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「ようこそ、エヴァンス伯爵令嬢。お会いできて嬉しいよ」
王宮の小宴と呼ばれる場に足を踏み入れた私を出迎えたのは、驚くべき人物だった。王太子エリオット殿下――端正な容姿と聡明さで知られ、国中から尊敬を集める次期国王候補だ。私が会釈すると、殿下は柔らかい微笑を浮かべている。
「は、はじめまして。ソフィア・エヴァンスと申します」
「噂はかねがね聞いている。ソフィア嬢はとても聡明で、しかも心優しい令嬢だとね」
突然の称賛に、私は思わず頬が熱くなる。ロザリーは横で目を丸くしている。王宮の催しは大規模な舞踏会が多いが、今回は本当に小さな音楽鑑賞会のようだ。豪華な宮廷楽師が奏でる優雅な調べが、壁に飾られた華麗な装飾とともに耳と目を楽しませてくれる。
しかし、私の目的は音楽を楽しむことではない。ライネルが来ていると聞いたのに、会場を見渡してもその姿は見当たらない。どこか別室にいるのかもしれない。落ち着かない気持ちで周囲を探っていると、エリオット殿下がさりげなく私に話しかけてきた。
「もしよかったら、一曲だけ一緒に聴かないかい? こちらの席が空いているんだ」
「え……はい。光栄です、殿下」
断るわけにもいかず、私はエリオット殿下の隣の席に座った。ロザリーは少し離れたところに座り、私を見守っている。音楽が始まり、静かな緊張感が広がる中、殿下は私に耳打ちするように小さく囁く。
「すまないね。こういう場で落ち着かないのは知ってる。でも君には聞きたいことがあってね」
「殿下が私に、ですか?」
「うん。最近、ライネル公爵家の次男殿が何やら動いているようだと聞いた。君は婚約者だったそうだね?」
心臓がどきりと鳴る。まさか王太子殿下が私たちの事情に興味を持たれているとは思わなかった。けれど王太子という立場上、貴族間の婚姻や派閥の動きには敏感なのかもしれない。
「ええ……ですが、実は昨日、突然婚約を破棄されまして」
思わず本当のことを口にすると、エリオット殿下は顔色ひとつ変えずに頷いた。
「そうか。それでいま、君は困惑していると――合点がいった。僕もライネル殿本人から少し話を聞こうと思ったが、どうもすれ違いが続いているんだ」
「殿下も、ライネルと直接話せていないのですか?」
「そうなんだ。公爵家自体、最近は何かと忙しそうにしていてね。君がもし婚約破棄の理由を知っているなら、教えてほしかったけど……」
「申し訳ありません。私にも理由がわからなくて……」
エリオット殿下は一瞬だけ考え込むような表情をしてから、ふっと微笑む。
「ならば僕も協力しよう。君が求めるなら、王太子として――いや、一人の友人として力になりたい」
「殿下……ありがとうございます」
思わぬ申し出に胸が温かくなる。優雅な音楽がゆったりと続く中、私は自分の存在の小ささを感じつつも、殿下の言葉に少しの勇気を得た。ロザリーがこちらを覗き込みながら、にっこりと笑っているのが視界の端に映る。
音楽が終わり、一息ついたところで、私は意を決して席を立った。ライネルがどこにいるのか少し探してみようと思ったのだ。しかし、それより先に別の方向からざわめきが聞こえ、人垣がざわざわと割れる。そこにふわりと現れたのは――
「やだ、あれリリーナ・クレイグじゃない?」
低く呟く貴族の声が聞こえてきて、私は反射的に目を向けた。そこにいたのは真っ白いドレスを身にまとい、華やかな容姿を持つ女性。周囲の視線を一身に集めながらも、彼女はまるで慣れた様子で会場を闊歩していた。
噂の美女――リリーナ。その姿を初めて目にした私は、そのオーラに少し圧倒される。確かに際立つ美貌と抜群のスタイル。金色の髪は宝石のようにきらめき、まるで舞踏会の主役かのような存在感を放っている。
「彼女……ライネル様の新しい“想い人”だっていうの?」
そんな会話が耳に入ってきて、思わず心が乱れる。婚約破棄とリリーナの存在が結びついているなら、なおさら彼女の動向を見逃すわけにはいかない。でも今ここで声をかけるのは得策ではないだろう。彼女には大勢の取り巻きがいるし、私が何を言えるわけでもない。
そんな私の葛藤を見抜いたのか、エリオット殿下が小声で囁く。
「焦らないほうがいいよ。リリーナ嬢については、僕も少し調べようと思っているんだ。彼女の登場は、ちょっと不自然すぎるからね」
「……不自然、ですか?」
「うん。急に王宮に出入りするようになって、貴族たちの間で話題をさらった。彼女自身の出自はそこまで華やかなはずじゃないのに、やけに堂々としている。不思議と言えば不思議さ」
その言葉にどこか安心感を覚える。私だけではなく、王太子殿下も“リリーナの不透明さ”を感じ取っているのだと思うと、やはり私の直感は間違っていないのかもしれない。
「私……どうしてもライネルに直接会って話したいんです。リリーナに対する気持ちがどうとかよりも、あの人が何を考えているのかを知りたい」
「わかった。僕も手伝えることがあれば言ってくれ」
エリオット殿下の優しい声に、私は少しだけ胸が高鳴った。支えになる存在がいるというのは、こんなにも心強いのかと。そうして私が殿下に一礼した時、視線の先でリリーナが妖艶な笑みをこちらに向けたような気がして――思わず目をそらしてしまった。
