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11. 夜会にて 〜無礼な少女
しおりを挟む「皆様、お待たせいたしました」
会場の隣に設けられた休憩と軽食用の小部屋、先程声をかけてくれた二人の令嬢のもとへと向かう。
「セシリアさま!お早かったようですがよろしいのですか?」
「お心遣いをいただき、ありがとうございます。お陰さまでゆっくりお話ができましたわ。ね、ティルダ」
「はい。ありがとうございました」
ティルダと二人並んで言えば、二人組は目を丸くした。
それを怪訝に思いながらも、自分たちも喉を潤そうと近くの給仕に声をかけた。
「果実水をお願いするわ。⋯⋯ティルダ、貴女は?」
「ありがとうございます。じゃあ、私もセシリアさまと同じものを。⋯⋯こんなにたくさん話したのは久しぶりで、すごく喉が渇いていたんです」
「ふふ、私もよ」
そんな会話をしながら、一礼をして去って行く給仕を見送っていると、令嬢の片方が口を開いた。
「セシリアさま、わたしも名前で呼んでくださいませ。お言葉遣いも丁寧でなくて構いません」
はっとして彼女を見れば、意を決したような表情をしていた。
それにすぐさま反応したのはもう一人だ。
「それなら私だって!セシリアさま、私もそのようにお願いします!」
その思わぬ剣幕に目を白黒させてしまう。
「え、ええ、分かりまし⋯⋯分かったわ。それなら私もセシリアでいいし、言葉遣いも気安くして」
圧倒されながらもそう言って頷けば、二人の令嬢は顔を見合わせてほっとしたように笑った。
「よかった!やっと言えたわね」
「ええ、うれしいわ。ずっと何となくよそよそしかったから」
「ね。一番仲のいい自信があったのに」
その言葉を聞いて、はっとする。
無意識のうちに、壁を作ってしまっていたのだと気づいた。
「⋯⋯ごめんなさい。私、その⋯⋯気がつかなくて」
女学院では、常に気を張っていた。一挙手一投足も間違えてはならないと思っていた。
家のことがあり、スタートがマイナスなのだから、少しでもそこから前に進まなければならないのだと。
思わずうつむいた私に、彼女たちは慌てたようだった。
「責めているわけではないのよ!ただ⋯⋯ずっと、セシリアは一生懸命だったから」
一生懸命と言えば聞こえはいい。
ただ、必死だったのだ。周りも見えないほどに。
そんなことを考えていると、彼女たちがすぐ傍に歩み寄ってきたことに気づいた。
「何事にも一生懸命なセシリアは、私たちの憧れなのよ。貴女は知らなかったと思うけれど」
「そんな貴女と共に学べること、共にいられること、うれしく思うわ」
一人が私の手を取る。──先程自分がティルダにしたように。
「ね、セシリア。わたしは⋯⋯わたしたちは、貴女のことをお友達だと思っているの。だから、楽しいことも、うれしいことも、⋯⋯辛いことも分かち合えたらと思うの」
弾かれたように顔を上げれば、その先で二人は微笑んでいた。
「私たち、きっといい友達になれるわ。そう思わない?」
その言葉は、胸につかえていた何かを溶かしてくれた。
「──ええ、うん。そうね。私もそう思うわ」
フィングレイ侯爵家の娘として、ではない。
セシリア個人を見てくれている人たちがここにもいてくれたことが、この上なくうれしかった。
その後、ティルダと二人の令嬢と共に、用意されていたソファに腰を下ろしながら他愛もないおしゃべりをした。
「いいなぁ、エンシーナに何度も行っているなんて。エメラルドグリーンの海に白い砂浜のコントラストが美しいのでしょう?」
「有名な高級リゾート地が領地にあるっていいわよね。うちなんか、森と畑しかないわよ?」
二人の令嬢が賑やかに盛り上がっている。
休暇の過ごし方に話が及び、過去の休みに何度か足を運んでいるエンシーナという海沿いの街の話をしたのだ。
「そうは言っても、フィングレイ領もエンシーナ以外は農地ばかりよ。⋯⋯あぁ、えぇと、本当は農地しかないのだけど」
「それはどういうこと?」
「エンシーナがあるのならば、それで十分よね」
それは違うと言おうとして、何をどう説明しようとも家の不名誉な話題に触れざるを得ないと気づき、口をつぐんだ。
ひとまず、今はそれでいいかと思い直す。
