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05. 首飾りの攻防 〜消えた宝物
しおりを挟む後半はほとんど無言で終わった夕食の席、退室しようとする父に家令が歩み寄った。
「旦那様、先程奥様から届きました」
そう言って、封筒を差し出す。
夕食の間、楽しそうに喋るメリルを上機嫌で眺めていた父は、途端に顔をしかめた。
「あぁ、別にいい。どうせいつも通りの内容だろう」
「ですが、使者の方は必ずお目通しくださいと仰っていましたが。⋯⋯恐れながら、公爵家で何かあったのでは」
「言葉を慎め!そうであれば早馬が来るだろう」
「ですが⋯⋯」
家令は食い下がるも、父は取り合おうとしない。
「ならば執務室に置いておけ」
うるさがる父の態度に、家令はしばらく黙った後、かしこまりましたと頭を下げた。
父は執務室と言ったが、その執務室にはここ数ヶ月まったく寄り付いていない。
読む気はないと宣言したようなものだ。
その様子を眺めた後、食堂から退室して自室に下がった。
家令や使用人から聞いたこと、屋敷の中で見聞きしたこと、思いつくすべてを便箋にしたためる。
念のため自分で判断したことも報告し、判断しきれなかったものは裁可を仰ぐ。
あとは何を書こうか──と思って、祖父の体調とその後の動きを尋ねる言葉を紡いだ。
向こうから報告がないということは、その後変わりないということでいいのだろうが、どうしても心配だったのだ。
そうやって数枚に渡って書き上げたものをまとめて、丁寧に折り畳む。
それを片手に乗せ、息を吹きかけ、歌うようにささやいた。
「《秘して彼の人に届けよ》⋯⋯」
畳まれた便箋がふわりと淡く発光して、瞬く間に直線的で簡略化された鳥の姿となる。
ぱたぱたと数度その鳥が羽ばたけば、燐光を散らしながら空気に溶けるように消えた。
数日に一度の大事な報告。
見届けてから、さて、と文机から腰を浮かせる。
学院の課題は休憩時間に済ませておいたので、明後日の夜会の最終確認を行おうと思っていたのだ。
侍女を数人呼び、簡単に髪を結い上げてもらうと、着ていく予定のドレスを着付けてもらう。
今回着るのは、ラベンダー色のドレスだ。
何度か手直しを加えているが、シフォン素材の裾がふんわりと広がるこのドレスは、お気に入りのものだった。
あとは装飾品だが──
「お母様の首飾りを出して」
「えっ⋯⋯」
裾を直していた侍女が、弾かれたように顔を上げた。
心なしか顔色が悪い。
「どうしたの?お母様からいただいた、ブルーダイヤモンドの首飾りよ」
分からなかったのだろうかとくり返すと、みるみるうちに侍女の顔が真っ青になっていく。
訝しんでいると、彼女は深々と頭を下げた。
「も⋯⋯申し訳ありません、お嬢様!」
そうして青い顔の侍女から聞いた事情に、久しぶりに視界が揺れるほどの怒りを覚えたのだった。
着付けてもらったドレスのまま、足音荒く父の居室へと向かう。淑女の態度としては最悪だろう。
辿り着いた、自分の部屋よりも立派な扉──そこから聞こえる楽しげな高い声に、怒りの炎はますます燃え上がった。
だが、本人もいるならばちょうどいい。
扉を叩き破りたい衝動をやり込めて、ノックをする。
「お父様、セシリアです。失礼いたしますね」
一方的に告げて、応えを待たずに扉を開く。
その先、エメラルドグリーンのドレス─おそらく、例の新しいドレスだろう─の裾をつまんではしゃぐメリルと、それを機嫌よさそうに眺める父がいた。
「セシリア!許しもなく突然入ってくるとは⋯⋯!」
「お母様からいただいた首飾りがございませんの。こちらにございますわね?」
ひたりと睨み据えて言えば、気勢を削がれて父が寸の間黙り込んだ。
何事かとくるりと振り返ったメリル──その胸元に、
「それは⋯⋯!」
「あぁ、これですか?ステキですよね!」
