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「まさか王宮にこんな通路があったなんて……」
夜更けの王宮内の一角、私はロザリーと共にひっそりとした回廊を歩いていた。エリオット殿下の話によると、ここは昔からある“隠し通路”の入り口に繋がっているらしい。殿下が「王宮の構造を把握しておくと便利だよ」とこっそり教えてくれたのだ。
「きっとリリーナは、こういう人目につきにくい場所で密談をしているのよ。あの女の行動パターンからして、堂々と大広間で怪しい相談なんてできないでしょうし」
ロザリーは小声でそう言い、手持ちのランタンをかざす。石造りの壁に沿って歩いていくうち、やがて小さな扉が見えてきた。そっと耳を当ててみると、かすかに人の声が聞こえる。私は緊張で胸が高鳴るのを感じながら、扉の隙間から中の様子を覗いた。
「……ですから、あの伯爵令嬢は間違いなく邪魔になるの。ライネル様を射止めたいなら、今のうちに貶めてしまうのが得策」
聞こえてきたのは、リリーナの声だ。心臓がドキリとする。一緒にいるのは誰なのか――角度的に顔は見えないが、男の声が重なっている。
「しかし、公爵家の重鎮たちを説得しきるには、それ相応の……」
低くくぐもった声で何かが交わされる。話の内容からすると、やはり私に罪を着せ、評判を落とす計画を具体的に進めているようだ。ライネルを公爵家の正式な継承者として押し上げるために、私の存在が邪魔なのだろう。あるいは、リリーナを正妻に据えるための陰謀かもしれない。
ふと、リリーナが不敵な笑みを浮かべたかのように見えた。
「婚約破棄の書類が正式に発行されたら、一気に動き出すわ。その時が、あの娘の命運を左右する瞬間になるでしょうね」
思わず息が詰まる。命運……? 大げさな表現に聞こえるかもしれないが、貴族社会では婚姻の破談が一族の将来を左右することは珍しくない。しかも、彼女の言いぶりからして私の“名誉”どころか、“身の安全”すら危うくなる可能性があるのかもしれない。
ロザリーの手が小刻みに震えているのを感じる。私も心臓がバクバクして、冷や汗が滲む。こんな話、聞かなかった方がよかったのではないか――そんな気持ちさえ湧いてくる。
しかし、ここで逃げ出すわけにはいかない。リリーナは何を狙っているのか、確かな証拠を掴むことが私たちの目標だ。意を決して、もう少し身を乗り出してみようとしたその時――
「……誰だ?」
男の声が急に張り詰めた。思わず息を飲んで身を引く。バレた? ドキドキと鼓動が早まる。ロザリーと顔を見合わせ、今にも物音を立てずに逃げ出そうとするが、扉の向こうでリリーナが「気のせいよ」と笑う声がした。
「こんな夜更けに、この通路を知る人なんて限られてるわ。気にしすぎじゃない?」
男はまだ警戒しているのか、しばしの沈黙が続く。けれど、再びリリーナが口を開く気配を感じたため、私たちはそれ以上居続けるのは危険と判断し、足音を立てぬよう後ずさりして通路を引き返した。
しばらく歩き、ようやく明るい回廊へと抜け出す。ロザリーは安堵のあまり、壁にもたれかかって大きく息をついた。
「はぁ……心臓が止まるかと思ったわ」
「ごめん、私がもう少し近づこうとしたせいで……」
「ううん、あのままだと見つかってたかもしれないし、あれ以上は危険だったわ」
暗がりの中、互いに顔がよく見えないが、その声には疲労と緊張が混じっている。私も足が震えてうまく立てないほどだ。それでも、わかったことは大きい。リリーナは私を“邪魔者”とみなしていて、破滅させようとしている。ライネルをめぐる政治的な思惑も絡んでいるようだ。
「ライネル様は……やっぱり何かに巻き込まれているのよ。リリーナの策略なのか、公爵家の誰かが裏で糸を引いているのかはわからないけど」
ロザリーの声が少し震える。その通りだろう。ライネルが私に何も言えないのも、こうした暗い陰謀のせいなのだ。彼が私を遠ざけた理由は“私を守るため”――そんな予感が強まる。
だけど、私はもう守られるだけの存在でいるつもりはない。自分の名誉と幸せを守るためにも、真相を暴かなければならないのだから。
「まずはエリオット殿下にも報告しよう。何か動きがあるかもしれない」
「そうね……。殿下の力を借りれば、リリーナやその背後を突き止められるかもしれない。あとは、ライネル様に直接会う機会を作りたいわ」
互いに意思を確認しあったところで、もう一度大きく息を吸い込む。夜風が冷たく、肌を刺すように感じる。しかし、その冷たさがむしろ私の決心を研ぎ澄ませてくれた。
「待ってて、ライネル。あなたが苦しんでいるなら、私が力になりたい」
そう心の中で誓い、私はロザリーとともに王宮の回廊を後にした。状況はますます混沌を深めているが、恐れに負けるつもりはない。リリーナやその仲間が何を企んでいようと、私は真実を追い求める――それが婚約破棄から始まった、私の新たな戦いの幕開けだった。
