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第9話 村の危機、ひと振りの奇跡
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王都の喧騒を背に、リオたちは郊外の小道を急いでいた。
リアを追う教団と勇者アルトの思惑が絡む中、一度王都を離れる判断を取ったのだ。
シリスが木の枝から軽やかに降り、尻尾を揺らしながら言った。
「にゃ。ここから北西に少し行けば、リオの故郷の村に着くにゃ。」
「……すっかり懐かしい響きだな。」
リオの瞳がわずかに陰る。
思い出は柔らかく、しかし同時に痛いほど胸に刺さる。追放されるまでの年月、仲間と思っていた人々の顔がよみがえる。
道の両脇に広がる草原は黄金色に染まり、鳥の群れが青い空を旋回していた。
リアが小さく微笑む。
「こんな穏やかな風景……戦いや憎しみの影が本当にあるなんて信じられません。」
「表面はきれいでも、裏では膿が溜まってる。それがこの国だ。」
リオの声には冷たさよりも哀しみがあった。
日が傾き始め、丘を越えた先に懐かしい村の煙突が見えた。
木造の家々、畑を走る子どもたち――確かに昔と同じ風景がそこにある。
だが、一歩足を踏み入れた瞬間、異様な冷気が肌を這った。
「……空気が腐ってる。」
リアも眉を寄せる。
村の中心へ向かうにつれ、人の気配が薄れていった。
畑の作物は枯れ、井戸の水は濁り、家の扉は固く閉ざされている。
「誰か、生きてるか!」
リオが叫ぶと、一つの小屋から怯えた目の老人が顔を出した。
「そ、その声……まさか、リオか?」
「爺さん! どうして村がこんな……!」
老人が震える声で説明する。
「黒い霧が出てからだ。魔獣が現れて畑を荒らし、病も広まった。神殿に助けを求めても、“それは罰だ”としか返ってこなかった。」
「神殿が……?」
リアの目に怒りが宿る。
「それは信仰を名乗る者のすることではありません。」
「リア、後で抗議しても遅い。今は村を救うのが先だ。」
リオは拳を握った。
黒い霧の発生場所を聞き出し、三人は村の外れの丘へ向かった。
かつてリオが薪を集めていた森だ。しかし今、木々はすべて灰色に変色し、根から黒い瘴気を吐き出していた。
「……これ、ただの腐敗じゃないにゃ。魔の瘴気にゃ。」
「中心に何かある。」
リオは足を踏み入れると同時に、空気がわずかに震えた。
風の流れが変わり、地面が脈打つ。
「リア、シリス! 後ろへ!」
叫ぶ声と同時に、地を割って巨大な生物が現れた。
腐敗した木の根と骨で構築されたような異形の獣。眼孔から赤い光を放ち、咆哮とともに瘴気をばらまく。
「こいつが村を……!」
リアが杖を構える。
「光よ、癒しと破壊の狭間より――」
詠唱が響くが、瘴気が光を吸い込み、魔法陣がかき消えた。
「私の神聖術が……!」
「リア! やつの瘴気と神聖魔力が同質なんだ。お前の魔法じゃ打ち消される!」
「じゃあどうすれば――」
リオの脚下から緑の光が迸った。
「“採取”――リリンク・ルート!」
大地が鳴動し、地中から無数の蔓がうねり出る。
瘴気に触れた瞬間、白い光が走り、その部分だけが浄化されていく。
しかし獣の巨体はどこまでも再生し、切り離しても形を変えて迫ってくる。
「これは……再生を繰り返す概念生命体にゃ! 物理攻撃じゃ倒せないにゃ!」
「なら、“理”を変えるまでだ。」
リオの瞳が輝く。
光を帯びた草木が風を巻き込み、リオの肩越しに流れ込む。
「……命は奪うものじゃなく、還るもの。なら、還してやる。」
彼の言葉に応じるように、腕がまばゆく光った。
蔓が一本ずつ集まり、剣の形をとっていく。
蔓の刃は白金色に輝き、葉の粒が音を立てて舞った。
リアが息を呑む。
「これが……あなたの力。」