中心に大粒のブルーダイヤモンドが鎮座するシャンデリアネックレス。
メリルは自身の胸元を飾るそれをそっと持ち上げ、笑った。
「前にお義姉さまが着けているのを見て、キレイだなぁ、いいなぁって思ったんです。だから今回は、この首飾りに合わせてドレスも作ってもらったんです!」
似合うでしょう?とメリルは得意げに裾をつまんでくるりと回ってみせた。
しかし、彼女が何を言っているのか、何をしているのか、私にはまったく理解できなかった。
「どういうことでしょう?その首飾りは私が母からいただいたものです。何故貴女が当たり前のように着けているのですか?」
貸した覚えもないし、貸す訳もない。
彼女が当家に来た当初は、間に合わせにと服などを貸したこともあったが、必要がなくなってからは何も貸さないようにしている。
というのも、彼女は隙あらば人の物を我が物にしようとするのだ。
過去に、貸した物がなかなか返ってこないと思って催促したら、もう自分のものだと言わんばかりに自身のクローゼットに仕舞い込んでいたことが何度もあった。
『だって、お義姉さまはたくさんお持ちですもの。このくらい別にいいじゃないですか』
返すように言えば、唇を尖らせながらそんなことを言い返された。
さもこちらが狭量だと言いたげな物言いに心底呆れたものだ。
あれだけ父にねだって何でも買い与えられているというのに、その上私の物まで欲しがるとはどういう了見なのか。
私も母も、過分に物は持たず、必要最低限でやりくりするようにしている。
だから譲る物はないと、メリルの侍女にも手伝ってもらって貸した物をすべて回収すれば、ひどいだとかあんまりだわだとか喚きながら、いかにも芝居くさい様子で泣き崩れた。
やがて父が何事かと駆けつけて、メリルの一方的な言い分だけを聞くと、なんて酷い義姉だと私を叱責してメリルを慰めた。
しかもそこで、あれだけ私が悪いように事情を説明したメリルが、これ見よがしに私を庇うものだから、尚更私が悪者にされた。
その結果、父の中には『義妹を虐げる義姉』と『義姉に虐げられながらも健気に義姉を慕う義妹』という、不愉快極まりない認識が出来上がってしまったようだった。
その後、メリルの言うままに父がさらに彼女に貢いだのは言うまでもない。
それ以降は、何を頼まれても彼女には一切物を貸していない。
私の許可なく物を渡すなと、私付きの侍女にも厳命しているほどだ。
だからといって──侍女を脅して人の物を無断で持ち出すという、そこらの強盗と変わりない所業に出るとは。
「何をそんなに怒っているんだ、セシリア。相変わらず心の狭いやつだな。たかが首飾りだろう、メリルに貸してやりなさい」
事態を見ていた父が呆れたように言う。
その言葉に、再び怒りの炎が燃え上がった。
「たかが首飾り?この首飾りのことをよくご存知のはずのお父様が、よくそのようにおっしゃれますね。
この首飾りは、お母様がお祖母様から、お祖母様はそのお母様からと、プライセル公爵家に代々受け継がれてきたものです。それを無断で持ち出したのですよ?到底許せることではありません」
プライセル公爵家は、母の実家だ。
しかも、母方の祖母は、母が父と結婚してすぐに亡くなってしまった。だからこの首飾りは、肖像画でしか顔を知らぬ祖母の形見でもあるのだ。
そんな背景も知らず、綺麗だったからと、それだけの理由で奪い取ろうなどと、許せるはずがなかった。
しかもメリルは、わざわざドレスまで作らせたのだ。
今回を許せば、この首飾りと言わず私の持ち物すべてを強盗の如きやり方で奪っていくことだろう。
──このような暴挙、けして許さない。
私は、自身の行動を恥じることなく得意げに喜ぶメリルと、それを諫めもしない父を、一歩も引かぬ覚悟で見据えた。
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