17 / 30
17
しおりを挟む
「ライネル様と二人きりでお話ししたい」
私がそう切り出すと、公爵家の応接間には緊張が走った。テオドール公爵は不満そうに眉をひそめるが、ライネルははっきりと「お願いします」と言い添える。結局、公爵や父ギルバートは部屋を離れてくれることになり、私とライネルは人目を避けて向かい合うことができた。
「ソフィア……こんな形で話すことになって、本当に申し訳ない」
ライネルはうつむきがちに言う。その横顔にはどこか暗い影が落ちている。私は深呼吸をして、まず自分の疑問を口にした。
「ライネル様。どうして私との婚約を急に破棄すると言い出したんですか。私が何かしてしまったの? 本当の理由を聞かせてください」
沈黙が数秒続いた後、ライネルは小さく唇を噛むようにして答える。
「君のせいじゃない。むしろ君を傷つけないために、ああするしかなかったんだ。ソフィアを危険に巻き込みたくなかった」
「危険って……?」
「ああ。詳しくは言えないが、公爵家の内部で力を掌握しようとする動きがあって、その中心にリリーナがいる。あの女は単なる浮気相手なんかじゃない」
ライネルは苦々しげに言葉を吐き出す。私が息を飲んで耳を傾けると、彼は話を続けた。
「実を言うと、リリーナはどこかの派閥の刺客みたいな存在だと僕は睨んでいる。最初は父も彼女を利用できると思っていたらしいが、今では逆に取り込まれつつある。あの女は鋭い頭脳で公爵家の中心に食い込み、何らかの形で権力を得ようとしているんだ」
リリーナが裏で何かを画策しているのは察していたが、まさか公爵家そのものを手中に収めようとしているとは。私は背筋が冷たくなる。そんな女性が、私との婚約をぶち壊すために暗躍しているなら、そりゃライネルが私を遠ざけたがるのも無理はない。
「でも、それならそれで、どうして私に相談してくれなかったの? 一人で抱え込むなんて酷すぎる」
心の奥から溢れ出た言葉に、ライネルは申し訳なさそうに視線を落とす。
「ソフィアが傷つく姿を見たくなかった。それに、もし君が僕と一緒にいることでリリーナの標的になったら……最悪の事態を招くかもしれない。だから、君にはあえて冷たく突き放したんだ」
そう語る彼の瞳には、明らかな苦悩がにじんでいる。私は胸を押さえながら問いかける。
「それでも、私を守りたいなら、最初から打ち明けてほしかった。今みたいに、私が何も知らないままじゃ、ただ傷つくだけよ」
「ごめん。僕はまだ甘かった。公爵家という檻の中で、自分の自由に動ける範囲は限られていると思い込んでいた。だけど、君はそんな状況にめげずにここまで調べてくれたんだろう?」
ライネルの表情が少し柔らかくなる。私が色々と動いて、リリーナの正体や噂の虚偽を暴こうとしていることも、彼の耳に届いていたようだ。
「君の強さを改めて感じたよ。正直、僕はもう公爵家の意向に従うしかないと思いこんでいた。だけど……君なら、あのリリーナの企みをどうにかできるかもしれない。エリオット殿下の助力もあるしね」
ライネルが私の手をそっと握る。その温もりに、思わず涙が滲みそうになる。ようやく彼が本心を打ち明けてくれた。私を守りたかったという思いと、公爵家の暗い陰謀が背景にあるという事実も。
「じゃあ、リリーナは何が目的なの? ライネル様を娶って、公爵家を牛耳ること?」
「おそらくそうだ。そして、その先に王宮の権力闘争も絡んでくるのかもしれない。リリーナが誰と繋がっているのかまでは、まだ掴みきれていないが」
そう言ってライネルは苦々しい顔をする。一方、私の胸には怒りがふつふつと湧いてくる。リリーナが私との婚約を破棄させたのも、噂を流して私を悪役令嬢に仕立てたのも、すべては公爵家を乗っ取るためのステップだったのだろうか。
「でも、これでもう二人とも黙ってはいられないよね。あの女の思い通りにはさせたくないわ」
私がそう決意を述べると、ライネルは少しだけ笑みをこぼす。
「ありがとう、ソフィア。君がそう言ってくれると心強い。……ただ、父はすでにリリーナに取り込まれつつある。だから、僕と君だけの力ではまだまだ足りないかもしれない」
「ええ、わかっています。だからエリオット殿下やロザリー、それに私の父も含めて協力してくれる人を増やすんです。リリーナが何を企んでいようと、みんなで立ち向かえば」
私が強い視線で応えた瞬間、ライネルが手を握り返す力がわずかに強まる。そして、少しだけ躊躇いがちに言葉を継ぐ。
「まだ婚約は破棄の方向に進んでいる。でも、僕はそれを本当に望んでいるわけじゃない。ソフィア、もし僕たちがこの問題を解決できたら……もう一度、婚約をやり直してくれる?」
唐突な言葉に、私の心臓が大きく跳ねる。目の前のライネルは真剣そのもの。リリーナの企みが明るみに出れば、公爵家の圧力もなくなり、再び私との婚約が可能になるかもしれない。だけど、私は軽々しく“Yes”と言える状態でもなかった。