「“命喰らい”じゃない。“命繋ぐ”剣だ。」
異形の獣が再び咆哮し、泥のような瘴気を吐き出した。
リオは一歩踏み込み、剣を横薙ぎに振る。
光。
それは爆発のようでもあり、歌声のようでもあった。
木々が揺れ、腐敗がほどけ、黒い霧が悲鳴を上げて溶けていく。
足元にひざまずいた獣の中核に、赤い結晶が浮かんだ。
リオは剣を突き立てる。
「眠れ。お前もかつては、この村を守っていた命だろう。」
霞のように光が消え、獣も、瘴気も、跡形もなく静寂の中に溶けた。
風が吹き抜けた。
森全体が金色に染まり、緑が戻っていく。
遠くで鳥の囀りが再び響いた。
リアは両手を胸に当て、涙をこぼしていた。
「あなたの剣、まるで神話のようでした。」
「神話なんて立派なもんじゃない。ただ、借りた命を返しただけだ。」
リオは微笑むが、その表情には確かな疲れがあった。
村へ戻ると、人々が外に出てきていた。
「霧が消えた……!」「光が戻ったぞ!」
歓声と涙が広がり、子どもたちが走ってくる。
ひとりの老女がリオの手を握った。
「お前が……リオかい? あの時追い出してしまった……。許しておくれ。」
「……いいさ。俺も昔は弱かった。」
リオは穏やかに答えた。
リアが隣に立ち、静かに微笑む。
「あなたはもう“最弱の村人”じゃありませんね。」
「いや、どこまで行っても俺は村人だ。命を拾って、返して、ただそれを繰り返すだけだよ。」
空を見上げる。雲一つない青空。
その下で、リオの胸の奥に決意が灯った。
王都で蠢く闇、その中心にいる勇者と神殿――。
「俺はもう逃げない。村を救えたのなら、今度は国だ。」
風に揺れる金色の草。その上にシリスが跳び乗る。
「にゃっ、いよいよ本番にゃ。行くにゃ、リオ!」
「行こう。全部、終わらせに。」
リオが歩き出す。その背を、リアの祈りの光が包み込む。
そして、彼の足跡から小さな緑が芽吹いた。
それは、新しい命がまた繋がった証。
かつて“最弱”と呼ばれた村人が、今、この世界の中心で静かに立ち上がる。
続く
リアを追う教団と勇者アルトの思惑が絡む中、一度王都を離れる判断を取ったのだ。
シリスが木の枝から軽やかに降り、尻尾を揺らしながら言った。
「にゃ。ここから北西に少し行けば、リオの故郷の村に着くにゃ。」
「……すっかり懐かしい響きだな。」
リオの瞳がわずかに陰る。
思い出は柔らかく、しかし同時に痛いほど胸に刺さる。追放されるまでの年月、仲間と思っていた人々の顔がよみがえる。
道の両脇に広がる草原は黄金色に染まり、鳥の群れが青い空を旋回していた。
リアが小さく微笑む。
「こんな穏やかな風景……戦いや憎しみの影が本当にあるなんて信じられません。」
「表面はきれいでも、裏では膿が溜まってる。それがこの国だ。」
リオの声には冷たさよりも哀しみがあった。
日が傾き始め、丘を越えた先に懐かしい村の煙突が見えた。
木造の家々、畑を走る子どもたち――確かに昔と同じ風景がそこにある。
だが、一歩足を踏み入れた瞬間、異様な冷気が肌を這った。
「……空気が腐ってる。」
リアも眉を寄せる。
村の中心へ向かうにつれ、人の気配が薄れていった。
畑の作物は枯れ、井戸の水は濁り、家の扉は固く閉ざされている。
「誰か、生きてるか!」
リオが叫ぶと、一つの小屋から怯えた目の老人が顔を出した。
「そ、その声……まさか、リオか?」
「爺さん! どうして村がこんな……!」
老人が震える声で説明する。
「黒い霧が出てからだ。魔獣が現れて畑を荒らし、病も広まった。神殿に助けを求めても、“それは罰だ”としか返ってこなかった。」
「神殿が……?」
リアの目に怒りが宿る。
「それは信仰を名乗る者のすることではありません。」
「リア、後で抗議しても遅い。今は村を救うのが先だ。」
リオは拳を握った。
黒い霧の発生場所を聞き出し、三人は村の外れの丘へ向かった。
