〘完結〛わたし悪役令嬢じゃありませんけど?

桜井ことり

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「父上、これを見てください」

公爵家の書斎で、ライネルが切り出した一言は、テオドール公爵にとって衝撃だった。差し出された書類には、一連の資金の流れや不正な取引が克明に記録されている。しかも、それがすべてリリーナの影響下で行われているという形跡があるのだ。

「これは……作り物ではないだろうな?」

公爵は眉間に皺を寄せ、疑いの目を向ける。ライネルは真摯な眼差しで応じた。

「僕が直接手に入れた書類です。父上がリリーナに任せている財務関連の動き、実はかなり危険なものが含まれているんですよ。彼女は“家を繁栄させる”と言いながら、公爵家の資産を裏社会の資金源にしている可能性すらある」

テオドール公爵の手が微かに震える。彼にとっては寝耳に水の話だろう。もしかすると内心ではうすうす気づいていたが、リリーナの魅力と人脈によってもたらされる一見“華やかな利益”に目をくらませていたのかもしれない。

「そんな馬鹿な……リリーナ嬢は確かに異質な存在だが、公爵家を盛り立てると言って私を助けてくれていた。その結果、我が家の財政は潤っている。どうしてそれが裏社会への流れに繋がるのだ?」

「そこが巧妙なんです。表向きは投資や貿易の拡大に見せかけて、実際には不明瞭な金の出入りが存在する。もし何かの拍子にこれが公になれば、公爵家は汚職の家と見なされ、王家からも問責を受けるでしょう」

ライネルは苦い顔で続ける。公爵家が王宮での政治力を保つためには、クリーンなイメージが欠かせない。ところが、ここでリリーナの不正が露見すれば、一気に信用を失い、後ろ盾を失う恐れがある。

「だが、リリーナ嬢は俺に何度も言っていた……あなたが次期公爵として家を支え、さらなる発展を望めるよう協力したいと。まさか彼女が、実際には家を食い物にしているなど……」

テオドール公爵は椅子に深く沈み込み、顔をゆがめる。ライネルは決意に満ちた眼差しを向け、さらに追い打ちをかけるように言う。

「父上、リリーナを公爵家に居座らせるのはもう危険すぎる。彼女は裏で何人もの協力者を抱え、伯爵令嬢ソフィアへの悪い噂を流すだけでなく、公爵家そのものを支配しようとしているふしがあります。僕はこのままでは、いずれ父上も、家の皆も滅びかねないと思うんです」

「ライネル……」

テオドール公爵の声はかすれていた。若いころからの政治手腕が買われ、国内でも有力な存在として君臨してきた彼が、まさか一女性にここまで翻弄されているとは信じたくないだろう。それでも、息子から突きつけられた事実は動かしようがない。

「しかし……リリーナ嬢はすでに多くの貴族や家臣と繋がりを持っている。今さら追放したところで、彼女が黙っているとは限らん。むしろ逆上して何をしでかすかわからない」

公爵は両手で顔を覆う。リリーナを放置すれば家は内部から蝕まれ、排除すれば彼女が報復に動くかもしれない。まるでにっちもさっちもいかない状況だ。

「僕は決めました。父上がどれほど反対しても、リリーナを止める。たとえ家名を危うくしてでも、これ以上あの女のやりたい放題を許したくありません」

ライネルの言葉には揺るぎない決意が宿っていた。テオドール公爵は唇を震わせながら、息子の姿を見つめる。

「……そこまで言うのか。ライネル、おまえはいつからそんなに強くなった?」

「強くなったわけじゃありません。ただ、自分の大事なものを守りたいだけです。公爵家も、ソフィアも、そして自分の未来も」

その言葉に、公爵は何も答えられず、頭をかきむしるようにして沈黙する。もしかすると、公爵自身も薄々わかっているのかもしれない。リリーナを受け入れ続けることが、この家にとって破滅の道だということを。

「父上、どうか考え直してください。まだ手遅れにはなっていないはずです。王太子殿下も、ソフィアも、力を貸してくれています。僕たちが団結すれば、リリーナの陰謀は止められます」

ライネルの熱い言葉に、公爵はしばしの沈黙を続けた。だが、その目にわずかな光が戻ってきたように見える。父として、家の長として、今のままリリーナに支配されることに誇りを持てるはずがないのだ。

「……わかった。時間をくれ。俺も、リリーナ嬢に確かめてみる。もし本当に悪意をもって公爵家を操っているのなら、俺は決断しなければならないだろう」

テオドール公爵が苦しげにそう言葉を絞り出すと、ライネルは安堵の息をついた。まだ確固たる約束を得たわけではないが、わずかな光明が差し始めている。

「ありがとうございます、父上」

ライネルは静かに頭を下げる。公爵家の闇が今、ようやく表に出ようとしていた。リリーナを信じていたテオドール公爵が、その幻想を捨てることができるかどうか――それが今後の事態を左右する大きな鍵となるに違いない。  
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