「今はまだわかりません。でも、ライネル様の気持ちは嬉しい」
そう答えると、ライネルは苦笑いを浮かべる。
「……そうだよな。君を傷つけたのは紛れもなく僕だ。まずは目の前の問題をどうにかしないと」
互いに向き合ったまま、しばしの沈黙が流れる。けれど、今の私たちに必要なのは言葉より行動だ。リリーナという黒幕に打ち勝ち、公爵家を浄化できれば、まだ未来を描くことができる。
「ライネル様、私もできる限り動きます。あなたの味方でありたい」
その言葉に、ライネルはほんの少し安心したように微笑んだ。部屋の外では、テオドール公爵や父が待ち構えていることだろう。どんな顔をして戻ればいいのかはわからない。それでも、一歩進めた――そんな実感が胸に灯っていた。
私がそう切り出すと、公爵家の応接間には緊張が走った。テオドール公爵は不満そうに眉をひそめるが、ライネルははっきりと「お願いします」と言い添える。結局、公爵や父ギルバートは部屋を離れてくれることになり、私とライネルは人目を避けて向かい合うことができた。
「ソフィア……こんな形で話すことになって、本当に申し訳ない」
ライネルはうつむきがちに言う。その横顔にはどこか暗い影が落ちている。私は深呼吸をして、まず自分の疑問を口にした。
「ライネル様。どうして私との婚約を急に破棄すると言い出したんですか。私が何かしてしまったの? 本当の理由を聞かせてください」
沈黙が数秒続いた後、ライネルは小さく唇を噛むようにして答える。
「君のせいじゃない。むしろ君を傷つけないために、ああするしかなかったんだ。ソフィアを危険に巻き込みたくなかった」
「危険って……?」
「ああ。詳しくは言えないが、公爵家の内部で力を掌握しようとする動きがあって、その中心にリリーナがいる。あの女は単なる浮気相手なんかじゃない」
ライネルは苦々しげに言葉を吐き出す。私が息を飲んで耳を傾けると、彼は話を続けた。
「実を言うと、リリーナはどこかの派閥の刺客みたいな存在だと僕は睨んでいる。最初は父も彼女を利用できると思っていたらしいが、今では逆に取り込まれつつある。あの女は鋭い頭脳で公爵家の中心に食い込み、何らかの形で権力を得ようとしているんだ」
リリーナが裏で何かを画策しているのは察していたが、まさか公爵家そのものを手中に収めようとしているとは。私は背筋が冷たくなる。そんな女性が、私との婚約をぶち壊すために暗躍しているなら、そりゃライネルが私を遠ざけたがるのも無理はない。
「でも、それならそれで、どうして私に相談してくれなかったの? 一人で抱え込むなんて酷すぎる」
心の奥から溢れ出た言葉に、ライネルは申し訳なさそうに視線を落とす。
「ソフィアが傷つく姿を見たくなかった。それに、もし君が僕と一緒にいることでリリーナの標的になったら……最悪の事態を招くかもしれない。だから、君にはあえて冷たく突き放したんだ」
そう語る彼の瞳には、明らかな苦悩がにじんでいる。私は胸を押さえながら問いかける。
「それでも、私を守りたいなら、最初から打ち明けてほしかった。今みたいに、私が何も知らないままじゃ、ただ傷つくだけよ」
「ごめん。僕はまだ甘かった。公爵家という檻の中で、自分の自由に動ける範囲は限られていると思い込んでいた。だけど、君はそんな状況にめげずにここまで調べてくれたんだろう?」
ライネルの表情が少し柔らかくなる。私が色々と動いて、リリーナの正体や噂の虚偽を暴こうとしていることも、彼の耳に届いていたようだ。
「君の強さを改めて感じたよ。正直、僕はもう公爵家の意向に従うしかないと思いこんでいた。だけど……君なら、あのリリーナの企みをどうにかできるかもしれない。エリオット殿下の助力もあるしね」
ライネルが私の手をそっと握る。その温もりに、思わず涙が滲みそうになる。ようやく彼が本心を打ち明けてくれた。私を守りたかったという思いと、公爵家の暗い陰謀が背景にあるという事実も。
「じゃあ、リリーナは何が目的なの? ライネル様を娶って、公爵家を牛耳ること?」
「おそらくそうだ。そして、その先に王宮の権力闘争も絡んでくるのかもしれない。リリーナが誰と繋がっているのかまでは、まだ掴みきれていないが」
そう言ってライネルは苦々しい顔をする。一方、私の胸には怒りがふつふつと湧いてくる。リリーナが私との婚約を破棄させたのも、噂を流して私を悪役令嬢に仕立てたのも、すべては公爵家を乗っ取るためのステップだったのだろうか。
「でも、これでもう二人とも黙ってはいられないよね。あの女の思い通りにはさせたくないわ」
私がそう決意を述べると、ライネルは少しだけ笑みをこぼす。
「ありがとう、ソフィア。君がそう言ってくれると心強い。……ただ、父はすでにリリーナに取り込まれつつある。だから、僕と君だけの力ではまだまだ足りないかもしれない」