「セシリアはお母様がプライセル公爵家のご出身よね?公爵領はどのあたりなの?」
「そういえば、セシリアのお母様は?今日の夜会にもいらしてないわよね?⋯⋯ここしばらくお姿をお見かけしていない気がするけど⋯⋯──もしかして、どこかお悪いの?」
その指摘に、さすがは名家の令嬢、よく見ていると思った。
確かに、今夜の夜会にも母の姿はない。
「母は⋯⋯ちょっと、実家に戻っていて⋯⋯」
その言葉に、共に座する3人に緊張が走ったのが分かった。
メリルはもちろん、父の所業もちょっとどころではない噂になっているのだ。想像は膨らむだろう。
「あぁ、ええと、勘違いしないで。母方の親戚筋に不幸があって、その関係で戻っているだけよ。色々あって、ちょっと長引いてしまっているようで⋯⋯」
「ご不幸?そんなこと、あったかしら⋯⋯」
「──ちょっと、止めなさい。
ごめんなさい、セシリア。お家のことに踏み込んで」
記憶を漁ろうとする令嬢をもう一人が小声で押しとどめ、無理矢理 話題を終わらせた。
おそらく、彼女と──硬い表現のティルダは思い当たったのだろう。
その不幸とはおそらく、半年ほど前にとある子爵家の次男が亡くなったことだということ。
その子爵家は、現公爵の甥子が婿養子に入った家で、その亡くなった次男は跡取りのいないプライセル公爵家の養子になる予定だったこと。
そして今現在──プライセル公爵家に正式な跡取りがいないことに。
「お義姉さま、ここにいらしたのね!」
突然、場違いに大きな声が割り込んできた。
声の主である少女がふらふらと歩み寄ってきて、そのまま私を押しのけるように長椅子に座った。
やはり来るか。
むしろ、思ったよりも遅かったくらいか──そう投げやり気味に思っていた私に反し、周りの反応は素早く、そして手厳しかった。
「まぁ!何事かと思いましたら貴女ですか!」
「突然何でしょうか?お話の最中に割って入ってきた上に、そのようにセシリアさまを押しのけるだなんて、失礼にも程がありますわ」
二人の令嬢の声は、先程までの和やかな様子が幻であったように冷たい。
対する少女──メリルは、むっと眉をひそめた。
「失礼って何でしょう?わたしたちは義理とはいえ姉妹なのですよ。⋯⋯あぁ、お義姉さま、わたしにもお水をください」
非難の声をむしろ不快げに聞き流し、彼女は私に声をかける。
どうせ今まで張り切ってダンスをしていたのだろう、その息は少し乱れていた。
水だって、私の飲み差しを欲したわけではあるまい。自分のために新しいものを頼め、と言っているのだ。
「メリルさん。何度も申していますが、私と貴女は姉妹ではありません。何より、まずは皆様に謝罪するべきですわ。余程の理由がない限り、お話ししている方々のところに声もかけずに割り込むのは、明確なマナー違反です」
水の件には触れずにそう言えば、メリルは心なしか白っぽい顔を呆れたようにしかめた。
「マナーマナーって、お義姉さまったらそればっかりね。そんなつまらないことにばかりこだわっていたら、パーティーは楽しめないわ」
「ここは社交の場ですわ。誰もが家を背負って集まっています。振る舞いによっては、相手の体面を傷つけ、自身の家を貶めることとなります。マナーを大事にされるセシリアさまのお言葉は、もっともなことです」
横からティルダも言葉を添える。
メリルは彼女を睨むように見て──わずかに目を見張った。
「──あぁ、お義姉さまの女学院のお友だちの方たちだったのね」
得心がいったようにそう言う。
「わたしも女学院に通いたいと思ったことがありましたけど、お義母さまの反対で通えなかったんですよね」
それは事実だ。
メリルはどこからか、私が女学院に通っていたことでマルクスとの婚約が成ったと聞き、自分も通いたいと言い出したのだ。
動機が不純な上、そもそも娘でもない彼女に多額の学費を払う義理はないと、母が突っぱねたのだ。
「でも、今となってはよかったわ。口うるさくて嫌味っぽい方たちばっかりのようですから」
令嬢たちを明らかに侮辱する言葉に、その侮るような表情に、瞬間的に怒りが燃え上がった。
「撤回なさい、無礼者」
自分でも驚くほど、固く冷たい声が出た。
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