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「ソフィア、もう聞いたか?」
早朝の廊下で父ギルバートと出くわした瞬間、彼は私を呼び止めてそう切り出した。やつれた顔で、昨夜はよく眠れなかったのだろう。私も目の下にうっすらとクマができているのを自覚しているが、そんなことを気にする余裕はない。
「聞いたとは……何のことでしょう、お父様」
「アルバート公爵家が正式に“婚約の解消”を示唆しているらしい。まだ書面で届いたわけではないが、近いうちに話し合いの場が設けられるかもしれん」
ついに、正式に動き出すのか――そう思うと胸がざわつく。ライネルと公爵家が本気で婚約破棄を進めようとしているなら、伯爵家としては大きな痛手になる。政治的な結びつきもあったし、何より世間体が大きく傷つく。
「公爵家との縁が途切れれば、我が家の立場も危うくなる。今後の政略も変わってくるだろう。ソフィア、おまえはどうしたい? 本当に破棄されることを受け入れるのか?」
「……私は、ライネルとちゃんと話をしたい。もし納得できる理由があるなら、それを聞いた上で私自身が判断したいです」
父は大きく息を吐いて、眉根を寄せる。
「おまえがそう決めるなら、私はできる限り力になろう。ただし、あまり期待はするな。ライネル殿が何を考えているか、さっぱり見えてこないからな」
期待をするな――その言葉がズシリと胸にのしかかる。確かに、ライネルが誰かに脅されているのか、それとも本当に私ではなくリリーナを選んだのか、真相はわからないままだ。
一方で、王宮の小宴から戻ってきた昨日の夜、ロザリーが私にこんな話をした。
「私、王宮であのリリーナに少し話しかけられたの」
「え……本当?」
「うん。彼女、『あなたのお友達はとても美しい伯爵令嬢ね』って妙に探るような言い方をしてきたわ。私が『ソフィアのことですか?』って聞いたら、くすりと笑って去っていったの」
リリーナが私の存在を意識しているのだとしたら、何が目的なのだろうか。単純にライネルを奪いたいだけなら、わざわざ私に接触する必要はないと思うのだけれど……。
「なんだか彼女、裏で何かしら動いている気がするの。あの目はただ者じゃないわ」
ロザリーの勘は鋭いから、私も素直に警戒しておいたほうがよさそうだ。そして父からは、“伯爵家が危うい”という話が降ってきた。こうして内外から追い詰められるように事件が進んでいくと、胸の中に居場所のない不安と焦りが募る。
昼過ぎ、私が書斎で資料を読み漁っていると、突然扉をノックする音がした。
「失礼します、お嬢様。先ほど王宮から正式な連絡がありました。三日後に公爵家と伯爵家の間で面会の場を調整するそうです」
「三日後……わかりました。ありがとう」
来るべきときが来た――そんな思いで胸がいっぱいになる。ライネルはその場に姿を見せるだろうか。どのような顔で私の前に現れるのだろう。王宮という公の場では、彼も真意を隠せないかもしれない。
「決着は、そう遠くないのかもしれない」
声に出してみても、その響きは重い。もしライネルが本当に私との婚約を捨てるなら、私はそれを受け入れるしかないのだろうか。でも、納得できない気持ちは消せない。彼の苦しげな表情を思い出すたび、どうしても“理由があるはず”と思ってしまう。
夜になり、ベッドに横たわっても頭が冴えて眠れない。婚約破棄が現実になったとき、私はどう生きていけばいいのだろう。貴族の娘として、家のために結婚するのは普通のこと。もしこの縁談が破談になったら、また別の縁談が持ち込まれるかもしれない。けれど、それで心が満たされるのだろうか。
「ライネル……あなたは、私に何を求めているの?」
自分の声が静かな部屋で虚しく響くだけだ。枕を抱きしめて瞼を閉じるが、すぐには眠れそうにない。もしかしたら、これはただの始まりに過ぎないのかもしれない。そう思うと、やりきれないほどの不安と同時に、ほんの少しだけ湧き上がる“闘志”みたいなものを感じたのだった。
早朝の廊下で父ギルバートと出くわした瞬間、彼は私を呼び止めてそう切り出した。やつれた顔で、昨夜はよく眠れなかったのだろう。私も目の下にうっすらとクマができているのを自覚しているが、そんなことを気にする余裕はない。
「聞いたとは……何のことでしょう、お父様」
「アルバート公爵家が正式に“婚約の解消”を示唆しているらしい。まだ書面で届いたわけではないが、近いうちに話し合いの場が設けられるかもしれん」
ついに、正式に動き出すのか――そう思うと胸がざわつく。ライネルと公爵家が本気で婚約破棄を進めようとしているなら、伯爵家としては大きな痛手になる。政治的な結びつきもあったし、何より世間体が大きく傷つく。
「公爵家との縁が途切れれば、我が家の立場も危うくなる。今後の政略も変わってくるだろう。ソフィア、おまえはどうしたい? 本当に破棄されることを受け入れるのか?」
「……私は、ライネルとちゃんと話をしたい。もし納得できる理由があるなら、それを聞いた上で私自身が判断したいです」
父は大きく息を吐いて、眉根を寄せる。
「おまえがそう決めるなら、私はできる限り力になろう。ただし、あまり期待はするな。ライネル殿が何を考えているか、さっぱり見えてこないからな」
期待をするな――その言葉がズシリと胸にのしかかる。確かに、ライネルが誰かに脅されているのか、それとも本当に私ではなくリリーナを選んだのか、真相はわからないままだ。
一方で、王宮の小宴から戻ってきた昨日の夜、ロザリーが私にこんな話をした。
「私、王宮であのリリーナに少し話しかけられたの」
「え……本当?」
「うん。彼女、『あなたのお友達はとても美しい伯爵令嬢ね』って妙に探るような言い方をしてきたわ。私が『ソフィアのことですか?』って聞いたら、くすりと笑って去っていったの」
リリーナが私の存在を意識しているのだとしたら、何が目的なのだろうか。単純にライネルを奪いたいだけなら、わざわざ私に接触する必要はないと思うのだけれど……。
「なんだか彼女、裏で何かしら動いている気がするの。あの目はただ者じゃないわ」
ロザリーの勘は鋭いから、私も素直に警戒しておいたほうがよさそうだ。そして父からは、“伯爵家が危うい”という話が降ってきた。こうして内外から追い詰められるように事件が進んでいくと、胸の中に居場所のない不安と焦りが募る。
昼過ぎ、私が書斎で資料を読み漁っていると、突然扉をノックする音がした。
「失礼します、お嬢様。先ほど王宮から正式な連絡がありました。三日後に公爵家と伯爵家の間で面会の場を調整するそうです」
「三日後……わかりました。ありがとう」
来るべきときが来た――そんな思いで胸がいっぱいになる。ライネルはその場に姿を見せるだろうか。どのような顔で私の前に現れるのだろう。王宮という公の場では、彼も真意を隠せないかもしれない。
「決着は、そう遠くないのかもしれない」
声に出してみても、その響きは重い。もしライネルが本当に私との婚約を捨てるなら、私はそれを受け入れるしかないのだろうか。でも、納得できない気持ちは消せない。彼の苦しげな表情を思い出すたび、どうしても“理由があるはず”と思ってしまう。
夜になり、ベッドに横たわっても頭が冴えて眠れない。婚約破棄が現実になったとき、私はどう生きていけばいいのだろう。貴族の娘として、家のために結婚するのは普通のこと。もしこの縁談が破談になったら、また別の縁談が持ち込まれるかもしれない。けれど、それで心が満たされるのだろうか。
「ライネル……あなたは、私に何を求めているの?」
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