「ええ、わかっています。だからエリオット殿下やロザリー、それに私の父も含めて協力してくれる人を増やすんです。リリーナが何を企んでいようと、みんなで立ち向かえば」
私が強い視線で応えた瞬間、ライネルが手を握り返す力がわずかに強まる。そして、少しだけ躊躇いがちに言葉を継ぐ。
「まだ婚約は破棄の方向に進んでいる。でも、僕はそれを本当に望んでいるわけじゃない。ソフィア、もし僕たちがこの問題を解決できたら……もう一度、婚約をやり直してくれる?」
唐突な言葉に、私の心臓が大きく跳ねる。目の前のライネルは真剣そのもの。リリーナの企みが明るみに出れば、公爵家の圧力もなくなり、再び私との婚約が可能になるかもしれない。だけど、私は軽々しく“Yes”と言える状態でもなかった。
「今はまだわかりません。でも、ライネル様の気持ちは嬉しい」
そう答えると、ライネルは苦笑いを浮かべる。
「……そうだよな。君を傷つけたのは紛れもなく僕だ。まずは目の前の問題をどうにかしないと」
互いに向き合ったまま、しばしの沈黙が流れる。けれど、今の私たちに必要なのは言葉より行動だ。リリーナという黒幕に打ち勝ち、公爵家を浄化できれば、まだ未来を描くことができる。
「ライネル様、私もできる限り動きます。あなたの味方でありたい」
その言葉に、ライネルはほんの少し安心したように微笑んだ。部屋の外では、テオドール公爵や父が待ち構えていることだろう。どんな顔をして戻ればいいのかはわからない。それでも、一歩進めた――そんな実感が胸に灯っていた。
91
あなたにおすすめの小説
愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから
越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。
新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。
一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?
ループ7回目の公爵令嬢は、もう恋愛も復讐も面倒なので、前世の知識で「魔導カフェ」を開き、異世界初のバリスタになります
希羽
恋愛
公爵令嬢アリスは、婚約破棄されて処刑される人生を6回繰り返してきた。7回目の人生が始まった瞬間、彼女は悟る。「もう何もかも面倒くさい」。 復讐も、破滅回避のための奔走も、王子への媚びもすべて放棄。彼女は早々に家を出奔し、市井の片隅で、前世(現代日本)の知識を活かした「魔導カフェ」を開店する。彼女が淹れる「魔力を込めたコーヒー」と、現代風の軽食(ふわふわパンケーキ、サンドイッチ)は、疲れた王都の人々の心を掴み、店は繁盛する。 すると、本来なら敵対するはずの王子や、ゲームの隠しキャラである暗殺者、堅物の騎士団長などが、「癒やし」を求めてカフェに入り浸るように。「君の淹れるコーヒーだけが私の安らぎだ」と勝手に好感度を上げてくる彼らを、アリスは「ただの客」としてドライにあしらうが、その媚びない態度と居心地の良さが、逆に彼らの執着を煽ってしまう。恋愛を捨てたはずが、過去最高のモテ期が到来していた。
※本作は「小説家になろう」でも投稿しています。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
婚約破棄?ああ、どうぞお構いなく。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢アミュレットは、その完璧な美貌とは裏腹に、何事にも感情を揺らさず「はぁ、左様ですか」で済ませてしまう『塩対応』の令嬢。
ある夜会で、婚約者であるエリアス王子から一方的に婚約破棄を突きつけられるも、彼女は全く動じず、むしろ「面倒な義務からの解放」と清々していた。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
良いものは全部ヒトのもの
猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。
ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。
翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。
一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。
『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』
憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。
自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる