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第7話 治癒魔法では届かぬ手
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朝の冷たい風が湖面を撫で、波のようなさざめきが辺りに響いていた。
戦いの夜が明け、湖畔の空気はどこか澄みながらも重かった。
リオは焚き火の炭を片付けながら、倒れ伏した兵たちを確認していた。
彼らはすでに意識を取り戻しているが、顔色は悪く、まるで魂を削られたように弱っている。
リアが手を組み、静かに祈りを捧げていた。
彼女の祈りは穏やかに光となって兵士たちの身体を包み、一時的な安らぎを与えていた。
だが、光の中に一筋の黒い靄が残るのをリオは見逃さなかった。
「リア、それじゃ足りてない。」
彼女は肩を震わせた。
「分かっています。ですが……この呪い、私の治癒魔法では届かないんです。まるで、命そのものが“書き換え”られているみたいで……」
「命の書き換え、か。」
リオはそっと膝をつき、倒れている男の額に手を当てた。
そこから、かすかに冷たい脈動が伝わる。
「……この感覚……やっぱり“存在”そのものに干渉してる。」
「どうしてそんなことが分かるのです?」
「俺の力が反応してる。これを使えば、闇を引きはがせるかもしれない。」
シリスが眉をしかめたように尻尾を立てる。
「にゃっ、リオ。下手にやると自分の命まで削れるにゃ。」
「分かってる。でも放っておくことはできない。」
リオは掌に力を込めた。淡い光がほとばしり、地面に白い紋様が広がる。
兵士の体から黒い煙が抵抗するように溢れだし、光と闇がぶつかり合った。
「離れてろ! 呪いが跳ね返るかもしれない!」
リアが必死に距離を取る。
リオの背後で風が荒れ、木々の葉が渦を巻く。
黒煙が悲鳴のような音を上げてリオの手に絡みついた。
しかし、彼の瞳には恐れがなかった。ただ強い意志の光だけがあった。
「――“命の循環”よ、繋がれ。」
光が一瞬で爆ぜ、呪いの靄が霧散する。
兵士の表情が穏やかになり、呼吸が安定した。
その瞬間、リオの身体はぐらりと揺れた。
「リオ!」
リアが駆け寄る。
顔色は真っ青で、額に冷や汗が滲んでいた。
「へっ……少し力を使いすぎただけだ。」
「嘘です。あなた、今、自分の命を削りましたね!」
リアの手がリオの腕を掴む。その瞳には涙がにじんでいた。
「どうしてそこまで……?」
「助けられる命があるなら、助ける。それだけだ。」
風が静まり、遠くで鳥の声が響いた。
リアは俯き、小さく呟く。
「神に仕える者でありながら、私は何もできない。癒す力が与えられているはずなのに……あなたのようには救えない。」
「自分を責めるな。お前がいたから、俺はここまで生きてこられたんだ。」
「……優しい言葉ですね。でも同時に、それが一番胸に刺さります。」
リアの声はかすかに震えた。
その時、シリスが静かに言った。
「リア。“治癒”というのは“戻す”ことにゃ。でもリオの力は、“繋ぐ”。方向が違うにゃ。」
「繋ぐ……?」
「壊れた命を元に戻すんじゃなく、新しい形へと繋ぎ直すにゃ。だから彼の癒しは届く。あなたの祈りとは“起点”が違うのにゃ。」
リアは目を見開いた。
その言葉の意味が少しずつ胸に染みていく。
彼女の信じてきた神聖魔法は、過去を取り戻す力。
だがリオの“創世の加護”は未来へと続く命を生み出す力――
「……なら、私の祈りも届くはず。彼の繋いだ命をさらに護れるように。」
リアは両手を組み、再び光を放った。
先ほどまで暗く沈んでいた兵士の身体がほのかに温もりを持ち、わずかに微笑んだように見えた。
「これで……生きられます。」
リアの頬に涙が流れた。
リオはその姿を横目に見ながらゆっくりと立ち上がった。
「……お前の光、やっぱり綺麗だな。」
「え?」
「さっきの祈り。ほんの一瞬だったけど、命の糸が確かに輝いた。俺でも感じた。」