夜更けの王宮内の一角、私はロザリーと共にひっそりとした回廊を歩いていた。エリオット殿下の話によると、ここは昔からある“隠し通路”の入り口に繋がっているらしい。殿下が「王宮の構造を把握しておくと便利だよ」とこっそり教えてくれたのだ。
「きっとリリーナは、こういう人目につきにくい場所で密談をしているのよ。あの女の行動パターンからして、堂々と大広間で怪しい相談なんてできないでしょうし」
ロザリーは小声でそう言い、手持ちのランタンをかざす。石造りの壁に沿って歩いていくうち、やがて小さな扉が見えてきた。そっと耳を当ててみると、かすかに人の声が聞こえる。私は緊張で胸が高鳴るのを感じながら、扉の隙間から中の様子を覗いた。
「……ですから、あの伯爵令嬢は間違いなく邪魔になるの。ライネル様を射止めたいなら、今のうちに貶めてしまうのが得策」
聞こえてきたのは、リリーナの声だ。心臓がドキリとする。一緒にいるのは誰なのか――角度的に顔は見えないが、男の声が重なっている。
「しかし、公爵家の重鎮たちを説得しきるには、それ相応の……」
低くくぐもった声で何かが交わされる。話の内容からすると、やはり私に罪を着せ、評判を落とす計画を具体的に進めているようだ。ライネルを公爵家の正式な継承者として押し上げるために、私の存在が邪魔なのだろう。あるいは、リリーナを正妻に据えるための陰謀かもしれない。
ふと、リリーナが不敵な笑みを浮かべたかのように見えた。
「婚約破棄の書類が正式に発行されたら、一気に動き出すわ。その時が、あの娘の命運を左右する瞬間になるでしょうね」
思わず息が詰まる。命運……? 大げさな表現に聞こえるかもしれないが、貴族社会では婚姻の破談が一族の将来を左右することは珍しくない。しかも、彼女の言いぶりからして私の“名誉”どころか、“身の安全”すら危うくなる可能性があるのかもしれない。
ロザリーの手が小刻みに震えているのを感じる。私も心臓がバクバクして、冷や汗が滲む。こんな話、聞かなかった方がよかったのではないか――そんな気持ちさえ湧いてくる。
しかし、ここで逃げ出すわけにはいかない。リリーナは何を狙っているのか、確かな証拠を掴むことが私たちの目標だ。意を決して、もう少し身を乗り出してみようとしたその時――
「……誰だ?」
男の声が急に張り詰めた。思わず息を飲んで身を引く。バレた? ドキドキと鼓動が早まる。ロザリーと顔を見合わせ、今にも物音を立てずに逃げ出そうとするが、扉の向こうでリリーナが「気のせいよ」と笑う声がした。
「こんな夜更けに、この通路を知る人なんて限られてるわ。気にしすぎじゃない?」
男はまだ警戒しているのか、しばしの沈黙が続く。けれど、再びリリーナが口を開く気配を感じたため、私たちはそれ以上居続けるのは危険と判断し、足音を立てぬよう後ずさりして通路を引き返した。
しばらく歩き、ようやく明るい回廊へと抜け出す。ロザリーは安堵のあまり、壁にもたれかかって大きく息をついた。
「はぁ……心臓が止まるかと思ったわ」
「ごめん、私がもう少し近づこうとしたせいで……」
「ううん、あのままだと見つかってたかもしれないし、あれ以上は危険だったわ」
暗がりの中、互いに顔がよく見えないが、その声には疲労と緊張が混じっている。私も足が震えてうまく立てないほどだ。それでも、わかったことは大きい。リリーナは私を“邪魔者”とみなしていて、破滅させようとしている。ライネルをめぐる政治的な思惑も絡んでいるようだ。
「ライネル様は……やっぱり何かに巻き込まれているのよ。リリーナの策略なのか、公爵家の誰かが裏で糸を引いているのかはわからないけど」
ロザリーの声が少し震える。その通りだろう。ライネルが私に何も言えないのも、こうした暗い陰謀のせいなのだ。彼が私を遠ざけた理由は“私を守るため”――そんな予感が強まる。
だけど、私はもう守られるだけの存在でいるつもりはない。自分の名誉と幸せを守るためにも、真相を暴かなければならないのだから。
「まずはエリオット殿下にも報告しよう。何か動きがあるかもしれない」
「そうね……。殿下の力を借りれば、リリーナやその背後を突き止められるかもしれない。あとは、ライネル様に直接会う機会を作りたいわ」
互いに意思を確認しあったところで、もう一度大きく息を吸い込む。夜風が冷たく、肌を刺すように感じる。しかし、その冷たさがむしろ私の決心を研ぎ澄ませてくれた。
「待ってて、ライネル。あなたが苦しんでいるなら、私が力になりたい」
そう心の中で誓い、私はロザリーとともに王宮の回廊を後にした。状況はますます混沌を深めているが、恐れに負けるつもりはない。リリーナやその仲間が何を企んでいようと、私は真実を追い求める――それが婚約破棄から始まった、私の新たな戦いの幕開けだった。
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