王宮の小宴と呼ばれる場に足を踏み入れた私を出迎えたのは、驚くべき人物だった。王太子エリオット殿下――端正な容姿と聡明さで知られ、国中から尊敬を集める次期国王候補だ。私が会釈すると、殿下は柔らかい微笑を浮かべている。
「は、はじめまして。ソフィア・エヴァンスと申します」
「噂はかねがね聞いている。ソフィア嬢はとても聡明で、しかも心優しい令嬢だとね」
突然の称賛に、私は思わず頬が熱くなる。ロザリーは横で目を丸くしている。王宮の催しは大規模な舞踏会が多いが、今回は本当に小さな音楽鑑賞会のようだ。豪華な宮廷楽師が奏でる優雅な調べが、壁に飾られた華麗な装飾とともに耳と目を楽しませてくれる。
しかし、私の目的は音楽を楽しむことではない。ライネルが来ていると聞いたのに、会場を見渡してもその姿は見当たらない。どこか別室にいるのかもしれない。落ち着かない気持ちで周囲を探っていると、エリオット殿下がさりげなく私に話しかけてきた。
「もしよかったら、一曲だけ一緒に聴かないかい? こちらの席が空いているんだ」
「え……はい。光栄です、殿下」
断るわけにもいかず、私はエリオット殿下の隣の席に座った。ロザリーは少し離れたところに座り、私を見守っている。音楽が始まり、静かな緊張感が広がる中、殿下は私に耳打ちするように小さく囁く。
「すまないね。こういう場で落ち着かないのは知ってる。でも君には聞きたいことがあってね」
「殿下が私に、ですか?」
「うん。最近、ライネル公爵家の次男殿が何やら動いているようだと聞いた。君は婚約者だったそうだね?」
心臓がどきりと鳴る。まさか王太子殿下が私たちの事情に興味を持たれているとは思わなかった。けれど王太子という立場上、貴族間の婚姻や派閥の動きには敏感なのかもしれない。
「ええ……ですが、実は昨日、突然婚約を破棄されまして」
思わず本当のことを口にすると、エリオット殿下は顔色ひとつ変えずに頷いた。
「そうか。それでいま、君は困惑していると――合点がいった。僕もライネル殿本人から少し話を聞こうと思ったが、どうもすれ違いが続いているんだ」
「殿下も、ライネルと直接話せていないのですか?」
「そうなんだ。公爵家自体、最近は何かと忙しそうにしていてね。君がもし婚約破棄の理由を知っているなら、教えてほしかったけど……」
「申し訳ありません。私にも理由がわからなくて……」
エリオット殿下は一瞬だけ考え込むような表情をしてから、ふっと微笑む。
「ならば僕も協力しよう。君が求めるなら、王太子として――いや、一人の友人として力になりたい」
「殿下……ありがとうございます」
思わぬ申し出に胸が温かくなる。優雅な音楽がゆったりと続く中、私は自分の存在の小ささを感じつつも、殿下の言葉に少しの勇気を得た。ロザリーがこちらを覗き込みながら、にっこりと笑っているのが視界の端に映る。
音楽が終わり、一息ついたところで、私は意を決して席を立った。ライネルがどこにいるのか少し探してみようと思ったのだ。しかし、それより先に別の方向からざわめきが聞こえ、人垣がざわざわと割れる。そこにふわりと現れたのは――
「やだ、あれリリーナ・クレイグじゃない?」
低く呟く貴族の声が聞こえてきて、私は反射的に目を向けた。そこにいたのは真っ白いドレスを身にまとい、華やかな容姿を持つ女性。周囲の視線を一身に集めながらも、彼女はまるで慣れた様子で会場を闊歩していた。
噂の美女――リリーナ。その姿を初めて目にした私は、そのオーラに少し圧倒される。確かに際立つ美貌と抜群のスタイル。金色の髪は宝石のようにきらめき、まるで舞踏会の主役かのような存在感を放っている。
「彼女……ライネル様の新しい“想い人”だっていうの?」
そんな会話が耳に入ってきて、思わず心が乱れる。婚約破棄とリリーナの存在が結びついているなら、なおさら彼女の動向を見逃すわけにはいかない。でも今ここで声をかけるのは得策ではないだろう。彼女には大勢の取り巻きがいるし、私が何を言えるわけでもない。
そんな私の葛藤を見抜いたのか、エリオット殿下が小声で囁く。
「焦らないほうがいいよ。リリーナ嬢については、僕も少し調べようと思っているんだ。彼女の登場は、ちょっと不自然すぎるからね」
「……不自然、ですか?」
「うん。急に王宮に出入りするようになって、貴族たちの間で話題をさらった。彼女自身の出自はそこまで華やかなはずじゃないのに、やけに堂々としている。不思議と言えば不思議さ」
その言葉にどこか安心感を覚える。私だけではなく、王太子殿下も“リリーナの不透明さ”を感じ取っているのだと思うと、やはり私の直感は間違っていないのかもしれない。
「私……どうしてもライネルに直接会って話したいんです。リリーナに対する気持ちがどうとかよりも、あの人が何を考えているのかを知りたい」
「わかった。僕も手伝えることがあれば言ってくれ」
エリオット殿下の優しい声に、私は少しだけ胸が高鳴った。支えになる存在がいるというのは、こんなにも心強いのかと。そうして私が殿下に一礼した時、視線の先でリリーナが妖艶な笑みをこちらに向けたような気がして――思わず目をそらしてしまった。
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