かつてリオが薪を集めていた森だ。しかし今、木々はすべて灰色に変色し、根から黒い瘴気を吐き出していた。
「……これ、ただの腐敗じゃないにゃ。魔の瘴気にゃ。」
「中心に何かある。」
リオは足を踏み入れると同時に、空気がわずかに震えた。
風の流れが変わり、地面が脈打つ。
「リア、シリス! 後ろへ!」
叫ぶ声と同時に、地を割って巨大な生物が現れた。
腐敗した木の根と骨で構築されたような異形の獣。眼孔から赤い光を放ち、咆哮とともに瘴気をばらまく。
「こいつが村を……!」
リアが杖を構える。
「光よ、癒しと破壊の狭間より――」
詠唱が響くが、瘴気が光を吸い込み、魔法陣がかき消えた。
「私の神聖術が……!」
「リア! やつの瘴気と神聖魔力が同質なんだ。お前の魔法じゃ打ち消される!」
「じゃあどうすれば――」
リオの脚下から緑の光が迸った。
「“採取”――リリンク・ルート!」
大地が鳴動し、地中から無数の蔓がうねり出る。
瘴気に触れた瞬間、白い光が走り、その部分だけが浄化されていく。
しかし獣の巨体はどこまでも再生し、切り離しても形を変えて迫ってくる。
「これは……再生を繰り返す概念生命体にゃ! 物理攻撃じゃ倒せないにゃ!」
「なら、“理”を変えるまでだ。」
リオの瞳が輝く。
光を帯びた草木が風を巻き込み、リオの肩越しに流れ込む。
「……命は奪うものじゃなく、還るもの。なら、還してやる。」
彼の言葉に応じるように、腕がまばゆく光った。
蔓が一本ずつ集まり、剣の形をとっていく。
蔓の刃は白金色に輝き、葉の粒が音を立てて舞った。
リアが息を呑む。
「これが……あなたの力。」
「“命喰らい”じゃない。“命繋ぐ”剣だ。」
異形の獣が再び咆哮し、泥のような瘴気を吐き出した。
リオは一歩踏み込み、剣を横薙ぎに振る。
光。
それは爆発のようでもあり、歌声のようでもあった。
木々が揺れ、腐敗がほどけ、黒い霧が悲鳴を上げて溶けていく。
足元にひざまずいた獣の中核に、赤い結晶が浮かんだ。
リオは剣を突き立てる。
「眠れ。お前もかつては、この村を守っていた命だろう。」
霞のように光が消え、獣も、瘴気も、跡形もなく静寂の中に溶けた。
風が吹き抜けた。
森全体が金色に染まり、緑が戻っていく。
遠くで鳥の囀りが再び響いた。
リアは両手を胸に当て、涙をこぼしていた。
「あなたの剣、まるで神話のようでした。」
「神話なんて立派なもんじゃない。ただ、借りた命を返しただけだ。」
リオは微笑むが、その表情には確かな疲れがあった。
村へ戻ると、人々が外に出てきていた。
「霧が消えた……!」「光が戻ったぞ!」
歓声と涙が広がり、子どもたちが走ってくる。
ひとりの老女がリオの手を握った。
「お前が……リオかい? あの時追い出してしまった……。許しておくれ。」
「……いいさ。俺も昔は弱かった。」
リオは穏やかに答えた。
リアが隣に立ち、静かに微笑む。
「あなたはもう“最弱の村人”じゃありませんね。」
「いや、どこまで行っても俺は村人だ。命を拾って、返して、ただそれを繰り返すだけだよ。」
空を見上げる。雲一つない青空。
その下で、リオの胸の奥に決意が灯った。
王都で蠢く闇、その中心にいる勇者と神殿――。
「俺はもう逃げない。村を救えたのなら、今度は国だ。」
風に揺れる金色の草。その上にシリスが跳び乗る。
「にゃっ、いよいよ本番にゃ。行くにゃ、リオ!」
「行こう。全部、終わらせに。」
リオが歩き出す。その背を、リアの祈りの光が包み込む。
そして、彼の足跡から小さな緑が芽吹いた。
それは、新しい命がまた繋がった証。
かつて“最弱”と呼ばれた村人が、今、この世界の中心で静かに立ち上がる。
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