リアの顔が一瞬で赤くなった。
「そんな、褒めないでください……恥ずかしいです。」
シリスがくすくす笑う。
「にゃ~、こりゃ完全に落ちてるにゃ。」
「何がだ。」
「聖女リアの心にゃ。リオの無自覚さ、罪深いにゃ~。」
「うるさい。」
穏やかな時間が流れる。だがその裏で、確かな不穏の気配が近づいていた。
――その夜。
森の奥で、黒い法衣をまとった男が静かに呟いていた。
手には王国の紋章。瞳には不気味な紅。
「やはり“創世の加護”は覚醒したか。忌々しい村人め。だがそれでいい、計画は進む。」
男の背後には、霧のような影がぞろりと揺れる。
そこから漏れる声は低く、湿った笑いだった。
「次の舞台は王都……聖女リアごと、引きずり出す。」
――夜が明けた。
リオは湖畔で身支度を整えながら、静かに空を見上げた。
空は晴れ、雲ひとつ無い。
だが胸の奥のざらつきは消えなかった。
「シリス。お前も何か感じてるだろ。」
「にゃ……闇の流れが、王都の方へ伸びてるにゃ。嫌な気配だにゃ。」
「リアを危険に巻き込むわけにはいかない。でも――」
リオの言葉にリアが近づいてきた。
「行くつもりなんでしょう。私も一緒に行きます。」
「リア……」
「私は神の名を背負う者。このまま逃げるなんてできません。それに――あなたを一人にしておけません。」
風が吹き抜けた。
金の髪が揺れ、彼女の瞳が真っ直ぐリオを見つめた。
頑なな強さと、どこか優しい決意を感じる目だった。
リオは小さく笑った。
「分かった。なら一緒に来い。ただ、何があっても離れるな。」
「はい。」
シリスがため息をついた。
「やれやれ、旅の仲間がまた一人増えたにゃ。ハーレム街道、加速中にゃ。」
「本気で飯抜きにするぞ。」
「にゃー! 冗談だにゃ!」
笑い声が広がる。だがその裏で、誰も気づかなかった。
湖畔の水面に、黒い靄がわずかに漂い始めていたことに。
この世界の均衡が静かに崩れ始めていた。
治癒では届かぬ命があり、それを繋ぎ止める力を持つ者が今ここにいる。
だが、それが祝福か災厄かを決めるのは、これから先のリオの選択だった。
続く
戦いの夜が明け、湖畔の空気はどこか澄みながらも重かった。
リオは焚き火の炭を片付けながら、倒れ伏した兵たちを確認していた。
彼らはすでに意識を取り戻しているが、顔色は悪く、まるで魂を削られたように弱っている。
リアが手を組み、静かに祈りを捧げていた。
彼女の祈りは穏やかに光となって兵士たちの身体を包み、一時的な安らぎを与えていた。
だが、光の中に一筋の黒い靄が残るのをリオは見逃さなかった。
「リア、それじゃ足りてない。」
彼女は肩を震わせた。
「分かっています。ですが……この呪い、私の治癒魔法では届かないんです。まるで、命そのものが“書き換え”られているみたいで……」
「命の書き換え、か。」
リオはそっと膝をつき、倒れている男の額に手を当てた。
そこから、かすかに冷たい脈動が伝わる。
「……この感覚……やっぱり“存在”そのものに干渉してる。」
「どうしてそんなことが分かるのです?」
「俺の力が反応してる。これを使えば、闇を引きはがせるかもしれない。」
シリスが眉をしかめたように尻尾を立てる。
「にゃっ、リオ。下手にやると自分の命まで削れるにゃ。」
「分かってる。でも放っておくことはできない。」
リオは掌に力を込めた。淡い光がほとばしり、地面に白い紋様が広がる。
兵士の体から黒い煙が抵抗するように溢れだし、光と闇がぶつかり合った。
「離れてろ! 呪いが跳ね返るかもしれない!」
リアが必死に距離を取る。
リオの背後で風が荒れ、木々の葉が渦を巻く。
黒煙が悲鳴のような音を上げてリオの手に絡みついた。
しかし、彼の瞳には恐れがなかった。ただ強い意志の光だけがあった。
「――“命の循環”よ、繋がれ。」
光が一瞬で爆ぜ、呪いの靄が霧散する。
兵士の表情が穏やかになり、呼吸が安定した。
その瞬間、リオの身体はぐらりと揺れた。
「リオ!」
リアが駆け寄る。
