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「聞いた? ソフィア・エヴァンス伯爵令嬢、ずいぶんと傲慢らしいわよ」
「婚約者を縛り付けて、挙句の果てには捨てられたのに、まだ王宮に出入りするなんて」
会場の一角でひそひそ話す貴族女性たちの声が、私の耳に入ってきた。あからさまに私の名を口にされると、胸の奥が痛む。リリーナをはじめとする誰かが、私を悪者に仕立てる風潮を広めているのは明らかだ。今夜の仮面舞踏会でも、あちこちでそんな風評が流れている。
「ソフィア、今は気にしないで。証拠を集めて、いずれ真実を明らかにすればいいわ」
ロザリーが励ましてくれるが、さすがに心は乱れる。人前では笑ってみせても、悪役令嬢と呼ばれるのは決して愉快なものではない。それでも、ここで落ち込んでいるわけにはいかない。
音楽が途切れ、次の曲が始まる合間、司会役の貴族が中央で声を上げる。
「皆さま、お待たせいたしました。これより特別なパフォーマンスを披露いたします。どうぞお楽しみください」
すると、男性奏者と女性舞姫がステージに上がり、優美な舞を始める。観客たちはその華やかさに引き込まれ、私たちも踊りに見とれていた。けれど、その時、不意に一人の女性がステージ近くに出て行った。それはリリーナだった。
「え……彼女、何をするつもり?」
ドレスの裾を翻しながら、リリーナは誰もが注目する場所へと進む。そしてさも“舞姫の一人”であるかのように、軽やかなステップで踊りに加わっていく。会場からは大きなどよめきが起き、すぐに拍手が沸き起こった。
「まあ、あのリリーナ様、踊りもお上手なのね」
「美しいわ。ライネル様の新しいパートナーにふさわしいかもしれない」
歓声とともに、耳障りな言葉までが飛び交う。私は思わず唇を噛む。あれこそ、狙っているのだろう――皆の目を奪い、堂々と華の中心に立つことで、あたかもリリーナが“公爵家を手中に収めるヒロイン”であるかのように印象付けているのだ。
踊りが終わると、リリーナは優雅に一礼してステージを降りる。周囲が拍手喝采で迎える中、リリーナは私を見つめて、にやりと微笑む。そして、わざと大きな声でこう言い放った。
「踊りといえば、ソフィア・エヴァンス嬢も相当な腕前だと伺いましたわ。ここで披露していただけないかしら」
突如として投げかけられた名指し。その場の視線が一気に私に集まる。断るにしても注目を浴びるし、受ければリリーナの思惑通り“比較の対象”にされるかもしれない。まさかこんな形で挑発してくるとは思わなかった。
「あら、恥ずかしがらなくてもいいのに。さすがに仮面舞踏会ですもの、こちらも盛り上がるわ」
さらに周囲からは「見てみたい」という声が起こる。一部の貴族は興味本位かもしれないが、この流れを楽しんでいるように見える。私は困惑しながらも、ロザリーと視線を交わした。
「……どうする?」
ロザリーが小声で問う。私も決断に迷うが、ここでひるんでいては今後ますます悪い噂を強めるだけかもしれない。逃げるよりは、堂々と自分を示したほうがいい――そう思い、決意を固める。
「わかりました。少しだけお付き合いさせていただきます」
会場がざわめく中、私は仮面を軽く押さえてステージに歩み寄る。実は幼い頃から習っていた舞踏の腕はそこそこ自信がある。こんな場で披露するのは初めてだけれど、恥をかくわけにはいかない。
音楽が始まり、私はリズムに合わせて足を運ぶ。最初は緊張で動きが硬かったが、すぐに息が合ってくる。周囲の視線を感じながらも、心を落ち着け、流れる旋律を身体で表現する。
「……すごい。ソフィア嬢、あんなに踊れるのか」
「噂とは違うんじゃない?」
かすかに聞こえてくる囁き。会場の空気が少しずつ変化していくのを感じる。悪役令嬢と呼ばれる私が、ここで優雅に舞う姿は、噂話とは相容れないものなのだろう。
曲が終わると、控えめに一礼をする私に、拍手が巻き起こった。驚きの表情を浮かべる人も多い。リリーナの顔を見ると、その笑みはかすかに引きつっているようだった。
「ご覧いただき、ありがとうございました」
私の言葉に、リリーナはわざとらしく笑って応じる。
「まあ素敵。それだけ踊れれば、ライネル様もさぞお喜びに……」
そこまで言いかけた瞬間、リリーナの背後から大きな声が響く。
「リリーナ、やめておけ」
驚いて目を向けると、仮面を外したライネルが立っていた。ステージの影から姿を現し、険しい表情でリリーナを制止している。私はその姿に思わず胸が高鳴る。ようやく会えた――その思いと、ライネルの厳しい眼差しにどこか不安を抱く思いが入り交じる。
「ライネル……」
小さく名前を呼ぶ私を、彼は一瞬見つめたものの、すぐにリリーナの腕を取って会場の隅へ向かっていく。あまりにも急な動きに、私は追いかけることもできない。彼の顔には迷いや苦悩が浮かんでいるようで、その背中がとても遠く感じられた。
こうして、舞踏会での私の華やかな踊りは、一瞬のスポットライトを浴びるだけに終わる。悪役令嬢の烙印は剝がれかけたかもしれないが、ライネルの真意は依然として掴めないままだ。人々が私を見る目が微妙に変化するのを感じながら、私はステージを降り、ロザリーのもとへ戻っていった。
