笑うのだから、あまりにも可愛くて。

 思わず唇を奪った。初めてのキスが寝込みを襲うみたいになってしまった。

 顔を離すと目が溢れそうに丸くするアーデルヘルムが本当可愛くてしょうがない。

「アーデルヘルム、大好きよ」
「……私もです。ヴェロニカ様」

 満足そうに笑う私をアーデルヘルムは苦笑いし「今度は私からさせてください」と体が動かないことを悔やむアーデルヘルムに、私は久しぶりに涙が出るぐらい笑った。
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