顔色は真っ青で、額に冷や汗が滲んでいた。
「へっ……少し力を使いすぎただけだ。」
「嘘です。あなた、今、自分の命を削りましたね!」
リアの手がリオの腕を掴む。その瞳には涙がにじんでいた。
「どうしてそこまで……?」
「助けられる命があるなら、助ける。それだけだ。」
風が静まり、遠くで鳥の声が響いた。
リアは俯き、小さく呟く。
「神に仕える者でありながら、私は何もできない。癒す力が与えられているはずなのに……あなたのようには救えない。」
「自分を責めるな。お前がいたから、俺はここまで生きてこられたんだ。」
「……優しい言葉ですね。でも同時に、それが一番胸に刺さります。」
リアの声はかすかに震えた。
その時、シリスが静かに言った。
「リア。“治癒”というのは“戻す”ことにゃ。でもリオの力は、“繋ぐ”。方向が違うにゃ。」
「繋ぐ……?」
「壊れた命を元に戻すんじゃなく、新しい形へと繋ぎ直すにゃ。だから彼の癒しは届く。あなたの祈りとは“起点”が違うのにゃ。」
リアは目を見開いた。
その言葉の意味が少しずつ胸に染みていく。
彼女の信じてきた神聖魔法は、過去を取り戻す力。
だがリオの“創世の加護”は未来へと続く命を生み出す力――
「……なら、私の祈りも届くはず。彼の繋いだ命をさらに護れるように。」
リアは両手を組み、再び光を放った。
先ほどまで暗く沈んでいた兵士の身体がほのかに温もりを持ち、わずかに微笑んだように見えた。
「これで……生きられます。」
リアの頬に涙が流れた。
リオはその姿を横目に見ながらゆっくりと立ち上がった。
「……お前の光、やっぱり綺麗だな。」
「え?」
「さっきの祈り。ほんの一瞬だったけど、命の糸が確かに輝いた。俺でも感じた。」
リアの顔が一瞬で赤くなった。
「そんな、褒めないでください……恥ずかしいです。」
シリスがくすくす笑う。
「にゃ~、こりゃ完全に落ちてるにゃ。」
「何がだ。」
「聖女リアの心にゃ。リオの無自覚さ、罪深いにゃ~。」
「うるさい。」
穏やかな時間が流れる。だがその裏で、確かな不穏の気配が近づいていた。
――その夜。
森の奥で、黒い法衣をまとった男が静かに呟いていた。
手には王国の紋章。瞳には不気味な紅。
「やはり“創世の加護”は覚醒したか。忌々しい村人め。だがそれでいい、計画は進む。」
男の背後には、霧のような影がぞろりと揺れる。
そこから漏れる声は低く、湿った笑いだった。
「次の舞台は王都……聖女リアごと、引きずり出す。」
――夜が明けた。
リオは湖畔で身支度を整えながら、静かに空を見上げた。
空は晴れ、雲ひとつ無い。
だが胸の奥のざらつきは消えなかった。
「シリス。お前も何か感じてるだろ。」
「にゃ……闇の流れが、王都の方へ伸びてるにゃ。嫌な気配だにゃ。」
「リアを危険に巻き込むわけにはいかない。でも――」
リオの言葉にリアが近づいてきた。
「行くつもりなんでしょう。私も一緒に行きます。」
「リア……」
「私は神の名を背負う者。このまま逃げるなんてできません。それに――あなたを一人にしておけません。」
風が吹き抜けた。
金の髪が揺れ、彼女の瞳が真っ直ぐリオを見つめた。
頑なな強さと、どこか優しい決意を感じる目だった。
リオは小さく笑った。
「分かった。なら一緒に来い。ただ、何があっても離れるな。」
「はい。」
シリスがため息をついた。
「やれやれ、旅の仲間がまた一人増えたにゃ。ハーレム街道、加速中にゃ。」
「本気で飯抜きにするぞ。」
「にゃー! 冗談だにゃ!」
笑い声が広がる。だがその裏で、誰も気づかなかった。
湖畔の水面に、黒い靄がわずかに漂い始めていたことに。
この世界の均衡が静かに崩れ始めていた。
治癒では届かぬ命があり、それを繋ぎ止める力を持つ者が今ここにいる。
だが、それが祝福か災厄かを決めるのは、これから先のリオの選択だった。
続く
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