「婚約者を縛り付けて、挙句の果てには捨てられたのに、まだ王宮に出入りするなんて」
会場の一角でひそひそ話す貴族女性たちの声が、私の耳に入ってきた。あからさまに私の名を口にされると、胸の奥が痛む。リリーナをはじめとする誰かが、私を悪者に仕立てる風潮を広めているのは明らかだ。今夜の仮面舞踏会でも、あちこちでそんな風評が流れている。
「ソフィア、今は気にしないで。証拠を集めて、いずれ真実を明らかにすればいいわ」
ロザリーが励ましてくれるが、さすがに心は乱れる。人前では笑ってみせても、悪役令嬢と呼ばれるのは決して愉快なものではない。それでも、ここで落ち込んでいるわけにはいかない。
音楽が途切れ、次の曲が始まる合間、司会役の貴族が中央で声を上げる。
「皆さま、お待たせいたしました。これより特別なパフォーマンスを披露いたします。どうぞお楽しみください」
すると、男性奏者と女性舞姫がステージに上がり、優美な舞を始める。観客たちはその華やかさに引き込まれ、私たちも踊りに見とれていた。けれど、その時、不意に一人の女性がステージ近くに出て行った。それはリリーナだった。
「え……彼女、何をするつもり?」
ドレスの裾を翻しながら、リリーナは誰もが注目する場所へと進む。そしてさも“舞姫の一人”であるかのように、軽やかなステップで踊りに加わっていく。会場からは大きなどよめきが起き、すぐに拍手が沸き起こった。
「まあ、あのリリーナ様、踊りもお上手なのね」
「美しいわ。ライネル様の新しいパートナーにふさわしいかもしれない」
歓声とともに、耳障りな言葉までが飛び交う。私は思わず唇を噛む。あれこそ、狙っているのだろう――皆の目を奪い、堂々と華の中心に立つことで、あたかもリリーナが“公爵家を手中に収めるヒロイン”であるかのように印象付けているのだ。
踊りが終わると、リリーナは優雅に一礼してステージを降りる。周囲が拍手喝采で迎える中、リリーナは私を見つめて、にやりと微笑む。そして、わざと大きな声でこう言い放った。
「踊りといえば、ソフィア・エヴァンス嬢も相当な腕前だと伺いましたわ。ここで披露していただけないかしら」
突如として投げかけられた名指し。その場の視線が一気に私に集まる。断るにしても注目を浴びるし、受ければリリーナの思惑通り“比較の対象”にされるかもしれない。まさかこんな形で挑発してくるとは思わなかった。
「あら、恥ずかしがらなくてもいいのに。さすがに仮面舞踏会ですもの、こちらも盛り上がるわ」
さらに周囲からは「見てみたい」という声が起こる。一部の貴族は興味本位かもしれないが、この流れを楽しんでいるように見える。私は困惑しながらも、ロザリーと視線を交わした。
「……どうする?」
ロザリーが小声で問う。私も決断に迷うが、ここでひるんでいては今後ますます悪い噂を強めるだけかもしれない。逃げるよりは、堂々と自分を示したほうがいい――そう思い、決意を固める。
「わかりました。少しだけお付き合いさせていただきます」
会場がざわめく中、私は仮面を軽く押さえてステージに歩み寄る。実は幼い頃から習っていた舞踏の腕はそこそこ自信がある。こんな場で披露するのは初めてだけれど、恥をかくわけにはいかない。
音楽が始まり、私はリズムに合わせて足を運ぶ。最初は緊張で動きが硬かったが、すぐに息が合ってくる。周囲の視線を感じながらも、心を落ち着け、流れる旋律を身体で表現する。
「……すごい。ソフィア嬢、あんなに踊れるのか」
「噂とは違うんじゃない?」
かすかに聞こえてくる囁き。会場の空気が少しずつ変化していくのを感じる。悪役令嬢と呼ばれる私が、ここで優雅に舞う姿は、噂話とは相容れないものなのだろう。
曲が終わると、控えめに一礼をする私に、拍手が巻き起こった。驚きの表情を浮かべる人も多い。リリーナの顔を見ると、その笑みはかすかに引きつっているようだった。
「ご覧いただき、ありがとうございました」
私の言葉に、リリーナはわざとらしく笑って応じる。
「まあ素敵。それだけ踊れれば、ライネル様もさぞお喜びに……」
そこまで言いかけた瞬間、リリーナの背後から大きな声が響く。
「リリーナ、やめておけ」
驚いて目を向けると、仮面を外したライネルが立っていた。ステージの影から姿を現し、険しい表情でリリーナを制止している。私はその姿に思わず胸が高鳴る。ようやく会えた――その思いと、ライネルの厳しい眼差しにどこか不安を抱く思いが入り交じる。
「ライネル……」
小さく名前を呼ぶ私を、彼は一瞬見つめたものの、すぐにリリーナの腕を取って会場の隅へ向かっていく。あまりにも急な動きに、私は追いかけることもできない。彼の顔には迷いや苦悩が浮かんでいるようで、その背中がとても遠く感じられた。
こうして、舞踏会での私の華やかな踊りは、一瞬のスポットライトを浴びるだけに終わる。悪役令嬢の烙印は剝がれかけたかもしれないが、ライネルの真意は依然として掴めないままだ。人々が私を見る目が微妙に変化するのを感じながら、私はステージを降り、ロザリーのもとへ戻っていった。
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